能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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千鳥 茂山逸平(初夏能楽会)

大藏流 茨城県民文化センター 2008.6.07
 シテ 茂山逸平
  アド 島田洋海 茂山七五三

茂山家の狂言はあまり拝見していないのですが、観る度に大変面白いと思います。
茂山家の狂言が如何なるものかといった解説をするほどに詳しいわけではないのですが、吉本など現代の関西喜劇にも通じる、なんとも言えないおかしさが感じられます。

しかも、今回のようにホールで、どちらかというと能も狂言も初めてという観客を相手にするということにも馴れておられるようで、選曲といい演出といい、初めてでも十分に楽しめるものでした。たしかずっと以前から学校での上演なども継続しておられるはずで、そうした積み重ねの結果かも知れません。

さてこの千鳥、主人から酒代がたまっているにもかかわらず酒を求めて来い、といささか無理な話を命じられた太郎冠者が、酒屋の主人からあの手この手で酒を掠め取ってくるという話。話の筋からして狂言らしいおかしさが感じられるところです。

まず主人、太郎冠者、酒屋の順に登場し、酒屋は笛座に下がり、主人が太郎冠者を呼びつつ常座からワキ座へと進みます。呼ばれて常座に出た太郎冠者に、主人は今夜人が来るのでいつもの酒屋へ行って酒を取ってこいと命じます。

命じられた太郎冠者ですが、「ないないの通いの面」が済んでいないので、出来ないと断ります。「かよいのおもて」は掛け買いの支払いという意味でしょうね。たしか和泉流では「酒代の算用」と言っていたように思います。

さて太郎冠者に断られた主人ですが、冠者と酒屋は合口ではないか・・・話が合う仲ということでしょうけれども、ともかく行ってこいと重ねて命じます。

太郎冠者は、いつも掛け買いでなんとか酒を調達してきても、自分には呑ませてくれないと不満を言いますが、主人が今度取ってきたなら口切りをさせようと言うと、太郎冠者も納得して出掛けることになります。ま、酒好きということなんでしょうね。
さてこのつづきはまた明日に
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千鳥のつづき

やり取りが終わると主人は退場してしまい、太郎冠者が酒屋へ向かう場面となります。
太郎冠者が声をかけると喜んで出てきた主人、この間のうちのないないの通いの面がどうなったかと、待ちかまえていた様子です。

七五三さんの酒屋も、逸平さんの太郎冠者もちょっとしたところでの表現が豊かで、観客席も引き込まれている感じ。

太郎冠者は、今晩俄にお客が来ることになったのでいつもの良い酒を一樽、と所望しますが、当然のことながら、先の支払いが済まなければ酒はやれないと酒屋は断ります。
これに太郎冠者は「今日一度の代わりは持って参りました」と返し、それならばと酒屋が樽を持って正先へ置きます。

太郎冠者は早速その樽を持って帰ろうとしますが、主人が「代わりを置いていかんか」と太郎冠者を止め、やり取りに。
太郎冠者は「代わりとは?」ととぼけたりしますが、再度の求めに今出して進ぜましょうと袖のあたりを探る所作。「はて合点の行かぬ、はて面妖な」と探し出した様子に、酒屋も一緒にそのあたりを探す風。

太郎冠者はしばらく探した後に、主人から預かった際に棚の端へ置いてきたので、取ってくると言って、酒樽を持って帰ろうとします。
酒屋は当然、酒樽を置いていけと言い、また言い合いに。

酒屋は、金のある時は他の酒屋へ行き、無い時だけ自分のところへやって来ると文句を言います。酒を切らしてはいられないはずなのに、しばらく来なかったのがその証拠と言い張りますが、太郎冠者は、この間うちは主人ともども尾張の津島祭を見物に行っていたので、留守の間に酒を呑むはずがないと切り返します。

さてこの酒屋、珍しい話を聞くのが大好きという設定で、この津島祭の話も聞きたくて仕方ない様子。そこで、酒の話はさておいて、津島祭の様子を話して聞かせることになります。
ここからがこの曲の見せ所ということになりますが、さてこのつづきはまた明日に
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千鳥さらにつづき

太郎冠者はまず伊勢路で、子供が千鳥をふせるのを見たのが面白かったと話します。
話をするには相手がいります、ということで酒屋が相手をすることになりますが、さらに「千鳥がいりまする」と言い、酒屋が千鳥には何が良かろうかと思案していると、あの樽が良いと太郎冠者が言い出します。

千鳥には大きすぎないか、いや千鳥だと思えば千鳥になる、とまあ分かったような分からないような言い合いの末、酒屋が「浜千鳥の友呼ぶ声は」太郎冠者が「チリチリヤ、チリチリ」と謡い舞いになります。太郎冠者は酒屋の目を盗んで、千鳥に擬した酒樽を持ち去ろうとしますが、酒屋が気付いて戻されてしまいます。

次はなんの話か、ということで祭に山鉾を引くところを見せることになります。
今度は酒樽を山鉾に擬することになり、山鉾には小さすぎないか、いや山鉾と思えば山鉾になる、とまたまた言い合いの末に、酒屋が囃し、太郎冠者が酒樽に巻いておいた布を引いて山鉾を引く様を見せます。
今度も太郎冠者は、山鉾を引くように酒樽を持ち逃げしようとしますが、またまた酒屋に止められてしまいます。

この千鳥、山鉾の仕方話は、二人のやり取り、囃す仕方ともに大変面白いもの。
千鳥や山鉾になぞらえるのに酒樽が大きすぎないか、小さすぎないかという対比もうまくできた話です。

さてなかなかうまくいかない太郎冠者「忙しい」ので代わりを取りに帰ると言い出します。これってなかなか人間心理をついているところで、帰る言われると止めたくなるのが人情というもの。
案の定、酒屋は太郎冠者を引き留め、もう一つ話をしてくれてうまくできたら、代わりなしに酒樽を持たせようという次第になります。

今度は流鏑馬の話をしようということになり、酒屋は「馬場のけ、馬場のけ」と馬場先の人を払う役になり、太郎冠者は杖竹を馬に見立ててまたがり「お馬が参る、お馬が参る」と走り回ります。
二人で舞台を廻り歩くうちに、太郎冠者が隙を見て酒樽を取って逃げ、酒屋が追い込んで留。
息の合った楽しい舞台でした。
(25分:当日の上演時間を記しておきます)
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船弁慶 白波之伝 工藤寛(初夏能楽会)

金剛流 茨城県民文化センター 2008.6.07
 シテ 工藤寛、子方 加藤愛花
  ワキ 森常好、アイ 茂山宗彦
   大鼓 安福光雄、小鼓 鳥山直也
   太鼓 大川典良、笛 藤田次郎

白波之伝の小書付は、昨年、金剛永謹さんのシテで拝見しておりまして、同じ小書は今回が二度目ということになります。人気曲でもあり各流とも良く上演されますが、そうしたこともあってか、小書も沢山作られています。金剛流でもこの白波之伝のほかに波間之伝といった小書がありますが、白波之伝のほうが演じられる機会が多いような感じがします。

さて今回は地方のホールでの上演のためか、小書がついたことに加え、何カ所か省略されていまして、上演時間は70分を切っていました。観世の小書無しで75分前後、昨年の永謹さんの時は85分くらいかかっていましたから、随分と短くなった印象です。
とは言え、短くなったことによって、より見せ場が凝縮されて面白かったことは間違いありません。能楽を観るのは初めてという方も少なくなさそうな会場でしたので、良い処理だったのではないかと思います。

