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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

附祝言

昨日の東京金剛会ですが、鑑賞記の前に一つ気になることがありました。というのが表題の附祝言。


附祝言(ツケシュウゲン)というのは、一日の会の最後に地謡が残って祝言の小謡を謡うもの。多くは高砂のキリ「千秋楽は民を撫で。万歳楽には命を延ぶ。相生の松風。颯々の声ぞ楽しむ。颯々の声ぞ楽しむ」を謡います。
「多くは」というのは、高砂が当日演じられた場合などには、他の曲が用いられることもあるからなのですが、さて昨日の金剛会。「酔ひも進めば東雲早く」という謡い出しに「???」こりゃあなんだろう?と聞いていると、その後は「醒むると思へば泉はそのまま尽きせぬ宿こそめでたけれ」となって猩々と同じ。


いったいこれは何なのだろうかと疑問だったのですが、なんでも金剛流の場合「乱」になると「猩々」のキリの詞章がこのように替わるのだそうで、それを附祝言として謡うことがあるのだそうです。
金剛流も常の猩々は他流と同じで、これは古い謡本でも確認したのですが、乱で詞章が替わるというのは知りませんでした。


さて附祝言にもどりますが、もともと江戸時代に五番立てが成立し、その最後の五番目が祝言性の無い曲の場合に、神能や鬼畜物で祝言性のある曲の後半だけを祝言能として演じたのが起こりだそうです。
それが明治以降になると、五番立てそのものが少なくなる中で、祝言能ではなく、そうした曲の最後の部分だけを地謡が謡う形になってきたとか。この話は昨年にも、このブログで「祝言」として書いていますが、附祝言は私の学生時代には、けっこう普通に見られたように記憶しています。


ですが最近は各流の会を観に行っても、あまり出会うことが無いような気がします。
まあ見所の方も最後の曲になると、まだシテが幕に入るか入らないかのうちに席を立つ方もいますし、忙しくなったということかもしれませんね。


リンクはページ左上にまとめてありますが、こちらからもどうぞ
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