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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

咸陽宮 朝倉俊樹(五雲会)

宝生流 宝生能楽堂 2009.9.19
 シテ 朝倉俊樹
  ツレ 辰巳孝弥 佐野玄宜 金野泰大
  ワキ 高井松男、アイ 野村万之介
   大鼓 佃良太郎、小鼓 住駒充彦
   太鼓 大江照夫、笛 藤田貴寛

先日も書きましたがこの咸陽宮という能、宝生流でこそ二三年に一度ずつ上演されていますが、他流では滅多に見かけません。観世流でも稀曲という訳ではないのですが、ここ数年の各会の番組を眺めたところでは、まず見かけない曲です。この曲のほかにも夜討曽我などいくつかそういう曲があり、宝生流の不思議なところと思っています。
という訳で、このブログには18年の五雲会で今井泰行さんのシテに、殿田謙吉さんのワキで上演された時の鑑賞記を載せていますが(鑑賞記1)、今回の五雲会の当日パンフレット表紙には、その今井さんと殿田さんの時の写真が使われていました。

この曲の描く荊軻と秦舞陽の秦王暗殺未遂事件は史記にも書かれた史実ですが、当日頂いた番組表の藤代さんの解説にもある通り、能の方は史記を原典とはせず、平家物語巻五の咸陽宮を典拠としているため、いささか話が異なった形になっています。

能では始皇帝の都城、咸陽宮にある帝の御殿である阿房宮に、荊軻と秦舞陽とがやって来ますが、史記などの伝えるところでは荊軻と秦舞陽の事件は秦による戦国の統一前の話で、始皇帝はまだ皇帝に即位せず秦王政と云った頃のこと。当然ながら阿房宮も作られていません。
そして何よりも、史実から見れば、秦とともに戦国の七雄に数えられる燕と、勢力を広げつつある秦との抗争がそもそもの発端にあり、秦が中国統一を進めていく大きなうねりの中の一事件であるものが、花陽夫人の見事な琴と機転に助けられ秦の御代が続いたことを言祝ぐという、なんともお目出度い話に矮小化されていることでしょう。
なにはともあれ明日につづきます
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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