能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

能の楽しみ

能楽を観ることを趣味にしています。

カテゴリーではやむなく文化・芸術を選びましたが、能も演劇ですから、芸術と言ってしまうよりはもっとエンターティンメントととらえても良いかな、と思います。

このブログでは能楽についての思いなどを書き連ねて行ければと思っていますが、楽天日記との並行状態をどうするか、ちょっと悩ましいところですね。だんだんに整理して行ければとも思います。

ずっと以前、学生の頃に、サークルの活動で観世流の謡や仕舞を習っていまして、卒業記念に面・装束を着けて能を一番、演じたこともあります。
当時は観る方でも、ある程度の番数を観ていたのですが、卒業により東京を離れてしまったため、その後は年に数える程度の観能となってしまいました。

それがふとしたきっかけで、2003年の秋に金春会を観てから、再び観能の楽しみに目覚めて、それ以来、毎月一、二度は東京まで観能に出かけています。

能狂言日記の形でブログなどにも観能記を載せてきましたが、あくまで観能記が中心で、あまり能楽について思うところなどは書いてきませんでした。
今回、楽天日記をどうしようかと迷っている中で、能楽についての思いなども含めて、ブログに書いてみようかなぁ、とも思っています。
本当にこのブログがそういう形で能狂言を巡るものとなるのか、まだ自分でもハッキリしませんが、「書ければ書く」ということで、プロフィール通り「ゆるっと」やっていこうか、と思っています。
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意外な発見

能楽各流のホームページを良く覗いていますが、金春円満井会のリンクから金春安明不定期日記というブログを発見。



金春安明師は金春流79世宗家、金春信高師の長男。
金春円満井会の理事長をしておられます。



金春月報などにも、毎回、専門的なお話を書いておられますが、ブログでもかなり専門的なお話から、中国、音韻学などにも造詣が深いことがうかがえます。
それでいて、最近の記事を読むと青色申告のまとめでかなりいらついていらっしゃる様子。



舞台での舞姿しか拝見したことがなかったので、意外な一面を見せて頂いたような感じです。
能楽師の方でブログを書いておられる方も少なくありません。
意外な発見があって、楽しみではありますね。

シテ方の五流

能楽にはあまり詳しくない・・・という方向けに、能狂言の基本的なことを書いてみようと思っています。本には出ていないような話を中心に書いてみようと思うのですが・・・



シテ方の流儀について・・・



能 羽衣(観世流)なんて書いてある、あの○○流です。
能にはシテ(ま、主役ってところですね)とワキ(脇役なんですが観客代表みたいな位置付けが多いです)、それに鼓や太鼓、笛などの囃子方、そして狂言方など、様々な演者が登場します。



シテ方にも、ワキ方、囃子方、狂言方にも、それぞれ流儀がありますが、今日は○○流の能を見に行った、といえば、それはシテ方の流儀をさします。



シテ方には観世・宝生・金春・金剛・喜多の五流があります。その源流は大和猿楽の四座にあると言われていますが、興味のある方は、入門書などをご覧下さい。



現在、プロの能楽師は1500名ほどで、そのうち1000人くらいがシテ方と言われています。能楽協会が名簿の公開をとどめているので、正確なところはわかりませんが、シテ方の少なくとも半数以上は観世流です。
次が宝生流で200名強と言ったところではないでしょうか。さらに喜多流が続き、金春・金剛はかなり少数の流儀です。



どの流儀も、流儀のメインの演能会を開いていて、観世会、宝生会、金春会、金剛会が定期的に催されています。
喜多流はいささか事情があって、職分(概ねプロの能楽師という意味)全員が喜多会を離れて、職分会として自主的に定例公演を行っています。このため喜多会ではなく喜多流職分会自主公演能と言っていますが、喜多会には宗家だけが残っていて、逆に言えば宗家が職分会から実質的に追放されたような形ですねぇ。



観世流は何しろ能楽師の数も多く、また分家の観世銕之丞家、観世喜之家もそれぞれ銕仙会、九皐会という会を催していますが、そのほかにも家の会、個人の会、様々な会が催されています。また京都観世会や名古屋九皐会のように、地方での会も盛んです。
宝生流は割合最近まで宗家の権限が強くて、個人の会を開くことが出来なかったため、流儀としての会がメインです。東京では宝生会と、若手を中心に催される五雲会が定期的に公演を行っています。
金春流は金春会がメインですが、東京ではこのほかに宗家に連なる若手を中心とした金春円満井会と、櫻間家による櫻間会、そのほか個人の会や若手グループの会などが催されています。
金剛流は宗家が現在も京都に在住のため、金剛会は京都の金剛能楽堂で月例で開かれていますが、東京では年四回、東京金剛会が催されます。
喜多流は家の会、個人の会も盛んですね。



私は学生時代に観世流を習っていた関係から、観能歴は観世流が多いのですが、ここ数年は意識して五流それぞれを観てみようと思っています。
各流、各会の話など、追々、書いていこうと思っています。

能狂言を観に行こうか・・・と

能楽や狂言を観てみたいのだが、どうすればいいのだろうか・・・という方に



シテ方の五流がそれぞれに能楽の公演を行っていますが、ではどうやって観に行くのかとなると、案外難しいと思われるかも知れません。
「チケットぴあ」などでも入場券を扱っているものがありますが、ごく少数の会だけです。ほとんどの会は、直接、その演能会を主催する団体や能楽師からチケットを入手する形になっています。



話は幕末に・・・
江戸時代、能楽は幕府の式楽として篤い保護を受けていました。また地方の大名もお抱えの能楽師を庇護している例が多く、こうした権力層がパトロンとなって能楽が維持されてきた訳です。
それが明治維新を迎えて一変します。
パトロンを失った能楽は激動の時代を迎え、混乱の中で廃業した能楽師も少なくなかったようです。
しかしやがて、華族や富裕層などを中心とした愛好者が能楽を後援するようになり、これらの後援者自らも、謡や仕舞、囃子などを習うようになったことから、素人の弟子をパトロンとした芸能として成り立ってきたわけです。
このあたりは、同じ伝統芸能でも歌舞伎や落語とは全く違った世界で、むしろ生け花や茶道に近い形態だろうと思います。



こうした歴史を持っているためか、かつての演能会は、素人のお弟子さんたちが先生の演技を観に行く、という形が基本でした。
このため入場券は一年分の会券を前もって先生から購入する・・・と言うか半強制的に買わされるというか、そうした形が普通だったわけです。



最近でも、ある会の受付で翌年のチケットを購入したい旨申し出たところ「先生はどなたですか?」と聞かれました。
お弟子さん以外にはみせないということではないので、購入することは全く問題なく出来ましたが、そうした関係、そうした意識はまだまだ残っているようです。



