能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

文語と口語

古文の文語体といっても、平安時代まで遡れば相当に話し言葉に近いものだったのではないか、と思います。
そういう意味では、能と狂言の聞き取りやすさの違いは、平安と室町という時代の流れによって、言葉が変化してきたことの現れといえる部分もありましょう。


けれども、やはり日常会話を前提とした狂言と、古典文学を典拠とした能では、聞き取りやすさに決定的な違いがあります。
昨日の蓮生法師もそうですが、聞いている方が「蓮生」という文字を思い浮かべないと謡がなりたちません。


一方、狂言では聞くことを前提としているために、聞き間違いから起こる喜劇というのがテーマの一つになってきます。
「鐘の音」も、黄金の値段である「金の値」を「鐘の音」と聞き違えたことから起こる喜劇ですが、主人に怒られた太郎冠者は「黄金なら黄金とはじめから言えば良いのに」と反論するわけです。


話し言葉か書き言葉か、という視点から見るのも、また面白いかと思います。


ただし能楽以前からも語り物という芸能のジャンルがあって、ここでは文語を語り聞かせる形ですね。平家物語も現在は文学として読みますが、もともとの起こりは琵琶法師による語り物な訳です。
あれを聞いて、すぐに意味が分かるのか、といわれると、文字を見ないとどうだろうかと疑問を感じる部分が少なくないと思います。


聞いていて耳に心地よい、というのは、必ずしも分かりやすいものとは限らないでしょう。意味はなんとなくしか分からないが、なんとも心地よいということがあるのだろうと思います。
説教が一つの芸能だったという側面もあります。


なかなか奥の深い世界といえそうですね

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