FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

正尊のつづき

ワキはともかく連れてこいとの命令だからと、正尊を連行しようとします。このシテ・ワキ掛け合い、同じ上掛りでも観世流とは結構違っています。もちろん基本的なやり取りは変わりませんが、こういう節付けのない部分は流儀による違いが多いようです。

シテ、ワキの掛け合いから地謡となり、ワキがシテに寄るとシテは立ち上がってワキと橋掛りで入れ替わり、シテが先に後見座にクツロギます。
ワキは正中へ出て、ツレの義経に正尊を連れてきた旨を告げる訳です。

シテが正中へと進んで平伏すると、義経から「如何に土佐坊珍しや、さて何のために上りてあるぞ」と上洛の理由を聞かれ、またワキ弁慶からも問われます。この両者からの詰問に、正尊は起請文を書いて身の潔白を示そうとします。
地謡が「当座の席を遁れんと」と上歌を謡い、シテは後見から文を受け取って起請文を読み上げます。

実はこの起請文に関して、昨日書いたシテとワキの扱いの話が出てきます。
この後「敬つて申す起請文の事。上は梵天帝釈、四大天王閻魔法王五道の冥官泰山府君」とシテが起請文を読み上げます。
ただしこの起請文、古くはワキの弁慶が読んでいたようなのです。

この起請文のような、いわゆる読み物と言われるものには、安宅の勧進帳や木曾の願書などがありますが、いずれもシテが読み上げます。どうもこの正尊の起請文だけがワキの読み物だったらしいのですが、今回の宝生流や観世流、喜多流ではシテの正尊が読む形に直してしまったようで、起請文の前の上歌の最後、宝生流では「これを書き付け、御前にこそは参りけれ」と地が謡い、正尊がその起請文を読むという形になっています。

また喜多流では「これを書き付け高らかにこそ読み上げたれ」となっていて、こちらも正尊が読み上げるのが自然に感じられるように謡われます。
観世流でも現在の大成版では「これを書きつけ御前に於いて読み上ぐる」となっていますので、正尊が読み上げるのが自然ですが、明治頃までは「これを書き付け弁慶にこそは渡しけれ」となっていて、弁慶が読まないとおかしな形でした。
実はこちらが正尊の本来の形で、観世流では起請文の小書がつくと、この弁慶が読む形をシテ正尊が読む形に変えていたらしいのですが、現在では必ず起請文の小書を付けシテ正尊が起請文を読むことにしているわけです。

では金剛流はどうしたかというと、起請文を読むのは古い展開通り弁慶なので、なんと弁慶をシテにしてしまった次第。金春の謡本は確認していませんが、金剛同様に弁慶をシテにし、両流とも正尊はツレの扱いとなっているようです。
というわけで、正尊が起請文を読み上げた後はまた明日につづきます
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
スポンサーサイト



 | HOME | 

カレンダー

« | 2008-06 | »
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。