能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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楊貴妃さらにつづき

ワキは急ぎ帰って帝に報告しようと言い、形見の品を所望します。
その品として後見が切り戸口から天冠を持って出てシテに手渡します。観世会の時は鳳凰の立て物でしたが、今回は天冠の立て物というよりも小振りの天冠そのものと思ったのですが・・・
ともかくシテがワキに手渡しますが、ワキはこれでは世の中に類あるものなので、契の詞をしるしにしたいと言うわけです。


これに答えて比翼連理の誓いをシテが謡うことになります。聞かせどころですね。
ワキはこれを聞いてシテに寄り、釵をいったん返します。
シテはこれを受け取って物着となるわけですが、私が天冠そのものと思ったのは、そもそも作り物から登場したシテが天冠を着けていなかったから。


しかし実際はワキが返したものにさらに部品を組み合わせて・・・というと風情がありませんが、瓔珞のついた天冠の形にしてシテが戴いた形になりました。


物着の後はシテの「何事も夢幻のたはぶれや」に続いて地謡からイロヱとなります。イロヱは短いながらも風情がありなんとも可憐な印象。


さらにシテと地謡が掛け合う形でクリ・サシ・クセと謡が進み、クセの舞から序ノ舞へと進みます。


序ノ舞を舞い上げると左右、足拍子から常座へ下居して天冠を外し、正中でワキに手渡しして形見の形ですね。
最後は作り物へ入り正へ向き直って左手扇を上げ、下居して留になります。
昔は二時間くらいかかったのでしょうけれども、前回の観世会といい、やはり90分くらいが限界かもしれません。序ノ舞もいささか詰めたような感じがしました。
(90分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

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鉄輪 笠井陸(喜多流職分会自主公演)

喜多流 喜多六平太記念能楽堂 2007.7.22
 シテ 笠井陸、ワキ 野口能弘
  アイ 高澤祐介
   大鼓 亀井実、小鼓 森澤勇司
   太鼓 助川治、笛 寺井義明


鉄輪はほぼ一年ぶり。前回は銕仙会で山本順之さんのシテ。これは良かったです。
笠井さんは存じ上げていなかったのですが、主に九州でご活躍のようですね。


さて一同着座すると、まずはアイの出。高澤祐介さんは好きな狂言師なので、アイを見るにもついつい気持ちが入ってしまいます。
貴船の宮に仕える神職ということで水衣に烏帽子の出で立ち、不思議の霊夢を見たと語ります。都から丑の刻詣りの女がやって来るので夢の子細を伝えようと語って狂言座に下がります。


次第の囃子になり、シテが登場してきます。笠を被った姿での登場。笠井さん小柄な方なんですね。
常座で次第を謡います。さらに正面へ向き直ってサシ。さらに下歌、上歌と謡いますが、上歌の最後「貴船の宮に着きにけり」に向けて二、三足動き常座に戻って貴船に着いた形。後ろ向きに笠を外して左手に持ち、正面を向いて「急ぎ候ほどに」と詞。


シテは大小前から正中へ出て下居し、笠を前に置きます。
するとアイが立ち上がりシテに話しかけてきます。
このつづきはまた明日に

鉄輪のつづき

アイは角からシテに向かって語りかける形で、赤い衣を着て、顔に丹を塗り、頭に鉄輪を戴いて三つの足に火を灯し、怒る心を持つならば鬼神となれるだろうという夢のお告げを伝えます。


シテは「わらはが事にてはあるまじく候」と言いますが、アイは間違いないと言い、そう言ううちにもなんだか恐ろしく見えてきたから、急ぎ帰った方が良いとシテに言って、自らも恐ろしやと繰り返しながら退場します。


シテは「これは不思議のお告げかな」と謡い出し、地謡が続けて「言うより早く色変わり」と謡うに合わせて笠を持って立ち上がり、足拍子。
「立つや黒雲の」と地謡がかかった謡になるなかに笠に隠れる形で常座で小廻り。「人に思い知らせん」と笠を捨て、ゆっくりと橋掛りへ。一ノ松あたりから歩みを大きくとって、ズイ、ズイと運ぶ感じで中入りとなりました。


代わって出てきたのがワキツレの男。
常座で名のり。下京辺の男ですが、うち続いて夢見が悪いため陰陽師安倍晴明のところで占ってもらおうという次第。
名のり終えると正中へ出て向きを変え、橋掛りへ入って一ノ松あたりから幕に向かって案内を乞います。


これに答えてワキの安倍晴明が登場してきます。
ワキは占うまでもなく女の恨みであり、今夜のうちにも命も危ないところと告げます。そしてワキツレの求めで加持祈祷を行うことになり、ワキとワキツレが入れ替わって、ワキは後見座へクツロギ、ワキツレは幕に退場します。
このつづきはまた明日に

鉄輪さらにつづき

ワキツレが退場すると、後見がまず一畳台を出してきて正先に置きます。
後見二人が下がると、代わって人形の台が出されます。二段の台で上には手前側左に黄色の幣、右に赤の幣。奥側左には白の幣、右には青の幣と四色の幣が立てられています。


上段には左に士烏帽子、右に鬘が置かれ、それぞれ男と女の代わりとなるもの。下の段には御幣が置かれていてます。


準備が整うとワキが祈る形になります。
ノットが奏されますが、単調なリズムが怪しい雰囲気を作ります。ワキは謹上再拝と唱え下の段の御幣を取って祈りますが「不思議や雨降り」と右足を上げ、「御幣もざざめき」のあたりで橋掛りに向かった形で御幣を構えて、いよいよシテの出を思わせる雰囲気になってきます。


ワキが正面へ向き直り、御幣を台に戻して笛座前に下がると、出端の囃子で後シテの登場となります。
たぶん橋姫だと思うのですが、面の目のあたりから下が赤く彩色されていて、これがまた妙に生々しい感じのする面。
一ノ松で「それ春の花は斜脚の暖風より開けて」と謡い出します。


シテとの掛け合いから地謡へと続いていきますが、恨めしい、鬼となるといった激しい言葉を、抑制の利いた謡で紡いでいく感じ。地頭の香川さんの謡が、えてしてドロドロしたものになってしまいがちが曲全体の品を落とさず、引っ張った感じです。


シテは、台に寄り鬘を手に巻いて恨みを示したりなど、様々な所作を見せますが、とうとう思いを遂げられず、本物の鬼になってしまったと留になります。
(64分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

咲嘩 野村万作(金剛永謹能の会)

和泉流 国立能楽堂 2007.8.5
 シテ 野村万作、アド 深田博治 野村万之介


このブログでは、今年四月の宝生会の鑑賞記で大藏流山本家の察化について書いていますが今回は和泉流。野村万作さんのシテです。


田舎に住む者が、都の伯父に連歌の宗匠を頼もうと太郎冠者を使わします。
しかし太郎冠者が連れてきたのは「みごいのさっか」という都のすっぱ。しかし連れてきてしまった者を追い返すこともできまいと、振る舞いをして返すことになるのですが、太郎冠者がこの相手を仰せつかったことから大混乱になるという狂言。