そんな訳で、演能会の入場券は会を主催している団体や出演する能楽師に直接申し込むというのが、基本の形になっています。
とは言っても、宝生流や金春の若手の会など、インターネットのサイトを通じて入場券の申し込みが出来るような会も多くなってきています。



先日、金春会のチケットを取ろうと、事務局である高橋先生のお宅に電話をしました。
金春流の重鎮、高橋汎師、ご子息の高橋忍師のお住まいですが、たまたま電話に出られたのが忍さん。
チケットの申し込みをして、住所・氏名を告げると
「SQUAREの掲示板に書き込みされている○○さんですか?」
と聞かれました。
実は忍さんもメンバーになっている金春流若手四人の会、座・SQUAREの掲示板にときどき本名で書き込みをしていたのですが、読んでおられた様子。
私もすっかり舞い上がってしまって
「あ、先生のファンでして、ええ」
支離滅裂。その後送られてきたチケットには忍師の一言が添えられていまして、また感激しました。ああ「昨年の半蔀、良かったです」くらい言えば良かったといささか残念。



さてこの忍さんたちが座・SQUAREを旗揚げするときには、明確に観客を「お客様」ととらえていました。金春が小流でお弟子さんの絶対数が少ないという事情もあるかと思いますが、かつてのお弟子さん主体の公演という形ではないものに進んでいこうとされているようです。



そうした意味で、チケットの入手方法もだんだん変わっていくのかも知れません。
それと、もう一つ別の形が日本芸術文化協会による国立能楽堂での主催公演。
毎月、定例公演と普及公演があり、さらに企画公演も催されています。
これは流儀の会ではないので、普通の演劇のように国立能楽堂に申し込んだり、チケットぴあなど、いくつかのプレイガイドでチケットが入手できます。
能楽協会主催の式能も別格ですが、これは年に一度きりの公演なので、一緒に論じるのはちょっと無理ですね。



各流のホームページなどをリンク集として載せてみました。
興味のある方は・・・

観世流の会あれこれ

観世流は全国に500人を超えるプロの能楽師がいるくらいなので、本当に様々な家の会や個人の会が催されています。
京都の観世会館を中心とした片山家一門や、大阪の大槻清韻会など、各地に有名な会があります。



私はもっぱら東京で能楽を観ているので、東京で公演のある会のことしかわかりませんが、観世の会は概ね、観世宗家を中心とした先生方の会、観世銕之丞家系の会、観世喜之家系の会、梅若六郎家系の会、梅若万三郎家系の会の、大きく五つの系統に分かれます。



観世宗家清和師や実弟の芳宏、芳伸師をはじめ、多くの先生方が渋谷の観世能楽堂を中心に活動をしています。
観世会は流儀の会という位置づけなので、観世銕之丞、観世喜之、梅若六郎、梅若万三郎の各先生方も出演しますが、それ以外は宗家に近い先生方の出演がほとんどですね。



観世銕之丞家は江戸時代に宗家から分家した家で、当代の銕之丞が九世。銕仙会として青山の銕仙会能楽研究所をベースに、定例公演は水道橋の宝生能楽堂で開催しています。
先代の銕之亟静雪、その兄寿夫師は、能楽の普及にも力を注ぎ、学生向けの格安なチケットを作ったり、学生能の指導にあたったりなど、尽力をされた方です。寿夫師は名人の誉れ高く、能楽界全体を背負う人と目されていましたが、53歳で早世されました。



観世喜之家は銕之丞家から分かれた家で、九皐会として神楽坂の矢来能楽堂を中心に活動をしています。名古屋でも定例会を催しているようですね。
ここの先生方は学生能の出身者が割合多くて、若先生の喜正師を中心に若手主体の演能が盛んです。



梅若家の系統の先生方は、第二次世界大戦前の一時、観世流を離れて梅若流をたてた時期があります。
その後、紆余曲折があって観世流に復帰していますが、より観世宗家に近い立場を取ったのが万三郎家系の先生方、最後まで梅若流を続けようとしたのが六郎系系の先生方と理解しています。



梅若六郎家系の先生方は梅若会として東中野の梅若能楽会館を拠点に、演能活動を行っています。
一方、万三郎家系の先生方は梅若研能会として、観世能楽堂を中心とした活動になっているようです。



私は観世喜之家系の先生のところで謡や仕舞を習っていた関係から、九皐会や銕仙会、あるいはこれらに関係した先生方の家の会や個人の会を、主として観てきました。
ここ数年は各流のできるだけ色々な先生方の演能を観てみよう、と意識して出かけていますが、それでも梅若万三郎家系の先生方の演能はほとんど観たことがありません。

観世流の会 つづき

これは私の印象ということですが、観世流の場合は世帯があまりに大きいせいか、ここの能楽師の活動はかなり自主的なものが多いような気がします。
会のチケットも、出演能楽師扱い分が多く、一般では入手が難しいような場合もあるようです。
個人単独での演能会、地方の文化センターなどでの公演も多いように感じます。



そんな中で、精力的に活動を続け、また名人とも評判が高いのが梅若六郎師。梅若能楽会館での梅若会の公演だけでなく、全国各地で様々な公演を行っておられます。



最近では、漫画「ガラスの仮面」をもとにした「紅天女」の公演が話題になっていますが、新作や、廃曲の復曲などにも多数の取り組みがあるようです。
私は最近、あまり拝見していないのですが、年間の公演数が極めて多いのに、ハズレの少ない希有な方という印象を持っています。



精力的な活動といえば、鎌倉能舞台を中心に活動しておられる中森晶三師、貫太師。九皐会 観世喜之家系の先生ですが、素人向けに解説を増やしたり、演目を工夫したり、ユニークな企画を打ち出しています。



繰り返しになりますが、観世流では様々に特徴のある活動を行っている能楽師が少なくないので、機会を見ながらご紹介してみたいと思っています。

宝生の会

宝生流は個人の会が少ないのが特徴的です。
割合最近、と言っても先々代宗家の頃までかと思いますが、個人的な演能を許していなかったという話を聞いたことがあります。



ですから宝生の会としては、水道橋の宝生能楽堂で定期的に開かれる宝生会月並能、春秋と年二度の別会、夕方からの公演の宝生夜能、若手を中心とした五雲会、そして婦人能。これらが流儀の基本的な会、ということだと思います。



チケットの販売も財団法人宝生会としての形が中心の様子で、個々の能楽師はチケット販売よりも演能自体に集中しなさいということなのかも知れません。



宝生流ではプロの能楽師、職分として認められるためには、一度は宗家のもとで内弟子修行をしなければならない、と聞いたことがあります。
若手の方は、夏の五雲会で石橋を披き、春の別会で道成寺、そして年末の五雲会で乱を披くという、なんだかコースのようなものがあるようです。今年は別会の道成寺が渡邊茂人さん、石橋が和久荘太郎さん、そして乱が水上優さんです。昨年の春は水上優さんの道成寺を拝見しましたが、水上さんは今年の乱で若手として一人前になられるということでしょうね。



