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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

シテの芸尽くし・・・花月さらにつづき

小歌の終わりに「恋こそ寝られぬ」の一句で、シテはアイを目付柱の方に突き放します。放されたアイは目付柱に向かい「花に目がある。いや目かと思えば鶯・・・」と独り言。
仮設舞台のため、目付柱は胸の高さほどですが、特に違和感は感じませんね。あれで柱が全くないとシテも困るのでしょうが、あの程度の高さというのはうまく考えたものかもしれません。


さて鶯が花を散らすと一騒ぎして、アイはシテに持っている弓矢で鶯を射てほしいと告げます。ここから弓ノ段。弓矢を持って舞い、さらに矢をつがえて弓を引き絞ります。実に流れるようで、力の入るところ抜けるところ、見事でした。
弓ノ段の終わりは、弓矢を捨てますが、投げ捨てるのではなく手渡した形ですね。


シテはさらに清水寺の謂われを謡う曲舞に進みます。この花月のクセは仕舞でも良く演じられるのでお馴染みです。


さて曲舞の後、ワキは、花月をよくよく見れば我が子と気付いたと述べます。
この親子の再会、気付いたもののすぐには親子であることを告げないという形の曲もありますが、花月ではワキは即座に我が子であると述べ、アイも「瓜を二つに割ったような」似た姿だと認めます。
そして鞨鼓。鞨鼓は鼓の原型ともなった楽器で両面を撥で打ちますが、鞨鼓の舞では鞨鼓を身に付けて打ちながら舞う様を見せます。初めと終わりは中ノ舞を撥を持って舞う形で、鞨鼓を打つしぐさを見せるのは中間の部分、ここが狭い意味での鞨鼓の舞ということになりますね。


鞨鼓を舞上げると山廻りの謡に合わせての舞になります。
私、この謡が好きでして、筑紫の国彦山に登り七つの歳に天狗に掠われてから、讃岐の松山、雪の白峯。伯耆の大山から「丹後丹波の境なる鬼ヶ城」へと、次々に山々が読み込まれています。鬼ヶ城はもちろん大江山ですね。


最後にシテは撥を捨て、扇に持ち替えて父とともに仏道の修行に「出づるぞ嬉しかりける」と喜びを示して留めの拍子を踏みます。
ほぼ一時間の上演でしたが、なんだかあっという間の感じでした。隣の席の方たちも「一時間も経っていたんだねえ」と感慨深い様子。
謡と囃子、舞の一体感がなんとも言えず心地よい一曲でした。

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