連れてきてしまった者を追い返せないので、振る舞いをして返そうとする後半の部分は「口真似」と同じです。


口真似は割合よく演じられるようで、このブログでも大藏流、和泉流ともに鑑賞記を書きましたが。
「さっか」も大藏流の察化と今回の咲嘩で、両流の鑑賞記を書いたことになりますね。


さて舞台上にはまず田舎の者と太郎冠者が登場してきます。
主人は太郎冠者を呼び、初心講を結んで近日連歌の頭(当番)にあたったが、連中で宗匠に頼むというけれどもいずれも気に入らないので、都の伯父を呼んでこいと命じます。


これを受けてシテの太郎冠者は、早速伯父を迎えに都へ旅立ちます。
が、伯父がどこにいるのか聞かずに出てきてしまったことに気付き「しい、しい、しい、そこもとに頼うだお方の伯父御はござらぬか、田舎に老を持った人はいないか」と間の抜けたことを呼ばわりながら歩きます。


ここに登場するのがアドのすっぱ。例の如く一ノ松で名のり、伯父の家を探して舞台を歩いているシテに呼び掛けます。
このつづきはまた明日に

咲嘩のつづき

「すっぱ」は太郎冠者に自分が探している伯父だと言って、一緒に主人のもとへ行くことにします。


二人が戻ってくると、太郎冠者は「すっぱ」を橋掛りに待たせて主人に戻ったという報告をしに行きますが、主人の方は「人はいくたりお連れなされた」と問います。伯父が出掛けるときは、たくさんの従者などを連れ歩くからですが、冠者が「一人」と答えると、不審に思った主人は、冠者と二人で常座あたりから二ノ松あたりの男の様子をうかがいます。


主人は太郎冠者に「あれはみごいのさっか」という大盗人で「世の常の盗人は、人の目顔を忍うで取る。きゃつは見た物は乞うてでも取るようなものじゃによって見乞い、咲嘩とは盗人の異名」と教えます。


太郎冠者は「さては盗人にきわまりました。いて絡めて取ってまいりましょう」と、意気込みますが、主人は事を荒立てず振る舞いをして返すことにしようと言います。
そこで太郎冠者、咲嘩を迎えに行きますが、「みごいのさっか」という盗人だそうな、とか、汝のような者をこと荒立てて追い返すと何をしでかすかわからないので、振る舞いをして返すことにした、などとべらべらとしゃべってしまいます。


さらに太郎冠者が「はっ、さっか」と話を続けようとするのを「しー」と主人が止め、咲嘩は主人に「不案内でござる」主人は「初対面でござる」としれっと挨拶しあうことになります。


さて、すっぱに振る舞いをすることにした主人はとりあえず太郎冠者に相手をさせることにしますが、橋掛りで立ち聞きをしていると、太郎冠者の話はどうも変。
すっぱに「主人は何を好むか」と問われて「ぐいす」と答え、すっぱに「それは鶯では」と言われたりします。
主人が太郎冠者を呼んで、今度は外聞よく「鷹」と言えと言われると、背が高くて「たか」と呼ばれている使用人の話をしてしまったり、うまく話になりません。


そこで主人が自分の言う通り口真似をせよと命じて、以下は口真似と同様の展開となります。面白い一番でした。
(30分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

春日龍神 龍神揃 金剛永謹(金剛永謹能の会)

金剛流 国立能楽堂 2007.8.5
 シテ 金剛永謹、ツレ 今井克紀
  龍女 金剛龍謹 廣田泰能
  龍神 廣田孝稔 豊嶋幸洋 豊嶋晃嗣 宇高竜成 
  片山峯秀 工藤寛、ワキ 宝生欣哉、アイ 石田幸雄
   大鼓 亀井広忠、小鼓 大倉源次郎
   太鼓 小寺佐七、笛 松田弘之


春日龍神はこのブログを書き始めた頃、昨年三月の金春会で山井綱雄さんのシテを観ています。たしか地頭が高橋忍さんで、座・SQUAREの皆さんをはじめ金春の若手の地謡。なかなか良かった記憶があります。


ところで今回は龍神揃の小書つき。解説によると金剛流、龍神揃の東京での上演は江戸時代以来とか。ともかくシテの大龍神の他に、龍女が二人、龍神が六人という多数の登場で、後場の謡にある八大竜王が百千の眷属を引き連れて出現した様を視覚的にも見せようという趣向ですね。
ともかく滅多上演のない形なので、ものの本には龍神揃の際は前場のツレを出さないともあるのですが、今回は出ているのは今回限りの演出なのか、実はものの本の記述の方が珍しい形なのか不明であります。


舞台はまず次第の囃子でワキの明恵上人がワキツレの従僧を従えて登場し、次第を謡い入唐渡天の志あって、暇乞いのために春日明神に参詣するところと述べます。いわゆる大口僧ですが、明恵上人という名僧の役であり欣哉さんも風格ある演技。
続いて道行で都を出で、南都春日の里に着いたと謡います。


明恵上人は承安三年(1173年)の生まれ。高雄の神護寺で出家した後、釈迦への思慕の念が強く、二度にわたって天竺へ渡ろうと企てたが春日明神の神託が下って断念したと伝えられています。この伝説をもとにして展開されるのがこの能ですね。


明恵上人は後に栂尾に高山寺を開き、また十九歳から亡くなるまでの四十年ほどにわたって克明に夢記を書いたことでも有名な方。この夢記については先般亡くなられた河合隼雄さんが「明恵 夢を生きる」という本で詳しく述べられています。(随分前に読んだので忘れてしまいましたが・・・)
さて能のつづきはまた明日に

閑能会別会を観に行く

金剛宗家の春日龍神を観てから一月と少々が経ちまして、本日は観世能楽堂に閑能会別会を観に出かけました。今回の台風は大変でしたが、台風が残していった南の暑い空気のせいか、気温も上がりましたネ。


閑能会のスケジュールは今年の初めから公開されていたと思うのですが、ボーっとしていたせいか、観に行ってみようと思い立ったのは7月末で、はやチケットもほとんど残っていない状況。というわけでワキ正面の一番後ろの方だったのですが、これが案外観やすくてビックリ。
観世能楽堂は客席数の割に、どこで観ても観やすい能楽堂とは思っていたのですが、良いですね、これは。


曲は祥人さんの邯鄲に、祥六さんの松風、そして岡庭祥大さんの葵上と能が三番。狂言は善竹十郎さんの瓜盗人で、ほかに仕舞が八番ほどと、たっぷり観たという感じです。


しかしなあ、関根祥人さんの能を観るようになってから何年か経ちましたが、観るたびにゾクっとするほど感銘を受けるのは、何かよほどに惹かれるものがあるんでしょうネ。
今回の邯鄲は藁屋の小書きがついていたこともあって、むしろワキ正の席が正解。全編、まさに観入ってしまった次第です。
鑑賞記の中でいずれ書こうと思いますが、下掛りほどではないものの、橋掛りまで使ったダイナミックな飛び込みでしたし、そもそもシテの心情表現が細やかで型を越えるものがあったように思います。


