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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

今年の観能

さて3月も半ばとなり、暖かい日が続くようになってきました。当地偕楽園の梅は既に満開。それだけ花粉症にはつらい日々ともなっています。

振り返って今年の観能ですが、1月は13日の日曜日、九皐会の一月例会を観に行きました。年の初めに翁も良いかなぁと思い、十二月の会の時にチケットを取っておいた次第です。

今年は翁を遠藤喜久さんが勤めました。山本家の狂言「末広かり」を挟んで、駒瀬直也さんのシテで玄象。ほかに仕舞三番の番組です。

同じ1月には、先日旅行記風に書きましたが、金剛能楽堂で翁と内外詣を観ています。こちらは狂言が茂山家の佐渡狐、ほかにやはり仕舞三番の番組でした。
ごくごく近い時間で観世流と金剛流の翁を観て、いくつか気付くこともありました。このため翁については二つの会の翁についてまとめて記載しようと思っています。

そこで九皐会では玄象、金剛会では内外詣についての鑑賞記を先に書いてみようと思います。
まずは玄象の鑑賞記を明日から書いてみます。
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舎利さらにさらにつづき

後から出たツレ韋駄天が常座で開キ、この寺を守護する韋駄天と名乗ります。足疾鬼に牙舎利を置いて行けと呼ばわります。
シテは立ち上がりツレを見て「いや叶ふまじとよ此仏舎利は 誰も望の あるものを」と謡って拒み、地謡が「欲界色界無色界」と受けて舞働になります。
舞働では舞台中央で打合う形から舞台を回り、シテは橋掛りへと逃げてこれをツレが追いかけます。三ノ松と一ノ松に分かれて向き合ったところから打合いになり、立ち位置を入れ替えてシテが先に舞台に戻り、ツレが追って、舞台上で二人がサシ込開キして地謡。
「欲界色界無色界 化天耶麻天他化自在天…」と謡います。
韋駄天に追われて足疾鬼が帝釈天まで逃げ上り、梵天が足疾鬼を下界に追つ下す様子を地謡が謡い、詞章に沿ってシテ、ツレが交互に一畳台に上って三十三天を攀じ上る様を示し、「梵王天より出で会ひ給ひて もとの下界に 追つ下す」の謡に、シテ足疾鬼は一畳台から後ろに飛び降りて下界に落ちた様。続いてイロヱ。

ここがまた本曲の珍しいところで、舞働の後に地謡が入り、さらにイロヱが入ります。舞働の後にイロヱが入る曲というのは他に記憶がないのですが、まあこれは私が知らないだけかも知れません。
ゆっくりとした調子になり、ツレはゆっくりと台を下りて、二人は地謡前と常座に分かれて見合う形になります。ごくごく短いものですが、このイロヱで単なる舎利の争奪戦にぐっと深みが出るように感じます。

シテが「左へ行くも」と謡い、地謡が続けるなか、シテは「虚空にくるくるくると」の謡に合わせて台上で回り、ツレが一畳台に上がると、シテが台に腰を下ろし、ツレがシテを抑えて打ち杖で打つ形。シテが舎利を差し上げてツレ韋駄天がこれを取り上げます。
シテは橋掛りへと逃げ、二ノ松あたりで袖被いて腰を落とし姿を隠した態。「心も茫々と起き上がりてこそ 失せにけれ」の謡に、再度立ち上がって留拍子を踏み終曲となりました。
附祝言は高砂。

「眠くならない能」、たしかに動きがあり退屈しないで見られる能ではありますが、今回、いろいろと気を付けながら観てみると、存外奥の深い曲であると思った次第です。
仏舎利の有難みも、現代と本曲が作られた時代では全然違うでしょうから、前場の仏教東漸の話や、牙舎利が本朝に伝えられ泉涌寺にまつられていることも、当時京都に住み本曲を見る人たちには深い思いを感じさせるものだったかと想像しています。
後場の登場楽や、舞働とイロヱなども興味をそそる謂れがありそうですが、今回の鑑賞記はまずはこれまで。
(61分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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舎利さらにつづき

間語りの大意。
昔、釈迦入滅の時、人間は言うに及ばず、生き物全てが嘆き悲しんだ。
その時、足疾鬼という外道が嘆く様子で近付いてきたので、仏弟子たちも親しげにしたが、足疾鬼は隙を見て仏舎利を奪い虚空に上ってしまった。
足疾鬼は足の速い鬼で、仏弟子たちはどうしたらよいかと相談した。阿難という仏弟子が韋駄天という足の速い仏に頼んで追ってもらおうと言い、韋駄天が足疾鬼を追いかけて舎利を取り返した。
韋駄天は取り戻した仏舎利を帝釈天に渡し、帝釈天は道宣律師に渡し、道宣律師から仏舎利は本朝に伝わったと語ります。(間語りでは道宣律師の名はよく聞き取れなかったのですが、牙舎利伝来の経緯などを調べてみると道宣律師の名が出てきますので、おそらくそう言っていたのだろうと推察しています)
さてその古の足疾鬼の執念が残って、この寺の仏舎利を奪って逃げたのだろうとアイが推測します。

ワキはこれを受け、古に習い、韋駄天に仏舎利を取り戻してもらうようにとアイに勧めます。アイは心得申して候と答え、立ち上がって大小前で後ろを向いて数珠を取り出します。さらに正中に出て正面を向き、韋駄天へ祈りを捧げ、一心頂礼万徳円満釈迦如来と舎利礼文を唱え、「南無韋駄天」と幕方向いて数珠を揉み狂言座へと下がります。

イロヱ出端で後シテの出。
前々からこの登場楽「イロヱ出端」と書いていますが、謡本での表記は「イロヱ」です。こうした性格設定の後シテの出であれば「出端」が奏されるのが本来の形でしょうけれども、わざわざ「イロヱ」と表記されています。しかも実際には、大小太鼓が出端を奏し、笛が「イロヱ」の譜を吹くという独特な形なので「イロヱ出端」とも呼ばれているようです。もっとも笛の扱いは流儀、家によっても異なるようではありますが…
どうしてこういう形なのか、この辺りは素人には分かりかねるところですが、珍しい形なので、本曲の作者に何がしか思うところがあったのでしょう。興味深いところです。

さてシテは顰の面と思いますが、赤頭で、朱地の半切、緑地に金文様の法被。左手に舎利珠を持って登場です。正中まで出て一畳台を見込み、さらに一畳台を超えてワキ座へと進み、袖を被き、姿を隠した態になります。囃子が早笛に変わりツレの出。
ツレ韋駄天は天神の面、黒垂をつけての登場です。装束附けには紅入厚板、白大口ないし半切、側次ないし法被折込とあるのですが、見た目では袷狩衣を衣文づけにしたような感じでした。
この続きはまた明日に
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