FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

血縁のありなし

この間、金剛流について書いたときにもふれましたが、血がつながっているかどうかというのは、それほど重要なことではないと思っています。



それというのも、江戸時代までの「家」というのは現在でいう会社のようなもので、商売にせよ芸事にせよ、もちろん大名家も、家という形を取ることで代々続いていく一つの経営体なわけです。
当然に凡庸な当主では家運を傾けてしまうので、必要に応じて養子をとったり、別家をたてて「家」の永続をはかろうとしたということですね。



もちろんどうしても血統、血がつながっていることが重要だと考える人ももちろんいるわけで、そうしたときに血筋が絶えないようにするのが、親戚筋に跡を継がせるという方法。
例えば徳川幕府は初代の家康の時に、既に御三家として尾張、紀伊、水戸に徳川を名乗る家を置き、宗家の血筋が絶えそうになったらここから将軍を出すことにしたわけです。



案の定、わずか四代目の家綱は子がないままに亡くなり、この時は弟の綱吉が。さらに綱吉も子供が無かったため甥の家宣が将軍になりますが、その家宣の子である家継で家系が絶えてしまい、紀伊家から吉宗が将軍となったわけです。



女性天皇、女系天皇の問題では昨今も大騒ぎになりましたが、もともとそうしたことがあるので戦前まで宮家として天皇家の血統を伝える家がいくつもあったのでしょう。
とは言え、天皇家や将軍家ならいざしらず、血統が絶えるのを慮って親戚筋を然るべき身分で残しておくなどということは現実にはほとんど不可能なわけで、通常は養子を迎えたり、別家から跡継ぎを迎えたりするのが普通だったようです。



同じ名字を名乗っていると親子や兄弟ではないか、とすぐ思ってしまうのが、こうした「家」の制度に馴染んでいない現代人の傾向かもしれません。
狂言の茂山家も茂山千五郎家と茂山忠三郎家に全く血縁が無いのは、狂言ファンの方ならよくご存知の話ですね。

スポンサーサイト



 | HOME | 

カレンダー

« | 2006-06 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。