もちろん松風は言うに及ばずで、ツレがまた関根知孝さんということもあって、こちらも良かったですね。見留の小書きがついて破ノ舞から型が変わりますがこれまた興味深く拝見しました。


岡庭さんはお若い方のようですが、若さのあるシテで、特に姿を変えてからの切れが良かったです。
いずれ近いうちに鑑賞記をアップするつもりです。

春日龍神のつづき

道行を謡い終えると、ワキの明恵上人はワキ座に進み床几にかかります。従僧二人はワキに随って着座、シテの出を待つ形になります。


一声で前シテの出ですが、小書のためツレが出ます。まずはツレの今井克紀さんが先に立ちますが、装束としては水衣に白大口で宮守ということのようですが、直面なので今井さんの若さが強調されますね。


続いて前シテ、小尉の面に翁烏帽子、白大口に「より」の狩衣を肩上げにし右手には箒を持っています。二人して橋掛りを進み、常座からツレは正中へ、シテは常座で一セイ「晴れたる空に向かえば」と同吟します。


通常の形ではツレは出ませんが、観世の「龍女の舞」など小書がつくとツレが出る場合があるようです。ただし以前にも書きましたが、この金剛の龍神揃ではツレは出ないと書いてある本もありまして、このあたりはどうなんでしょうねぇ


ともかく一セイはのびやかな謡で、さらにシテのサシから下歌、上歌と続きます。
謡い終えるとワキがシテ・ツレに呼び掛けますが、これに対してシテは即座に「これは栂尾の明恵上人にて御座候ふぞや」と返します。春日の神域では、鹿や草木にいたるまで明恵上人に礼拝するほど尊ばれていることを暗示するようです。


シテはワキに参詣が神慮に叶うと述べますが、ワキが入唐渡天を思い立ちその暇乞いの参詣であると述べると、入唐渡天を思い止まるよう諭します。
明恵上人は笠置の解脱上人とともに春日の明神の思い深いこと。さらに釈迦在世の世ならばいざしらず、今の世となってはこの春日山こそ霊鷲山であり、この地に留まって神慮をあがめるようにという地謡により、正中に下居して肩上げを下ろし地謡のクリになります。


実は観世の謡本をちらちらと眺めながら観ていたのですが、上掛りではこのクリが無く、ワキの詞からシテのサシになるので、一瞬どこだかわからなくなってしまいいささか混乱しました。
いずれにしてもこの後居グセとなります。
このつづきはまた明日に

春日龍神さらにつづき

居グセの後、ワキは入唐渡天を思い留まることとし、シテに御身は如何なる人ぞと問いかけます。


これに答えて、三笠の山に五天竺を写し、摩耶の誕生から双林の入滅まで悉く見せよう、私は時風秀行である、と述べて姿を消してしまいます。この時風秀行が、もともと二人の人物の名である話は、以前、山井さんの春日龍神を観た際にこのブログにも書いています。


さてシテの中入りは来序。ゆったりとした中入りの後は、狂言来序に替わって、アイの末社の神が登場し、立ちシャベリとなります。


アイがシャベリ終えて退場すると、地謡が「時に大地、震動するは」と謡い出し、後シテの出になります。
解説をされた金子直樹さんは、常の早笛のように早くないが早笛を奏すると説明されておられましたが、ちょうど是界の後シテの出で大ベシが奏されるような感じです。ゆっくりだけど早いという不思議な感じ。
その中を鹿背杖を持ったシテが登場し、橋掛りを進みます。白頭に大龍戴、これがまた本当に大きい。ビックリするくらいです。


ゆっくりと橋掛りを進んでいるのですが、不思議と早い感じもします。
しかもこの後シテ大龍神が常座に進むと、再び幕が上がり龍女が二人、龍神が六人登場してきます。たぶん一番長いといわれている国立能楽堂の橋掛りを一杯に使って見事に並び、シテがまず「すは、八大龍王よ」と謡うと、先に登場した龍女から「難陀龍王」次の龍女が「跋難陀龍王」続いて最初の龍神が「娑伽羅龍王」二人目が「和修吉龍王」と、自ら名のるように謡います。
ここは通常の形ならシテと地謡の掛け合いのところですね。


「百千眷属引き連れ」とシテは正先へ進み、続いて龍女二人と龍神二人が舞台に入って、シテは鹿背杖を構えて正先に下居。直ぐ後に龍女二人が並び、さらにその後に龍神二人が控えて、残る四人の龍神が橋掛りに控えるという、絵巻物のような配置です。
あともう一日続けたいと思います

春日龍神さらにさらにつづき

シテの「其ほか妙法緊那羅王」の謡に続いて、今度は橋掛りに控えた龍神が一人ずつ「また持法緊那羅王」「楽乾闥婆王」「楽音乾闥婆王」「婆稚阿修羅王」と、名のる形で謡います。
地謡がかかって速くなり「これも同じく座列せり」と龍神六人が一斉に飛び返ります。六人が同時に飛ぶとさすがにその音も迫力があります。
「龍女が立ち舞う」と龍女二人が立って天女ノ舞の相舞。シテは笛座前で床几にかかってこの舞を見る形になります。
おそらくは右が金剛龍謹さんで、左が廣田泰能さんだと思うのですが、なかなか綺麗な舞。私としては右の龍女の舞の方が気に入りました。


途中、左右交錯する型もなかなかに面白く、あっという間に舞が終えてしまった感じ。


さらに「佐保の川面に」と龍女二人が橋掛りに向かって雲扇をし、これに答える感じで龍神の舞働になります。


これもなかなかに面白い。最後は幕際の龍神から、六人が少しずつ時間差で飛び返り。
そしてシテの「八大竜王は」の謡になります。


シテは床几を立ち、ノリ地で舞う形。でっかい大龍戴を載せている割には軽快な動きで、「月の三笠の雲に上り」と雲を踏むような足捌きを見せ「明恵上人さて入唐は」とワキに詰め寄ります。


地謡の「尋ねても」で八人の龍女、龍神がぞろぞろと進み「飛び去りければ」と幕入りすると、シテは「猿沢の池の青波蹴立てて」と波を蹴る足捌きを見せ、最後は左袖を被いて留になりました。
いやあの大龍戴で、よく左袖が綺麗に架かりました。


世阿弥の求めた幽玄とは全く違った世界ですが、これはこれで面白い能だったなあ、と振り返っています。
(88分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

邯鄲 藁屋 関根祥人(閑能会別会)

観世流 観世能楽堂 2007.9.8
 シテ 関根祥人、子方 観世喜顕
  ワキ 村瀬純、アイ 善竹富太郎
   大鼓 国川純、小鼓 観世新九郎
   太鼓 観世元伯、笛 松田弘之


