能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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野宮のつづき

前シテの里女の登場。シテは左手におそらくは榊と思われる小枝を持っており、ややうつむき加減に、しっとりとした歩みです。
紅入唐織着流しに小面、唐織は紅白の段が基本になっていて品の良い綺麗な装束。実はこの野宮での「紅入り、小面」について、宗家安明さんが新聞に一文を載せておられました。

シテの六条御息所は我が娘が斎宮になるために野宮まで来た訳で、子持ちの女性。本来であれば無紅の装束、面も曲見などで登場すべきところ、なぜ紅入り小面なのだろうかという話です。
たしかに考えてみれば不思議な話でいろいろと解釈もあるようですが、私としては光源氏との恋愛を描く上では紅入り小面がやはり相応しいと思います。老年になってから昔を思い起こすならまだしも、長月七日、光源氏が野宮を訪れたその日の思いを表す六条御息所を演じるには、紅入り小面であってほしいという気持ちです。

さて登場したシテは常座で「花に馴れ来し野の宮の、花に馴れ来し野の宮の、秋より後は如何ならん」と次第の謡。低めの抑えた謡で、この後の展開を象徴する言葉です。

この次第に続けてサシ、下歌、上歌と、さびしい野宮の秋の情景を謡います。上歌では声を引き立てた感じで「来てしもあらぬ仮の世に、行き帰るこそ恨なれ」と深い嘆きを謡い、思いのこもった謡でした。

ワキは古を思い心澄ましているところに現れた女人に、一体誰かと問います。

これに答えてシテは、この地ははいにしえ、斎宮になられた人が(一年間)仮に移って身を清める野の宮である。今日は宮所を清め、御神事をなすところであり、関係のない人が来るのははばかりがある。「とくとく帰り給へとよ」とワキに向かって三足ほどツメ、帰るように迫る形です。
さてこのつづきはまた明日に
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納涼茂山狂言祭を観に行く

本日は、納涼茂山狂言祭の東京公演、第一日昼公演を観に、国立能楽堂まで行ってきました。
暑さはまずまずというところでしたが、JOMO CUP 2008のせいですかネ、千駄ヶ谷駅もたくさんの人で埋め尽くされていた感じです。

狂言だけの会ということで、野村狂言座に引き続いてですが、やっぱり狂言って面白いですよね。

茂山千三郎さんの山伏で「柿山伏」、茂山あきらさんが太郎を勤めた「鎌腹」、そして千五郎さんの主と千之丞さんの太郎冠者での「鬮罪人」。いずれもなかなかに面白い曲で、楽しく拝見しました。

茂山家の皆さんの狂言は、また独特で、野村家とは流儀も違うため随分と印象が違います。概して皆さん声が大きいし、展開も早い感じです。表情が豊かなのも特徴的ですよね。

それぞれの鑑賞記はいずれ書く予定ですが、この会では最初に茂さんのお話があり、これがなかなか面白かったので、少しばかりその辺りを。

こういう会での「お話」は、大方は曲目の解説ですが、本日はほとんど狂言には触れず、「エコとオリンピックについて」お話ししますという次第。
なんの話かと思っていると、エコに関しては、クールビズが流行っているけれども狂言の衣装もいずれクールビズでは・・・などという話や、マイ箸よりも日本の間伐材を使った割り箸を使おうという話(これは私、前々からそうすべきと思っていましたが)など。

オリンピックでも、いわゆる冗談話のようなことで、楽しいお話が続きました。

さて狂言はどこに行ったのかい? と思っていると、実は本日ロビーで販売していたパンフレット、エコバッグに入っていまして、しかも「オリンピックで何の競技が好きか」という狂言役者の皆さんへのアンケートのようなものが掲載されているというオチでした。
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野宮さらにつづき

ワキは、自分は世を捨てた身であり、差し支えなかろうと述べ、逆に長月七日の謂われを問います。
シテはワキを向いて二足ほどツメ、いにしえ光源氏が六条御息所をこの野宮に訪ねたのが長月七日であり、その時に源氏が持っていた榊の枝を垣の内に差し置いたことから、六条が詠んだ歌を示します。

シテ、ワキの掛け合いから地謡が「うらがれの草葉に荒るる野の宮の」と謡い出すと、シテは正先の鳥居に寄り、下居して手に持った榊の枝を置いて合掌します。
さらに「ものはかなしや小柴垣」と立ち左袖に目をやってものを思う心。一度目付の方を向いてから舞台を回り、大小前で床几にかかってクリの謡になります。

クリ、サシ、クセと続く謡では、六条御息所が東宮妃として華やかな身であったのに、思いもかけぬ東宮の死によって独り身となり、光源氏との忍ぶ恋から破局を迎えて野宮へと隠れたこと。さらに光源氏が未練を残して野宮を訪れたものの、その思いを断ち切って伊勢へ下向したことが謡われます。
シテはじっと座したままですが、大変に深い場面です。

上げ羽の後、地謡の「身は浮き草のよるべなき」で立って五、六足ほど前に出、謡に合わせるように舞台を回ります。最後は正中でワキに向いて下居してロンギに移ります。
シテは御息所は我なりと明かし、黒木の鳥居の二柱に立ち隠れて姿を消してしまいます。
送り笛での中入りで、息を詰めてシテの後ろ姿を目で追ってしまうところ。
代わってアイの所の者が登場し、ワキ座にワキを見つけて言葉を交わし、ワキの求めによって光源氏と六条御息所の物語を居語りにし、御息所への回向をワキに勧めて退場します。
このつづきもう一日明日へ
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野宮さらにさらにつづき

ワキが待謡で夜を通しての弔いを行うことを謡うと一声の囃子、後シテの出になります。
紫の色大口にほとんど白かと思う薄紫の長絹、大変落ち着いた雰囲気で、晩秋の季節感をうまくとらえた感じ。

後シテは常座で一セイ「野の宮の秋の千草の花車。われも昔にめぐり来にけり」を謡い、ワキの問いかけの中の言葉「車」から、賀茂の祭の車争いの事を述べ、その時の屈辱から生まれた妄執を晴らしてくれるようにワキに頼みます。
ワキの詞で、月光の中を網代車が近づいてきて、御息所が乗っていることが知れるのですが、これを車之伝などの小書がつくと車の作り物を出して見せる演出もあります。
シテのカカル謡あたりから緩急があり、所作も車争いを表します。

「妄執を晴らし給へや」とシテの合掌から、昔を忍びつつシテは序ノ舞を舞います。
舞い上げるとシテ、地謡の掛け合いの謡となり源氏来訪のおりの一時を懐かしく思い出して「風茫々たる野の宮の夜すがら、なつかしや」と破ノ舞。
鬘物の太鼓の入らない序ノ舞の後に、破ノ舞も舞われるのは珍しい形で、野宮だけではないかと思います。

序ノ舞と破ノ舞の気分の違いもうまく表現されていた感じです。破ノ舞から「伊勢の内外の鳥居に出で入る姿は生死の道を神は受けずや思ふらん」と、再び車に乗って「火宅の門をや出でぬらん、火宅」と留。破ノ舞の前後など地謡が随分と頑張った感じで、情念の疼きのようなものが感じられたところでした。

この「火宅」という体言止めのラストも実に深い思いの残る謡です。上掛りでは「火宅の門(カド)」としますが、金春と喜多では「火宅」までで止めてしまいますね。金剛流はたしか「火宅の門を」と少し柔らかい感じだったかと。
いずれにしても作者不詳とされていますが、見事な能の一曲です。

