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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

黒塚 大友順(五雲会)

宝生流 宝生能楽堂 2009.9.19
 シテ 大友順
  ワキ 殿田謙吉、アイ 月崎晴夫
   大鼓 飯島六之佐、小鼓 鵜澤洋太郎
   太鼓 金春國和、笛 寺井宏明

九月五雲会の最後は黒塚。日頃、地謡や後見などで拝見する大友さんの雰囲気からすると、怒りを募らせる黒塚の鬼女・・・というのはちょっと想像しがたい感じもあるところ。むしろ独り住む鬼女の悲しみの方に力点が行きそうな思いを持ちつつ拝見しました。

ところで黒塚ですが、このブログではブログを始めて間もない18年秋に、喜多流粟谷明生さんと金春流中村昌弘さんの黒塚の演能について鑑賞記を書いています。(鑑賞記を含む月の記事一覧へのリンク・・・いずれも18年9月)
その際も書きましたが、この曲、いろいろと考えさせられるところのある曲です。またその時にも書きましたが、観世流だけは安達ヶ原の名になっています。

さて舞台の方は、囃子方、地謡が着座すると、後見が紫の引廻しを掛けた萩小屋の作り物を持ち出してきて大小前に据えます。後見が下がると次第の囃子。ワキの出になります。ワキ殿田さんは紺地の水衣に篠懸をかけ、白大口を穿き兜巾を着けて山伏姿での登場。ワキツレは御厨さんで、こちらも山伏姿ですが、柿渋のような色目のヨレの水衣で白大口、兜巾の姿です。
二人は向かい合って次第「旅の衣は篠懸の 旅の衣は篠懸の 露けき袖やしほるらん」を謡い、ワキがサシ謡で那智の東光坊の阿闍梨祐慶であると名乗ります。
さらに祐慶が廻国行脚を志し、本山を立ち出でてはるばる陸奥は安達ヶ原にやって来たことを謡います。

謡い終えたワキは、日が暮れてしまい近くに人里もないことを語り、火の光が見えるので立ち寄って宿を借りようと言って、ワキツレともどもワキ座に着座します。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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