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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

各流の謡本

あまり物を集めるという趣味はないのですが、数少ない能楽関係のコレクションの一つ、各流の謡本をお見せしようと思います。
とは言っても、別に珍しい物ではありませんで、現行の稽古用一番本です。


シテ方五流の羽衣を並べてみました。
各流謡本
上段の左から観世流と宝生流。下段は同じく左から金春、金剛、喜多の各流です。


別にたくさんあるコレクションの中から羽衣を選び出した、という訳でもありませんで、観世流は習っていたので他にも何冊か謡本を持っていますが、その他の各流はおおよそ、この羽衣一冊きりです。各流の違いなど、どうしても見比べてみたくなって買い求めたものです。


写真はサムネイルになっていますので、クリックするともう少し大きな写真が表示されます。
表紙の図柄は各流独特ですね。
観世と金剛はどちらも檜書店製のためか、同じサイズです。宝生と金春の謡本がわずかに大きく、一方で喜多の謡本がわずかに小さいのが、おわかりになるでしょうか?


各流の謡本それぞれについて、明日から少しだけ書いてみようと思っています。
なお、著作権の問題もあるかもしれないので、写真は画質を落としています。
あしからず・・・

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コメント

こんばんは。
並べてみると、綺麗ですね。
観世千鳥は懐かしいです。
金春流と金剛流のデザインなかなかいいですね。
なんとなく、流派の特徴も窺わせるものがあるような?ないような。

私は伊達騒動に名が残る、伊達安芸涌谷領に住み続けています。涌谷館では、金春大蔵流であり、当然ワキ方は春藤流です。私の地区には昔からこの流儀の家があり、小謡だけですが、いまも保存伝承をしている「鉢の木会」で、折にふれて謡が謡えるようにと、
仲間たちと稽古をつづけています。当然「鏑木岑男先生」とのつながりも、承知しています。だが流儀の奥につながる、資料はありません。安政のころに書かれた、小さな小謡本が、私たちのまぼろしの宗家の匂い、を感じさせる宝物です。何か最後の宗家の頃の話を知りたいものと思います。「六平太芸談」のなかの高明師の話は知っています。

三神さまコメントありがとうございます。
春藤流を伝えられているとのこと、ぜひぜひ灯を絶やさぬよう、活動を続けられますこと、お祈りしています。
鏑木先生のお家は、終戦の際の春藤流廃絶の時まで家元預かりをされておられたそうですね。鏑木先生に師事された下掛り宝生の安田登さんが、どこかにそんな話を書いておられました。
安田さんも春藤流の資料を集めようと動いていらっしゃるようですが、なかなか難しいらしいです。
廃絶した流儀とはいえ、春藤流の他にも、ワキの進藤流、狂言の鷺流など、伝えておられる方がいらっしゃる様子。なんだか嬉しくなります。

2006-10-12 に投稿させていただいた春藤流保存会「鉢の木会」の三神貞夫です。迷惑メールのために、メールアドレスを代えました。
先日、東京芸大大学院の仙台出身の女性から、博士課程の研究テーマとして、地方の謡曲伝承団体の稽古の様子、春藤流の伝えられる話などを知りたい、との便りを頂き、来る8月12日夜、当地の集会場で交流会を持つことになりました。
廃滅した春藤流の宗家の芸道を継がれなかった、血縁の方々は今はどうしておいでなのでしょうか。また、ほかにも同流の方々もあるものでしようか。

芸大生さんを迎えて

2008.08.01に投稿させていただいた三神貞夫です。その08.12夜、うら若い女性お一人を迎えて、わたしたち鉢ノ木会員、少々ならず固くなりながら、お話を聞いたり、謡いをお聴かせしたりの、2時間を過ごしました。その後論文発表のことや、そのことで反響もあり、仙台の宮城教育大での講演もあったりと、お忙しかったようです。
 そのための交歓会をもつことになって、さる3月27日夜、宮教大生の女性おひとり同道しての、楽しいひと時を過ごしました。その夜は、前からそちらの「弱吟」を聞きたい、との希望がありましたので、二夜程の稽古をして、その夜を迎えました。私たちの謡いは「熊野」のクセと、「鉢ノ木」のロンギを謡いましたが、中央各流の声の出し方とも、違う部分も確かに勉強しましたと言っておられましたが、私たちとしても、春藤宗家の修業を積んだ師匠の謡の流れ、といっても2代3代目ともなれば、宗家のない自己流になっていないとはいえません。そんな反省を含めながらも、私たちは息のある限り伝承活動を続けなくてはと、さらに引き締めているこの頃です。

久しぶりに春藤流を書きます。私たちの春藤流保存会「鉢の木会」は、文化庁の後援で始まった「伝統文化を映像化による保存事業」の一団体として認められ、私たちの活動の有様を、ブルーレイディスクに保存されることになりました。万朶の桜もPRのために撮りますから、まだ完成はもう少しかかります。明日3/17は、この欄でもおなじみの「安田登師」が来て、現役の能楽師としてのお話も聞くことになります。うれしいですねぇ。

新しく記事を書きました

三神様、コメントありがとうございます
鉢の木会の活動も充実されておられる様子、さぞかし手応えを感じておられることと思います。

今回いただいたコメントに関して、新しく記事を書いてみました。
あわせてご参照頂ければと思います。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

今はない大師匠の家

このたびフレッツ光になりましたので、メールアドレスが変わりました。この欄を見ていると「狐塚」が出てきました。私はここ10日ほど、災害復旧の仕事で、狐塚という小字を通り、「休塚」という小字の場所で、門袖の化粧ブロックを積み方をしたのです。
この災害では、涌谷町史に掲載された能番組に、親子三代が出ているのがありますが、その中でも秋山伝蔵、登、忠蔵の名があります。この家は私が住む田尻町にありますが、杉の居久根がうっそうとした旧家でしたが、昨年3/11の震度6強の大揺れのために、無残にも倒伏してしまい、現在はすべて解体されて、兵どもの夢のあとのようになっています。私たちの師匠のそのまた師匠の家だったのです。

春藤流というすでに廃滅した謡の流儀を伝承している「鉢の木会」を束ねている三神貞夫です。
実は何か私たちが「これしかない」という意気込みで、保存に努めている今はない流儀の事、それについて何度かこの項に載せていますが、全然反応やご意見がありません。
昔、豊臣秀吉公の好んだ流儀ということで、各地の大名様が「金春流」を取り入れたということですが、ならば金春流に属するワキ方が、私たちの春藤流であったのですから、全国のどこかに、まだ伝承されているところがあるのだと思います。すでに宗家の春藤六右衛門の十二代で、消滅してしまった流儀ながら、かすかにもどこかで歌い継がれているのではないかとの、細くとも音信があるものと期待しておりました。
では、十二代春藤六衛門高明氏の血を継いでいる方、霜四郎という方もいて、「謡の時代は終わった、もう謡曲は関係ないよ」として他家の養子になられた方、などなど、何か祖先の言った「宗家の格言」の様なことがあれば、お聞きしたいものだなぁと、心からおもっていました。もし、この流儀をお知りの方があれば、私宛のメールにご返事をいただきたいと思っています。私たち「鉢の木会」の活動などをご返信します。

私の趣味の一つが、古い墓所を見ることです。私が住む部落のある家の墓に、こんな戒名がありました。
「頓入謡悟禅定門」「鶏真鼓秀庵妙栄善女」とありました。
この一家は、昔は能の達者がいた、とは伝わっていませんが、この文字を見る限りの、それぞれの生前の姿をどうお考えですか。よかったならメールください。

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