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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

卒都婆小町さらにつづき

シテは自分も賤しい埋もれ木ではあるが心の花がまだあると言い、さらに問答が続いていきます。このシテ、ワキの問答は仏教を基礎においた難解な物ですが、シテ祥人さんの謡は内面の自信のようなものが溢れてくる感じを出していて、ワキの僧に論戦を構える小町の明晰さがうかがえるところです。

ワキ、ワキツレとの掛け合いから、シテの「臺になし」の謡で後は地謡が引き受ける形になります。「真に悟れる非人なりとて」の謡に合わせるように、ワキ・ワキツレは下居して両手を突き「僧は頭を地につけて」とシテに対して平伏する形になります。
シテは「極楽の内ならばこそ悪しからめ そとは何かは苦しかるべき」と戯れの歌を詠みます。この謡ではいささか力を込めた感じで少し背筋を伸ばしたように感じられました。
シテは杖を支えに立ち上がり、地謡の「むつかしの僧の教化や」で杖突つつ常座へと向かいます。このシテにワキは「さておことはいかなる人ぞ名を御名のり候へ」と呼びかけ、この声に常座で振り向いて正面へむき直したシテは「恥ずかしながら名を名のり候べし」といいつつ杖にすがって着座し、自らが出羽の郡司、小野の良実の娘、小野小町のなれの果てであるとこを明かします。

ワキの一行は、小町といえば古は美しき女性であったことを謡い、さらにシテと地謡が、歌を詠み詩を作ってまことに優美な有様だったのが、今は百歳に一つ足りない九十九髪となっていう我が身は恥ずかしいと謡います。ワキの謡からしばらくは居グセのような形で着座していたシテが、「有明の影恥ずかしき我が身かな」で笠を我が身の左がわに掲げ、ワキから身を隠すような形で、恥じる風情を見せます。

続いてロンギになり、シテは再び杖にすがって立ち上がり、「今日も命は知らねども」と謡いながら常座に向かって杖を突きつつ進み「袋に入れて持ちたるよ」とワキを向いて語りかける風情です。
なんだかシテの様子が怪しくなってきますが、このつづきもう一日
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