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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

六浦のつづき

ワキの一行が称名寺に来てみると、山々の紅葉が今を盛りとなっています。ところが本堂の庭に、なぜか紅葉しないままに青々とした葉を茂らせる楓があることに気付きます。
これはどうしたことか、きっと謂われがあるに違いないと思っているところに、呼掛で前シテの若い女が登場してきます。


登場してきた女、面は小面の様子で若い設定です。金剛流ではこの装束を無紅唐織着流とするのが正式な形(山田純夫さんの潤星会のページにそのような記載がありました)とか。無紅は本来は若い女には用いませんが、これがその後の展開の伏線になるということです。ですが当日の大川さんの装束は無紅というにはいささか華やかだったようです。少なくとも中年の女に使う無紅の装束とは全く違った印象でした。
観世流では無紅の装束を着けるためか、中年の面である深井が基本で増や若女を用いても良いということのようですが、ともかく若い女の面で無紅の装束というのが本来はこの曲の装束での鍵なのでしょうね。


女は旅僧にどうしたのかと尋ねます。
ワキは山々が紅葉の盛りなのに、一葉も赤くなっていない楓があるのはどうしたことかと不審に思っていたところだと答えます。


女は良く気付いたと言い、中納言為相と紅葉の謂われを語り出します。
為相がある日、この地に紅葉を見ようとやって来ると、山々の紅葉はまだなのに、この一本の楓のみが見事に紅葉していた。そこで為相は「いかにして此一本に時雨れけん山に先立つ庭のもみじ葉」と歌に詠んだところ、今に紅葉をとどめているのだという話。


これを聞いた旅僧は手向けにと「朽ち残るこの一本の跡とへば袖の時雨ぞ山に先だつ」と歌を詠みます。上掛りでは最初の五文字が「古り果つる」となっていますが、それは良いとして、どうもここでワキが「朽ち残るこの一本の陰に来て」と謡ったように思うのですよね。聞き違いかも知れませんが、おやっと思った次第。


さて女はいよいよこの木の面目と喜びますが、一方の旅僧は為相の歌に紅葉を褒められたのに、なぜ紅葉することを止めてしまったのだろうかと疑問を呈します。
このつづきはまた明日に


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