さて宗家が書かれた野宮の装束をめぐる新聞の一文、一昨日ちょっと触れましたが、この座・SQUAREの公演を踏まえて書かれたものです。
番組の構成についても『本格的「鬘物(かずらもの)」の「野宮(ののみや)」で退屈したお客様がいらしても最後の「土蜘(つちぐも)」で楽しんでいただけるという配曲で・・・なかなか配慮が効いています』とも書かれています。たしかに野宮で一曲の半分以上を眠っておられる様子だった方が、土蜘では全曲しっかりとご覧になっているのを見かけました。
(126分:当日の上演時間を記しておきます)
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膏薬煉 大藏千太郎(座・SQUARE公演)

大藏流 国立能楽堂 2008.7.20
 シテ 大藏千太郎、アド 大藏基誠

膏薬って貼り薬一般を指すと思うのですが、「吸い出す」という性質が重要な鍵になっている一曲。そういえば「吸出し膏」なんていうのがありましたが、たしかあれは腫れ物に貼っておくと膿が吸い出されて治るというモノだったはず。
昔はまた違っていたのかも知れませんが、それにしたって、膏薬で馬や石を引き寄せてしまうなんていうのはナンセンスの極みと思います。そのナンセンスを前提として話が展開するところが狂言の面白いところかも知れません。

登場するのはアド鎌倉の膏薬煉。基誠さんの狂言はちょうど一年振りです。
自分の膏薬には自信満々なのですが、都にも名高い膏薬煉がいるというので腕比べをしに出掛けようという次第です。勝ったならばきゃつを弟子にいたそう、負けたならば弟子になろう、などと言い笛座前に下がります。

代わってシテ都の膏薬煉が登場し、常座で口上を述べます。こちらも鎌倉に名高い膏薬煉がいるというので、鎌倉に下って腕比べをしようと舞台を回ります。

さて、シテは何やら薬臭くなったと騒ぎ出します。アドも立って松脂臭いと嗅ぎ回り、二人が出くわします。
双方とも探していた相手に出会ったわけで、早速に腕比べということになります。

シテはアドに、そちらの膏薬には夥しいイゲンがあるかと問います。イゲン・・・威厳ではないでしょうから、異験とでも書くのでしょうか。和泉流では系図があるかと問う形もあったかと思います。
聞かれた鎌倉の膏薬煉の答えは、明日につづきます
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膏薬煉のつづき

鎌倉の膏薬煉は、昔鎌倉殿(頼朝)の御時に生食(イケズキ:池月とも)という名馬があり、ある時放れてしまった。これを自分の先祖の祖父(オホヂ)が一人で止めると言い、膏薬を親指の腹に取り、息を吹きかけ「吸え、吸え」というと、見事に馬を引き寄せた。それで馬吸い膏薬と名が付けられ、関東に隠れもない膏薬となったと話します。

話し終えた鎌倉の膏薬煉は、都の膏薬煉にそちらにも夥しいイゲンがあるかと尋ねます。これに答えて、都の膏薬煉は、平家浄海殿(清盛)の御時に六波羅にお庭を作ることになり、北山から三千人の人手で大石を運んできた話を始めます。

門の外まで大石を運んできたものの、石が動かなくなってしまったが、自分の先祖の祖父が一人で石を据えると言い、膏薬を親指の腹に取り、息を吹きかけ「吸え、吸え」というと、見事に石が吸い寄せられて庭に据えることができた。
この故に石吸い膏薬と名付けられたという話です。

いずれも「先祖の祖父」と言っていましたが、「先祖」とのみ言うこともありますね。また後段、シテの自慢話の方は平家浄海殿ではなく、禁中、清涼殿の東の方にお庭を作ることになり比叡山の麓から大石を運んできたと言う形もあります。
関東と京の膏薬煉なので、頼朝と清盛という対比も面白いし、また、かたや武家の頭領の話、かたや禁中の話という対比もまた面白いところ。

さて、いずれも劣らぬイゲンがあるということで、それでは薬種を明かして比べ合おうということになり、二人は大小前あたりに並んで座しての自慢話になります。

まずは鎌倉の膏薬煉が、ミミズの胴骨を台にして、海の底を走る白烏、幽霊の陰干しを入れてあると言います。そんな珍しい物では今では手に入らないだろうとシテが問いかけると、先祖の祖父が蓄えた物を使っていると説明します。
これを受けてシテ都の膏薬煉がどう答えたか、これはもう一日明日につづきます
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膏薬煉さらにつづき

都の膏薬煉は、自分の方には空を飛ぶどう亀、夏土用のうちに降る雪の黒焼き、崖に住む魚の子などが入っていると言い、これまた先祖の祖父が蓄えた物を使っていると説明します。

この薬種自慢、様々の形があるようで、雷の睫、海に生える竹の子、蚤の牙の一尺八寸あるものの三つに対して、空を飛ぶどう亀、榎に成った蛤、六月の十三日に降った雪の黒焼きと答えたり、石の腸などというものを持ち出したり、要はいかに荒唐無稽な物を自慢し合うかという法螺比べのようなものでしょうね。

さて薬種自慢から、この上は吸わせ較べをしようということで、まずは指に付けて吸わせようということになります。しかしアドが、膏薬が強くなっているので指に付けて吸い比べをしては腕が抜けてしまう。その点、鼻なら大丈夫だということで、二人は鼻に膏薬を貼ることにし、奉書紙を20センチくらいの長さの短冊のように切った物を鼻に貼り付けて、吸いあいをすることになります。

まずは、ただ吸い合うということで、鎌倉の膏薬煉が「吸え、吸え」と都の膏薬煉を吸い寄せつつ、ワキ座まで引いていきます。都の膏薬煉は「吸われはせぬ、吸われはせぬ」と言いながらこれに引かれるように、ワキ座までついていく形。
すると今度は都の膏薬煉が、自分が引き寄せると言って、ワキ座から常座へと鎌倉の膏薬煉を引いていきます。

二度目はねじ引こうということになり、二人が身を回しながら引き合う形で、まず鎌倉の膏薬煉がワキ座へ引き寄せ、続いて都の膏薬煉が常座へと引き寄せます。

三度目はしゃくり引きにしようということになり、やはり鎌倉の膏薬煉がワキ座へ引き寄せ、逆に都の膏薬煉が引く段になって、正中あたりまで引いた後、強く引いた形で鎌倉の膏薬煉が転び、二人は膏薬紙を外して、勝ったぞと逃げる都の膏薬煉を鎌倉の膏薬煉が追い込んで留となりました。
法螺のつきあいのような台詞劇としての面白さと、舞台上で引き合う所作の面白さ、両方を併せ持たせた、なかなか面白い曲と思います。
(29分:当日の上演時間を記しておきます)
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土蜘 山井綱雄(座・SQUARE公演)

金春流 国立能楽堂 2008.7.20
 シテ 山井綱雄 頼光 高橋忍
  太刀持 中村一路、胡蝶 中村昌弘
  ワキ 森常好、アイ 吉田信海
   大鼓 亀井広忠、小鼓 幸信吾
   太鼓 古屋潔、笛 槻宅聡

宝生流と金春流は「土蜘」と書くのですが、そもそも観世流で「土蜘蛛」と覚えたので、なんだか蜘だけだと物足りない感じがしてしまいます。

とまれ、舞台には後見が一畳台を出してきてワキ座に据えると、出し置きの形になるツレ頼光とトモ従者が登場してきます。
この日の頼光、忍さんは白大口に掛け直垂、風折烏帽子の姿でなかなかに威厳があります。一畳台の上に座すと鬘桶が添えられ、脇息の様な形で左手を鬘桶に乗せる形。ここにさらに朱の小袖が掛けられて、病に伏している姿を表します。
常座あたりに佇んでいたトモが地謡前に着座して準備が整い、ツレ胡蝶の登場となります。

