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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

邯鄲さらにつづき

台を下りたシテに輿舁が輿を差し掛け、ワキが後に従った形から真ノ来序になります。

真ノ来序が奏されると、シテはゆっくりと一畳台に上がって着座し、ワキは笛座前から切戸口へと進んで退場。輿舁も切戸口から退場してしまいます。
代わって子方とワキツレの廷臣が登場してワキ正側に並びます。帝となった盧生の宮廷が出現する趣向で、既に盧生は帝として絶頂期を迎えようとしています。

地謡が宮殿の荘厳な様子、栄華の様を謡います。「白金の山を築かせては、黄金の日輪を出されたり」で、シテは幕の方へ右手を上げて日輪を指す形。一畳台の緋毛氈の赤が法被に映えてきらめくようです。
「長正殿の内には春秋をとどめたり」と目付柱の方へ面を伏せ「不老門の前には日月遅しという心をまなばれたり」で両手を上げる型。この両手を高く上げる形は帝としての歓喜を示す意味なのか、各流ともここにこの型を置くようですね。

ワキツレ廷臣がシテの前に両手をつき、即位されてからもはや五十年であると告げ、仙境の酒を勧めます。子方がシテに酌をして子方の舞。狩野佑一くんは狩野了一さんのご長男の由。なかなかしっかりした舞でした。
地謡にあわせて子方が舞っている間に、シテは台上で後を向き、後見が掛絡を外し右袖を脱いで背に織り込みます。楽を舞うための準備ということですね。

「栄華にも栄耀にもげに此上やあるべき」で楽になり、唐団扇を持った右手を一度上げ、ゆっくり下ろしてから答拝して立ち上がります。
観世の藁屋も楽は盤渉でしたが、この傘之出の小書でも楽が盤渉となるのが基本の形とか。ただしこの日は黄鐘のままで奏されました。台上での舞は狭い空間をどう活かすかが鍵なのでしょうけれども、空間的な制約を感じさせない広がりのある舞でした。

この楽で特に見せ場ともなる空下りのところ、観世の関根さんは大きく足を出し、また大きく上げて戻しましたが、明生さんは唐団扇を左手に取り、左後ろ側の柱につかまって、足を台からそろそろという感じで下げ、ビックリしたように上げた足をしばしそのままに保ちました。あまり大きな所作ではありませんが、なんだか何かを試すような雰囲気がありました。

さらに四段で台の後方から舞台に下り、台の前をすり抜けるようにして正中へ進み出て楽がつづきます。
このつづきはまた明日に
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