邯鄲もまだこのブログでは鑑賞記を書いていなかったんだなあ、と妙にしみじみと思ったりしています。
いや、この邯鄲という曲ですが、大変好きな曲の一つなんです。能の大曲・難曲というとまず道成寺が挙げられますが、むしろこの邯鄲の方が良くできているのではないかと思ったりもしています。


唐代の伝奇小説「枕中記」が原典と言われていますが、もう少し古い時代からこうした話は伝えられていたようです。能の展開は枕中記とはいささか異なる部分もありますが、いずれにしても、将来ある若者が夢のうちに一生の栄枯盛衰を見て何かを覚るというテーマは、見る者を惹きつけます。


ここでちょっと問題なのは「何」を覚ったのかというところですが、ここは演者の解釈や技量、見る側の解釈などが絡み合うところですね。その話はいずれ後ほど。


さて舞台上には、まず作り物が出されます。通常は一畳台に引立大宮を出しますが、今回は藁屋の小書がついているため引立大藁屋が出されます。


続いて狂言口開。アイの宿の女主人が枕を持って登場。富太郎さんは注目している狂言師の一人。かなり太めの体型ですが歯切れの良い芸風で好感を持っています。
常座で「仙人からもらったこの枕で眠ると人生の悟を開くことが出来る」と述べて、枕を一畳台に置いて笛座前に着しました。


ここで次第の囃子が入り、シテの出。通常は黒頭に半切、法被の姿ですが、今回は藁屋の小書のため唐帽子をつけ、着流しに掛絡をかけ唐団扇を持つ形です。藁屋の小書がついても常にこの装束というわけでは無いようですが、青年というよりもやや年配の雰囲気を感じる装束です。
さてこのつづきはまた明日に

30000ヒット

おかげさまで、30000ヒットを越えたようです。


ブログ開始以来、一年三ヶ月ほどになりますが、ご訪問頂いている皆様のおかげで30000ヒットに至ることが出来ました。


このところ、正直言って公私ともに忙しく、鑑賞記を書くのがやっとの状態になっています。
本当は、もう少し能狂言にまつわって思うところなどや、ミニ知識のようなものも書きたいのですが、手が回りません。
これもまた、そう言う時期なのだ、とあきらめて、淡々と公私の様々な出来事をこなしている毎日です。


いずれ時が来れば・・・ということで、当面は鑑賞記のみの状況が続きそうですが、どうかおつきあいの程、よろしくお願いいたします。

邯鄲のつづき

登場したシテの盧生は一ノ松あたりまで進むと一度正面を向き、あらためて後ろ向きになって次第を謡います。舞台に入って常座で次第を謡うときも、一人で謡うときは斜め後ろの鏡板の方を向く形になりますが、一ノ松でも同じ形です。


さらに「我人間にありながら仏道をも願わず、ただ茫然と明し暮すばかりなり」と意味深な発言をして「唯今羊飛山へと急ぎ候」と楚の国羊飛山に向かうことにします。
この最後に一足詰めましたが、なんでもない型なのに盧生の複雑な心情が伝わってくるような感じです。
ところで掛絡(から:いわゆる袈裟のことです)を掛けているのは、仏道を志す者という意味だと思うのですが、今回の替の装束とこの詞章はどう解釈するのかなあ・・・と、しばし考えてしまったところです。


続いてシテは道行を謡い、道すがら邯鄲の里に着いたという設定。二足ほど出て、一ノ松から舞台のアイに呼び掛ける形となります。宿屋の女主人に一夜の宿を乞う訳ですね。
アイはシテを導いて正中で床几にかけさせて、自らは目付に座して盧生との問答になります。


邯鄲の枕で一眠りすることを勧められたシテは一畳台に上がって着座。アイはその間に粟飯を作っておくと言って狂言座に下がります。


シテは枕をじっと見ながら詞を語り、面を上げて上歌のはじめ「一村雨の雨宿り」と謡います。この一村雨の雨宿りにちなんで、シテが笠や傘をさして登場する小書もありますね。しかしこの一句は現実の雨を意味するのでは無いような気がするのですが・・・


シテに続けて地謡が「一村雨の雨宿り、日はまだ残る中宿の」と上歌を謡い、シテは枕をして横たわり眠りにつくわけですが、この「日はまだ残る」あたりでワキの勅使とワキツレの輿舁が登場してきます。


シテは「邯鄲の枕に臥しにけり」と、横になって枕を使う形になりますが、この謡の終わりで、すすっと近寄ってきたワキの勅使が、二度目の「臥しにけり」の最後に合わせて扇で枕元を二度ほど叩き「如何に盧生に申すべき事の候」と、シテを起こし、シテは直ちに起きあがります。ここからいきなりシテの夢の中となるのですが、この場面展開は実に綺麗に出来ていると、いつもながら思います。


このつづきはまた明日に

五雲会を観に行く

今日は三ヶ月ぶりの五雲会に出かけてみました。
少々事情があって、これからしばらくは土曜日の外出を控えようかと思っているので、五雲会もまたしばらく観に行けないかも知れません。そういう意味でもちょっと気を引き締めての鑑賞。


でも能四番と狂言二番って、とても全部は緊張が続きませんネ。
先月、金剛宗家の会でご一緒した方がおっしゃっていたように、四番のうち一番でも良い能に当たればそれで良しということでしょうか。
そうそう、その方、今日ももちろんみえてました。ただし二列目だったところをみると、少し遅めにいらっしゃったのかも知れませんネ。


曲は能が、東川光夫さんの「氷室」、和久荘太郎さんの「禅師曽我」、波吉雅之さんの「班女」、そして小倉健太郎さんの「鵺」の四番。狂言は高澤龍之介さんの「しびり」と三宅右矩さんの「梟山伏」の二番です。
それぞれ鑑賞記はまたいずれ書くとして、楽しみにしていた小倉健太郎さんの鵺、なかなか良かったです。他の曲もそれぞれに見どころがありましたが・・・


それと今回の狂言、「しびり」のシテの高澤龍之介クン。おそらくアドで出られた高澤祐介さんのご子息だと思うのですが、大変元気で、それでいてちゃんと狂言になっている・・・というとちょっと失礼かもしれませんが、ともかく熱演でした。会場からも暖かい笑い声と拍手。将来が楽しみですね。


昨日も書いた通り、このところ鑑賞記を更新するだけでやっとの状況なので、鑑賞記はきちんとしたものを書きたいと思っています。・・・が、けっこう大変。

邯鄲さらにつづき

ワキは膝をついてシテの枕元を扇で叩いた後、正中に下がって手をついて「楚国の皇帝の位を盧生に譲ることになった」と告げます。


シテは台を下り、輿舁が輿を差し掛けてこれで宮殿に向かう形ですね。真ノ来序が奏されてシテは再び一畳台に上がります。既に舞台にシテが出ているのに登場楽が奏されるのは珍しい形ですが、再び台に上がることで皇帝の位に付き玉座に座ったことを表すわけで、既にシテの性格が変わってしまっているということでしょうね。


