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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

鵜飼のつづき

シテの老人は御堂に上がって鵜を休めようと松明を振り上げつつ舞台へと入りますが、舞台に入って再び振り上げた松明に、大小前あたりで「や、是は往来の人の御入り候ふよ」とワキの一行に気付き問答となります。

ワキ、シテがやり取りをしていると、ワキツレが「この二三ヶ年先に、此川下岩落と申す所を通り候ひしに。かやうの鵜使に行き逢ひ候ふ」と思いがけないことを言い出します。その鵜使いに、殺生の科を諭したところ一夜の接待を受けたという話です。

シテはこれに「さては其時の御僧にてわたり候ふか」と自らがその時の鵜使いであることを明かしますが、ワキツレがその時の僧であると答えると、その鵜使いはもはや死んでしまった、と続け自らが幽霊であることを示します。前場ではなんとなく幽霊と知られるという展開の曲が多いわけですが、明確に知らせる形ですね。

ワキはその死のいきさつを語るように求め、シテの語となります。
そもそもこの石和川は上下三里は殺生禁断となっているところを、禁を犯して漁を繰り返していたところ、人々に見つけられて「ふしづけ」にして沈められてしまったと語ります。
「ふしづけ」は罪人を簀で巻いて縛り水中に投じてしまう刑罰ですが、柴漬ないし罧の字を書くようで、柴を漬けるというのが原義らしく、柴を束ねて水に沈めるとその柴の隙間に魚が入りこれを捕らえる漁法がもともとの意味のようです。これが転じて刑罰に用いられるようになったのでしょう。柴漬というと京都の漬け物を思い出してしまいますが、あちらは本当は紫葉漬と表記すべきで、しば漬と書いている漬物屋さんが多いですよね。

閑話休題、シテの話にワキは「罪障懺悔に業力の鵜を使うて御見せ候へ。後をば懇に弔ひ候ふべし」と述べ、シテがこれを受けて鵜を使ってお目に掛けようと立ち上がります。
このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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