さてまずは次第で子方、ワキ、ワキツレが登場してきますが、笛のヒシギから鼓が打ち出すと、直ぐに幕が上がって一行の登場です。
子方は加藤愛花さん。永謹さんの船弁慶の時も子方で出ていましたが、しっかりしたお子さんです。

次第の謡の後ワキの名乗りがありますが、これも短めで、その後のワキ、ワキツレのサシから下歌、上歌は省略されてワキの着き台詞で大物の浦に着いたとなります。
大物の浦に着いた一行と、アイ所の者との宿をめぐってのやり取りもありません。これは永謹さんの時もありませんでしたから、小書の形なんでしょうか。

ワキ弁慶は、静がここまでついてきたことを好ましくないと思う旨述べて、子方の義経にはかり、静に都に戻るよう話すことにします。
このつづきはまた明日に
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船弁慶のつづき

・・・昨夜から今日の日中にかけて、なぜかFC2のブログに書き込みが出来ませんで、一日間があきました・・・
ワキ弁慶は静の部屋へ行こうと述べ、橋掛りに入って幕に向かって呼び掛けます。
この詞のうちに「お幕」の声があって、前シテ静御前が登場してきます。
ここのやり取りも省略があり、弁慶が都へ帰るようにと述べると、シテワキのやり取りが省略されて、シテの「よくよく物を案ずるに」へと飛びました。
まあこの間の部分は無くても話は十分わかるので、話がサラサラと進んでいる感じです。
義経に直接返事をしようというシテの詞で、ワキは舞台へ入り子方に静の参上を告げ、シテは橋掛りを進んでワキとの問答の後に正中に下居します。ワキはこの間に笛座前に進んで下居。

シテと子方の対面となりますが、義経は静に都へ上るよう諭し、シテは弁慶に疑ったことを詫びます。ワキがシテに気にせぬようにと言うと、シテ、地謡の謡が省略され、子方の「いかに弁慶、静に酒を勧め候へ」の詞になります。
この後のワキ、シテの詞の後は、まずワキが烏帽子を取り出して、静に烏帽子を着けてひとさし舞うように進め、正中で笛座方向に向きを変えたシテが烏帽子を着けます。
烏帽子を着け終えたシテは立ち上がって正面を向き「その時静は立ち上がり、時の調子をとりあへず・・・」と謡う形です。
観世流だと「その時静は・・・」の謡の後、ワキが烏帽子を勧め、シテは笛座前に進んで物着をする形になります。烏帽子だけでなく長絹も着ける場合もありますね。

さてこのあと、サシ、クセになります。
実はお恥ずかしい話ですが、この越王勾践の臣下陶朱公の故事を引いて舞うクセの部分、大変好きなところではあるのですが、今回、ふと気付くまで何十年かの間、なぜ陶朱公の故事が引かれているのか考えないままに、観ておりました。

シテサシのところは各流、様々に型付けされていますが、基本はシテがワキを向くこと。今回の演出では「終に呉王を亡ぼして」で扇を広げたシテが、ワキに向かって片ユウケンをします。
ここで初めて、ああ弁慶を陶朱公になぞらえているのだと気付きました。

越王勾践の臣下范蠡が後に陶朱公と名を変えた話は以前にも書きましたが、呉王夫差に破れた勾践に再び勝利をもたらせたのは范蠡の力。素直に読めば、義経を勾践に、弁慶を范蠡になぞらえていることは直ぐ分かりそうなものなのですが、これに気付くのに何十年という時間を費やしてしまいました。お恥ずかしい限りであります。
というわけで、このつづきはまた明日に
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船弁慶さらにつづき

思いのこもったクセから序ノ舞。盤渉序ノ舞で途中から調子が上がります。
二段のヲロシで子方を見込んでシオル形が入ります。これも見せ所ですね。
実はこの後、舞が二段で舞い上げになってしまったような感じなのですが、この前後あたりはシテ工藤さんの演技も思いのこもったところで、ついつい別離の悲しみのほうに気持ちが行ってしまい、段を意識しないで観ていたため、この辺の記憶があやふやになってしまいました。

舞い上げたシテは正面を向いて下居の後、「舟子ども」とシテ柱の方へ向きを変え立ち上がって招き扇、艫綱を解くようにと急かす形で橋掛りへ進みます。
子方が立ち上がると、シテは一ノ松から正中へ戻り、扇を持ってシオリつつ下居。烏帽子を外して扇を落とし、モロシオリの形となります。

ワキがアイに声をかけ、アイの送り込み。
シテの後ろに立ったアイが声をかけ、シテを立たせて、話しかけながら幕までシテを送り届けますが、ここもなかなかに情趣のあるところです。

さて、シテを送り届けたアイが舞台に戻ってくると、ワキが船を出すようにとアイに話します。これを受けてワキツレが、今日は浪風荒いので、義経が逗留すると言っている旨を伝えますが、ワキ弁慶は急ぎ船を出すべきと言い張ります。
おそらくは静に名残があって、そう言い出されたのであろうけれども、平家を亡ぼした時は大風の中で渡邊福島を船出をした。今もまた同じであり、急ぐべきとワキツレを諭します。

ワキは「立ち騒ぎつつ舟子ども」と謡い、アイに船を出すように命じて後見座にクツロギます。これを受けて、アイが幕に走り込み、船を抱えて走り出てくるのも見せ所の一つ。いやが上にも盛り上がります。
さてこのつづきをもう一日、明日へ
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船弁慶さらにさらにつづき

船を持って登場したアイは、地謡前に船を据え、自ら棹を取って一行に船に乗るよう促します。
義経、郎等一人が先ず乗り込み、弁慶も促されて乗り込むとアイが船を漕ぎ出します。

宗彦さんの間狂言というのは、たぶん初めて拝見したと思うのですが、若さのあるキビキビとした船頭振りで、好感持てるもの。
最初にシーっと海上を一撫でしてから、ゆっくりと漕ぎ出します。棹は割と太めの青竹の様子で、あまり見かけない太さです。現地調達だったのでしょうか?

この船の漕ぎ出しから、浪が強くなる様は間狂言の腕の見せ所ですが、最初は門出に天気が良く目出度いと言ったり、屈強の水手を乗せていると自慢して弁慶に褒められて喜んだり、割合のんびりとした進行ですが、難しい雲が出た言っているうちに浪が押し寄せ、これを静める様を見せます。

「そのうえ海上の態も荒うなった」と海を覗き込むように下居して肩を脱ぎ、浪を静めようと棹を操ります。
このあたりは、流儀によって、家によって微妙に違うようなのですが、正直のところ、あまりよく覚えていません。

一度は波が静まりますが、再び波濤が高くなるとワキが立ち上がって、風が変わり嵐になったと述べます。この後のワキツレとワキの問答は省略されて(これは永謹さんの時も同じ)海上に平家の公達が浮かび出たとの詞章に続きます。

地謡の「波間に浮かびて見えたるぞや」で幕が上がり、潜るような感じでシテが登場し名乗ります。「あら珍しやいかに義経」と子方を見込み、幕前から一度幕に入って、早笛で再度登場してきます。

永謹さんの時の鑑賞記にも書きましたが、この後のシテの舞は、舞金剛の名にふさわしいダイナミックなもの。工藤さんはなかなかに舞がお上手ですので堪能した次第です。
最後はクルクルと回るようにして橋掛りを遁れていき、後ろ向きに幕に入っての留。
ホールの能でどうかなあと内心思っていたのですが、面白く拝見しました。
(68分:当日の上演時間を記しておきます)
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胡蝶 浅見慈一(銕仙会定期能)