次第の囃子で胡蝶が登場、頼光の侍女ということで、次第を謡った後、典薬の頭から薬を貰い頼光に届けると述べてトモに案内を乞います。胡蝶の中村昌弘さん、謡が忍さんにとても似ている感じを受けました。

さて件の頼光ですが「ここに消えかしこに結ぶ水の泡の浮世に廻る身にこそありけれ」といつになく弱気の様子でサシを謡い、病に悩む様子を見せます。
ここにトモが胡蝶の来訪を告げ、胡蝶は正中に下居して頼光に言葉をかけます。頼光は「今は期を待つばかりなり」と、もはや死を覚悟した様子。
胡蝶は病は重くとも療治によって治るためしは多いと力づけて、地謡の「色を尽して夜昼の」からの謡のうちに立ち上がり切戸口から退場します。
このつづきはまた明日に
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土蜘のつづき

さて「色を尽くして夜昼の」の地謡のうちに「時の移るをも」で幕が上がり、橋掛りからはシテ直面の僧が登場してきます。白大口に沙門帽子を着けていますが、怪しい雰囲気が醸し出されています。

シテは地の上歌のうちに一ノ松まで進み、ここで一セイを謡います。シテは謡の後、左手を差し伸べて頼光に向け「いかに頼光、御心ちは何と御座候ふぞ」と声をかけます。
頼光の謡「くもの振る舞いかねてより」で橋掛りを進み、「知らぬといふになお近付く」と正中へ出て、「かくるや千筋の糸筋に」で、左手、右手と手の中に隠し持った蜘蛛の糸を投げかけます。

地謡の「化生と見るよりも」で頼光は小袖を除け片袖を脱いで太刀を抜き、台から降りてシテに斬りかかります。シテは台上に飛び上がりますが「足もためず薙ぎ伏せつつ」で頼光が飛下るシテの足を払い、シテは「得たりやおうとののしる声に」とさらに左手、右手から蜘蛛の糸を投げかけて橋掛りへ走り、一ノ松でもう一度糸を投げかけて幕に走り込みます。
このシテを頼光は追いかけ幕を見込みますが、再び台に戻って腰をかけます。
高橋忍さんの能は、昨年の羽衣を初め、鬘物を観ることが多く、こういう所作はあまり見ていませんが、なかなかに勇ましい頼光でした。

さて代わってワキ、頼光の家臣の独り武者が早鼓で走り出ます。これに対して頼光が事の次第を語ります。この中で枕元にあった太刀「膝丸」を以て蜘蛛を斬りつけたことから、今日よりは膝丸を蜘蛛切と名づけるという次第が語られるわけです。

ワキは血のあとを追って化生の者を退治すると言い、早鼓で退場。頼光も続いて退場します。
早鼓のテンポが上がり、アイの独り武者の下人が杖をついて登場します。
アイは常座に立ち、立ちシャベリで前場の出来事をまとめて退場しますが、この後一畳台を大小前に移し、後見が塚の作り物を出して一畳台に据え置きます。台は布由樹さんと大塚さんが、塚は光洋さんと横山さんが出しました。(一畳台を下げてしまう演出もありますね)
いよいよ後場の準備が整った形。
さてこのつづきはまた明日に
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土蜘さらにつづき

一声で後ワキ森常好さんがワキツレ舘田さんと常太郎さんを従えて登場し、橋掛りに立ち並びます。
「土も木も我が大君の国なれば、いづくか鬼のやどりなる」と勇ましく一セイを謡います。

ワキは勇ましく名のりを上げ、地謡の「崩せや崩せ人々と」で一同が舞台に入り、ワキ座から地謡前にかけて立ち並び、作り物に向き合います。

「大勢崩すや古塚の」で引廻しが下ろされ、蜘蛛の巣を張った作り物の中に後シテが着座しています。

シテは葛城山に年を経た土蜘蛛の精魂と名乗り、作り物から半身を出して、近づくワキに二筋、千筋の糸を投げかけます。
ワキは飛下がり太刀を抜いて構えますが、シテは作り物から出て舞働となり、糸を投げるシテとこれを太刀で切り払うワキの戦いとなります。
舞働は二人とも橋掛りまで進み、都合三度ほど糸を繰り出す形。

独り武者の「然りとはいえども」からノリ地で一同がシテを取り囲み、安座したシテに斬りつけ、シテは自らに向けて糸を投げかけ飛び安座して斬られた形になります。ワキが常座で太刀を肩に「都へとてこそ帰りけれ」と留拍子を踏み終曲。
正直言って面白かったですね。山井さんはこういう曲も大変得意のご様子ですし、安心して楽しめました。

この曲ではなんと言ってもシテの投げかける千筋の糸が見せ所ですが、これ、明治初年に当時の金剛宗家唯一が考案し「千筋之糸」の小書で演じたのが最初とか。今では各流ともこの糸を使っていますが、それ以前は糸(といっても紙ですが)も太く、回数も少なかったのだそうです。
私、この土蜘蛛を仕舞でさせて戴いた際に、神田の檜書店まで千筋之糸を買いに行きました。細巾の紙の先に小さな鉛の重りをつけこれを芯にしてきれいに巻いてある代物で、投げてしまうのが勿体ないくらい(けっこうお高いですし)。綺麗に広がるように投げるのは、簡単なように見えて実はなかなか難しいのですが、勿体なくて実物を投げての稽古がほとんど出来ませんでした。
(54分:当日の上演時間を記しておきます)
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簸屑 野村万作(野村狂言座)

和泉流 宝生能楽堂 2008.7.24
 シテ 野村万作
  アド 深田博治 野村萬斎

簸屑(ヒクヅ)ってなんだろうか・・・と思うのですが、「簸(ヒ)る」というのは箕(ミ)で穀物などをあおって屑を取り除くことい言い、その取り除いた屑が簸屑ということのようです。今の農家はまず箕なんて使いませんが、割合最近まで広く使われていた道具でした。この曲では穀物ではなく、お茶を選り分けた屑のことですね。

まず登場するのはアド主人、宇治の里に住まいいたす者でござると常座で名乗ります。
主人は太郎冠者を呼び出し、ワキ座に進んで宇治橋の供養が近付いたが供養のため摂待をしようと思うので、薄茶を出すから茶を挽いておくようにと命じます。
たくさんの茶が必要だろうが、茶時に簸屑を分けておいたので、これを挽くようにと念の入った言いつけです。
主人役の深田さん、ゆっくりと重々しい台詞運びで、開演前にいささかざわついていた見所が静まる感じ。

しかし太郎冠者、なにかと忙しいので次郎冠者に言い付けてくれと主張します。
主人は、今朝ほど山一つ向こうへ使いに行けと言ったら腰が痛いので次郎冠者にと言うし、今度も断るなどということがあるものかと怒り、どうでも茶を挽いておくようにと言い付け、後見から葛桶を受け取って正先に置いて出掛けてしまいます。