ところで加賀宝生という言葉がありますが、金沢は宝生流が盛んな地。金沢に根拠を持つ先生方も少なくありませんね。道成寺を披く渡邊茂人さんもご出身は金沢だったはず。
五雲会などでも最若手の一人、高橋憲正さんは私が密かに注目している若手能楽師ですが、やはりご出身は金沢。お父様は金沢で活躍しておられる高橋右任師です。金沢では金沢能楽会としての活動が行われていて、こちらではシテも年に何度か演じていらっしゃるようなのですが、ちょっと金沢までは行くのは大変です。大旅行になってしまいそう。

鉢木 櫻間右陣

金春会定期能 国立能楽堂
 シテ 櫻間右陣、ツレ 塚原明、ワキ 野口敦弘、アイ 榎本元 大藏千太郎
       大鼓 柿原崇志、小鼓 北村治、笛 藤田次郎



久しぶりの金春会。思いの外、能楽堂に早く着いてしまったため、強い風の中でずっと待つ羽目になってしまいました。



鉢木というのは、ご存知の方も少なくないとは思いますが、鎌倉幕府の執権、北條時頼にまつわる話。時頼は修行僧に身をやつして諸国を巡り、世情を調べているのですが、上野の国、佐野のあたりで大雪に遭い一夜の宿を借りるという設定です。



ツレが静かに登場して座に着くと、ワキの出となりますが、ツレの塚原さんもワキの野口さんも小柄でちょうど同じくらいの背丈ですねぇ。
野口さんのワキは重すぎず、渋い演技。大雪に難儀している風情が感じられます。
笠の下に出家のため角帽子を着けているので、笠を脱いだときにちょっと先の方を直されました。



ツレ、ワキの問答が済むとシテの出。
橋掛りを進むと一の松あたりで一度立ち止まり、「ああ降ったる雪かな」と謡って、さらに袂も朽ちて、それをいかんともしがたい落魄の態を嘆きます。右陣さんの能は何度か拝見していますが、今まで一番良かったかな、と思いました。



一度は宿を借りたいとの願いを拒むものの、あまりの大雪に旅僧を泊めることにします。が、薪もなく、秘蔵の梅、桜、松の鉢植えを切って薪にするという話。
作り物を後見が途中で運んできて正先に置きます。雪の代わりに綿が乗せてありますが、シテがこの雪を払う仕草。なかなか風情があります。



落魄の身で、破れた具足に錆びた長刀、痩せ馬一頭しかないが、それでもいざ鎌倉というときは、一番にはせ参じるつもりだ、とシテ佐野源左衛門は語ります。一夜明け旅僧は出発しますが、なにやら思わせぶりな言葉を残していきます。



ここで中入り。ワキが出発した後ろ姿の後、シテ、ツレが中入りします。
と代わってアイの早打が登場し、最明寺時頼が諸国の御家人に鎌倉に参じるよう命じたので使いに出た旨を述べます。「忙しい、忙しい」と動きまわる榎本さんの早打が引っ込むと後ワキ最明寺時頼がワキツレ二階堂某、アイ太刀持ちを連れて登場。座に着きます。



ワキの野口さん、装束が変わったせいもあるのでしょうが、一段格が重くなった感じ。
囃子が早笛に変わって後シテの出となります。うーん、やっぱり今までの中で、今日の右陣さん一番良い感じです。



後は時頼が源左衛門を探し出させ、本領を安堵して目出度し目出度し、となるわけですが、この手の成功譚ってきっと武家社会ではうけたんでしょうねぇ。山内一豊の妻もそうですが、話としては出来すぎの感じはあるものの、ついつい「ええ話やなぁ」と思ってしまいます。さらに、薪にした梅、桜、松にちなんだ所領ももらったという、実に出来すぎた話になっていて「いやあ目出度い」ということですね。



直面で舞もなく、謡の掛け合いが非常に多いという、どちらかというと特徴のある曲ですが、なかなか楽しめました。
地頭に故障があったのか、後見のはずだった本田光洋先生が代役。そのため後見は本田先生のご子息、芳樹さんと布由樹さんのご兄弟。本田先生の地頭で「これは!」と期待したのですが、いささか息が合わない様子で、ちょっと乱れ気味だったのが残念と言えば残念でした。
(本田先生は次の蝉丸も地頭。こちらは聞かせて頂きました)



とりあえず本日の記事は、鉢木のみです。残りは明日以降、順次アップします。

口真似 大藏彌太郎

金春会定期能 国立能楽堂
シテ 大藏彌太郎
アド 大藏教義 宮本昇



割合上演回数の多い曲だと思います。和泉にもあって、大藏でも和泉でも何度か観ていると思うのですが、違いは良くわかりません。



要は、太郎冠者が主人に「自分の真似をしろ」と言われたので、一から十まで真似をして、客を叩いたり耳を引っ張ったりの大騒ぎ、という話。
こういうドタバタものは面白いですね。



しかしふと考えてしまうのは、これってひたすら真似をしてドタバタの種となっている太郎冠者を笑おうとしているのか、それとも、実は太郎冠者に翻弄されているのは主人だ、というある意味ブラックな笑いなのか、どっちなんでしょうね。
大名狂言などは、おおかた大名がぼんくらだったりするわけで、萩大名などが典型的ですが、狂言を観ていると奥が深そうな気がします。



ところで大藏彌太郎さんに吉次郎さんのご兄弟、従兄弟の善竹十郎さんが、どうも区別がつかないという話を別なところに書いたのですが
「おっ、彌太郎さん歯が一本欠けてる」
じゃありませんか。意外な発見。

蝉丸 金春欣三

金春会定期能 国立能楽堂
 シテ 金春欣三、ツレ 金春康之、ワキ 高井松男、アイ 大藏吉次郎
       大鼓 上條芳暉、小鼓 曽和正博、笛 寺井久八郎



能の曲名は地名や人物名が多いのですが、人物名の場合は必ずしもシテの名とは限りません。この蝉丸もそんな曲の一つで、蝉丸はツレの名。
シテは逆髪で延喜の帝の第三皇女。蝉丸はその弟で第四皇子という設定になっています。このあたりの設定がいかにも能らしいですね。



囃子方が着座すると作り物の藁屋が出されてワキ座に置かれます。
座が落ち着くとツレの出。ワキツレの輿舁が付き、ワキ廷臣の清貫は後ろからついてきます。盲目のために帝の命で逢坂山にうち捨てられることになったわけです。