観世流 宝生能楽堂 2008.6.13
 シテ 浅見慈一
  ワキ 舘田善博、アイ 竹山悠樹
   大鼓 柿原光博、小鼓 亀井俊一
   太鼓 金春國和、笛 槻宅聡

この曲も良く出るせいか、当ブログの鑑賞記に登場するのも18年3月20年2月に続き三回目です。
何度も書いているように、取り立ててストーリー性のある曲でもなし「それがどうしたの?」と言ってしまえばそれだけの話です。が、予想した通り、浅見慈一さんらしい工夫というか思い入れというか、随所に感じられる一番でした。

まずは後見が梅の立木台を出し正先に据えます。観世流としては紅梅の台を出すのが本来の形ではないかと思いますが、今回は白梅。この白梅はなかなか良い選択だと思ったのですが、それはまた後の話。

まずは次第でワキ僧の出になります。謡本にはワキツレの記載がありますが、考えてみると、ずっと以前のことは忘れてしまいましたが、ここしばらくこの曲でワキツレが出たのを観た記憶がありません。確かに出てもあまり意味があるとは思えないところ。

ワキは紺の無地熨斗目に水衣、角帽子の上から笠を着けた形で登場してきます。笠に隠れてお顔が良く見えません。番組を見ていなかったので、ワキは誰だろうと思っていると次第の謡。「ああ舘田さん」と思ったものの、本当に森常好さんと声や謡い方が似ておられます。

さて次第を謡い終えると、地取りの間に笠を外し、角帽子の先をちょっと伸ばして正面を向いての詞になります。笠を外して角帽子を伸ばすっていう所作、私は見る度になんだか可愛らしいと思ってしまうのですが・・・野口敦弘さんの所作も愛嬌があります。

何はともあれ、再び笠を被っての道行の後、一条大宮に着き、古宮の梅に目を止めて一見しようとワキ座へ進むところ、シテの呼び掛けに立ち止まります。
さてこのつづきはまた明日に
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胡蝶のつづき

シテの呼び掛けは型通り幕内からですが、優美に引き立てた声で高音がとても綺麗です。蝶の精が仮に人間に現れたと、たしかに感じさせるような謡。

シテの呼び掛けを受けたワキの詞のうちに、幕を出て静かに橋掛りを進みます。二ノ松で一度立ち止まって再び歩みを進め、「大内もほど近く処からなるこの梅を」と一ノ松で立ち止まって正先の梅を遠く眺める気持ち。正面に直した後に「心留めて御覧ぜよ」と語りかけるようにワキを向きました。

続くワキの謡で橋掛りを進み、名を名乗れと言うワキの詞に、常座へ出て「そなたの名こそ聞かまほしけれ」とワキに問いかけます。

シテ、ワキの掛け合いから地謡へ展開していきますが、ワキの「心をとめて」シテ「色深き」地「梅ヶ香に」と続くところ、シテの色深きの謡が実に趣深く心を込めた感じです。
重ねてのワキの問いに、シテは自ら人間ではないと語りますが、ここでも「梅花に縁なき事を嘆き」の詞から「来る春毎に悲しみの」とカカル謡になるところ、「嘆き」を実に柔らかく収めて、引き出すように謡につなげていくなど、細やかな心遣いが感じられました。

シテは謡いつつ正中へ進み、シオリつつ下居して地謡のクリになります。笛のアシライがとても綺麗で気分を盛り上げます。
槻宅さんの笛、かつては時々かすれるようになることがあって「どうかなあ」と思っていたのですが、数年前に私もたまたま居合わせたハプニングがあり、それ以来、大変美しい音色を、しかも常に出されるようになったと思います。このところ、番組を見て笛方に槻宅さんのお名前を見かけると、これは良い舞台になりそうと期待が高まります。
余程にコンディションも気をつけておられるのだろうと想像しています。

さて地のクリからシテのサシ謡となり、さらにクセへとシテが下居したままで謡が続きます。
クセの後半、シテの上端の後「昔語を夕暮の」と立ち上がり「月もさし入る」と左右を見て目付に出ます。地謡も柔らかく、月の光の中に仮初めに人間の形をとった胡蝶の精が、進む様を謡うようです。シテは「夢の如くになりにけり」と静かに中入りとなりました。
前場の間、何度か開キの型と思われる所作があるのですが、すべて手を開かず足だけ。そういう型なのかなあ、と思う一方、胡蝶の姿を現す前の人の形だから羽を広げない意味では、とも思えて興味を覚えたところでした。
さてこのつづきはまた明日に
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胡蝶さらにつづき

送り笛でシテが姿を消すと、代わってアイが常座に出て間語りとなります。竹山さんのキチンとした語り、最後は笛がアシラって趣深く終えるとワキの待謡。
謡の終わりに太鼓が入って一声の囃子になります。なにやら気分が盛り上がってくる感じです。

後シテは白の多い紅入縫箔を腰巻に緋の長絹を着け、蝶の立て物のついた天冠を着けています。目の覚めるような鮮やかな色の長絹です。
常座に進んでサシ謡。高く引き立てた謡で可憐な蝶の精をイメージさせるところ。

「胡蝶の精魂現れたり」とワキを見ると、ワキは有明の月の光に蝶の姿が現れた様子を謡います。シテは「隔てぬ梅に飛び翔りて」と梅を見、つつっと二、三足詰めて両手を大きく開きましたが、現れ出でた蝶が大きく羽を広げた風。
長絹の赤が白梅の色に映え「ここは紅梅の作り物ではないな」と納得したところです。

地謡に合わせ、サシ込み開キから右へ回って常座へ。小さく回って正へサシて開キ答拝して中ノ舞になりました。
中ノ舞も所作が大きい感じで、蝶の飛ぶ様を表しているようです。左右の型では左手に袖を懸けて胸の高さに取った形。

中ノ舞を舞い上げるとさらに大ノリの地謡に合わせて、蝶が舞い遊ぶ様を表します。
「花折り残す枝を廻り」と、花立て台の前を回り、さらに雲扇で春の夜が明けたことを示して「霞に紛れて失せにけり」と留めました。

謡、舞、所作に細やかな心遣いが見られた一番だったように思います。
慈一さんの能は機会がなくてあまり観ていないのですが、能の解釈にキチンと向き合った演技に好感を持っています。観世喜之さんの胡蝶と比べると、やや時間も長めでした。
(81分:当日の上演時間を記しておきます)
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杭か人か 石田幸雄(銕仙会定期能)

和泉流 宝生能楽堂 2008.6.13
 シテ 石田幸雄、アド 野村万之介

この曲、大藏流では現行曲としていないようで、和泉流だけで演じられます。
アドの主と、シテ太郎冠者が登場してきますが、かなりの部分が太郎冠者の一人芝居になっていて、シテの演技力が問われるところ。

まずはアド主、シテ太郎冠者が登場してきます。主は常座で、使用人が自分の留守中に出歩いていて片時も屋敷にいないと聞いたので、謀って様子を見ようと思う旨を述べ、太郎冠者を呼び出し、ワキ座へと向かいます。

常座に出た太郎冠者に、主人は今夜も出掛けるので留守をするように言いますが、自分がいない間は女わらべばかりなので、留守中に外に出るようなことのないようにときつく命じます。当然ながら、太郎冠者は主の留守中に外に出ることなどないと言い張り、それを聞いて主人は出掛けていきます。