さて太郎冠者は主人を見送ると、常の如く「さてもさても迷惑なことを言い付けられた」とぼやきますが、仕方ないので茶を挽くことにします。
石臼は笛座あたりに大振りなものが置いてあるという設定で、これをワキ座の前あたりまで重そうに転がしながら運んできます。
葛桶を開けて簸屑を見「さてもさても色の悪い茶じゃ」というものの、主人のことはあのように「しんまく」な人はいないと評します。「しんまく」は、身の回りの始末の良いとか、真面目なといった意味ですから、普通は捨ててしまう簸屑を大事にとって置いてこんな時に使おうという主人の姿勢にまんざらでもない様子です。

このつづきはまた明日に
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簸屑のつづき

さて太郎冠者が扇を使って葛桶から茶を取り出し茶臼に移した後、扇を閉じて縦に持ち挽木を引くように回して茶を挽いているところに、朝から山一つ向こうに使いに行った次郎冠者が戻ってきます。
戻ってきた次郎冠者と、茶を挽いている太郎冠者の問答になりますが、茶を挽きながら話している太郎冠者はいたく眠そうな様子。

次郎冠者は、眠気覚ましに話を聞かせてやろうと、小男が相撲に勝ち続けていた話を始めます。この小男には誰も勝てそうになかったので、自分が立ち向かうことにして組み合ったと仕方話になります。
まずは両手を伸べて組み合おうとする型から、小男と組み合いになり・・・と萬斎さんの小気味よい動き。その間にも太郎冠者は話を聞くどころか眠くてたまらない様子で「大地へずでいどうとなげ付けたが」との足拍子の音に驚いたように伸び上がりますが、結局は寝入ってしまいます。

次郎冠者が寝入った太郎冠者を起こし、「今の話を聞いたか」と問いかけますが、太郎冠者は何にも聞いていなかった様子。
それならば、と次郎冠者は小舞の稽古をするので、太郎冠者に地を謡うようにと言います。

太郎冠者の地で次郎冠者が舞い始めますが太郎冠者はとうとうそのまま寝込んでしまいます。寝入ったことに気付かずに舞終えた次郎冠者が、「さて不調法いたした」と上機嫌で目付に出、ワキ座方の太郎冠者を見ると横になって寝込んでしまっています。
次郎冠者が起こそうとしても、太郎冠者は起きません。
そこで怒った次郎冠者、なんと太郎冠者に鬼の面をかぶせてしまいます。

さて目が覚めた太郎冠者、なんだか顔の感じが変だとは思うものの、寝込んでしまったためかなどと言いながら、再び茶を挽き始めます。

そこに主人が戻ってきますが、太郎冠者を見て家の中に鬼が居ると大騒ぎになります。
さてこのつづきはもう一日明日に
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簸屑さらにつづき

主人は鬼が来たと恐ろしがりますが、太郎冠者は鬼はどこで、と間の抜けた返事。己が鬼じゃと主人は言い放ち、次郎冠者を呼びます。

太郎冠者は、声を聞いて太郎冠者と分かってくれるように言い、主人もなるほど声は太郎冠者だと納得します。
太郎冠者は次郎冠者に朋輩のよしみで水鏡を見せてくれと言い、自分の姿を見てまさしく鬼の顔になっているので泣き出してしまいます。

主人は鬼になったのは可哀想なことだが、とはいえ身内から生きながら鬼になった者が出たというのでは外聞も悪いので、この屋敷から出て行けといいますが、太郎冠者は屋敷内が無理ならせめて門番でもさせてくれと懇願。
しかし主人は次郎冠者を呼び追い出せと言う始末。

太郎冠者は門番が無理なら台所の竈焚きでもさせてくれとか、せめて医者に診させてくれなどと言いつのりますが、台所は女の働き場所、また医者は人を治すもので鬼を療治するなど聞いたことがないと主人は取り合いません。
主人は次郎冠者に太郎冠者を追い出すように命じて退場してしまいます。

さて追い出そうとする次郎冠者と、追い出されまいとする太郎冠者ともみ合いになりますが、そのもみ合いの中で太郎冠者の被っていた面が外れてしまいます。
次郎冠者の仕組んだことと気付いた太郎冠者が、次郎冠者を追い込んで終曲。

寝込んだ太郎冠者に鬼の面をかぶせてしまうというのは抜殻と同じ趣向ですが、なかなか面白い発想ですね。抜殻は両流にありますが、この曲は和泉流のみです。
(33分:当日の上演時間を記しておきます)
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瓜盗人 石田幸雄(野村狂言座)

和泉流 宝生能楽堂 2008.7.24
 シテ 石田幸雄
  アド 月崎晴夫
   大鼓 柿原光博、小鼓 森澤勇司
   太鼓 小寺真佐人、笛 成田寛人

瓜盗人はこのブログでは、昨年の8月に善竹十郎さんのシテで観た際の鑑賞記を載せています。今回は和泉流ということで、流儀による違いはあまり多くない曲ですが、気付いた所など書いてみたいと思います。

今回は囃子が入るため、先に素囃子の早舞が奏せられて、これはこれでなかなかに良かったのですが、その早舞が終わると囃子方が横を向いてアドの出になります。

アド月崎さんの畑主が登場してきます。
百姓は忙しいが精を出せば格別だなどと言いつつ畑にやってきて、瓜の様子に満足します。しかし瓜が熟れると鳥や獣が荒らすので、廻りに垣を結って案山子を立てようと言って後見が持ち出した水衣や笠、うそぶきの面などの道具を使って案山子を作り、また明日見回ろうと退場します。

十郎さんの時は、アドの大藏教義さんが瓜畑にやって来ると畑が荒らされているのに気付き、一計を案じて垣を結い、案山子を作るという流れになっていましたが、和泉流では瓜が熟れたので案山子を作っておこうという流れ。瓜盗人の話はまだ出てきません。
しかも教義さんのアドは、案山子を作った後も、垣を結うというので大石を運んでくる所作や、垣根にする木を地面に突き刺す所作、組み合わせて、と様々な型で垣を結う様を見せましたが、今回は案山子を作るだけで垣を結う所作はありませんでした。
案山子も基本形は同じと思いますが、十郎さんの時は笠ではなく烏帽子を用いていて、出来上がった案山子の雰囲気がいささか違います。

さてアドの畑主が退場してしまうと、代わってシテの盗人が登場してきます。
このつづきはまた明日に
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瓜盗人のつづき

石田さんの盗人、常座で名乗り、うち続いて不仕合せで渡世もままならず・・・と、なんだかつらそうな雰囲気で語り始めます。
畑に瓜が色づいているのに気付いたので、夜の内に案内なしに取って商売しようと思うと言って瓜畑にやってきます。

畑には垣が結ってありますが、そんなこともあろうかと用意してきたと扇を鋸に見立てて、ズカズカ、メリメリと垣を切り除けてしまいます。
正中あたりから常座まで、垣を引き広げる所作をしますが、そのメリメリという音が大きかったので自分の耳を塞ぎます・・・これは子盗人と同様の展開ですね。十郎さんの時は垣を跳び越えて畑に入りましたが、このあたりも演出が違います。

さて畑に入って瓜を盗む段になりますが、枯れ葉を掴んでしまうのは大藏流と同じ。二度ほど枯れ葉を掴んだ後、夜瓜を取る時は転びを打って取るものだと思い出し、畑を転がって瓜を取ることにします。
常座から正中へ向けて転がって一つ、目付から正中へ転げてまた一つ、さらに笛座から正中へ出て三つと、それぞれに頭の下に、あるいは腹にと瓜に触れて大笑いしながら瓜を取ります。

