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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

すごい! んですが・・・

お盆に休暇をとるのも良いもので、今年はゆっくりさせて頂きました。
が、のんびりした日々も今日で最後。明日から再び仕事です。


そんな昼下がりで、能狂言のあれこれは今夜から、先日の観世会観能記の続きを書くつもりでおります。
それに先だって書いておきたい話が一つ。


実は先日から気になっている番組があります。
幸清次郎先生が古希を迎える記念ということで、11月23日、国立能楽堂で古希記念幸清会が開かれます。この番組がすごい!


舞囃子や一調、素囃子などもすごいのですが、能が四番。
卒都婆小町 一度之次第   梅若 紀長
鸚鵡小町             金剛 永謹
姨捨                観世 清和
檜垣  蘭拍子          梅若万三郎
と、老女物尽くし。


こんなすごい番組はちょっと見たことがありません。
さすがに囃子方の先生の会ならではという感じがします。


で、観に行くのか?
いやあ私も能好きではありますが、さすがにこのすごい会を観に行くだけの自信は出てきませんでした。
どなたかいらっしゃる方の鑑賞記でも拝読できれば幸いか、と思っています。


さ、今夜まで残る休みを最大限、楽しんでおきましょう・・・

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千手 観世芳伸(観世会定期能)

観世流 観世能楽堂 2006.8.6
 シテ 観世芳伸、ツレ 武田尚浩
  ワキ 森常好
   大鼓 佃良勝、小鼓 亀井俊一
   笛 寺井久八郎


千手は、平家物語にみえる千手の前の話をもとに作られた能で、一説には金春禅竹の作と言われています。三番目ものですが、いわゆる現在能で一場構成です。世阿弥の時代とはいささか異なった扱い方という感じがしますね。


千手の前の話は吾妻鏡にもみえ、実在の人物だったようです。
元暦元年四月八日、一ノ谷の合戦で捕虜になった平重衡が鎌倉に護送されてきて、狩野介宗茂が警護にあたります。
その後の二十日、終日雨の一日に頼朝が重衡の入浴を許し、その際に藤原邦通、工藤祐経そして千手の前という女官を遣わして重衡の徒然を慰めたとの記事があります。


重衡は大変喜び、工藤祐経が鼓を打ち今様を歌うのにあわせ、千手が琵琶を弾き、重衡が横笛をあわせるなど、楽しい酒宴となった様子。
ここで後生楽、往生急の話が出てきます。


さて夜半に千手が帰ろうとすると、重衡は引き留めて盃を与え「燭暗くすは数行虞氏の涙、夜深けては四面楚歌の声」と朗詠しました。
千手が頼朝のところに戻り報告すると、感じるところのあった頼朝は、千手に宿衣一領を持たせて重衡に遣わしたと書かれています。


一方、平家物語では、重衡を預かった宗茂が湯殿を設けて入浴させ、その際に千手の前に世話をさせたという話になっています。
重衡は千手の振る舞いを大変気に入りますが、その日の夕方、千手が召し使いに琵琶と琴を持たせて再び現れ、狩野介宗茂も郎等十余人ともども酒宴に加わりました。
その夜は、夜が明けるまでしみじみとした酒宴が続きましたが、重衡は千手の帰り際に、出家したいとの望みを伝えます。


さて翌朝、千手が戻ると、頼朝は昨夜、酒宴での折に重衡も楽器を手に取り朗詠するのを立ち聞きしていたと明かします。重衡の人物に感じるところがあった様子ですが、重衡の出家したいとの望みは叶えず、後に重衡は奈良で首を斬られてしまいます。その由を伝え聞いた千手は自ら命を絶ったという話になっています。


さて能ではどう展開するのか・・・明日につづきます

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