主は橋掛りへと進み、太郎冠者はこれを見送る態ですが、主が一ノ松あたりに差し掛かると、太郎冠者は「出られた」と言って常座に戻ります。一方の主は、二ノ松あたりまで進むとそこから立ち戻り、一ノ松で立ち聞きの態になります。万之介さんがなんとなく悪戯っぽい感じを出して佇みました。

ここから太郎冠者の一人芝居になり、まずは愚痴を述べます。
総じて宮仕えほど辛労なものはないが、非番の時には小宿に行って休息し、留守の時にはそっと外へ出て酒を呑み、相応の楽しみをしてこそ勤まるというものだと語ります。いつの世にも通じる話のようですね。小宿(コヤド)は奉公人が暇をとったときに身を寄せる宿のことだそうで、江戸時代には男女の密会に使われたり、あるいは私娼が置かれていたこともあったとか。

さて太郎冠者、そうは言ったものの主人が出がけに外出しないようにときつく言ったことが気になります。留守中に度々外へ出ていることを誰かが言い付けたのかと気になる様子。これでは外へ出られまいと独り言。
主は立ち聞きしていますが、確かに人の言う通り留守には度々外出していたようだと分かったものの、太郎冠者の言い様では今夜の外出はなさそうです。とは言え屋敷のあたりを離れずに今夜の様子を見ていようと述べて、笛座あたりに着座します。

さてこのつづきはまた明日に
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杭か人かのつづき

太郎冠者は正中に座し、主の留守にはいつも出掛けていたので、今日ばかりうちにいると足がうじゃうじゃするなどと言い、「いちゃ」が処までは近いと、立って出掛けようとします。が常座まで出て思い止まり、再び正中に戻って語りが続きます。
「いちゃ」は狂言では良く用いられる女の名前でしょうね。

悶々としている太郎冠者ですが、それならいっそ寝てしまおうと横になります。が、寝付けない様子で、横になったまま謡を謡ったり、寝返りを打ったり、なにかとしてみるものの結局眠れません。

ふと思いついたのが、どうにも寝られないのなら、屋敷の夜回りをしようということ。留守を大事にせよと言われていたことでもあり、それならばと棒を持って夜回りに出掛けます。

勇んで出掛けた様子で橋掛りへ進みますが、三ノ松まで行って戻り「暗い」と及び腰になります。このあたりから、太郎冠者の臆病な様子が描写されるところ。自分は臆病者の多い中で、いまだかつて何かを怖いと思ったことはない、などと強がりを言いますが、実は怖くてたまらない様子。このあたりの演技、石田さんの腕の見せ所でして、実に面白いところでした。

一ノ松で隣の家に灯りが見えるといって、隣家に声をかけて注意をしますが、ものも言わずに灯を消した、と驚いたりなどし、さらに舞台に入って夜回りを続けます。

この間に、主が地謡前あたりに出て、扇で顔を隠して立ちます。やがてその姿に気付いた太郎冠者、あれはなんだろうと怖がります。人だろうか、たしかあの辺りには古木の杭があったはずだが、杭だろうかと思案をめぐらしますが、意を決して棒で突いてみようと、人か杭か、杭か人かと主をつつきます。
これに主は「杭、杭」と答え、太郎冠者は「杭だった」と一安心。杭が答えるはずもないので、ここは見所も大笑い。

さて、主は太郎冠者にうつけ者が主の声を聞き忘れたかと叱り、追い込んでの留になります。なかなかに面白い一番でした。
(25分:当日の上演時間を記しておきます)
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藤戸 観世銕之丞(銕仙会定期能)

観世流 宝生能楽堂 2008.6.13
 シテ 観世銕之丞
  ワキ 殿田謙吉、アイ 野村万之介
   大鼓 安福建雄、小鼓 曾和正博
   笛 寺井久八郎

前々から観よう観ようと思っているのですが、なかなか銕之丞さんの演能を観る機会がなく、今回は久しぶりに拝見することが出来ました。

さてこの藤戸ですが、このブログでは昨年春の宝生会での田崎隆三さんの演能について鑑賞記を書いています。あの時の藤戸もなかなかに深い演技で印象に残りましたが、今回もまた感じるところがありました。

さて笛のヒシギが甲高く響き渡ると直ぐに幕が上がり、ワキの出となりました。黒の直垂上下に梨打烏帽子、白鉢巻を締めた武将姿の殿田さんに続いて、素袍上下の従者二人、今回は大日向さんと梅村さんがワキツレで登場です。

次第の謡の後、ワキは佐々木三郎盛綱と名乗り、藤戸合戦での先陣の功で備前児島を賜ったので入部する旨を述べて道行の謡。藤戸に着いて、訴訟ある者は申し出るようにと触れさせます。

これを受けて一声の囃子で前シテの出。無地熨斗目に濃紺の唐織、渋くて暗い印象です。橋掛りの歩みは割と速めでするすると出た感じでしたが、二ノ松過ぎて柱にかかるあたりから歩みを緩め一ノ松で立ち止まっての一セイ。「昔の春の帰れかし」とシオリます。

ワキがシテの姿を見咎めて、訴訟ありげに涙を流すのは如何なる者かと問いかけます。
これに答えてのシテの謡、「やたけの人の罪科は」から歩み出して舞台に向かい、「科も例も波の底に」と舞台に入ります。さらに進んで「御前に参りて候なり」と正中より少し下がった辺りに下居しました。
シテ、ワキの問答となるところですが、さてこのつづきはまた明日に
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藤戸のつづき

ワキは、シテ女の息子を波に沈めた恨みというのには心当たりがないと返しますが、重ねてシテが「我が子を波に沈め給ひし事は候」と言うと、「ああ音高し何と何と」と強く押しとどめるように返します。なかなかに緊迫したやり取りですが、見応えあるところです。

シテ、銕之丞さんの続く謡。「なう尚も人は知らじとなう」の二度出てくる「なう」に深い思いを込めた感じで、長く引く感じで謡われました。さらに続く地謡、下歌の「何時までとてか信夫山」と面をほんの少し伏せた形。「忍ぶかひなき世の人の」と面を直し、上歌「住み果てぬ」とやや体を起こす感じで、ワキの方を向いていたところから正へ直します。
さらに「思いは世々を引く」と面を伏せつつワキの方を向き、「弔わせ給へや」とワキに迫るようにほんの少し身を乗り出す感じから、「跡とむらはせ給へや」と力が抜けたように腰を落としてシオリました。

こういう型付なのだと言ってしまえばそうなのでしょうけれども、ほんの少し面を伏せたり戻したり、腰を浮かせたり落としたりといった所作が、謡と相俟って子を殺された母の心情を痛切に表した感じです。

ワキはこの女の様子に、その時の有様を語って聞かせようと言い、立って正中に出て下居しての語になります。ワキの語るうちに「不便には候へしかども、かの男取って引き寄せ二刀刺し」のところでは悲しみにあまってシテのシオリ。
ワキは続けて、死んだ男の跡を弔い、その妻子を世に立たせようから、恨みを晴らすようにとシテに語りかけます。

シテは我が子を沈めた場所はどこかと問いかけ、ワキが「あれに見えたる浮洲の岩の」と指し示してシテ、ワキが見やる形になりますが、融の名所教えのように、なにやら見所の中に岩が見えるような感じです。

正面に向き直ったシテは「さては人の申ししも少しも違わざりけり」と面を伏せ、腰を浮かせてスッと立ち上がると正へ出てワキに向き直ります。地謡の「悪事千里を行けども」で一度正面に直した後、再びワキを向いて下居して「こはそも何の報いぞ」とシオって、クセになります。
さてこのつづきはまた明日に
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藤戸さらにつづき