さて四度目に常座から転がって、ワキ座に置かれた案山子に行き当たり、驚いて正中に下がって大騒ぎして詫びます。が、返事がないので立ってワキ座まで近寄ってみて案山子であることに気付き、怒って案山子を壊してしまいます。
さらに瓜の蔓を引き立てたりなど、散々に腹いせをして、橋掛りを走り入り退場します。
替わって畑主が再び登場してきます。翌日になって見回りに来たわけですが、垣は破ってある、瓜蔓も散々にまくってある、瓜も盗まれているのに気付きます。
「また参らぬということはあるまい」と、今度は畑主自身が案山子になって盗人を待つことにします。
案山子に組み上げた面や笠などを外し、肩衣を脱いで水衣を着け、面をつけ笠を被って葛桶に座し、さらに竹杖を持って盗人を待つことにします。
さてこのつづきはまた明日に
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瓜盗人さらにつづき

そうとは知らぬシテの盗人は、再び登場してしてきます。
大藏流では三度目の瓜盗みになるため「かりそめなことは致さぬものではござらぬ」と、後悔の様子強く登場しますが、和泉流では、さる方に献上してもっとほしいと言われたのでやむなく取りに来たと言いながらも「思へば盗みほど面白いものはない」と、気楽な盗人の様子で畑に向かいます。

このため畑に着いて垣が壊れたままになっているのに気付き「さてもさても油断な畑主じゃ」などと言う始末。石田さんも、そうした盗人の剽げた雰囲気を出しています。

シテは案山子がまるで人のように良くできていると感心し、何やらに似ている・・・罪人そのままじゃと言い出します。今年は祇園会の当にあたって鬼が罪人を責める作り物を出すことになっているので、その稽古をしようと、案山子を罪人に見立て責める所作をします。
「いかに罪人、地獄遠きにあらず、極楽はるかなれ、いそげとこそ」と謡い、責メ一段。囃子が奏する中、舞台を一巡りします。
ここで囃子方は退場。

さらに役は籤で決まるので、自分が罪人の役に当たらないでもないと、今度は案山子の持つ杖につけられた綱の端を持って、謡いながら責められる所作をします。

謡に合わせて所作をしていると、途中、畑主が持った杖でシテを打ちます。驚いたシテは周りを見回しますが、誰が居るわけでもありません。
綱を引くと畑主が杖を上げ、綱を緩めると杖を下ろすので、これは良くできた仕掛けなのだと納得し、何度か試して面白い、面白いと大笑いしますが、この辺りは大藏流と同じ形です。

それではと、もう一度責められる所作を繰り返すことにしますが、その間に畑主が面を外し、杖を振り上げてシテを追い込む形で留めになります。

瓜盗人を案山子に扮した畑主が追い込むという基本形は変わりませんが、盗人の性格など、微妙なところに十郎さんの時とは違った味わいがあり、どちらもそれぞれに面白いと思った次第です。
(29分:当日の上演時間を記しておきます)
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骨皮 高野和憲(野村狂言座)

和泉流 宝生能楽堂 2008.7.24
 シテ 高野和憲
  アド 野村万之介 竹山悠樹 月崎晴夫 深田博治

アドの住持とシテ新発意が登場してきます。
「しんぼち」(「しんぼっち」などとも)は出家して間もない人の意味で「新発意」と書く方が普通で、当日いただいた解説にもそう表記されていましたが、和泉流では「新発智」の表記を使うこともあるようです。発音から言うと新発智の方が分かりやすい感じがしますね。

さて住持役の万之介さん、無地熨斗目着流しに角頭巾を着け中啓を持っていますが、熨斗目が白一色のため、寝間着で出てきたようなちょっと不思議な感じです。
常座で、久しくこの寺に住職してきたがことのほか辛労なので、隠居して新発意に寺を譲ろうと思う旨を述べ、シテを呼び出しワキ座に向かいます。

常座に出たシテに、住持はこの寺を譲ろうと思うがどうかと問いますが、シテは「おそからぬ事でござる」と妙な返事。「そういふは定めて、おそいという事であろう」と住持が受け、譲るのが遅くなったが、さて「見事この寺を、ふまえさしますか」と重ねて問いかけます。

これにシテは「風が吹きましたらば、屋根の棟へ上がって、じっとふまへておりましょう」と、またまた訳の分からない返事をします。だいぶん、この新発意あやしそう。この妙な出家を高野さんが軽めに演じて良い雰囲気です。

住持は「寺をふまえる」とはそういうことではないと言い、「朝起きをせねばならず、仏前の掃き掃除、仏に香華をとり、別して檀那あしらいを大事にかけねばならぬ」と諭します。隠居と言ってもどこへ行くわけでもなく、奥に引っ込んでいるので何か用があったら声をかけるようにと言って、住持はワキ座側に下がります。
さてこのつづきはまた明日に
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骨皮のつづき

住持が引っ込んでしまうと、「嬉しや嬉しや」と新発意は大喜びの様子で、『老僧が隠居して自分がこの寺の住持になった、檀那あしらいを大事にかけいと言われたので、念を入れてあしらおうと思う』旨を述べて大小前に座します。

すると間もなく小アド傘借人の竹山さんが登場してきます。
二ノ松で、この辺りの者だが雨が降りそうなのでお寺で傘を借りようと言って、一ノ松から案内を乞います。

これにシテが立ち上がて迎えに出、一ノ松あたりの小アドとシテ柱近くで応対します。
シテは「さてそなたに申して悦ばすことがござる」と言い、何でござると問う小アドに「老僧が隠居せられて今日から私がこの寺の住持になってござる」と説明をします。
嬉しくて仕方ない様子ですね。

小アドは、それは目出度いことで知っていれば人を使わしてなりともお祝い申したのにと答えますが、「ご存じないはずでござる。今日唯今のことでござる」とシテがオチをつける形。見所としては面白いオチになるのですが、小アドの方は感心がない風に、今来たのは山一つ向こうへ行こうと思うのに雨が降りそうなので傘を貸してほしいからと説明します。このチグハグな感じがなんだかおかしい。

さっそくシテは傘を取りだして小アドに渡しますが、立派な傘なので小アドはもっと粗末な物を貸してほしいと言います。シテは、老僧が秘蔵の傘だけれども貸しますと・・・檀那あしらいを大事にするつもりでか、立派な傘をそのまま持たせ、小アドが下がると早速住持に報告に行きます。

「唯今、悠樹殿が見えまして傘を貸してくれい」と言ってきたこと説明し、この間張り替えたのを貸した旨を伝えると、住持は大事にしていた傘を貸すなどということがあるものか、と怒り、そういう時は「此の中、老僧がさいて出られましたれば、折節辻風が吹きまして、骨は骨、紙は紙と吹き破ってござるによって、真ん中をみじといはへて天井へ打ち上げて起きました」ので貸せないとでも言って、貸さないものだと諭します。

シテはせっかく褒められようと報告したに怒られてしまったので、今度はぬかるまいと大小前に下がります。
さてこのつづきはまた明日に
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骨皮さらにつづき

今度は三ノアド馬借人の月崎さんが出てきて、竹山さん同様に二ノ松で名のり、用事あって遠方へ行くのにお寺から馬を借りようと言って、一ノ松あたりから案内を乞います。

傘借りと同様のやり取りがあり、馬を借りたいという申し出に、ここはぬかってはならないとばかりに、シテは住持から言われた通り此の中、老僧がさいて出られましたれば、折節辻風が吹きまして、骨は骨、紙は紙と吹き破ってござるによって、真ん中をみじといはへて天井へ打ち上げておきました」ので貸せないと言います。
さすがにこの言には驚いた相手「いや私の方は馬でござる」と確認しますが、シテは平然と「されば馬のことでござる」と言う始末。結局、馬借人はあきらめて帰って行きます。
これをシテが住持に報告すると、驚いた住持、今度はそういう時は「此の中青草につけてござれば駄狂い(発情)をいたいて、腰が抜けましたによって厩の隅へつないで置きました」とでも言うのだと諭します。