シテが台上に座すと、子方とワキツレの廷臣が登場してきます。
地謡では宮殿の壮大な様子などが謡われますが、地謡が終わるとワキツレの廷臣が進み出て、即位してはや五十年が過ぎ去ったと伝えます。五十年が一言で経過するわけですが、この曲の時間の扱い方は本当に不思議。


ワキツレの勧めで、子方は千年の齢を保つ仙境の酒をシテに酌します。さらに子方は地謡に合わせて舞い、栄華が極まる中に、シテの舞となります。
どの曲でもシテの舞は一曲の中心ではありますが、邯鄲では特にその色彩が濃いように思います。


台上で楽を舞うという難しさの問題だけでなく、空下りと言われる所作があり、これは夢が覚めかけたことを表すと言われています。
この空下り、演者によってどう演じるかは裁量の範囲のようで、観世流でも一畳台からホンの少し踏み外してすぐ戻すように演じる方もありますが、祥人さんはかなり大きく一足を踏み出し、また大きな所作で戻して強調されたような印象でした。


この楽、夢の中での舞という不思議さを、台上で舞うという制約で示そうとしてのではないかと思ったりもします。
途中で台から下り、舞台上で舞う形に。通常は黄鐘楽ですが、今回は藁屋の小書のため盤渉です。


楽を舞い上げ、ノリ地の合わせてシテは舞いますが「月人男の舞なれば」からの詞章は、昼夜、四季が眼前に展開する不思議な世界が示されます。夢の気分を言葉にしたと言ったらよいのか、時間の不思議さが示されるようです。
もう一日続きます

邯鄲さらにさらにつづき

「月人男の舞なれば」と謡い出したシテはユウケンをし、地の「月はまた出でて」に正先へ出て抱え扇で月を見やる形。さらに「昼かと思えば「月またさやけし」と雲扇で、時間がめまぐるしく変化する不思議な世界を舞い続けます。


さらに藁屋の小書のために「四季おりおりは目の前にて」と橋掛りへ入り、二ノ松あたりで「面白や、不思議やな」に合わせて、奥の欄干に腰を下ろしていまいます。


「かくて時過ぎ頃去れば」と謡がつづき、シテは欄干から立ち上がり「五十年の栄花も尽きて」と一ノ松に寄ります。子方や廷臣はこのあたりからまるで脱兎の如く、切り戸口へ走り寄り姿を消してしまいます。
「ありつる邯鄲の枕の上に眠りの夢は覚めにけり」と、シテは台に近づき飛び込んで台上に臥します。


下掛りだと橋掛りのあたりから歩を速めつつ、本当に台の外から飛び込んで臥す形になったりするので、思わず息を止めて見入ってしまうところですね。
今回は台に一度上がってからトンと踏んで飛び寝した形なので、台の外から飛び込んだようなアクロバティックな感じではありませんでしたが、橋掛りからすすっと寄る形で、常の観世の型よりも距離もあり、ずいぶんとダイナミックな感じがしたところです。


この一瞬の後に間をおかずアイが枕元を扇で叩き、夢の時間から現実の時間へと場面がくらっと展開する面白さ。この曲の白眉でしょうね。


けれどもこの曲の本当の面白さは、実はこの後。シテの心象風景がどう表現されるかなんだと思います。
茫然とした風から、最後「げにありがたや邯鄲の、夢の世ぞと悟り得て」と手を打合せた型から、なんとも晴れやかな気分が伝わってきて「ああ、ここで覚ったんだなあ」としみじみと感じた次第。
本当はこの目覚めから悟りまで、もう少し複雑な感情の動きが演じられていたような気がするのですが・・・またいつか、この先を感じる機会もあるでしょう・・・
(70分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

瓜盗人 善竹十郎(閑能会別会)

大藏流 観世能楽堂 2007.9.8
 シテ 善竹十郎、アド 大藏教義


登場人物はシテ、アドの二人だけですが、曲の展開は狂言としては複雑な部類でしょうね。曲名の通り、畑に瓜を作っている畑主のアドと、その瓜を盗むシテの男の間に起こる出来事を狂言に仕立てたわけですが、ここに案山子を登場させたのが面白いところ。


さてまず舞台へは、アドの畑主が登場してきます。
瓜を見回りに行くと言って舞台を廻り、正中で見廻して「瓜が良くできた」と喜びますが、よくよく見れば瓜が盗まれているのに気付きます。


一計を案じた畑主は「今日ハ案山子を作って」と、後見が持ち出した道具を使って案山子を作ります。
鬘桶に竹に掛けた水衣を立てかけ、さらに烏帽子とうそぶきの面を組み合わせたものしつらえます。細かいところは良く見えませんでしたが、確か鞨鼓に面をかけて烏帽子をつけたものだそうで、面と烏帽子が上手く組み合わさっていて、まるで人形の首のような感じに出来上がっています。


これをワキ座あたりに置き、さらに常座あたりで垣を直す所作。教義さん、なかなかの熱演で、大石を運んでくる所作や、垣根にする木を地面に突き刺す所作、組み合わせて、と狂言らしく何一つ道具のない中で、所作だけで垣根を結うところを演じます。


垣根を結い上げると、また明日見回ろうと言って畑主はいったん退場。替わってシテの男が登場してきます。
・・・昨日は出来心で瓜を盗んで帰り、さる方に差し上げたが、「手作りか」と問われて「手作り」と答えたところ「またくれ」と言われてしまった。もう一つ二つ瓜を持って帰ろう・・・と畑へやって来たところ。
このところ思うのですが、十郎さんの台詞回しは緩急に富んでいて感情表現も豊かな感じがします。この盗人の男も、出来心で瓜を盗んで人に差し上げたりしたことを後悔する雰囲気が良くでていた感じです。
このつづきはまた明日に

瓜盗人つづき

シテの男はいささかの後悔を感じつつも、畑へ入ります。夜盗みに来たという設定ですが、常座のあたりで垣に念を入れた様子に気付きます。これを難なく踏み越えて畑に入り、瓜を盗ろうとしますが、瓜と思って両手で掴むと「ばさばさばさ」と枯れた葉。また瓜かと思って掴もうとしますが、これも「ばさばさばさ」と枯れた葉。この表現も面白いところ。


夜目が利かぬ時は転びを打てと言う、とかなんとか言って、畑を転がり瓜を感触で見つけることにします。舞台上を転がって瓜を見つけるという所作を何度か繰り返しますが、ちょうど頭の辺りにぶつかって見つけた瓜に「枕瓜じゃ」などと言う場面。これは「まくわ瓜」の駄洒落でしょうから、この畑の瓜はマクワウリということですね。


なんどか転がるうちに案山子にうちあたり、人がいたかと大騒ぎをして許しを請いますが、いっこうに返事がないので案山子と気付きます。
とたんに腹を立て、瓜蔓を引き立てたり、垣を引き抜いたり、散々に腹いせをして退場。
替わって畑主が再び登場してきます。舞台は翌日になり、見回りに来たわけですが、はたして垣は引き抜かれ、瓜蔓も引き立てられていて、瓜も盗まれた様子。
「盗みに入るような輩は、また来るもの」と、今度は畑主自身が案山子になって盗人を待つことにします。