クセは居グセですが「二十余りの年なみかりそめに立ちはなれ」とシテは少し面を右に流し、戻して伏せ気味に。「憂き節しげき」と面を上げ、「もの憂き身なるものを」では、やや面を伏せて、思いあまったように右手を上げ膝を叩くようにして立ち上がり「同じ道になして賜ばせ給へと」ワキに迫りますが、下がって両手を伸べ「我が子返させ給へやと」とモロシオリして悲しみを表します。

このシテの様子に、ワキはアイを呼び、シテを家に帰すことにして、アイの送り込みで中入りとなります。
間狂言が送りつつシテに声をかける形ですが、万之介さんのアイが柔らかみのある趣。

さて後場はワキ、ワキツレの待謡から、ワキがワキ座に立って「一切有情、殺害三界不堕悪趣」と謡い、一声で後シテの出となります。

現れ出た後シテは紺地の無地熨斗目に薄い浅葱の水衣、腰蓑を着け右手には杖。黒頭に面は蛙でしょうか。魂魄が体の回りに漂っているような不思議な印象です。
常座でサシ謡となりますが、どちらかというとサラリめの謡で、前シテとは異なり、あまり強く感情が出ない感じです。「思えば三途の瀬踏なり」と杖を前に出して見込む形。
シテ、ワキの問答となります。

シテは弔いしてもらうことは有り難いけれども恨みは尽きぬと言い、盛綱が先陣の恩賞を賜ったのも(自分が浅瀬を教えた)お陰だろうと、ワキ「如何なる恩をも」シテ「賜ぶべきに」と二足ツメて「べき」のところに思いを込めた形です。

地謡が受けての謡に合わせ、四、五足出てワキに向き二足ほどツメたのち、自分が殺された岩の辺りを見やる形から二足下がり、ワキ正へ出ます。杖を左手にとり太刀に見立てて右手で抜き「胸のあたりを刺し通し」と二度ほど指す形になります。

地謡がゆっくりと締めた謡で暗い雰囲気を醸し出します。海に押し込められたと常座に座した後、立ち上がって「波の浮きぬ沈みぬ」で一度膝をついて再び立ち上がりますが、この上下の動きが波に浮き沈みしている様のよう。

「恨みをなさんと思ひしに」と正中へ出ますが「思はざるに御弔いの」と地謡が晴れた感じに変わり、合掌の姿を見せます。杖を構え、杖突きつつ常座へ進んで足拍子。杖を落として留になりました。

「写実」と言ってはいささか違いますが、所作が謡と相俟って見応えある舞台でした。
留のところ、昨年の宝生の田崎さんのときには、杖を落とした後にモロシオリしてから留拍子を踏んだ形が何か深いものを感じて印象的でしたが、杖を落とした後は二足ツメての形でシンプルに思いを昇華した感じがしました。
(77分:当日の上演時間を記しておきます)
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江口 本田光洋(轍の会)

金春流 国立能楽堂 2008.6.22
 シテ 本田光洋
  ツレ 本田布由樹 中村昌弘
  ワキ 工藤和哉、アイ 三宅右矩
   大鼓 柿原崇志、小鼓 亀井俊一
   笛 松田弘之

新古今和歌集 巻十 羇旅歌に、
「天王寺へまうでけるに 俄に雨の降りければ 江口に宿を借りけるにかし侍らざりければ よみ侍りける」として
「世の中を 厭ふまでこそ 難(カタ)からめ かりのやどりを 惜しむ君かな」
という西行法師の歌があります。

これに続いて、遊女妙という人物の「返し」
「世の中を 厭ふ人とし 聞けばかりの宿に 心とむなと 思ふばかりぞ」
とあって、西行が江口の里の遊女と歌を交わしたことが知られます。

江口の里は、神崎の里とともに中世からの有名な遊里で、神崎川と淀川の分岐点に栄えたところだったようです。今では川の流れも変わってしまっているのでしょうけれど、大阪市東淀川区に江口という地名があり、このあたりが江口の里だったのでしょう。

この江口の里に立ち寄った西行が、その地の遊女である妙に宿を借りようとしたところ断られてしまい、先の歌を詠んだところ、出家したお方の修行の妨げにならぬように、宿を貸さないのだと返歌したという話。

この話をテーマに据えて能に仕立てたのが、この江口です。
まずはワキの旅僧とワキツレ従僧が次第で登場してきます。
このつづきはまた明日に
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江口のつづき

囃子方が次第を奏し始めると直ぐに幕が上がり、ワキ工藤さんの姿が見えます。やや佇んだ後、ワキツレ大日向さんに梅村さんを従えての登場。舞台中央に向き合って次第を謡った後、ワキは都方の僧だが、未だ西国を見たことがないので西国行脚しようと思う旨を述べ、道行。都を出でて淀川を下り、江口の里に着いたと謡います。

ワキは江口の長の旧跡を尋ねようと、常座へ向かい、アイ里の男に場所を尋ねます。
アイは狂言座を立って一ノ松へ出、目付の方を見やって「一段高いところ」とその場所を示して一見を勧めます。ワキが礼を言い、アイが答えるという常の形で別れて、アイは狂言座に下がり、ワキは正中に出る形。

ワキは江口の君の墓を見、今見る「不思議さ」を感じて、西行法師がここで一夜の宿を借りたところ、主が宿を貸さなかったために「世の中を厭ふまでこそ難からめ 仮の宿を惜む君かなと」という歌を口ずさみ、ワキ座の方へと行きかけます。

するとシテの呼び掛け。
「なうなう、今の歌をば何と思ひよりて詠じ給ふぞ」と問いかけながら、シテが登場してきます。以前にも書いたことがありますが、本田光洋さんの呼び掛けは不思議と良く通る声で、ハッキリと詞が伝わってくる感じがします。

シテは、ワキが口ずさんだ西行法師の歌にあるほど「惜しんではいない」ことを伝えたくて声をかけたと言い、江口の君の返歌になぜ触れないのかと咎めて、江口の君の歌を示し、その歌の心を説きます。

江口の君というのは、一般的には江口の遊女といった意味だと思うのですが、ここでは返歌を詠んだという遊女妙を江口の君として固有名詞のように扱っています。

そしてロンギの謡で、シテは自らがその江口の君の幽霊であると明かして姿を消してしまいます。というわけで中入り。
このつづきはまた明日に
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江口さらにつづき

中入りでアイ所の者が再び登場し、ワキの尋ねに答えて江口の君が普賢菩薩の生まれ変わりであると語ります。
この話「撰集抄」にある性空上人の説話を取り込んだと言われています。生身の普賢菩薩を拝したいと願っていた性空上人の夢に童子が現れて「室の遊女が長者を拝め」とのお告げがあったため、播磨の室の津を訪ねて遊女の長者と遊び、普賢菩薩を観じた話です。
これを江口の君の話に仕上げているわけですね。

アイはワキに経典を読み、さらなる奇瑞を見るようにと勧めて下がります。
これを受けて、ワキが弔いしようと語り、ワキ・ワキツレの待謡となります。

待謡では、遊女達の舟遊びの様が見えてきたことが謡われます。
ここは変則的なのですが、この後で一声の囃子、笛のヒシギが吹かれると後見が屋形船の作り物を出し、橋掛りに置きます。これはワキ正に置く形もありますが、今回は橋掛りで、正面から見るといささか遠くなりますが、舞台上のワキが近づいてくる船を見やるという雰囲気は出るような気がします。