シテは今度こそぬかるまいと下がっていると、四ノアド深田さんが登場してきます。明日は志す日なので斎を差し上げようからと、住持と新発意を招きに来たわけです。
最前と同じやり取りの上、招待を受けた新発意、自分は行けるが老僧は行けないと断ります。それはなぜかと問われて、青草につけて・・・と説明し、驚いた斎案内人はそれは仕方ないので新発意だけお出でいただきたいが、今の話はけっして他言無用と念を押して帰ります。

さてまたまたシテは住持に報告しますが、驚いたのは住持で「どこにか出家が駄狂いをするということがあるものか」と怒りますが、シテは「あまりない事でもあるまいに」と返します。
なんだか妙な展開になってきますが、門前のいちゃとの話を持ち出し、破戒の出家は牛に生まれるというので、馬に生まれないものでもないとシテが言いつのります。

ますます怒った住持がシテを打ち転ばし、起き上がったシテが逃げるのを追い込んで留。馬の駄狂いから破戒の話へ、破戒僧らしい住持と、とんちんかんな新発意。どうも普段は偉そうにしている出家に対する、庶民の気分が織り込まれているような一曲でした。
(25分:当日の上演時間を記しておきます)
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柿山伏 茂山千三郎(納涼茂山狂言祭)

大藏流 国立能楽堂 2008.08.02
 山伏 茂山千三郎
  畑主 茂山童司

夏の納涼茂山狂言祭は、リクエストで演目を決めることになっていて、今回も昨年からのアンケートの結果で決定した演目。夏の盛りに演じるには相応しくないか、というものもありますが、観客が観たいという曲ばかりですので、そこは仕方のないところ。

さて最初はおなじみの柿山伏。よく観る狂言ですが、茂山家の柿山伏は初めてです。なにぶん、この間水戸で観た千鳥の時にも書いたように、茂山家の狂言はあまり見ておりませんので・・・

まずは山伏の千三郎さんが登場します。
以前このブログでは和泉流吉住講さんの柿山伏の鑑賞記を書いていますが、その際は足を高く上げるような山伏を表す独特の歩き方をされました。今回は特段そういうこともなくやや威張った感じがする程度。

常座からワキ正へ数歩出て、鏡板の方へ斜めに向き「貝をも持たぬ山伏が・・・」と次第謡。後見が地取りの風に「吹こうよ」と低く謡う中、正面へ向き直って、羽黒山の山伏と名乗ります。
「山伏です」と、この「です」は大変に威張った言い方で・・・という話は、昔、古文の時間かなにかで習いましたが、千三郎さんの「です」は、ほんの少し長く引くような言い方で力も入り、まさに威張っている感じが出ておりました。

空飛ぶ鳥も祈り落とす、と正先へ出て数珠で落とす様。
さて威張ってはみたものの、腹が減ったと舞台を探し、柿の木を見つけます。

早速礫を撃ってみようと常座から投げますが「なかなか当たることではない」
さらに手頃な石があったと二度目も投げますが「なかなかそばへも寄らぬ」と、さっぱり当たらない様子。小サ刀を振り回して落とそうとしますが届きもせず、上々の登りどころがある、と葛桶に上がります。

吉住さんの時は、まず刀でかち落とそうとし、ダメなので礫を撃ったと記憶しています。さてこのつづきはまた明日に
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柿山伏のつづき

山伏が柿を夢中で食べていると、畑主が登場してきます。
舞台を一回りして常座へ戻ると、ちょうど渋柿を取った山伏が「渋い」と投げ、これが畑主に当たります。ちょっと凝った演出ですね。

畑主に見咎められた山伏は木の梢に隠れようと、扇を広げて葛桶の上でしゃがみ込みます。
隠れられる訳もないのですが、そんなことにも気付かない間の抜けた山伏。畑主は、ここは一つ嬲ってやろうと、まず「人かと思えば人ではない。あれは烏じゃ」と言い、烏なら鳴くだろう。鳴かぬなら弓矢で射ようと脅かします。
山伏は早速「コカー、コカー」と烏をまねる形。

次は「猿じゃ」。猿というものは人を見れば身せせりをして鳴くものだと畑主が言い、鳴かねば槍で突こうというので、またまた山伏は鳴き真似をする羽目になります。

さらに畑主は、今度は鳶だと言い出します。
この山伏の物真似、三種が決まりですが、何を持ち出すかは流儀によって、家によって様々の様子。吉住さんの時は犬、猿、鳶でしたが、いずれにしても最後は鳶になります。
鳶というものは羽を伸ばして飛ぶものだ、飛ばなければ鉄砲で撃とうと言われ、さらに「飛びそうな、飛びそうな」と畑主に囃されて、山伏は鳶のように両手を広げて飛びます。
千三郎さんの山伏、葛桶からとんぼを切って舞台上に落ちましたが、この形は観たことがありませんでして、さすがにビックリしました。隣の席の方も思わず「すごい!」と声を上げておられました。

その後は例の如く、尊い山伏に鳥獣の真似をさせ、さらには飛ばせたために腰を打った。宿に連れて行って看病せよと妙な言いがかり。
無視して畑主が帰ろうとすると、山伏が祈り出し「いろはにほへと、ちりぬるをわか」などと妙な祈りに、畑主が引かれて「悲しや悲しや」と引き寄せられてしまいます。

山伏は畑主に背負われますが、畑主は殊勝に背負った風から、一転山伏を振り落とし「知らぬゾ知らぬゾ」と逃げ、山伏がやるまいゾと追い込んで留。
吉住さんの時は、畑主が引き寄せられたところから、一転して山伏を叱りつけて畑主が追い込む形でしたので、ちょっと印象が違いますね。
(18分:当日の上演時間を記しておきます)
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鎌腹 茂山あきら(納涼茂山狂言祭)

大藏流 国立能楽堂 2008.08.02
 太郎 茂山あきら
  妻 茂山茂、仲裁人 佐々木千吉

幕の内から争うような声が聞こえて、逃げる太郎、棒に鎌を括り付けて追い掛ける女房、止めようとする仲裁人が登場してきます。
例によっての鎌腹の始まりですが、それにつけても茂山家の皆さんは全体に声が大きいので、とんでもない騒ぎのような感じです。

この曲は、大藏流と和泉流では若干構成が違い、昨年、大藏流山本則俊さんの太郎で観た時の鑑賞記にもその話を書きましたが、同じ大藏流で、基本的に同じ展開をなぞっているというにしては、山本家と茂山家だとこんなに印象が違うかな、という感じです。

登場した三人は舞台をひと廻りし、太郎が橋掛りへ遁れて一ノ松あたり、女房がワキ座に立ち、仲裁人が女を押しとどめる形になります。
仲裁人が訳を尋ねると、女は太郎が夜泊まり日泊まりして帰って来ず世帯を大切にしない、今朝は帰ってきたので山へ薪を取りに行けと言ったが、行かないと言うので棒を持って追うのだと説明します。