案山子に組み上げた面や烏帽子などを外し、肩衣を脱いで水衣を着け、面をつけ烏帽子を被って鬘桶に座し、さらに水衣に通しておいた竹杖を持って盗人を待つことにします。


そうとは知らぬシテの盗人は、再び登場してしてきます。「かりそめなことは致さぬものではござらぬ」と、またまた後悔の様子。昨夜の瓜をあるお方に進上したところ、今度は家に食べに来るというので、また盗みに来る羽目になったわけです。


「首筋がぞーっとする」などと言いながら畑にやって来て、また瓜を盗むことになります。
このつづきはもう一日

瓜盗人さらにつづき

シテが畑に入るあたりで笛方が登場してきます。
もともとこの曲は、笛に大小、太鼓まで囃子が入るのが基本のようですが、今回は笛だけが入る形。


シテは瓜を盗みに来たものの、案山子がまるで人のように良くできていると感心し、近く村の祭礼で鬼が罪人を責める作り物を出すことになっているので、その稽古をしようと、案山子を罪人に見立て、笛に合わせて責める所作をします。


さらに役は籤で決まるので、自分が罪人の役に当たらないでもないと、今度は案山子の持つ杖につけられた綱の端を持って、謡いながら責められる所作をします。笛方は先の所作だけで退場してしまうので、ここはシテの謡だけ。


さて謡に合わせて所作をしていると、途中、畑主が持った杖でシテを打ちます。驚いたシテは周りを見回しますが、誰が居るわけでもありません。


綱を引くと畑主が杖を上げ、綱を緩めると杖を下ろすので、これは良くできた仕掛けなのだと納得し、何度か試して面白い、面白いと大笑い。


それではと、もう一度責められる所作を繰り返すことにします。
シテが謡に合わせて所作を始めると、今度は畑主がそっと立ち上がって案山子の扮装を脱ぎ、杖を振り上げてシテを追い込む形で留めになります。


なかなか複雑な展開というだけでなく、瓜を盗もうと畑を転がったり、また鬼と罪人を一人で稽古したりなど、シテの一人芝居的な部分もある一方で、アドも案山子になりきっての演技など、見所の多い曲でした。
(32分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

松風 見留 関根祥六(閑能会別会)

 シテ 関根祥六、ツレ 関根知孝
  ワキ 宝生閑、アイ 大蔵吉次郎
   大鼓 安福建雄、小鼓 大倉源次郎
   笛 一噌庸二


これまた名作と言われる曲で、熊野松風に米の飯と古来言われてきたように、熊野共々人気曲の筆頭にあげられます。
確かに良くできた能だと思うのですが、さらに大変官能的です。


舞台にはまず短冊のついた松の作り物が出されます。この正先に置かれた松が重要な意味を持っているのですが、それは後の話。
まずは名宣リ笛でワキの諸国一見の僧が登場し、須磨の浦にやって来て由ありげな松を見つけるという設定です。宝生閑さん、いつもながら趣のある出。曲の格に合わせての演技でしょうけれど、深みがあります。


ワキは、一緒に登場してきて狂言座に控えていたアイの里人を呼び出し、松のいわれを聞きますが、この松は在原の行平がこの地に流されたときに愛した松風・村雨という海士の墓標なのです。アイはワキに供養を勧め、ワキはねんごろに弔いをして、近くの塩焼き小屋で一夜を明かすことにします。


再び後見が登場し、今度は汐汲み車の作り物を目付柱のもとに置きます。
総じて能の作り物は象徴的で、現実のものとは大きく異なるのが普通ですが、それにつけてもこの汐汲み車は可愛らしいおもちゃのよう。


融などでも汐汲みの桶が使われますが、そもそもあれじゃ汲んでも大した量にならない、極めて象徴的な道具になっていますが、それと同等の大きさの桶をちょこんと載せた小さな車。このアンバランスな象徴が、霊が登場する物語の不思議さにマッチしているのかもしれませんね。
さてこのつづきはまた明日に

松風のつづき

シテの登場。真ノ一声でツレの村雨を先に、続いてシテの松風が登場し、ツレが一ノ松、シテが三ノ松で一セイを謡います。


橋掛りで一セイを謡い終えたシテ・ツレは舞台へ入り、ツレが正中へ、シテは常座へと進み、シテがサシ「心づくしの秋風に、海は少し遠けれども」と謡い出し、下歌、上歌と、行平の中納言が眺めた須磨の浦に海士を生業とする我が身の姿を謡います。


さらにシテは「おもしろや馴れても須磨のゆふま暮」と謡い、ツレに呼び掛けるように「いざいざ汐を汲まんとて」と謡って、シテ・ツレの掛け合い、上歌、下歌、ロンギと謡に合わせる形で汐汲みの様を見せます。
「立ち騒げ四方の嵐も」と面を使い「汲むは影なれや」と面を伏せます。さらに「影を汲むこそ心あれ」と桶に映った月を覗き込むような形。


立ち上がった後は、ツレが先に出て松の作り物の横を抜けて汐汲み車に桶を置き、引き綱を引き立ててシテに取らせて、シテが車を引く型を見せます。


さてワキは一夜を明かすため塩焼き小屋に宿を借りようと主の戻りを待っていたわけですが、この二人の様子に、塩屋の主が帰ってきたと声をかけます。
ワキとシテ・ツレの問答になりますが、八島の前場と同じようなやり取り。シテの命にツレは宿を断ります。しかし繰り返しワキが宿を乞うのをツレが断るところで「暫く」と引き立てた謡で差し止め、ワキを招じ入れ入れることになります。


ワキ僧は松風・村雨の海士の旧跡であるという松のところで二人を弔ってきたことを語りますが、この閑さんの謡がまた実に優しい謡。「松風村雨二人の海士の旧跡とかや申し候程に、逆縁ながら弔いてこそ通り候ひつれ」と語るあたり、優しい風情が漂います。
この語りのうちにシテ・ツレがシオリ、これを怪しんだワキの問いに二人は松風・村雨の霊であると明かすわけですが、霊ならずとも涙するような優しさが感じられるところです。


シテの祥六さんがやや面を上げた感じ。一方、ツレの知孝さんはやや面を伏せ気味の感じで、シテの方が感情が強く出ているように感じられます。これがその後の展開にもつながっているように思いました。
さてこのつづきはまた明日に

松風さらにつづき

この能、一場物で中入りがありませんが、ロンギの汐汲みの様が終わったところで、大鼓、小鼓が床几を下り、囃子方は中入りの時のような形でクツロギます。
このワキとの問答で、二人が明確に松風・村雨の霊であると語るなど、ここから後は霊の世界になるところから考えても、どうやらこのワキとの問答を境にして、実質的には前場と後場に分かれるような感じがします。