さらに囃子で後シテ江口の君が、前後にツレの供の遊女二人を従えて登場してきます。
どうやら中世、江口や神崎の遊女達は、旅船でやって来る客に小端舟で漕ぎ寄せて行ったらしく、しかも緋の袴を着けた遊女と、笠を差し掛ける「大笠かざし」と船の艫をおす「艫取女」の三人が組になっていたとのこと。梁塵秘抄にもこうした様子があります。

能では前のツレ布由樹さんが大笠かざしに、後のツレ中村昌弘さんが艫取女にあたるようで、後のツレは棹を使うために肩を脱いでいます。

地謡が遊女の身のはかなさを謡い、ワキが如何なる人たちかと問いかけます。
シテは自ら江口の君であると名乗り、舟遊びの様を謡い船中で一回りして左右打込と型を見せます。そして地謡の「歌いていざや遊ばん」で一同が下船。
さてこのつづきはもう一日、明日へ
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座・SQUARE公演を観に行く

年に一度のSQUAREの公演。
昨年は第10回ということで、辻井さんが翁をされて、高橋さんの羽衣に、山井さんと井上さんの石橋という、まさに記念の舞台でした。

今年は~Reborn~を副題に、新たな旅立ちということでしょうかね。
辻井さんの野宮と、山井さんの土蜘。狂言は千太郎さんご兄弟での膏薬煉という番組でした。

辻井さんの野宮、なかなかに良い舞台でした。井上さんが「解説」で、辻井さんは自分のことをあまり語らないけれども、こういう曲が好きなのではないかと密かに想像しているとおっしゃっていましたが、それってあたってるかもなあと思いました。
同じ序ノ舞を舞う曲としては、一昨年に杜若をなさったのを拝見しましたが、あの時もなかなか良かったけれど、今回の方がドラマ性がある分、さらに演技としても良かったかなあと思います。

実は今回、ちょっとチケット代をけちりまして、正面のいささか後の方の席だったのですが、ちょうど真正面になる場所を取っていただいたため、正先に置かれた鳥居とシテのバランスが絶妙で、その意味でも良い観能でした。

膏薬煉で楽しんだ後、休憩を挟んで土蜘。
この曲、蜘蛛の糸を投げかけるのが一つの見せ所になっていますが、シテ山井さんはこういう曲もお得意ですし、頼光役の高橋忍さんがなかなかの格好良さ。楽しく拝見しました。

このところ、またまた仕事が立て込んでいて神経を使う日々でしたが、息抜きとしては良い会でした。
鑑賞記はいずれ・・・
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江口さらにさらにつづき

船を下りたシテは正中へ進みますが、ツレの遊女二人は切戸口から退場してしまいます。ここはシテが正中で床几にかかり、ツレは地謡前に着座するものと思っておりましたが、金春らしい形なのでしょうか。
以前Li Zhitianさんから、熊野のツレが下掛りでは手紙を渡すとさっさと退場してしまうというコメントをいただきました。観世では花見までちゃんと着いていきますね。これも似たような話なのかもしれません。

さて地謡のクリ「夫れ十二因縁の流転は車の庭に廻るが如し」で六道輪廻の様へと謡が展開し、シテのサシ謡。続くクセは舞グセです。シテは床几にかからず立ったままサシを歌いう形です。
そして地謡の「面白や」で序ノ舞となります。

序ノ舞を舞い上げると、再び「面白や、実相無漏の大海に・・・」ワカになります。
実は、今回は金春流なので舞の後も「面白や」から繰り返しとなりますが、観世の謡本では、舞の後は「実相無漏の大海に」とシテのワカになり、「面白や」は繰り返されません。
しかし平調返(ヒョウジョウガエシ)の小書がつくと、金春流以外でも「面白や」が繰り返されることがあるんだそうです。
この平調返、この江口という曲にある様々な習い事を残らず演じるのだそうで、滅多に上演されません。昨年は浅見真州さんがなさっているのですが、残念ながら観る機会を持てませんでした。

ともかく舞の後、シテのワカから地謡との掛け合いとなり、最後は地謡の中に「すなはち普賢菩薩と現はれ・・・」と謡われて、シテは普賢菩薩となって西の空へ消えていきます。
橋掛りに進んで一ノ松で留拍子を踏んで終曲。里の女から、遊女の霊、そして普賢菩薩へと、シテが昇華していく見せどころでしょうね。
(105分:当日の上演時間を記しておきます)
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舟渡聟 三宅右近(轍の会)

和泉流 国立能楽堂 2008.6.22
 シテ 三宅右矩
  アド 三宅右近 三宅近成

この曲、ブログの鑑賞記では昨年10月の大藏流山本則孝さんのシテのものを掲載しています。その際も書きましたが、この曲は大藏、和泉両流でかなり形が違います。今回は和泉流ですので、船頭が実は舅だったという形。大藏流では船頭と舅が別人ですから、だいぶん雰囲気が違ってきます。

さてまずはアド船頭と小アド女・・・これは船頭の妻ということになりますが、二人が登場し、女は笛座に控え、船頭がその前に座して船の客を待つ形になります。
右近さんの船頭は、大きな髭を着けての登場ですが、これが後ほどの伏線になっています。

さて右矩さんの聟は段熨斗目に掛素袍で、狂言としては着飾った感じ。肩に担いだ棒には、前に酒樽、後には笹を付けた鯛をぶら下げています。これで婿入りの挨拶に行くという次第。船に乗ろうと声をかけます。

これに答えて船頭が立ち、船を寄せる形で聟に寄ってきます。船に乗ることになり、正面を向き聟は正中、船頭は大小前に並ぶ形になりますが、聟は船に乗り込む形になると、「揺れる」と大騒ぎします。船頭が「近江舟に乗ったことはないのか」と問いかけ、聟は初めてだと答えますが、最初に登場した際、船頭は「矢橋(ヤバセ)の浦の船頭」と名乗っていますので、滋賀県は草津のあたりの出来事で、船は近江舟というわけですね。
矢橋の浦は能兼平でも粟津原に渡る場所として出てきます。

さて揺れると一騒ぎした聟は、こぼれ物だから「ろくな所」に置いてくれと酒樽を船頭に頼みますが、「これは良い物をお持ちあったのう」と船頭は喜んだ風を見せ、酒好きを感じさせる様子です。ろくな所は「陸」な所で、平らな場所くらいの意味でしょうね。
さてこのつづきはまた明日に
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舟渡聟のつづき

さて船を出すことになりますが、都の者だという聟の話に、その酒樽は京酒かと興味津々の様子の船頭。「一つ呑みたいなあ」と言うと、聟も「ひとつ呑ませたいなあ」と合わせます。
「なんじゃ呑ませたい」と、気持ちが募った船頭は是非とも振る舞ってくれるように頼みますが、聟は戯れ言だと断ります。

さてお決まりの、呑みたい、呑ませないというやり取りになり、せめて匂いだけでもかがせてほしいという船頭の言に、匂いだけならということになりますが、竿を置いて出てきた船頭は匂いをかいで戻ると、匂いをかがないうちは良かったが、かいだならば余計に呑みたくなったと聟に迫ります。

聟が拒んでいると船頭は船を揺らして、聟は揺れる揺れると大騒ぎになります。この辺りは大藏流も同じ形ですね。

結局、一つ呑ませることになり、一献だけのつもりがさらにもう一献と、何杯かを呑んですっかり船頭は調子が良くなって、船は対岸へと到着します。

船頭は帰りにも自分の船に乗るようになどと言いますが、聟は乗りたくもないと断って舅の家に向かうことになります。
船頭は狂言座にクツロぎ、聟は舞台を回ってうちへ案内を乞い、女が出てきます。