仲裁人は今度は太郎の言い分を聞くと言ってシテ柱辺りに進み、一ノ松あたりの太郎に問います。太郎は、こちらは世帯を大切に思うゆえに諸方に出掛けている。今朝はあまりに霧が深かったので山に行くのはしばらくしてからと思ったが、自分が料簡すれば良いことなので、棒と鎌を渡してくれれば山に行くと答えます。

そこで仲裁人が女房にその旨を話し、棒と鎌を受け取ろうとすると「妾から渡しましょう」と太郎に撃ちかかる勢い。仲裁人が女を留めて棒と鎌を取り上げ、太郎に渡します。
さらに「地下の衆や他郷の衆がお笑いやる」ので、夫婦げんかをもう繰り返さないように、自分も次は仲裁に出ないからと太郎に言い含めます。
さてこのつづきはまた明日に
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鎌腹のつづき

太郎に意見した仲裁人は、太郎には、早う山へ行きおれと急かし、女房には、早う家へ戻らしめと促します。佐々木さんの仲裁人、いかにも仲裁に出た訳知りのような落ち着いた雰囲気です。

シテ柱のところで、山へ向かう太郎と、家の方に戻る女房と仲裁人がすれ違いますが、その際も、女房は太郎に早く山へ行けと食ってかかり、橋掛りでも二度、三度と振り返っては早く山へ行けと怒鳴ります。

展開そのものは山本家と同じなのですが、茂さん演じる女房が、鎌を自分が渡すと騒いだり、何度も振り返りつつ早く行けと太郎を急かせるなど、いかにも狂言の「わわしい女」ぶりで、こんな女房がいたら大変だと見所も納得するような演出です。

女房と仲裁人が退場すると太郎の一人芝居になります。
棒を担いで舞台を回り、大小前で語り始めますが、舞台を回る運びもヨタヨタとした感じで、すっかり気を落とした太郎の雰囲気。
「千吉殿」がもう仲裁に出ないと言っていたので、いつかは女房に討ち殺されてしまうだろう。いっそそれなら淵川に身を投げて死のうと、正中から堀の様子を見る形で正先に出て棒にすがって覗き込む形になります。

しかしただ川に落ちて死んだのでは、誤って川に落ちたと皆が思うかも知れない。それでは犬死になので、自分が覚悟して死んだと分かるような、百姓に似合った死に方はないものかと思案します。

そして思いついたのが鎌腹。鎌で腹をかっ切って死のうという次第で、山本則俊さんのときと同様に、腹を切れば「はらわたががらがらがら、目がくるくるくる」となって簡単に死ねると一人大笑い。まずは触れてから死のうと「地下の衆も他郷の衆もようお聞きやれ」と大声で鎌腹することを告げます。

さてこのつづきはもう一日、明日に
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鎌腹のつづき

大藏流では、太郎は狂言上下の形で出ますので「こう諸肌を脱いで」と肩衣を外して腹を出した形とします。和泉流だと羽織に括袴、頭巾まで着けた姿なので、羽織を脱ぎ縞熨斗目も脱いだ形になりますね。

さていよいよ鎌腹・・・と思って切ろうとしますが、とても出来そうにありません。ちょっと鎌が腹に刺さっても痛いと大騒ぎ。

そこで次は首に鎌をかけておいて切ることにし、「鎌首じゃ」とまた触れなおします。
この鎌首は和泉流にはありませんが、鎌を首にかけておいて下に落とせば首が前にコロコロコロ・・・と簡単だ、などと太郎が調子に乗った風で見せるところ。
首に鎌をかけて「ひとつよ」「ふたつよ」と数えます。さて次はいよいよか、と思うと「ふたつはん」と外します。これはたしか則俊さんの時にはなかったかと思います。

結局は鎌首もできず「手が臆病なのだ」ということで、鎌を草むらに置き走って鎌の上に倒れ込めば死ねるだろうと、地ノ頭あたりに鎌を置き、一ノ松あたりまで下がってから走ってきます。が「危ない」と鎌を飛び越えてしまいます。

鎌のギロギロしたところを見るとだめなのだ、と言って、次は目を塞いで走ることにし「めくら腹の走り腹」と触れ直して一ノ松あたりへ出、目を塞いで鎌へ向かうことにします。
ここも目を塞いでいるので、走るのもうまくいかず「ガサガサガサ」とゆっくり常座まで出、一度手を外した後に再び目を塞いで正中まで。さらに、いよいよと進みますが結局は「いやー。危ない」とワキ座まで越えてしまいます。
ここもなかなか細かい演技です。

結局、どうにも死ねない太郎が、料簡して山へ行くこうとすると、女房が再び登場して太郎が死ぬのを止めようとします。
太郎が形ばかり、死ぬと繰り返すと、女房がそれなら自分は淵川に身を投げて死ぬと言い、これを聞いた太郎が、自分は臆病が出てなかなか死なれぬので、自分の名代に鎌で腹を切って死んでくれと言いだし、女房がこれを追い込んで留。
分かっているのに大変面白い一番でした。
(31分:当日の上演時間を記しておきます)
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鬮罪人 茂山千五郎(納涼茂山狂言祭)

大藏流 国立能楽堂 2008.08.02
 主 茂山千五郎
  太郎冠者 茂山千之丞
   町内の衆 丸石やすし 茂山千三郎 茂山童司
        佐々木千吉 井口竜也 増田浩紀
   大鼓 大倉慶乃助、小鼓 田邊恭資
   太鼓 林雄一郎、笛 杉市和

この日の三曲目は鬮罪人。大藏、和泉両流にあり、ほとんど同じ進行ですが、太郎冠者の性格付けなどにいささか違いがある感じがします。和泉流の太郎冠者の方が、平素から小賢しいところがあって主人が苦々しく思っている感じが強く、大藏流の方は、太郎冠者にでしゃばりな部分はあるものの、むしろ主人のキツい性格の方を強調しているように思えます。

さて、まずは主の千五郎さんと太郎冠者の千之丞さんが登場し、主は常座で名乗り、太郎冠者は着座して控えます。

千五郎さん、無茶苦茶厳しい雰囲気です。この鬮罪人の主人は和泉流では「三主」の一つとされて、怖い主人の代表格なんだそうです。(残る二つは武悪と止動方角だそうで)
大藏流にそういう言い方があるのかどうかは分かりませんが、ともかく怖い雰囲気を出しています。先日、千鳥で人の良さそうな酒屋をされるのを拝見していなければ、千五郎さんってやけに怖そうな人なんだなあと、思ったに違いありません。

主人は祇園会の頭に当たったので、準備をしなければならないと太郎冠者を呼び出します。
呼ばれて出た太郎冠者は、祇園会の頭に当たったのは目出度いことと言い、主人の言いつけで山の相談に町の人々を迎えに行くことになります。
この日の解説で茂さんがおっしゃっていましたが、現在では町内毎に山や鉾の形が決まっている祇園祭も、この狂言ができた頃は、まだ町内毎の出し物が確定していなかったようで、その出し物の相談をするというのがこの曲の鍵になっています。

さて誰をまず訪ねようかと思案した太郎冠者は、下ノ町の丸石殿を、と思い立って舞台を回り、一ノ松から幕に向かって案内を乞います。
さてこのつづきはまた明日に
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鬮罪人のつづき

登場した立衆の頭分、丸石さんは、既に町の皆が集まっているので、後から行くから先に戻れと太郎冠者を帰します。

太郎冠者は各人の家を回らずに済んで良かったと、先に家に戻り主人に報告をしますが、その間に立頭が皆を呼び出して一同舞台へ向かいます。舞台では主人と太郎冠者が、橋掛りでは町の衆が、それぞれ大声で台詞をしゃべり舞台が進行するという、実に狂言らしい展開です。

