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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

御裳濯さらにさらにつづき

さてワキの待謡ですが、手元のものと詞章が違いました。半魚文庫さんの御裳濯(名著全集本「謡曲三百五十番集」と赤尾照文堂版「謡曲二百五十番集」を底本にしています)を持って行ったのですが、まるで違う謡。
とりあえず書き取ってきた詞章を、後日野上さんの解註謡曲全集の「御裳濯」と見比べてみたところ、これと同じ謡でした。金春の本にはどちらが書いてあるのか気になります。当日、金春の謡本を買い求めてくればよかったのに、と反省したところです。
ともかくもこの待謡、半魚文庫さんのものは喜多正本とも同じで「げに今とても神の代の。げに今とても神の代の。誓はつきぬしるしとて。神と君との御恵。まことなりとはありがたや まことなりとはありがたや」ですが、一方、聞き書きした詞章は野上さんの本をもとに記すと「旅寝せし御裳濯川の波枕 御裳濯川の波枕 月も曇らで天照らす 御影を受けて神路山 更け行く月の夜とともに 所からにてありがたや 所からにてありがたや」です。

謡い終えたワキ、ワキツレはワキ座に戻って腰を下ろし、囃子が出端を奏します。
しばらく囃子を聞いて後ジテの出。白大口に袷狩衣、高砂と同装の様子です。橋掛かりを進んで一ノ松に立ち、開イて「君が代はつきじとぞ思ふ神風や」と謡いだします。
謡終わりにシカケ開キし、地謡が「やたまがきの 内外の宮居」と謡いだすと舞台に入ります。常座に進んでシカケ。「月よみの宮居 照りまさる」と謡いつつ開キ。地謡で正中に出て開キ。さらに「空すむ雲も あさぐまや」と謡って地謡の「潮干の石と現れしも」でワキを向いて開キ、大小前に行き答拝して神舞となりました。

何度か書いていますが、脇能の神舞は舞の数々のうちでも大変好きなので、楽しみにしていたのです。が、この日は途中で右の袖が絡んでしまい、どうもこれに気を取られてしまいまして、いささか物足りない感になってしまいました。
舞い上げると、シテのワカ。地謡との掛け合いで謡い舞いし「あさづまの潮時に沖より見えて白波の」で大小前にて雲扇。繰り返す「沖より見えて白波の」で左、右と両袖を巻き上げると「また立ち返り二見の浜松の」と常座で小回りし、「ちよの影ある 神と君こそ 久しけれ」で袖を直し留拍子を踏んで終曲となりました。
(89分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

演者がたくさん出るとか、難しい作り物を出さなければならないとか、特段敬遠される要素はない、ある意味素直な脇能と思うのですが、金春以外の各流で演じなくなったのはどういう理由なのか、不思議な感じもした一曲でした。まあ脇能は現行曲の中では割合に数が多く、それでいて劇的な面白さがあるわけでもないので、上演される曲が特定のものに偏りがちですから、なんとなく遠くなってしまったのかも知れません。
久しぶりの金春会で、本当は全曲を観たかったのですが、所要あってやむなく本曲だけで帰りました。それにつけてもシテが退場する際には拍手が出ず、おや金春会もシテ、ワキの退場では拍手をしなくなったんだと、いささか驚きました。
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御裳濯さらにつづき

シテが正中に座すとクリ。
明治四十四年版の喜多正本には、先の地謡とクリとの間に、ワキの詞「なほなほ神慮のこさず御物語候へ」とシテの返し「懇に申上げうずるにて候」が記されていて、わかりやすいのですが、野上さんの解註謡曲全集にも、当日の詞章にもこのやり取りはありませんでした。

地のクリでシテは肩上げを下ろし、サシからクセへと謡が進んで行きます。
クセは居グセ。この一連の謡で、天照大神が天孫を葦原中つ国に遣わすに際して、三種の神器を授けたことが謡われます。特に八咫の鏡について、鏡は万物をうつしながらも一物も取り込むことはない、正直を授けるものであり、この宮の御神徳であろうと謡います。この部分は神皇正統記の記述をもとにしている様子です。
シテの上げ端「然れば神代の昔より」を受け、神徳はあきらかにして、垂仁天皇の御代にはこの地に宮居して皇大神となられたことこそ、和光同塵の御誓いであろうと謡われます。
謡はロンギとなり、シテは自らを興玉の神と明かして、御裳濯川の神が瀬を渡り、姿を消してしまいます。
この謡に中入となり、送り笛を聞きながら、シテ、ツレが幕に入ります。