蝉丸は初冠に狩衣、指貫姿。確か他流では初冠は着けなかったと思うのですが、藁屋にも引廻しが無く、金春では古い形を残しているのかもしれませんね。
面は「蝉丸」だと思うのですが、盲目を表す面で、目を閉じた形で細く一文字に切ってあります。実は演者としては、この方が通常の面よりもよく見えるという話を聞いたことがありますが、真偽のほどはわかりません。



藁屋前でワキが蝉丸の初冠を外して角帽子に替え、狩衣も水衣に替えて出家の態となります。
金春康之さんは先日の式能でも、欣三さんの清経のツレで拝見していますが、この日はふわっとした謡で蝉丸の悲運が伝わってくるような感じでした。



いわゆる複式能ではないのですが、ツレを逢坂山に残してワキが橋掛りを戻って行き、代わってアイ博雅の三位が登場します。実質的にはここで中入り、シテの出からが後場という感じですね。



シテ逆髪は心の乱れからか、髪の毛が逆立っているという不思議な設定です。都を離れ逢坂山に弟宮を尋ねてくる訳ですが、この道行が聞かせどころ。地謡も力のはいるところですが、地頭は鉢木に続いてこの日二曲目の本田光洋先生。いや、こちらの地謡は良かったですね。
逆髪が藁屋に盲目の弟宮を発見し、姉弟の再会となりますが、趣深い曲です。



やがてシテ逆髪は都へ戻って行き終曲となるのですが、どうかせめてシテが幕に消えてしまうまで拍手をしないで・・・と祈る気持ちでしたが、やっぱり橋掛りの途中で拍手。ま、仕方ないなぁ・・・



ところで欣三先生、はや八十歳を越えておられるはずですがお元気ですね。
ふと、お声が観世栄夫さんに似ているなぁ、と思ったのですが、さてどうでしょう。

春日龍神 山井綱雄

金春会定期能 国立能楽堂
 シテ 山井綱雄、ワキ 森常好、アイ 大藏基誠
       大鼓 亀井実、小鼓 観世新九郎、太鼓 桜井均、笛 一噌隆之



昨年暮の道成寺、あれ以来の山井さんの能ですが、曲は春日龍神。



栂尾の明恵上人が入唐、さらに渡天をしようと思い立ち、春日明神に参詣するというのが発端。
ワキ明恵上人が登場し「是は栂尾の明恵法師にて候」と名乗ります。森さん、堂々たる上人ですねえ、正面でみていると本当に大きい。



やがてシテの出になりますが「お幕」の声がゆったりと聞こえて、それに呼応するようにゆっくり揚げ幕が上がります。
前シテは宮守の老人。
いや山井さん、道成寺を経て、一段大きくなったような感じです。老宮守の風格が出ていて、思わず見入りました。



初めて山井さんの能を拝見したときも、お若いのに前シテに風格があって、それで興味を持ったのですが、以前にも増して雰囲気が出ているように感じました。



明恵上人の入唐を止めさせようと、様々に言葉をかけるわけですが、このあたりの謡もなかなか。さらに高橋忍さん地頭の金春の若手地謡陣が、良く息の合った地謡でシテをバックアップしている感じです。
中入り前の地謡は特に良かったですね。この「我は時風秀行ぞ」というのは妙な文句で、時風と秀行は、私の地元茨城の鹿島から、春日山に遷る武甕槌神に従ってきた中臣時風と中臣秀行という二人の人物のはずなのですが・・・



それはさておき、シテと交代にアイの末社の神が登場し、これから三笠の山に五天竺
を写し、様々な奇跡を見せる、ともう一度語ります。



さて早笛で後シテが登場。
速い!
竜神の舞をみながら「そうそう山井さんは舞が上手だったんだ」と再確認。



うまく表現できないのですが、例えばオートマの車を運転していてバックから前進に切り替えるときに、いったんブレーキをきっちり踏んで完全に止まってからじゃなく、流れるようにバックから前進に切り替えられた時のような、なんともいえない感じなんですね。
たぶん天性のものがあるのではないかと思うのですが、なかなかこういう舞をされる方に出会いません。
以前、山井さんの融を拝見したときも、後シテの舞に同じような印象を持ちました。



というわけで春日龍神には大変満足したのですが、若い方たちの地謡も曲調に合って、満足できました。地頭、高橋忍さんの声が全体を引っ張っているのが良くわかりましたが、実は当日、正面やや右側の席を取ったので地謡後列がよく見える場所。見た目には辻井八郎さんの謡ぶりが大変印象的。
辻井さんはご趣味が格闘技全般とのことですが、春日龍神の謡と「格闘」中の感じでした。

金春の会

金春会の観能記の後ですが、ちょうど金春の会の話を書こうと思っていましたので・・・



金春流はプロの能楽師があまり多くない、言ってみれば小流ですが、宗家に近い先生方と櫻間一門の先生方の、大きく二つの派に分かれている、と言われます。



櫻間家はもともと熊本、細川藩のお抱え能楽師で、幕末に江戸に出て以来、櫻間左陣(伴馬)、弓川、そして道雄といった名手が出て東京での勢力を築いてきました。
一方、宗家は奈良を本拠地としてきたこともあって、東京では金春流と言えば櫻間家という時代が長かったと聞いています。



現宗家、79世金春信高師は、戦後一家をあげて奈良から東京に居を移し、現在はご子息にあたる安明師を中心に活動が盛り上がってきています。



流儀の定例会は年8回の金春会が中心ですが、奈良や大阪など関西でも催されています。この会には宗家に近い先生方、櫻間一門の先生方、そして女流の先生方も皆さん出演されています。



宗家に近い先生方の円満井会は、観世九皐会の矢来能楽堂で定例会が開かれます。一方、櫻間会は渋谷の観世能楽堂が会場。
櫻間家の当主は現在、櫻間右陣師。名人道雄の外孫に当たる方で、たしか本姓は黒田さんとおっしゃったかと・・・。また櫻間金記師は本名は瀬尾菊次さんとおっしゃって、私にはこちらの名前の方が馴染みがあります。大学の講師などもされています。



金春で、上手いなぁと常々感銘を受けるのが本田光洋師。父上、故本田秀男師は櫻間伴馬の弟子で、光洋先生も子方の頃から櫻間家の舞台に立っておられた様子。そんな関係からか、道成寺の斜入や邯鄲の飛び込みなど、櫻間系の芸を伝承しておられます。
ですが現在の活動は宗家、安明師とご一緒にされているような感じです。ご子息と年に一度、秀麗会を催されていますね。
光洋師と金記師の二人の会、轍の会も年に一度、定例公演を行っています。



