能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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烏帽子折またつづき

三人は舞台で様子を探って橋掛りに戻ると、松明を出して一人ずつ入ることにします。

まず則重さんが松明を持って舞台に入りますが、抜き身を持って待ち構えていた牛若に松明をうち落とされてしまい、橋掛りに逃げ帰ります。二人目則秀さんが松明を持って中に入りますが、これまた松明を捨てて逃げ帰ることになり、牛若は投げ捨てられた松明に、一つ足拍子を踏んで松明を踏み消した形です。

さて三人目に則俊さんが向かうことになりますが、お頭に様子を知らせに行くとか、腹が痛いとか行って逃げようとします。しかし二人に押し止められて結局中に入ることになりますが、牛若に斬られて手負いとなります。則秀さんが手負いの者を助けると言って、付き添って退場し、残った則重さんが常座で触れて退場します。

さて囃子が奏され後シテの登場となります。
大盗賊風の後シテ、熊坂長範が先頭に立ち、立衆が続いて橋掛りに並んで謡います。長範が声をかけ、後ツレが答えて一同は下居します。

長範と武者とのやり取りで、寄せ手が十二三ばかりの幼き者の小太刀に斬られて、命を落とす者、逃げてしまった者など、散々になっている様子が語られます。
一の松明は斬り落とされ、二の松明は踏み消され、三の松明は投げ返されてしまったのでは「今宵の夜討ちはさてよな」とシテは右の膝をたたき、一同を振り向きます。

ツレが答えて退こうと言い、長範も一度は退こうと言いますが、熊坂の長範ほどの者が夜討ちをし損じて良いものかと思い直し、一同に攻め入れと声を上げます。
一同は立ち上がり立ち位置を入れ替えて、シテは幕前で床几に。
牛若が正中に出て、正先から開キ「八万も御知見あれ」の地謡に両手突いてから立ち上がり、ワキ座で立衆を迎えて斬り組み、カケリとなります。
立衆が順に斬られてカケリが終わると「熊坂の長範六十三」の地謡に、長範が立ち上がって橋掛りを進み、二の松で太刀を抜くと舞台に入って常座で太刀を両手で捧げます。

牛若と長範の斬り組みが地謡に合わせて続けられますが、最後は斬り捨てられた長範が退場し、牛若が留拍子を踏んで終曲となりました。

子方が見事に成人を果たした態で留拍子を踏むという、まさに子方の卒業を祝うような一曲。大風クンが見事に演じ、見所の大きな拍手で祝福された一番でした。
(101分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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烏帽子折さらにさらにつづき

シテ、ツレは橋掛りから舞台へと入り、シテは大小前あたりで「や」と声を出し、まだここにいらっしゃったと、ツレを伴って正中に腰を下ろし、子方と向き合います。

子方との問答で、シテは牛若君ではないかと問い、子方がツレを鎌田の妹と気付いて、向き合ってシオリ。
続くロンギで、鏡の宿を立ち出づる、と子方が立ち、シテ、ツレも立って別れを惜しむ態。シテが「東路のはなむけ」と子方に寄って小刀を渡し、シテ・ツレが退場します。
ワキ・ワキツレが立ち上がり、子方は正先、角、常座と進んで「美濃国赤坂の宿に着きにけり」の地謡に後見座にクツロギます。

ワキ・ワキツレはワキ座に立ち、ワキが「赤坂の宿に着いた」との着きゼリフ。ワキは「吉六」とワキツレの名を呼び、宿を取るようにと命じます。
ワキツレ吉六が常座あたりから声をかけ、馴染みの宿主に宿を取らせて欲しいと言い、アイが承って、ワキツレはワキ座に下がって着座します。

するとアイが、何か知らせを受けた風で常座に走り出、正中に座して「ところの悪党どもが襲ってくる算段をしている」旨を申し述べます。
牛若が何の騒ぎかと問い、ワキは悪党が襲ってくるらしいと言上します。牛若が、表になってくる兵を五十騎ほども斬り伏せるならば敵も退くだろうと勇ましい事を言い、地謡で一同立ち上がると、ワキ、ワキツレが切戸から退場。牛若は謡に合わせ舞い、「討ち入るを遅しと待ち居たり」の謡に常座で幕に向かって決めます。

牛若がワキ座にて身繕いするうちに、早鼓でアイの盗賊三人が杖を突きつつ登場します。舞台で三人向き合い、リーダー格の則重さんが甲屋を襲う子細を語ります。
頼うだお方は、かねて金売吉次が毎年奥州に下るのを知っていて、この度は吉次の動向をずっと調べていた。吉次一行が赤坂の宿、甲屋に入るのを確かめたので、これから襲うことにしたのだと説明し、三人は一度橋掛りに出ます。

橋掛りで甲屋に着いた態となり、中に入って様子を見ようと言って、欄干に上り、シテ柱から舞台に飛んで甲屋に忍び込んだ形となります。
さてこのつづきはまた明日に
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烏帽子折さらにつづき

シテ烏帽子屋が語ります。
自分の先祖は都、三条烏丸で烏帽子屋を営んでいた。八幡太郎義家が安倍貞任、宗任を滅ぼした後、上洛して烏帽子屋を訪れ、左折の烏帽子を折らせて出仕したところ、義家には恩賞として奥陸奥国が下された。この烏帽子はそういう嘉例あるもの、と語り、地謡が続けます。

そうした嘉例ある烏帽子であるが、それも昔のこと。保元の乱以降は平家一統の世となってしまったのは悲しいことである。とは言え世変わり、時移れば、この烏帽子の桜の花が咲くときもこようから時を待たれよ…と地謡が謡います。

シテが「かように祝いつつ」と一声謡って地謡が続け、シテは立ち上がると常座で後見から烏帽子を受け取ります。「烏帽子懸緒取り出し 気高く結いすまし召されて御覧候え」の謡に子方の前に下居、烏帽子を子方に着けさせます。
「立ち退きて見れば」の謡に、正中に下がり「天晴れ御器量や」とユウケン。二、三足ほど進み、正中に下居します。

さてシテが、子方に烏帽子姿が似合うと褒めると、子方は小刀を取って、この刀参らすと差し出します。辞退するシテに子方が重ねて受け取るよう言い、シテは子方に寄り小刀を受け取ります。
妻も喜ぶだろうと言って、シテは立ち上がり橋掛りに進むと一ノ松あたりから幕に声をかけます。

これを受けて幕が上がり、ツレ烏帽子屋の妻が登場してきます。シテが刀を賜ったとツレに小刀を差し出すと、幕前でツレがしおります。シテが訳を尋ねるとツレのクドキ。
ツレは「今は何をか包むべき」と謡い出し、自分は源氏方の鎌田兵衛正清の妹で、義朝の子、常盤御前の三男、牛若が生まれたときに、殿から守り刀として使わされたこの小刀を届ける使いをしたのだと明かします。

シテは、長年連れ添いながら妻が鎌田正清の妹であるとは今まで知らなかったと驚きますが、さて先ほどの方が牛若であるならば、追いかけてこの腰の物をお返ししようと妻に声をかけて牛若を追いかける形になります。
さてこのつづきはまた明日に
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