さて京から来た婿殿かと、早速舅にご挨拶という段になりますが、舅は留守の様子。聟はワキ座に着座し、女が迎えに行ってくると橋掛りの方に向かうと、狂言座の舅は体を揺らしてだいぶんに酔った風です。右近さんの酔っ払いはなかなか堂に入っています。

さて女が舅を見つけ、聟が来たから帰ってくるようにと言いますが、さて聟の様子をのぞき見た舅は二ノ松あたりまで逃げてしまいます。
さてこのつづきはまた明日に
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野村狂言座を観に行く

本日は所用で午後から出掛けることになっていたので、ちょっと足を伸ばして宝生能楽堂に野村狂言座を観に行くことにしてみました。
まあ、思いついたのが最近のため、やはり空いている席はほとんどなくて、中正面の後の方でしたが、宝生の能楽堂のサイズだと舞台が遠すぎるということもなく、まずまず楽しく鑑賞いたしました。

万作さん・萬斎さんが、太郎冠者・次郎冠者でやり合う簸屑が最初。やっぱり面白いですねぇ・・・分かって観ていても面白いのが狂言ではありますが、うまいなあとあらためて感心した次第です。

素囃子の早舞から、囃子方が残ったままで瓜盗人。
石田さんの熱演でした。

休憩を挟んで最後が高野さんのシテで骨皮。ナンセンスな笑いですが、これまた楽しめたところです。

狂言の鑑賞記はいずれ後ほどアップしたいと思いますので、本日はこれ以上触れませんが、それにつけても素囃子で聞く早舞もとても良いものだと思いました。
クツロギが入る形での盤渉五段ですが、なんだかこれまでに観てきた数々の早舞を思い出して涙腺が緩くなりそうでした。

そうそう、会場で萬斎ファンのArabesquさんをお見かけしたと思うのですが、遠かったので今ひとつ確信が持てないままに人混みに紛れてしまいました・・・
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舟渡聟さらにつづき

女はどうしたことかと無理に聟の所へ連れて行こうとします。やむなく舅は、聟が持ってきた酒を呑んでしまった話を打ち明け、だから聟には会えないと言い張ります。

女は怒って、それならば様を変えて出さしませいと、舅のヒゲを剃ってしまいます。これで面相を変えたことになるわけで、髭を着けて出た意味が明らかになります。

とは言え聟にバレはしないかと気になる舅は、左の袖で顔を隠して聟と対面。お持たせの酒で杯事になります。

舅の方は、酒は呑まないと言い張り形だけの杯事で、聟に酒を勧めます。
しかし何度か杯を交わしているうちに、聟は舅が袖で顔を隠しているのを気にして、なんだか窮屈そうだが袖を外されては、と持ちかけます。

舅はこの辺りに住んでいると、口がひびきれて風が吹いても凍みるので気にしないでほしい、などと分かったような分からないような説明をしますが、何度かのやり取りのうちに、とうとう袖を外すことになり、さて舅の顔を一目見た聟は、最前の船頭であることに気付いてしまいます。

舅は酒を呑んでしまったことを恥じ入りますが、聟はもともと舅に持ってきた酒なのだからと言い、二人謡を謡って留になります。

大変面白かったという印象です。船頭が実は舅だという和泉流の設定は、いささか出来すぎの話ではあるのですが、全体を通して話が一貫する形で緊張感があります。
大藏の形だと、せっかく船頭とのやり取りで盛り上がった舞台が、聟と舅のやり取りでは別の話になってしまう感じです。
今回は右近さんの芸力で・・・の部分も大きかったように思いますが。
(34分:当日の上演時間を記しておきます)
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恋重荷 櫻間金記(轍の会)

金春流 国立能楽堂 2008.6.22
 シテ 櫻間金記、ツレ 山中一馬
  ワキ 森常好、アイ 三宅近成
   大鼓 佃良勝、小鼓 大倉源次郎
   太鼓 小寺佐七、笛 中谷明

この曲、綾鼓(アヤノツヅミ)と同様のテーマなのですが、観世流と金春流にしかありません。一方、その綾鼓は宝生、金剛、喜多の三流にのみあるということで、きれいに別れています。
聞くところによると、世阿弥以前の古曲に「綾の太鼓」という能があり、これを世阿弥が「恋重荷(コイノオモニ)」に改作し、一方の綾の太鼓も能らしく洗練されて現在の「綾鼓」になったのだとか。そんなこともあるんですねえ。

さてまずは後見がリンゴ箱くらいの大きさの箱のようなものを朱の地の金襴緞子で包み、濃紺の布を縄にしてかけた作り物を正先に持ち出します。これが「重荷」ということですね。
出し置きの形でツレの女御が登場してワキ座で床几にかかって準備が整います。

名乗り笛でワキの廷臣が登場してきます。ワキは常座で山科の荘司が女御に恋をすると聞いたので、本人に確かめようと述べて、一度前に出てから橋掛りへ向かい、一ノ松で荘司を呼び出します。このところ観世流ではアイがワキと共に出ていて、ワキはアイに荘司を呼び出すように命ずる形。

シテは呼び声に「誰にて候。何の御ためにて候ふぞ」と言いながら幕前に出ます。
ここでワキ、シテの問答が続きます。
ワキは何故に最近はお庭を掃き清めないのかと問います。シテは所労のためにと申し開きをしますが、ワキは重ねて恋をしているのかと問いかけます。
シテの山科の荘司は菊の世話をする老人。この老人に恋とは・・・、ということでこのつづきはまた明日に
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恋重荷のつづき

シテはどうして恋をしていると知ったのか、と恋することを認めた言い振りで返しますが、ワキは「はや色に出てあるぞ」と言い、さらにその話を当の女御が聞かれて「この荷を持ちて御庭を百度千度めぐるならば、其間に女御の御姿にまみえ給はん」と伝えます。
シテは重荷を見たいと言い、ワキが「此方へ来たり候へ」と先に立って舞台に進み、ワキが地謡前、シテが常座にと出ます。
シテの歩みは思いのほかスタスタと早い感じで、心が逸る気持ちが感じられます。

ワキは進み出たシテに「これこそ恋の重荷よ」と荷を示します。
観世ではアイにシテを連れてこさせ、ここまでのやり取りも舞台上でシテ、ワキの掛け合いとなりますが、これはこれで面白い形。

さてその後ですが、地謡が次第を謡う場合もあって地次第というのだと以前に書きましたが、その地次第「重荷なりともあふまでの、重荷なりともあふまでの、恋の持夫にならうよ」で物着となり、物着アシライのうちにシテは後見座で水衣の肩を上げます。

装束を調えたシテは常座に出て「誰踏み初めて恋の路」と謡い、地謡が地「巷に人の迷ふらん」と謡ってイロヱになります。イロヱの後さらにシテと地謡との掛け合いのうちに前へ出て、重荷を持とうとします。(観世流ではイロヱはありません)
しかし持ち上げることが出来ず、地謡の「げに持ちかぬるこの荷かな」(観世流では「この身かな」)と下がって着座しシオリます。