私はずっと前、まだ宝生の能楽堂が水道橋能楽堂といった頃に、晩年の櫻間道雄師の能を観て大変感銘を受けたことがあります。が、その後は金春の能を観る機会がほとんど無く、ここ数年、ようやく時々観るようになったのですが、会の運営など好感を持って拝見しています。

東京で金剛を観る

シテ方5流のうち、金剛流のみ、宗家が京都に在住していることもあって、東京での金剛流の演能は極めて少ないのが現状です。



京都では新築なった金剛能楽堂を中心に、月例で会が催されているようですが、東京では年に四回の東京金剛会が流儀の正式な会ということになります。
東京金剛会には、京都からも宗家 金剛永謹師をはじめとする先生方が出演されていて、金剛の能に触れる機会としては悪くないかな、と思っています。



東京在住ということでは、山田純夫師の潤星会が年に一度の定例公演を行っていて、東京で金剛の灯を守っている感じです。



また宗家の個人の会、金剛永謹能の会も年に一度、東京での定例公演を行っていて、これも金剛の能を観るチャンスになります。



いずれにしても、東京で公演をされる金剛の先生方は極めて少ないので、二、三度、観に行くと、ほぼ全員のお顔を覚えてしまう感じですね。

志賀 水上輝和

五雲会 宝生能楽堂
 シテ 水上輝和、ツレ 當山淳司、ワキ 高井松男、アイ 河路雅義
       大鼓 原岡一之、小鼓 森澤勇司、太鼓桜井均、笛 藤田次郎



今月の五雲会はいささか楽しみにしておりまして、万難を排して・・・観に行ってきました。
金春会のように、一番ずつ観能記を書いてみようと思っています。



最初は志賀。まさに脇能の作りで、前半は老人の態、後シテでは志賀明神として神舞を舞うのですが、志賀明神は六歌仙の一人、大伴黒主が祀られたもの。黒主さん、草紙洗小町での悪人ぶりとは打って変わって、神様として登場です。
春三月の能ということで、志賀の桜がテーマになった春らしい曲。



能の始まる前にはお調べということで、楽屋で囃子の手合わせのようなものをしますが、笛の音が伸びやかに聞こえてきて、なんだか嬉しくなってしまいました。藤田次郎さん、好調の様子です。



次第でワキの宮人、従者が登場。高井松男さんのワキに、大日向さんと梅村さんのワキツレ。小気味よい謡です。
ワキの謡が終わると、シテ、ツレが登場。花の一枝を添えた薪を背負った老翁が若者を従えた風です。花の木陰にやすらうところにワキが声をかけるという、なかなか風情ある場面ですが、どうも古今集仮名序の「おほとものくろぬしは、そのさま、いやし。いはば、たきぎおへる山人の、花のかげにやすめるがごとし」から引いたようですね。



前シテは春の長閑さをゆったりと謡う感じ。水上輝和さん良い声です。味わい深い謡でした。
静かな中入りで、アイの語り。後シテは高砂同様の神の姿となります。



「忝なしや神楽の舞・・・」で神舞になります。
脇能が好きだという話を何度か書いていますが、およそ脇能はあまりストーリー性が無いのですが、前半の老体と後半の神との落差、颯爽とした舞の面白さなど、気に入っています。
昔の人は、きっと後シテの神が登場すると、有り難い気持ちになったのではないか、とふと想像しています。

文山賊 三宅右近

五雲会 宝生能楽堂
 シテ 三宅右近、アド 前田晃一



狂言も古典芸能の一つですし、そもそも200曲くらいしか現行曲がないので、同じ演目を度々観ることになるのは当然のことです。
でもさすがに同じシテでほぼ一月の間に二度観ると、ちょっと感想などが書きにくいことは間違いありませんね。というわけで、先月の式能に引き続いて三宅右近さんの文山賊を観ることになりました。
休憩と割り切っても良いのかも知れませんが、ついつい申し訳ないような気がして、しっかり観てしまいます。



山賊二人。アドが弓矢、シテが槍を持ち、アドが先に立って「やるまいぞやるまいぞ」、シテは後から「やれやれ」と呼ばわりながら登場してきます。
二人は獲物を追いかけているわけですが、結局取り逃がしてしまいます。
なぜ逃がしてしまったのかというシテの問いかけに、アドは「やれやれ」というから「やった(逃がした)のだ」とこたえるわけですが、発端としてはなかなか面白いと思います。



この大きな声で呼ばわりながら登場する、というのは、狂言には割合良くある設定ですが、見所がざわついているのを静める意味だったのではないか、と思っています。
狂言の起源は、おそらくは即興的な物真似とも言われますが、とすればまずは注目させる必要があったのでしょう。



現在でも実際のところ、狂言の会でもないと、狂言の時間はトイレや食事の時間と割り切っている観客も少なくありませんし、特に五雲会などのように番数の多い会では余計にそういう傾向があるように思います。
能一番が終わると観客の緊張も解けてしまうので、こういう出方は効果的でもありますね。



山賊二人の取っ組み合いから、やがて仲直りして手に手を取って家路を急ぐという、なんとも微笑ましい設定で、楽しい話です。

胡蝶 高橋憲正

五雲会 宝生能楽堂
 シテ 高橋憲正、ワキ 御厨誠吾、アイ 三宅近成
       大鼓 佃良勝、小鼓 森貴史、太鼓 三島卓、笛 藤田貴寛



今回の五雲会での目当てその一。
胡蝶って、まあ他愛のない曲でして「蝶の精が梅の花に縁の無いことを嘆き、これを聞き届けた旅僧の読誦する経典の功徳で、梅の花に戯れる」という、ま、だからどうなの、というような話です。



とは言え、能にはこの手の、現代人から見れば「だからどうなの?」という感じの曲が少なくありません。これを情緒とみるかどうかは、感覚的な問題かもしれませんね。



ともかく、角帽子に笠をかぶった旅姿のワキ僧が登場。一条大宮あたりの古御所で、車寄せから中を覗くと梅が盛りとなっています。
ここで幕内からシテの呼び掛け。いい風情です。
シテはゆっくり橋掛りに現れ、二の松あたりで一度歩みを止めた後、舞台に入ってきます。



期待して見ているせいなのかもしれませんが、ただ橋掛かりを進み、舞台に入ってくるだけなのに、なんだか花があるんですよね。
前シテは里の女。ここで梅の花を巡って、シテ・ワキの問答。居グセと展開します。
話の中心は梅の花。おりしも、今年は少し遅れた梅の花が満開の時節。早春の風情ですね。



