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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

能「黒塚」の意味するところ・・・黒塚つづき

どうもこの黒塚という曲、解釈に迷うのですよねえ。
そもそも、この女は何をしていたのでしょうか。
閨の中は死屍累々としていたというのですが、何のために人を殺していたのか、このあたりは能の中では何も触れられていません。有名な黒塚伝説を下敷きにしているのだから自明ということかも知れませんが、それにしては伝説と設定が違うような気がします。


さらに疑問なのが、阿闍梨一行をどうしようとしたのかということ。
そもそも宿を貸すことを渋っていたのですから、殺してしまう魂胆で泊めたのではなかったのでしょうけれども、さて山から薪を取って帰って来た際に阿闍梨一行が閨を覗いていなかったら、どうしたのでしょうか。
何事もなく翌朝一行を送り出したのかどうか、不思議な話です。


山に出かける前に、わざわざ足を止めて「閨の内を見るな」と言い置いて行くのも、本当に見られたくないと思って念を押したのか、「見るなと言われれば余計に見たくなってしまう」人間の性を踏まえての一言なのか、解釈が分かれるところでしょう。


観世流では薪を背負った形で後シテの出となりますが、この日は薪を左手に持った形でした。この形の違いも、どちらの解釈を取ったのかと考えると、なかなか深いものがあります。
私としては、手に持つ形の方が「はからずも見られてしまった」という雰囲気に近い気がしています。


もっともこの話、殺すために仕掛けたという解釈と、知られたくなかったのに見られてしまったという解釈の二つだけではなく、知られたくない秘密ではあるが、他ならぬ阿闍梨には浅ましい姿を現しても救ってほしかったのだ、という解釈も成り立ちましょう。どうもそのあたりが正解のような気もしているのですが・・・


ともかく力量のあるシテの演技に圧倒された感じです。
最後は橋掛りを進んで揚幕の前で一度立ち止まり、舞台の方に振り返って、ワキを見込んで一足下がりました。羽衣の舞込みのように、このまま後ずさりして幕に入るのかと一瞬思いましたが、もう一度向き直って常の幕入りの形でした。
このワキを見込んで後ずさりする形が、なんともやるせない悲しさを表しているような感じを受けまして、やはり「救ってほしかったのではないか」と、再度思った次第です。


附祝言は高砂。金剛や喜多の謡は観世流と感じが似ているので、観世の謡を聞いているような錯覚を起こしそうです。宝生、金春だと同じ高砂でも全然感じが違うんですけど。

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コメント

「黒塚」は、3年前に大島輝久さんのシテで、十四世喜多六平太記念能楽堂で一度だけ拝見しました。

山に出かける前に、わざわざ足を止めて「閨の内を見るな」…
ここは、とても印象に残る場面でした。この時のシテ方のいいまわしに凄みがありまして、背筋が凍るような感覚でした。そう感じたのは私だけではないようで、見所全体が水を打ったように静まり返り、シテ方は幕内に入るまで、誰もが息をひそめているような緊張感でした。

なぜ、わざと言い残して行ったのか…。私もかなり疑問に思っていたのですが、やはり
「阿闍梨には浅ましい姿を現しても救ってほしかったのだ」
だったのではないかと思います。
また、機会がありましたら、見たい能のひとつです。

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