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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

西行桜さらにつづき

今回はワキ正の席でしたので、引廻しを下ろす後見の様子が良く見えました。本田先生がなにやら横山さんに話しかけていましたが、さて何だったのか。


引廻しが下ろされると床几に腰を下ろしたシテが姿を現します。
それに合わせて笛のアシライ。これが何とも言えず良かったですね。低音から中音、高音へとゆっくりと一音ずつ吹いていくだけで旋律的なものではありませんが、シテの出の雰囲気を見事に表現している感じ。
淡い光の中に登場するシテの姿と相俟って「ああ、能っていいなあ」と思わず見とれてしまいました。


花見にと人が群れ来るのは「桜の咎にはありける」とワキの西行法師が詠嘆したことに対して、登場したシテは「さて桜の咎は何やらん」と問いかけます。
この問答、暗い中なので手元の詞章(めずらしくプログラムを買い求めまして・・・)も見えず、耳だけをたよりに聞いていたわけですが、ワキの答えに対してシテが「いや浮世と見るも山と見るも、ただその人の心にあり」という言う一節に「そうだよなあ」としみじみと思った次第。
ワキは「げにげにこれは理なり」と返しますが、単に文章として読むのではなく、問答の形で語られるのを聞くことによって、より深いところに響いてくるような気がします。


シテは老木の精であると明かし、やがて立ち舞ううちに「春の夜の」と序ノ舞に入ります。


遊行楊と同様に老体の草木の精ですが、花を咲かせる老い木であり、老いのみが強調されるものではありません。老いと若さ、寂しさと華やかさが併存する雰囲気を、見事に演じられた感があります。
老体であるが老人ではない・・・としみじみ感じた次第。
良い能を拝見しました。
(80分:当日の上演時間を5分単位程度で記しておきます)

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