ワキは「いかに誰かある」と声をかけ、ワキツレに所の者を呼んでくるように命じます。ワキツレがアイ所の者を呼び出し、アイは狂言座で立ち上がるとワキツレと応対して舞台に入り、ワキの求めにより伊勢の神徳、謂れを語ります。
まずは人皇十一代垂仁天皇の皇女倭姫が、神鏡を持って諸国を回り、その末にこの地に至った由来を語ります。またその折に御裳裾を汚してしまい川水で濯いだ故事も語ります。さらに「山のべの」の歌についても触れるなど、前場で出てきた話をなぞる常の間語りの形です。しかし「あれ?」と思ったのは、さりげなく興玉の神の別名が猿田彦神であると述べたことです。
猿田彦神は国津神で、邇邇芸命が天降りした時に道案内をし、その後は生まれ故郷の五十鈴川の川上に籠もったとされています。この地にはその子孫の大田命が居て、倭姫が天照大神を祀る地を探していたときに、倭姫を先導し五十鈴川の川上一帯を献上したと言われます。興玉の神は、その猿田彦神、大田命と同一視される神で、伊勢の内宮の御垣内に祀られています。
シテ、ワキや地謡の謡では触れられていませんが、間語りにさりげなく織り込まれているのは不思議です。

ともかくも語り終えたアイが下がると、囃子が奏されワキ,ワキツレが立ち上がって向き合い待謡となります。
さてこのつづきはまた明日に
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御裳濯のつづき

ワキは、この小田を見るに「渇仰の気色」が見えるのはなぜかと問いかけます。
この「渇仰の気色」がいささかわかりにくいです。手許の野上豊一郎さんによる解註謡曲全集の御裳濯、昭和二十四年の版ですが、これではこの部分のワキの詞章は「これなる小田を見れば、田水豊なるに、なほ河水を水口にまかせ入れ、あまつさえ渇仰の気色見えたり」とあります。水が豊かとあるので、渇仰は深く仏を信ずる心持ちの意と素直に入ってきますが、当日のワキの詞では、小田を見れば渇仰の気色とあって、水が豊か云々の言葉がありませんでした。これだと、もしや田が乾いているので文字通りに水を欲しているのかとも思えてしまう感じがします。

ともかくもシテの老人はワキに向き合い、この田は神の御田で、さらにこの川は御裳濯川という神水なので、田水は豊だが神水を入れて祭事を行っているのだと答えます。

ワキは重ねて、御裳濯川とは何時の代から呼ばれている名なのかと問います。シテは十一代垂仁天皇の皇女倭姫が神鏡を奉じて国々を巡るうちに、二見浦から川沿いに上り、その折に汚れてしまった裳裾をこの川で濯いだので、御裳濯川と言うのだと答えます。
さらにツレがワキに向かい、その折に倭姫が田を作る翁に神が御鎮座されるような場所はあろうかと問うたと言い、これを受けてシテは、翁が川上に三十八万年の間、この山を守護してきた者がおり道を知っていると答えたことを語ります。
さらにこの時の田作りの翁こそ、今の興玉の神であると続け、ツレともどもに、その山を神路山、川を神路川といい、流れ久しく御影も濁らぬ御裳濯川の神徳深い水田なので、神に任せて田作りをしているのだと謡います。

ワキはこれを聞き、有難いことと感じた上で、御裳裾を濯いだ場所はどこかと問います。シテはワキに向き合い、それはこの瀬の辺りのことで、それ故この辺りを神が瀬というのだと答えます。
この神が瀬に、ワキは神風なら良く聞く言葉だが神が瀬とは面白いと言い、シテツレの掛け合いから地謡が「山のべの 御井を見かへり神が瀬の 伊勢の乙女ら あひ見ゆるかな」という古歌も、倭姫の古を詠んだものと謡います。

この歌は万葉集巻一にある「山のべの御井を見がてり神風の伊勢をとめどもあひ見つるかも」のようですが、この歌の神風を神が瀬に替え、いかにも古歌にあったかのように使っているところがまた能作者の腕かも知れません。
ともかくもこの地謡のうちにツレは笛座前に移り、シテはシカケ開キしてワキに向かって出て開キ。舞台を廻って常座に戻りシカケ開キしてワキに向き、四足ほど出て正中で下居。杁を置いて扇に持ち替えます。
さてこのつづきはまた明日に
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