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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

来殿さらにつづき

シテは「をりふし本尊の御前に」と中腰で正先のあたりを見込む形。力が入ります。
石榴があるつもりで、この石榴を取って噛み砕き、妻戸に吐きかけると火炎となって燃え上がるという次第。


ワキが印を結んで火を静める間に中入りとなりますが、橋掛りの途中から歩を速め、最後は走り込むように中入り。
この形では、やはり後場は雷神が荒れ狂うという方が納得がいくのですが、この後のアイの語りの最後に、急に異香薫じて音楽聞こえと、雰囲気が変わり、後場はワキの待謡「なほも奇特を松梅の。色香妙なる音楽の。聞こゆる事ぞ有り難き」とすっかり風雅な形になってしまいます。


これを受けて出端で後シテが登場。
融や須磨源氏と同様な形で、中将の面に品があります。高橋さんは堂々とした体躯ですが、この日の早舞はいささかゆったりめで、天神としての堂々とした雰囲気が強調された感じ。
先日、このブログに高橋亘さんご自身から書き込み頂いたところでは、太鼓の助川さんからのアドバイスということだったそうですが、あの時の記憶では笛の一噌隆之さんが複雑に膨らませた差し指でゆったりと吹いておられた印象が強く、私ゃ笛が引っ張ってゆったりとしているのか、と思っておりました。


早舞の後、短い謡の中に「幾千代まで栄うる春の。神の末こそ久しけれ」と目出度いままに留めとなりました。
なかなか面白かったというのが全体の印象です。気になっていた高橋亘さんの演能も観られたし、良かったなあというところ。


ところでこの謡の詞章。前場ですが、やはり素直に読めば道真が師の上人を訪れて幼少の頃からの恩を感謝するという風に読めますよね。
でもこの謡の法性坊は法性房尊意僧正と思われるのですが、この方は貞観八年(866)の生まれで、承和十二年(845)年生まれの道真より21歳も年下です。どうやって幼少の道真を教えたんでしょうねぇ?
(55分:当日の上演時間を5分単位程度で記しておきます)

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