行平に二人ながらに愛されたことや別離などについて述べ、ワキになお一層の弔いを頼むと、クセになりシテは後見から行平形見の烏帽子と長絹を受け取ります。


シテは「これを見る度に」と少し長絹を持ち上げて思いを込める所作。さらに一度下ろした後も「形見こそ今はあだなれ」と再び持ち上げて見込み感情が強く昂ぶる風になります。


地の「かけてぞ頼む同じ世に」で立ち上がり、手に持った長絹を見込み、抱え込んで舞台を回り、長絹で顔を隠しながら座して泣き崩れるという形。狂女物というわけではないのですが、狂いの様といって良いところですね。


物着で烏帽子、長絹を着し、シテはシオって「三瀬川絶えぬ涙の憂き瀬にも乱るる恋の渕はありけり」と謡い出し、狂乱の様を表します。
「あらうれしやあれに行平の御立ちあるが」と正先の松を行平と見て、立ち上がり「いで参ろう」と近づこうとするのをツレが止める形。


行平の歌「立別れ因幡の山の峰に生ふる松としきかば今かへり来む」を下敷きにして、「待つとし聞かば帰り来ん」とは行平の約束と言いつのるシテの狂気は、幽霊であるだけに深い思慕の念と妄執を感じるところです。
シテの謡も力が入り狂気の風が強く感じられます。
いよいよ気持ちが募って舞へと展開していきますが、もう一日、明日へとつづきます

松風さらにさらにつづき

「立ち別れ」の地の謡からシテはシオりながら橋掛りへと進み、ツレは笛座前に控えます。シテはあらためて橋掛りから舞台に入りイロヱ掛りで中ノ舞。
中ノ舞を舞い上げると、シテは「因幡の山の」と謡い出し、中ノ舞が行平の歌の中に取り込まれたような詞章になっています。


さらに「磯馴松の懐かしや」と昂ぶった感じで松に抱き寄る形から、たらたらと下がって破ノ舞。
今回は見留の小書のため、破ノ舞は常の形とは異なって、松の前を通り抜け「ヒー」と笛が高い音を奏する中に、橋掛りへ入って一ノ松で扇をかざし、松の立木を遠く見て留める形となります。
これもまたなかなかに風情ある型です。


キリの地謡「松に吹き来る風も狂じて」に、ハネ扇で吹く風を表しながら舞台に入り、「我が跡弔いてたび給え」とワキに向かってツメて下居して合掌。
「暇申して」で立ちますが、この足拍子で、それまでの大ノリの謡から「帰る波の音の」と平ノリに変わって気分が変わります。ここの謡、好きなんです。


「須磨の浦かけて」と橋掛りへ進み、「後の山颪」と一ノ松で見返す形。
そのまま静かにシテは橋掛りを進んで退場し、ワキが立ち上がって留めとなりますが「村雨と聞きしも今朝見れば松風ばかりや残るらん」という最後の章句に、実に深いものを感じます。


秋の名曲ではありますが、堪能させて頂きました。
(105分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

葵上 岡庭祥大(閑能会別会)

観世流 観世能楽堂 2007.9.8
 シテ 岡庭祥大、ツレ 渡辺洋子
  ワキ 宝生欣哉、アイ 善竹大二郎
   大鼓 佃良勝、小鼓 鵜澤洋太郎
   太鼓 小寺佐七、笛 寺井久八郎


能としては大変ポピュラーな曲。この日は邯鄲、松風、葵上と、実に楽しめる番組であります。


このブログでは今年の式能で金剛流種田道一さんが梓之出の小書付で演じられたものの鑑賞記を書いています。
今回は観世流の小書き無しの形。見慣れた能ではありますが、それだけに演じ手の技量が問われるところ。


まずは切戸口から後見が現れ舞台正先に小袖を出します。この舞台上に広げられた小袖が曲名の葵上ということで、生身の葵上が登場しないのも能独特の処理ですね。
続いてツレの照日の巫女が登場しワキ座に着座します。いわゆる出し置きなので、ここまでは準備段階というところ。


物語の初めはワキツレ朱雀院の臣下の登場からになります。
洞烏帽子に狩衣の姿で登場し、葵上が物の怪に憑かれて、様々な医療や調法を行ったものの容態が良くならないため、照日の巫女に占わせよという院の命を受けてやって来たわけです。今回のワキツレは大日向さん。好きなワキ方の一人ですが、堂々とした臣下です。


ワキツレは常座から地謡前に進んで着座し、ツレに占いを促します。
大小が梓ノ手を打ち、ツレは「天清浄地清浄」と謡い出すところ。ああ、このあたりの雰囲気が好きなんですよね。
このつづきはまた明日に

葵上のつづき

ツレの謡「蘆毛の駒に手綱ゆり懸け」は、ヨワ吟からツヨ吟、そしてまたヨワ吟と移り、怨霊であるシテを導き出す意味深いところ。
これを受けて一声の囃子でシテが登場し一セイ「三つの車に法の道、火宅の門をや出でぬらん」と謡います。
今回のシテ、岡庭さんは初めて拝見しましたが、若々しい雰囲気です。


式能の鑑賞記で書いた通り、梓ノ出の小書がつくと、ツレの謡のうちに幕が上がり、シテは橋掛りを進んで、ツレの謡が終わると一セイ、次第、サシ、下歌、上歌を飛ばして、いきなり「梓の弓の音は何処ぞ」と謡い出します。非常に緊張感が高まる形で、これはこれで素晴らしい形ですが、私自身はこの飛ばされる部分の謡が好きでして、ちょっと勿体ない感じがしています。


さて「梓の弓の音は何処ぞ」のシテの謡の後、ツレが「東屋の母屋の妻戸に居たれども」と謡います。これなんだか変なんですよね。
昔はシテが青女房を伴って登場したらしく、これを青女房が謡うとしっくりするのですが、以前にも書きましたけれど青女房を廃した現在の演出の方が、スッキリしていて劇としては質が高くなった感じがします。


登場してきたシテの姿はツレの巫女にしか見えません。そのためツレは牛も無い車に乗った上臈の姿を述べ、ワキツレ臣下に向かって「もしかやうの人にてもや候ふらん」と問いかけます。
これに答えてワキツレは、大方は推量したので名を名乗るようにとシテに迫ります。大日向さん、力の入った謡でシテに迫る迫力があります。
さてこのつづきはまた明日に

葵上さらにつづき

シテは大小前から正中へ出て下居しクドキを謡い、自らが六条御息所の怨霊であることを明かします。いささかキーが高かったような気がしましたが・・・感情の高揚を表現してということでしょうか。
さらに地謡が下歌、上歌とシテの苦悩、葵上への恨みを謡うところ。シテは座したままですが思いの凝縮される場面です。