女は「自分は蝶の精だが、四季折々の花に戯れるのに、梅の花に縁がない」と嘆き、僧の夢の中に現れようと言って、姿を消し、中入りとなります。



後シテは緋の大口に紫の長絹、天冠に蝶の立物。華麗な出で立ちです。
期待に違わず、高橋憲正さん、流麗な舞です。中ノ舞が短く感じられて「ああ、もっと観ていたいものだ」と思っていたら、また舞に。
この曲、破ノ舞もあったんですね。ちょっと記憶が怪しい・・・



ともかく目当てその一は、期待通りの能でした。ああ、今年はもう東京では高橋憲正さんのシテはありませんね。金沢までは、ちょっと遠い・・・

百万 東川光夫

五雲会 宝生能楽堂
 シテ 東川光夫、子方 佐野幹、ワキ 野口能弘、アイ 三宅右近
       大鼓 安福光雄、小鼓 亀井俊一、太鼓 助川治、笛 内潟慶三



百万は人気曲の一つ。上演回数も多く、観る機会の多い能ですね。
観阿弥が得意とした嵯峨の大念仏での女物狂いの物真似をもとに、世阿弥が能作したと言われていますが、そのあたりは解説書などを読んで頂けると良いかと思います。



さて、西大寺あたりで迷子を拾った三芳野の男、ワキが子方を連れて登場します。
嵯峨の大念仏を見物にやってきたという趣向。佐野幹クン、しっかりしてますね。
「何か面白いものを見たいもの」とアイの男に求めると、アイが「百万という女物狂がいるので、念仏をして呼び出してみよう」と言い、念仏を始めます。
「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦、釈迦釈迦」と妙な念仏なのですが、アイが念仏を始めるとシテ百万が登場します。



シテ百万は大口に長絹、烏帽子を着けた曲舞師姿で、笹を持って登場します。
長絹が翡翠のようなと言ったらいいのか、とても綺麗でした。装束には詳しくないので、良くわからないのですが、上品な雰囲気です。色や柄の名前がわかるともっと楽しいのですが・・・いずれ機会を見て。



登場した百万は、アイの下手な念仏に「あら悪の念仏の節や」と自らが念仏の音頭をとりはじめます。
この時、手に持った笹でアイを打ち、アイが「蜂が刺いた」と大騒ぎする型がありますが、本日はシテが常座で呼び掛け、ワキ座前あたりで念仏をしていたアイは静かに切戸口から退場しました。



シテ百万は「南無阿弥陀仏」と念仏を始めますが、アイが南無釈迦牟尼仏、シテが南無阿弥陀仏との使い分けには、やはりなにがしか意味があるんでしょうね。
その後、車の段、笹の段、さらにクセとシテの舞尽くしが続きます。
東川さん、舞のスケールが大きく感じられます。地謡では良く拝見してますが、考えてみると東川さんのシテを見たのは初めてかもしれませんね。
面のせいもかも知れませんが、私、どうも百万には貧相な感じを持っていたのですが、良い意味で印象が違った感じでした。

苞山伏 高澤祐介

五雲会 宝生能楽堂
 シテ 高澤祐介 アド 三宅右近、前田晃一



今回の五雲会での目当てその二。
高澤祐介さんに注目しております。が、なかなかシテで拝見する機会がなく本日は楽しみにしていたところです。



小アド山人が、棒の先に鎌と苞を付けて登場。山仕事に出てきたわけですが、朝が早かったので眠いと、寝てしまいます。
続いてアド山伏が登場し、これも疲れたので一寝入りと、横になってしまうわけです。



そこに登場するのがシテの使いの者。用事あって山道を通りかかると、寝ている二人に気付きます。ちょうど空腹を感じていたところで、山人の苞に気付くという趣向です。
シテは苞の中身、山人の弁当を食べてしまうわけですが、さて何が入っていたのやら。藁苞を縦に持ち、開いて中の物を食べ、さらに手ですくう仕草があります。どうも、おむすびだけではないような感じなのですね。



私の地元水戸は納豆が名産で、今でこそパック入りの納豆が主流。藁苞納豆は観光みやげでしかお目にかかりませんが、子供の頃は藁苞に入った納豆が普通に商店で売られていました。
苞を開いて食べる仕草を見ていると、ふと納豆を思い出してしまって、いや昼食ですから納豆ということはないのですが、苞イコール納豆という原体験の強烈さということでしょうか。



さて山人が起き出して、苞の中身がないことに気付き、大騒ぎになりますが、山伏の法力でシテが動けなくなってしまい、悪事が露見するという次第。
知らぬふりをして立ち去ろうとするシテが、山伏の法力で引き戻されるところが見どころの一つ。これは面白い。
高澤さん、前半部分でいささか精彩を欠いた感じがしたのですが、このあたりから調子が出てきたようで、楽しい狂言になりました。
確か、この曲、大藏には無かったように思います。

夜討曽我 高橋亘

五雲会 宝生能楽堂
 シテ 高橋亘、十郎 金井雄資、団三郎 辰巳孝、鬼王 澤田宏司、古屋 内藤飛能、
        五郎丸 金森隆晋、立衆 金野泰大 川瀬隆士、アイ 金田弘明
       大鼓 高野彰、小鼓 住駒俊介、笛 成田寛人



曽我物というのは何曲かあって、小袖曽我や禅師曽我、調伏曽我などがありますが、夜討曽我はまさに敵討ちの前後の場面。
前場は曽我兄弟が討ち入りを前に、家来の団三郎、鬼王兄弟を帰そうとする涙の別れの場面。後場では敵の工藤祐経を討ち果たしたものの、十郎は討たれ、五郎も頼朝の手の古屋や五郎丸などに攻め立てられて、とうとう絡め取れれてしまいます。



前場ではシテの五郎とツレの十郎、むしろ十郎の方が重い役どころで、両シテ扱いということですね。金井雄資さんの十郎は風格があり堂々たるもの。
団三郎と鬼王がこの場から引き返すように言われ、いっそのこと互いに刺し違えて果てようとするところを、五郎、十郎が止めに入りますが、ここはなかなかの見せ場でした。



工藤祐経を討つ場面はアイの語りで省略され、後場は頼朝の差し向けた討手と五郎の立ち回りになります。このあたりの大胆な処理は能ならではですね。工藤祐経を討つ場面が入ると、流れが複雑になってしまうので、語りで切り上げてしまったということなのでしょう。



シテ高橋亘さん、体が大きいのでどうされるかなと思っていましたが、なかなかにシャープな体の捌きで後場も楽しめました。
小鼓にハプニングがあり驚きましたが、まずは楽しめる能ということでしょう。
ハプニングの話は別ブログに・・・
別ブログはパスワード付です。読んでみたいという奇特な方はメールをお願いします)



曽我物というのは随分と人気があったようで、古くは幸若舞の演目でも人気があったようですし、歌舞伎でも様々に取り上げられていますね。
どうも日本人には敵討ち好きという特性があるようで、忠臣蔵や荒木又右衛門の敵討ちともに、日本三大敵討ちの一つとか。



