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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

奉祝の芸能

20日は横浜能楽堂まで出かけ「大典 奉祝の芸能」公演の第二日を観てきました。
当日も書いた通り、秋篠宮皇嗣妃殿下・・・紀子さまが来場されました。この公演は、令和改元の慶事にあたり横浜能楽堂が企画したもので、第一日が6月2日に開催され、この時は上皇、上皇后両陛下にゆかりある琉球舞踊が上演されています。
4月半ば過ぎに本公演を知り、とりあえず能が上演される第二日のチケットを取ったのですが、その時点で既に正面は満席で、今回は脇正面で拝見しました。

その後、6月になってテレビのニュースで、第一日の公演に紀子さま、佳子さまが来場されたと報道されたので、もしや今回もお出ましか・・・と思っていたのですが、当日能楽堂に着いてみると、報道関係者の姿。あ、やっぱりという次第でした。

第二日の公演は、尺八、地歌、箏曲の後、休憩を挟んで狂言、そして能という番組。狂言は復曲された「鷺」で、能は改元のとき以外はほぼ上演されない「大典」。なにはともあれ「大典」を観ておこうということで出かけましたが、前半の演目にもおおいに興味をそそられました。

箏曲や地歌は聞いたことがある程度で、詳しいことは分かりませんが、ともかく尺八、地歌、箏曲それぞれに素晴らしい演奏でした。皆さん演奏家としても著名な実力者の様子ですが、素人なりにも感じるところが大きい演奏でした。
尺八は尺八古典本曲「鶴之巣籠」。解説によれば「鶴之巣籠」という曲は各地にあるのだそうですが、本曲は東北の虚無僧寺「蓮芳軒・喜染軒」に伝えられた秘曲とのことです。一本の尺八からこんなに様々な音が出るのかと思うほどに、ビブラートがかかったような部分があったり、押さえた指がそのままに音程が変わったりなど、驚くような演奏でした。

地歌は難波獅子。継橋検校の作曲とありますが、君が代の歌で始まり、仁徳天皇御製と伝えられる「高き屋に登りてみれば煙立つ民の竈は賑はひにけり」などが詞章に用いられた目出度い曲とのこと。獅子の曲名ですが獅子とは特に関係ない様子です。今回は三弦の替手と本手お二人での演奏でした。

箏曲は五月晴。大正14年に作られた曲だそうで、大正天皇と貞明皇后の御大婚25周年を記念したものとか。聞いていても五月晴れの空が見えてきそうな、清々しい感じの曲です。箏、三絃に小鼓の構成でしたが、楽曲の面白さに加え、歌がなんとも良い心地を誘います。
いずれも、ああ上手の芸なんだなぁとしみじみ思いました。

先日、水戸で雅楽の公演がありまして、伶楽舎の演奏を聞き、舞を観ましたがが、これまたとても良い経験でした。
古典芸能全般に興味がない訳ではないのですが、これまでほとんど能狂言のみを観てきました。今さらながら、雅楽をはじめ三曲、歌舞伎などなど様々なものを見聞きしてみたいと思うところです。

鷺と大典については明日以降に
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国栖またつづき

短いクセとなり、「この程の御心 慰め申すべき」で腰を浮かせたシテは、続く「しかも所は月雪の 三吉野なれや花鳥の」で正に直して立ち上がり、ゆっくりと歩み出して「呂律の調め琴の音に 嶺の松風通ひ来る」あたりで、常座で向き直って面を使い、後ろを向いて橋掛りへと進みます。ツレもこれに続き「天つ少女の返す袖 五節のはじめこれなれや」と地謡が謡い納めて下り端の囃子となり、二人は橋掛りを歩み中入となります。

二人が幕に入ると、下り端の囃子のうちに幕が上がり、後ツレの天女が登場してきます。薄紫の色大口に緋の長絹、天冠を着けて舞台に進み楽を舞出します。ここの基本は下り端の舞ですが、観世流では楽にも・・・とあり、楽を舞うこともあります。しかもこの日は、笛の調子が高くなり盤渉。舞も盤渉のため足拍子も多く、見どころの多い舞になります。健之介さんは、これまで舎利の韋駄天や放下僧のツレなど、動きのあるものを観る機会が多かったのですが、今回のような天女の舞もなかなかに優美です。大柄なご様子から受けていた印象が良い意味で裏切られたような感じです。

舞上げると地謡にのってサシ込み開キ、この間に衣を被いてシテが橋掛りを進み、一ノ松あたりに立ち止まります。ツレは正中で雲扇してシテを迎える形。
後シテは「王を蔵すや吉野山」と謡い、ツレは笛座前に下がります。後シテの装束は青みの入った袷狩衣に朱の半切。地謡の「天を指す手は」の謡に正中に出て「胎蔵」と謡い、地謡「地を又差すは」で扇で下を指して「金剛寶石の上に立って」と謡うと、地謡に合わせて舞い、最後は「国土を新め治むる御代の」で両袖を巻き上げて常座へ出、続く「天武の聖代畏き恵み」で巻き上げた袖を直し、あらためて左の袖を返すと「あらたなりける 例かな」の謡に、留拍子を踏んで終曲となりました。

帝の御代を言祝ぐ目出度い気分の一曲でした。
(72分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

国栖さらにさらにつづき

鑑賞記、一日飛ばしました。
実は、昨日は出張のまま泊まりまして、本日は横浜能楽堂の特別企画公演「大典 奉祝の芸能」の第二日を観に行ってきました。
第一日に引き続いて、秋篠宮皇嗣妃殿下・・・紀子さまが来場されました、が、この話はいずれ触れるとして、国栖の鑑賞記のつづきです。

シテとツレが座すと、オモアイが槍、アドアイが弓矢を構えてワキ正と常座に立って声をかけます。浄見原天皇を探しているというアイに、シテは清み祓えなら川下へ行けと言います。清み祓えではなく浄見原だ、とアイが言い返したり、シテと二人のアイのやり取りが続きますが、アイはそのうちに伏せてある舟が怪しいので調べると言い出します。

「おのきゃれ」と声を荒げて、アイ二人はそれぞれ槍と弓矢をシテに向けますが、シテは漁師の身で舟を捜されるのは家を捜されるのと同じであると言い、自分には孫も曾孫もあり、と言いつつ立ち上がり、山々谷々の者ども出で合い狼藉人を打ち留よと声を上げ、両手を打ち合わせます。

このシテの勢いに、アイ二人は恐れをなして帰ってしまいます。
ツレが立ち上がって常座で退場するアイを見送り、シテに向かって追っ手は帰ったと声をかけます。

ツレの声をきっかけに、シテとツレは交互に謡いつつ二人して舟を起こし、姿を現した子方はワキ座で床几に腰を下ろします。続く地謡に、シテとツレは舟をワキ正に運んで置くと、シテが角、ツレが常座から子方の方を向く形になります。
クリとなり、シテとツレは立ち上がって、ツレが地謡前、シテは正中に下居して後見が肩上げを下ろします。

クリの謡は「君は舩臣は水 水よく舩を浮むとは この忠勤の喩へなり」これを聞いて、ワキと地謡が謡い合い、シテとツレは子方に向き合います。地謡の上歌、騒乱の世が治まったならこの恩を報ずるという浄見原天皇の言葉に、老夫婦が忝く泣き居たるという詞章に、シテ、ツレ二人はシオリます。
さてこのつづき、もう一日明日に

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