シテはサシ謡「それ及び難きは高き山、思の深きはわたつ海の如し」と謡い、地謡が受けての謡。

ロンギになり「恋の重荷を持つやらん」で立って常座へと行き、さらに重荷に近づいて「待つや荷前の運ぶなる・・」からの掛け合いの謡を謡った後、「伏して見れども、寝らればこそ」で前へ出て座って左膝を抱え、再び重荷の前に言って持ち上げようと試みます。
しかし持ち上げることは出来ず「持てども、持たれぬそも恋はなにの重荷ぞ」と荷から手を放し、座り込んでしまいます。
シテは「哀(アハレ)てふ、言だになくは何をさて・・・」と謡い、地謡が受けて「乱恋になして思ひ知らせ申さん」と立って、一足ずつ進んで途中で振り返り、その後は足早に中入りします。
さてこのつづきはまた明日に
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恋重荷さらにつづき

シテが中入りするとアイが立ち上がって常座に進みます。
アイの立ちシャベリですが、荘司の死を悼み、重荷をとうとう持ち上げることが出来ず、恨み死してしまったことを述べ、ワキ座に近づきワキに荘司の死を報告します。

アイの報告を聞いたワキは重荷のゆえを語ります。こういう形の曲も珍しいと思うのですが、ワキの独白で、老人の叶わぬ恋を思い止まらせようとして、重い荷物を綾羅錦繍を以て美しく包み、いかにも軽げに見せたのだということ。軽そうに見える荷が持ち上がらないのは恋が叶わぬゆえだと気付かせようとしたのに、本人が憤死してしまったのは不憫なことだと語ります。

そしてツレの女御の前に進み、荘司の死を伝えるとともに「彼の者の姿を一目御覧ぜられ候へ」と勧めます。
ツレは二、三足出て重荷に向かって膝をつき「恋よ恋、我が中空になすな恋。恋には人の、死なぬものかは。無慙の者の心やな」と謡います。

そして立とうとするのですが立ち上がることが出来ません。ワキがどうしたのかと問いかけ、盤石におされて立つことが出来ないとツレが答え、地謡が「報は常の世のならひ」と謡って後シテの出となっていきます。

後シテは小袖を被き、ツレの謡の途中で橋掛りに姿を現します。その後、地謡の謡いっぱいに一ノ松まで出て佇む形。あらためて出端の囃子となり、シテは「吉野川岩切り通し行く水の音には立てじ恋死し」と謡って被いていた小袖を外して立ちます。さらに謡いつつ橋掛りを舞台へ進み、地謡が「げにもよしなき心かな」と謡って立廻となります。
観世流では、後シテは鹿背杖をつきつつ登場し、この後のシテの謡でツレに向き「あら恨めしや」とシオリ「葛の葉の」と謡って足拍子を踏んだ後に立廻となります。いささか形が違っていますね。
このつづき、もう一日明日へ
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恋重荷さらにさらにつづき

立廻の後は、観世流と同様にツレに向いて恨みを謡いシオった後に、地謡との掛け合いの謡から「さてさて懲りたまへや懲りたまへ」と常座で中腰になってツレを見込む形になります。

しかしここから場面は一転し、ツレがワキ座に戻って着座する一方で、シテは地謡の「思の煙立ち別れ」で立ち、大小前から正中へ出て「霜か雪か霰か」と見廻しつつワキ正へ出ます。
この辺りの型も観世流とはけっこう違っています。

「ついには後も消えぬべしや」とユウケンをし、「これまでぞ姫小松の」とツレに向いて一礼。「葉守の神となりて」で橋掛りへと進み、「千代の影を守らん」と一ノ松で左袖を巻き上げて、繰り返す謡のうちに留拍子を踏んで終曲。
恨みを述べきったところから、一転して女御の守護神となろうという展開です。

綾鼓が最後まで恨みを残して水底に姿を消していくのとは対照的な終わり方になっていて、整理の仕方を考えさせられるところです。

恨みを残した方がわかりやすいとも思うのですが、人間の恋心なんていうのは実に複雑なもので、恋しいと思うからこそ腹も立ち、恨みにも思うわけですが、だからといって恋しい気持ちが消えてしまうわけでもなし、、落ち着いてみれば「恋しさ」を守護したいという愛情に昇華させるというのも、あり得ることか、と思った次第です。
(65分:当日の上演時間を記しておきます)
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弁天娘女男白浪・・・って歌舞伎ですが

本日は夕刻から歌舞伎を見に行っておりました。
・・・茨城県民文化センターで松竹大歌舞伎の公演がありまして、市川段四郎さん、亀治郎さん親子をはじめ、中村亀鶴さんなど、一座の舞台を見てきたわけです。

実は、6月に同じ会場で能狂言の会があり、茂山逸平さんの千鳥と工藤寛さんの船弁慶を観た話を、このブログにも書きました。
その際にアンケートがありまして、何気なく出しておいたところ、
「アンケートにご回答いただいた方から、抽選で歌舞伎の入場券が当たりました」
というお知らせの葉書が届いたんですね。

夜の部ではあるのですが、5時開演ということで、正直のところどうしようかと迷ったのですが、幸いなことに都合がつきそうだったので、早めに仕事を切り上げさせてもらって出掛けたという次第です。

亀治郎さんの操り三番叟、口上を挟んで、弁天娘女男白浪の浜松屋店先の場、稲瀬川勢揃いの場。
私、歌舞伎はほとんどみたことがなく、このいわゆる白浪五人男の話も、まあまあこの有名な二場なら、ちょっとは知っているという程度ですが、なかなかに面白く、楽しく見物させていただきました。

操り三番叟も、テレビなどではみたことがあるのですが、生では初めて。
狂言方の舞う三番叟とは、全くといっていいほど違うものですが、これまたみているととても楽しいものです。なんだか江戸の庶民になったような感じが・・・

また機会があったら、歌舞伎をみてみようかと思った次第です。

野宮 辻井八郎(座・SQUARE公演)

金春流 国立能楽堂 2008.7.20
 シテ 辻井八郎
  ワキ 宝生欣哉、アイ 大藏教義
   大鼓 安福光雄、小鼓 大倉源次郎
   笛 一噌隆之

野宮(ノノミヤ)の鑑賞記はまだ書いてなかったんですね。
この曲、私にとっては、なんと言っても遙か昔に観世寿夫さんのシテで観た、野宮初見の時の印象が強烈であります。

それはさておき、まず舞台には後見が柴垣のついた鳥居の作り物を出してきます。
この鳥居、観世流では門のように柴垣が横に広がっている鳥居を用いますが、金春流では台輪の鳥居・・・塚や藁屋などの土台の部分、正方形の台の左右部分に柴を付け、その真ん中から鳥居を立てる形のものを使うようです。鳥居には注連縄も渡されて紙垂(シデ)も付けられています。観世では注連縄を見かけた記憶がありません。
他流はどうだったかなあ・・・ちょっと記憶がはっきりしません。

準備が整うと名ノリ笛でワキ一所不住の僧が登場し、嵯峨野の野宮の旧跡を尋ねようと思うと述べて、野宮にやってきたという設定。欣哉さんのワキはゆっくりとした運び、秋も末の嵯峨野を歩む風情ですね。
森に分け入ってみると黒木の鳥居や小柴垣も昔に変わらぬ風情であると下居し「拝み申すぞありがたき」と合掌します。
下歌で合掌を解いて「伊勢の神垣隔なく、法の教の道すぐに」と謡い、ここに尋ね来て心も澄む夕べだと、ワキ座に着座します。

秋の夕べというのが微妙な設定の中、下歌のアシライから次第の囃子へと続き、前シテの出となってきます。
さてこのつづきはまた明日に
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