能では五郎、十郎が母を別れを告げに訪れ、相舞を舞う小袖曽我が人気があるような気がします。

喜多流の会

喜多流の先生方は、形の上では皆さん揃って喜多会を離れているため、目黒の喜多六平太記念能楽堂での定例公演も、喜多流職分会自主公演能ということになっています。
また流儀全体としては、若手を中心とした青年能の催しもあります。



しかし、上のような事情もあってか、喜多流の場合は個人や家の会の方が、むしろ盛んな印象があります。



中でも、友枝昭世師の友枝会、友枝昭世の会。粟谷家一門の粟谷能の会などは、チケットがなかなか入手できないくらい、人気もあり観客動員も多いようです。



友枝昭世師は、現代の能楽師としては梅若六郎師と並んで、人気・実力ともに素晴らしいものがあります。
拝見してみると、確かに噂に違わぬうまさを感じますが、同時に驚くのが見所。
この先生の会では、演能が終わっても誰一人拍手をせず、しーんと静まりかえったままで、能の余韻を楽しむのが通例となっているようです。
この拍手については、いろいろと思うところもあるのですが、それはまた機会を改めて。



粟谷家は、人間国宝の最長老、粟谷菊生師を筆頭に、菊生師のご兄弟や甥御さん、ご子息、お孫さんと数々の能楽師が活躍中。残念ながら、私はほとんど拝見したことがないのですが、追々、機会を見て粟谷能の会にもお邪魔してみようと思っています。

このブログのスタンス

このブログは、能や狂言に興味を持っている方に、私の感じる能・狂言の面白さをお伝えしたいというつもりで書いています。



ひろく観能記録や基礎知識的なもの、能狂言を巡って私が思うことなど、思いつくままに書いていますが、何分、研究者というわけでもなく、稽古していたのもずっと昔のことで、要は単なる一観客に過ぎません。
そのため難しい芸術論や、専門的な解釈などはそもそも無理な話。実際に舞台を観て感じたこととか、これまでに私が見聞きしたことで、知っていると能狂言を観るときにちょっと楽しい、といった話を書いていこうと思っています。



そんなわけで、どちらかというと、これから能・狂言を観てみようかと思っている方、あるいは最近観始めた方が読むのに適したような話題が多くなりそうです。
鑑賞記録も、感想だけでなく曲のおおよその構成、流れについても触れています。これから同じ曲を観るときに、ちょっと参考にしていただければと思っています。



能・狂言ともに室町時代に大成されて以来の長い伝統があり、用語なども特殊なものが少なくありません。いちいち断らずに鑑賞記などを書いていますが、基礎的なものについては追々、簡単な解説も書いていくつもりです。



一回毎の記事は短めに、継続して書き綴ってみようかと考えています。出来れば一回の記事にひとつくらい「へー」という話題があるといいのですが、それは欲張りすぎかもしれませんね。

見所・・・このブログのスタンス(つづき)

見所、観客席から転じて観客そのもののことも言います。
能・狂言、特に能は、古典芸能の中でもある意味、特殊なポジションにある、と思っています。というのも、観客の少なからぬ割合の方が、自らも謡や仕舞などを稽古していて、特定の能楽師と師弟関係にあるからです。
歌舞伎や落語、文楽も伝統芸能の最たる物ですが、これらを稽古している素人・・・ってほとんどいないのではないでしょうか。



そのため能の会では、謡本を持ち出して謡い方を確認しているばかりか一緒に謡っている方までいたり、自分の先生の出演される能だけ観るとさっさと帰ってしまう方なども少なくありませんでした。
ですが、こうした雰囲気は、私が観能を続けている間にも随分と変わってきたように思います。



大きなきっかけは、亡くなられた観世寿夫さんと、先代の銕之亟である故観世静夫さんのご兄弟を中心とした銕仙会による様々な試みと普及活動。それを受けた各流の活動だったと思います。しかしこのところの大きな変化としては。野村萬斎さんが火を付けた狂言人気があると思っています。



故寿夫さん・静夫さんご兄弟を中心とした活動の話は、また別に書くとして、萬斎さんの人気から狂言ファンが増え、ござる乃座のように狂言だけの会が多々催されるようになりましたし、また萬斎さんの追っかけの方たちが、様々な能会にやってこられるようになりました。
当然のことながら萬斎さんを追っかけているので、シテ方が何流かは関係ありません。これは見所の大変な変化だと思います。昨年の金剛永謹能の会も、私は永謹師の通小町を観に出かけたのですが、開演のずっと前から列が出来、しかも先頭の方の方たちはほとんどが萬斎ファンでした。



これ、私はある意味でとても良い傾向ではないか、と思っています。

見所・・・このブログのスタンス(つづきの2)

私は若い頃・・・学生時代にいわゆる能楽研究会で観世流の稽古をしていました。当然のように観能も観世流、しかも先生の会が中心でした。
そして同じ観世流ということもあって、お世話になったのが銕仙会。



銕仙会は能楽の普及活動に熱心に取り組んでおられて、格安の学生券を斡旋していました。当時は月一度の銕仙会を観るために、様々な大学の学生たちが水道橋能楽堂に集まっていたものです。



けれども私自身は個人的に他流にも興味があって、あまり数多くではありませんが、密かに宝生や金春の能を観に行っていました。



その後、卒業して田舎に戻ってしまうと、観能に出かける機会もめっきり少なくなってしまい「特別の機会があれば観る」という状態が長く続いていました。
そんな状態が大きく変わったきっかけは、平成15年の秋に思い立って金春会を観に行ったことです。この時「ああ自分は本当に能楽を観るのが好きなんだなぁ」とつくづく実感しました。



それ以来、月一度程度ですが、定期的に能を観るようにしています。
そしてきっかけが金春会であったように、流儀にとらわれず、観たいものを観ることにしています。要するに一観客に徹することにしたわけです。



「観客なんだから当たり前じゃないか」と言われそうですが、どこか意識の中に、昔稽古していた頃の感覚が残っていたように思います。それがクルっと変わってしまった。
そうした目で見ると、萬斎ファンの方たちがとても好ましく感じられます。



別にシテ方五流を均等に観るということにこだわっているわけでもありませんが、極力いろんな方のいろんな演技を観てみたい、と今は思っています。
そんなわけで、観能記も様々な流儀の能が出てきますが、私の見所としてのスタンスということで、ご理解いただければと思います。

見所・・・このブログのスタンス(つづきの3)

