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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

霊の語り・・・忠度つづき

忠度の霊の望みは、詠み人知らずとされている千載集の歌に作者をつけて欲しいということです。
千載集には俊成の撰により忠度の歌「さざ波や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」が収められていますが、忠度が勅勘の身であったため詠み人知らずとしてあります。これを定家に伝えて、作者忠度の名を出して欲しいという願いですね。
そしてこの願いを述べた後、自らが命を落とした一ノ谷の合戦の様を物語るわけです。


地の下歌「年は寿永の秋の頃」から、この合戦の様になるわけですが、他の修羅物とはいささか異なった構成で、シテは忠度の霊として自らの様子を語っているのですが、源氏方の岡部六弥太と組み合いになり、忠度が討ち取られたところからは、六弥太となってその後を語ります。


さらに一場の物語が果て「御身その花の・・・」と地の謡が変わるところからは、再び忠度の立場に戻りますが、詞章からいうと中入り前の霊である老人に戻った風情で、この形で姿を消すという、いささか不思議な構成となっています。


観世流では後シテの「行き暮れて木の下陰を宿とせば」の後に立廻りが入り、この曲の主題ともなっている和歌の情趣を引き立てますが、金春では一ノ谷の合戦に入り「皆々船に取り乗って海上に浮かむ」の後にカケリが入りました。
戦の場面の盛り上がりということなのでしょうね。
たしかに修羅物という構成から考えると、この金春の設定の方が無理がない感じがします。


後の席のご老人が連れの方に「井上さんの型が素晴らしい、特に六弥太になって忠度の死骸を見やる形が絶妙だった」と絶賛しておられたのが印象的でした。
たしかに平家の公達を思わせる品のある姿でしたね。

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