さて一同の到着に、主がワキ座に着座し、一同はワキ正側に、太郎冠者は大小前に着座します。お互いに挨拶を交わし始めると、太郎冠者が口を挟んだので主が怒り、控えておれと命じたために、太郎冠者は一ノ松あたりに立って立ち聞きする形になります。

山の出し物を何にするのか、早速に相談が始まりますが、主が鯉の瀧登りを提案し一同が同意します。これを聞いていた太郎冠者、これはまずいとしゃしゃり出て話を止めに入ります。鯉の瀧上りは、毎年これを出し物にする鯉山の町があるという訳です。
この邪魔に主が怒って太郎冠者を怒鳴りつけ、太郎冠者は再び一ノ松あたりで立ち聞きする形になります、この鯉山の話は、確かに太郎冠者の言う通りと立頭以下が納得し、別なものを考えることになります。

つづいて問われたのが立頭の丸石さん。山に大きな橋を架けて牛若と弁慶の人形を置き、五条の橋の千人斬りを出そうと言って、一同が賛成します。
太郎冠者はこれも止めねばなるまいとしゃしゃり出て、毎年定まってこの出し物を出す橋弁慶の町があると言います。
主は、再び太郎冠者を怒鳴りつけ、太郎冠者も一ノ松あたりへ下がりますが、今度も一同がもっともだと納得し、別な出し物を考えることになります。

さて次は千三郎さんが、山に橋を架け、鵲の人形を置いて、鵲の橋を渡いたと笛太鼓で囃してはいかがかと言います。今度も一同は同意しますが、太郎冠者はまたまたなにか思い出した様子。
今度はいきなり意見を述べず、叱られましょうからと遠慮していると、一同に勧められて、去年下ノ町がこの出し物を出したところが、囃子物が揃わずに物笑いになったと言い出します。
またまた「主人が余計なことを言う」と怒り出します。
さてこのつづきはまた明日に
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鬮罪人さらにつづき

鯉山、橋弁慶、鵲の橋と三つの出し物が述べられますが、和泉流では猪に乗った新田の四郎、河津と股野の相撲、鯉の瀧登りをあげ、先の二つは面白くないと太郎冠者が一同を説得する形だったかと。

なかなか出し物が決まらないので、立頭がそれではなにかと詳しい太郎冠者の意見を聞こうと言いだし、主人をなだめて太郎冠者に話させます。
ここで大小前に出た太郎冠者が提案するのが、罪人を鬼が責める出し物。主は反対しますが、一同は良かろうということになり、早速、誰が何の役をするのか鬮を引くことにします。

太郎冠者が葛桶の蓋に鬮を入れてめいめいに取らせ、残った一枚は立頭の勧めで自分が取ります。それぞれが鬮を見てみると、立衆はそれぞれ太鼓、笛、警護、笛、警護、鉦と役が決まりますが、主人は鬮を取り直そうと言い出します。

鬮の取り直しはしないものだと言い合いになり、主人と立衆がもみ合いになる中、主の取った鬮が広げられ「亭主罪人」と明らかになります。
すると「鬼はこれに候」と得意げに太郎冠者が大小前に出、これに主人がまた怒るという次第。

千之丞さんの太郎冠者、実にかわいげがあります。この騒ぎの中に囃子方が切戸口から登場。結局は罪人と鬼になって稽古をすることになり、一同が地謡座の側に着座。主は笛座前に立ち、太郎冠者が常座に出て稽古を始めます。

「いかに罪人急げとこそ」と太郎冠者が謡って責メ。瓜盗人の責メと同様ですが、怖い主を罪人とし、太郎冠者がこれを責めようとするところが見せ場です。
さてこのつづき、もう一日明日に
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鬮罪人さらにさらにつづき

責メでは、主が正中に出、太郎冠者は常座から目付に出てここで「急げ急げ」と責め、ワキ座へ向かってここでも責め、常座へ戻って舞台を一回り。ここからさらに「急げ急げ」と責めかける形です。

しかし責めようとするたびに主ににらまれ、目付では扇で顔を隠し、ワキ座では座り込んでしまったりなど、太郎冠者がびくつくところも見せ所。
しかし常座に戻って、杖を使い主人を責めていると、つい調子に乗って杖で主を叩いてしまいます。

これには主人が「身共を散々に打擲した」と大いに怒り、太郎冠者は橋掛りに逃げます。一ノ松で、拗ねた様子で杖を捨て座してしまいますが、立頭が太郎冠者をくどき、今度は装束を着けて稽古をすることにします。

主は白練を壺折に着け、白鉢巻をして長杖を持った罪人の姿。
一方の太郎冠者は派手目の厚板を壺折に着け、武悪の面を被って杖を持ちます。

再び常座に立った太郎冠者「それ地獄遠きにあらず、極楽遙かなり。いかに罪人急げとこそ」と謡い、再び責メになります。

目付、ワキ座とやはり主を恐れた所作が入ります。常座に戻って主を責めますが、そっと寄って持った杖を優しく主に当てる形。
すると主が「あら悲しや」と罪人の謡を始めたため、太郎冠者は調子に乗り、杖を竹馬にして主を先導する形で、舞台を回ります。

さらに舞台から橋掛りへと竹馬の形で進みますが、三ノ松で振り返ると主は正中に立ったまま。呼んでも来ないので、太郎冠者は舞台に引き返し、主を押し倒して逃げていきます。怒った主人がこれを追い掛け、一同がこれを止めようと続いて留。

主、太郎冠者、立衆、それぞれに性格付けがハッキリしていて楽しく拝見しました。
一同が退場してしまうと一人残った後見の茂さんが「なお千秋や万歳と。俵を重ねて面々に。楽しうなるこそ目出たけれ」附祝言、靱猿を謡って会もお開きになりました。いやあ面白かった。
(42分:当日の上演時間を記しておきます)
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日本人のバイタリティ

変な題を付けてしまいましたが、夏場で演能も少ないことから鑑賞記もしばらく中断となります。
さてどうしようかと迷ったわけで、しばらくブログをお休みしようか、とも思ったのですが、この機会に日頃思っていることなどを少しばかり書いてみようかと思い立ちました。

このブログでは鑑賞記のほかにも、能楽にまつわる豆知識のようなものなども書いていますが、今回はそこから少し離れても良いかなと思っています。とは言え、能狂言の面白さを書きたいという思いで始めたブログですので、なにがしか能楽に関するところも触れつつ書いてみようと思います。

さて話のきっかけは岩井三四二さんという作家の小説「月ノ浦惣庄公事置書」です。たまたま出張続きの時に、上野駅の本屋さんで手にした文庫なのですが、これがなかなか面白い本でした。
室町時代の末期、月ノ浦惣庄という架空の村の住人達が隣村との土地争いに立ち向かう話ですが、そのたたかいは武力を以ての戦闘もあるものの、メインは公事(クジ)すなわち裁判なのです。

室町時代という時代設定の歴史小説が数少ないうえに、さらに法廷闘争が主題という、おそらく小説化されたのはこの本が最初ではないかと思えるテーマでして、そのため、歴史法廷ミステリーという新境地を開いたとして第10回の松本清張賞を受賞しています。

小説のネタばらしになってしまうといけないので、筋を細かく書くことはしませんが、ともかくこの本をスタートにして考えたことを何回かに分けて書いていきたいと思います。
このつづきはまた明日に

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