さて、能については五流、流儀にとらわれずというスタンスですが「狂言はどうなのか」



私、狂言はとても好きです。
たぶん中学の頃かと思いますが、国語の教科書に附子か柿山伏か、どちらかが出ていて「面白いな」と思った記憶があります。



でもなんと言っても衝撃だったのは、初めて能楽堂で狂言を観たとき。
一人が台詞をしゃべっているのにもう一人も同時に台詞を言い出したり、登場してきた男が「このあたりに住まいする心の直ぐない者でござる」なんて言い出したり
「ええーっ!?」という驚きでした。



二人しか登場人物がいないのに、二人が同時に台詞を言うなんていう劇はみたことがありませんでした。「これじゃ台本の書きようがないじゃないか」と思ったりもしました。
また、確かにナレーターもいないし、写実的な衣装や仕草をするわけでもないので、自分のことは自分で説明するのも理解できないわけではありませんが、それにつけても「私は悪人です」なんていう自己紹介ってあるのかなぁ、と思ったり。



そういうわけで、すっかり狂言が気に入ってしまいました。
私の学生時代には、狂言だけの会というのはほとんどありませんでしたから、狂言を観るのは能の会の時だけ。でも当時、能の会に来ている観客の多くは、シテ方の先生に謡や仕舞を習っているお弟子さんでしたから、狂言の時間は休憩と割り切っている方も多く、能一番が終わって狂言になると観客席が半分くらいの人数になってしまったり。とても残念な思いがしました。



そんな意味でも、萬斎人気、なかなか良いぞと思っています。



・・・でも能四番、狂言二番といった会、全曲観るのはけっこうハードです。
やっぱり適当に息を抜かないと、せっかくの能狂言が楽しみから苦痛になってしまいますよね。

能の花 狂言の花

このブログの題にもしている言葉ですが、「狂言の花」の方は「能の花」と対にしたいと思い付け加えたもので、もともとは「能の花」
割合良く聞く言葉です。



世阿弥の書いたという風姿花伝や花鏡が元なのでしょうけれど、花という言葉が能のもっとも大切なものとして語られています。
花、幽玄、闌位と、世阿弥は美について考察を深めていきますが、それは世阿弥能芸論の解説書に寄って頂くとして、私がこのブログの題にふとこの言葉を思いついたのは、学生時代のちょっとした思い出のためでした。



その頃、頼まれて小林秀雄の「無常といふ事」を読んだレポートを書くことになりました。私の悪いクセで、直ぐ安請け合いしてしまうんですね。
「美しい『花』がある、『花』の美しさというようなものはない」という有名な一節のある一文です。
ま、なんとか書けるだろうと思っていたのですが、そうは言っても難解で、どう書いたものかと迷っていました。



ちょうどその頃に櫻間道雄の自然居士を観たんです。前にも書きましたがこれは強烈な印象でした。
たぶんもう少しで八十歳になられる頃だったと思うのですが、信じられないような瑞々しい芸でした。そして「美しい花」と「花の美しさ」がストンと自分の中に落ちた感じがしたんですね。



私の感じたものが小林秀雄の言いたいことだったのかどうか、それはわかりません。
なにしろ小林秀雄の文章は難解で有名。ある時小林秀雄のお嬢さんが、いたずら心で秀雄氏本人にはそれとは知らせず、ずっと以前に本人が書いた文章を読ませたところ
「分かり難い文章で何が書いてあるのか理解できない」
という趣旨のことを言ったという、おそらくはデマなんでしょうけど、そんな話がまことしやかに言われるほど難解です。



ですから、小林秀雄の言いたいことがわかったという意味ではないのですが、私は私なりに「美しい花」を理解しています。そして能や狂言を観ているときに、ふとこの「美しい花」の話を思い出すんですね。



そんなわけで、このブログを「能の花 狂言の花」と名付けてみました。

国立能楽堂

千駄ヶ谷の国立能楽堂は、金春会や東京金剛会の定例会、数々の家の会や個人の会の会場としても利用されていますが、この能楽堂を運営する日本芸術文化振興会の自主公演が月例で催されています。
格安の料金で、様々な能狂言を観ることのできる良い機会と思います。



初めて能を観てみようと思われたら、まず、この国立能楽堂の自主公演をお勧めします。
わけても、月一度第二土曜日に行われる普及能は、解説と能一番、狂言一番の構成で、初めて観るには最適の番組かもしれません。



自主公演のチケットは国立能楽堂のほか、チケットぴあなどプレイガイドでも扱われているので、入手するにも垣根が低いかもしれません。
クレジット会員向けのチケットサービスなどで、国立能楽堂の割安なチケットを扱っている場合もありますね。



企画公演や特別企画公演などでは、能楽と他の芸能とのコラボレーションや、滅多に演じられることのない曲が取り上げられたりなど、しているようです。



ただ、好みの問題かも知れませんが、私としては能楽堂が広くて綺麗なので、逆に演者の気が拡散してしまうような感じがしています。そんなわけで、観客席があまり広くない矢来能楽堂なども好きな能楽堂です。

ワキ方三流

現行のワキ方は、下掛宝生、福王、高安の三流です。
東京のワキ方はほとんど下掛宝生一色の感じで、福王流は村瀬純さん親子など、高安流は和泉昭太朗さんなどしか拝見したことがありません。



古くは、といっても江戸時代になって、四座が形を整えた頃と思いますが、観世座付の福王、新藤二流をはじめ、下掛宝生、春藤、高安の都合、五流があったそうです。
たしか春藤流は金春座付、高安流が金剛座付だったと思うのですが、下掛宝生はその春藤流の流れを組んでいるため、上掛りの宝生座付で宝生流を名乗っているものの、下掛宝生と呼ばれるのだ、と、まあそんな話を聞いたことがあります。



下掛宝生の現在の宗家は十二世の宝生閑師。大名人といわれた宝生新の孫にあたりますね。
私が能を見始めた頃は、先代の宝生弥一、森茂好といった名人の絶頂期で、閑先生はワキツレで出ることも少なくなかったように思います。
森常好さんは、お父様のツレで出てくる、ひょろっとした青年、という印象でした。



宝生新と言えば、かの夏目漱石が謡を習っていたというのでも有名。
そういえば「我が輩は猫である」の苦沙弥先生が謡を習っているものの、いつも「これハ、平の宗盛にて候」ばかりを繰り返しているという話が出てきます。熊野のワキですね。



福王、高安の二流は、そんなわけであまり拝見したことがありません。ワキ方各流の違いも正直のところ良くわからないというところです。
福王流は十六世福王茂十郎師が宗家。関西在住ですが、ご長男の和幸さんが梅若六郎師の新作能「紅天女」にワキとして出ておられましたね。



高安流の宗家は、廃絶していた系統が再興されて、十四世高安勝久さんが宗家。名古屋を中心に活動されているようですね。

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