シテは激情に駆られて「今は打たでは叶ふまじと」と立ち上がって正先の小袖に寄り、後妻打ちにおよびます。さらに常座での地謡との掛け合いから「昔語りになりぬれば」と大小前、正中と進み、「その面影も恥ずかしや」と扇を投げ捨てて常座に向かい「枕に立てる破車うち乗せ隠れ行かうよ」で唐織を被いて後見座にクツロギます。
なかなかに小気味よいテンポで進んだ感じで、一気に場面が展開しました。


ワキツレの命でアイがワキ横川の小聖を迎えに行き、ワキが登場。正先に置かれた小袖、つまり葵上のところまでやって来て着座し、ノットの囃子に合わせて祈祷を始めます。
欣哉さんも曲毎にきちんと雰囲気を作ってこられる方ですが、今回の横川の小聖も力ある行者の風情です。


シテは被いた唐織の中で面を変え、悪鬼の姿となって常座に進みます。
祈になって、ワキは数珠を使い、シテは被いたままだった唐織を落として悪鬼の姿を現します。
唐織を腰に巻き付けて笞を振り、橋掛りに入って唐織を落としてワキと激しく闘います。幕の前までワキに追い込められたところからとって返し、シテ柱に巻き付いて再び舞台に入り散々に闘いますが、ついには調伏されて打ち杖を捨てて安座する形。


最後は地謡の「読誦の声を聞くときは」から成仏得脱の身となって留めとなりました。
(61分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

氷室 東川光夫(五雲会)

宝生流 宝生能楽堂 2007.9.15
 シテ 東川光夫、ツレ 澤田宏司 金森隆晋
  ワキ 宝生欣哉、アイ 三宅近成
   大鼓 柿原崇志、小鼓 幸正昭
   太鼓 大川典良、笛 寺井宏明


本日から9月の宝生流五雲会の鑑賞記です。


氷室は金春憲和さんの演能についてこのブログで鑑賞記を書いています。
あれから一年ちょっと経っていますが、今回は上掛りの宝生流ですのでいささか違いがありますね。


まずは作り物の一畳台と山が運ばれてきて大小前に置かれます。
すると次第の囃子でワキの臣下とワキツレ従臣が登場してきます。臣下は亀山院に仕えていますが、九世の戸からの帰り道、都に戻る途次であると名のって、ワキツレ共々道行を謡い氷室山にやって来ます。
この鑑賞記の前に書いた岡庭さんの葵上の時もワキは宝生欣哉さんでしたが、今回の勅使もいかにも勅使らしい、全体に速さのある、それでいて締めるところでは緩急のついた謡。安定感があります。


総じて脇能のワキは勅使や神官といった役どころで、調子の速いキビキビとした謡を聞かせ、所作も切れよく見せることが多いのですが、これが前シテの、多くは老人の謡や所作との対比の面白さとなってきます。
今回もそうした感じを楽しめる前場。ワキツレは梅村さんと則久さんで、則久さんも注目しているワキ方の一人です。


さてここに真ノ一声で登場してくるのが老翁と若者の二人連れ。
シテは白大口に水衣の高砂前シテのような姿で、手にはエブリという雪などをかき集める道具を持っています。
ツレは直面、脇能では割合に良くある組み合わせですね。
さてこのつづきはまた明日に

氷室のつづき

ワキはシテに対して氷室守かと尋ねます。臣下は年々に献上される氷は見ているものの、春夏まで氷がとけない謂われを知りたいと述べるわけです。


これに答えてシテの語りで、氷室の起こりが述べられ、さらにワキの問いかけに答える形で、各所の氷室を数え上げます。


さらにシテとワキの問答は続きます。このあたりの掛け合いはなかなかに面白い。
「日影もささない深谷だから春夏になっても雪が消えないのだなあ」とワキが納得しかかると、シテはそれをとどめ、地謡につないで、紀貫之の有名な歌「袖ひぢて掬びし水の氷れるを春立つ今日の風や解くらん」が引かれ、いかに日も差さぬ深い谷に氷室を作ったからといって、春過ぎて夏に至っても氷がとけずにいるのは、なにがしかの供御の力がなければ無理なことと謡います。


クリの「それ天地人の三才にも」でシテは正中へ進んで下居。サシからクセの前半は下居のままに、君の威徳の故にこそこの氷室もあると謡いがつづきます。
シテはクセの後半「初子の今日の玉箒」で立ち上がり、「雪のしづくをかき集めて」とやや下を見廻しながら左右から雪を掻き集める所作を見せます。


「夏衣なれども」と手に持ったエブリを落とし、正中へ進んで下居してロンギの謡となります。後見が進み出てシテに扇を渡し、肩上げを下ろして、シテ・ツレ同吟で氷調(ヒツギ)の祭があるので待っているようにと謡い、ワキを待たせ来序にて氷室の中に姿を消します。


中入りではアイの神職が二人登場します。
金春憲和さんの時は大藏流の善竹富太郎さんと大二郎さんの兄弟が登場。大変面白いアイでしたが、今回は和泉流でしかも一人。そのあたりはまた明日に

氷室さらにつづき

大藏のアイは氷室明神に仕える二人の神職で、二人して雪乞いをし降った雪を丸めて室に納めますが、この日は末社の神一人なので、狂言来序で登場してまずは立ちシャベリ。


その後、目付に進んでワキに対して雪を降らそうと問いかけ、常座で囃子に合わせて「雪コウコウコウ、霰コウコウコウ」と謡い舞います。この「雪コウコウコウ、霰コウコウコウ」は大藏と同じですが、前後の仕立てが違うと印象も替わりますね。


降った雪に、今度は「雪ころばかし」をしようと、再び囃子をともなって雪を転がして大きな雪玉を作り室に納めます。手の冷たさを示す型を見せ、ワキに挨拶をして、最後にもう一度、囃子に合わせて謡い舞いして退場。
二人の神職の掛け合いの形で、通常の狂言に近い構成だった富太郎さん達のときとは、また違った印象のアイでした。


さてアイが退場すると、出端で後ツレ天女が登場し、天女ノ舞になります。
金春の会では中村昌弘さんが前ツレの若男を直面で演じた後、後ツレの天女も演じました。が、今回のように前ツレと後ツレは別の演者が演じる方が普通でしょうね。
天女ノ舞を舞い上げると、後シテが作り物の中から謡い出します。


「氷室の神体さえ耀きてぞ顕れたる」で引廻しが取られるとベシ見の面に赤頭・唐冠、袷狩衣に半切で、氷の作り物を持った後シテが姿を現します。


「深井の氷に」と一度立ち上がって直ぐに座し、二度目の「引き放し」で立って飛び出る形。続けてシテは舞働を舞いますが、前場で老人の形で内に押さえ込んでいた気力を外に向かって開いたような感じ。
さらに氷をワキに渡して献上する様を見せ、「清風を吹かして」と招キ扇で風を招く所作を見せ、「雲を凌ぎて」と橋掛りへ進んで「すはや都も」と一ノ松で左袖を被いて都を見る心から、再び舞台へ入り、両袖を勢いよく巻き上げて小廻り、開いて留めの拍子と切れの良い舞で、脇能らしい留めとなりました。
(89分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

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