能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

あけましておめでとうございます

今朝は例年通り早めに起きて、日の出の頃に初詣に出かけました。
戻ってきて戴いたお札を神棚に上げ、清々しく新年を迎えたところです。

さて例年、観てはいるのですが、今年も朝7時からのNHK新春能狂言を観てみました。今日は梅若玄祥さんのシテで能「八島 弓流 素働」
能「八島」は各流とも「八島」の表記を用いますが、観世流だけは「屋島」と表記しています。テレビの番組表を見て『新春能狂言 能「八島 弓流 素働」~観世流~』とあり「こりゃあ間違いじゃないのか」と思ったのですが、どうも梅若六郎家は「八島」の表記を用いるようです。
かつて観世流から独立して梅若流を立てていた関係なのでしょうか。その際に同調した、梅若万三郎家も観世喜之家も「屋島」の表記を用いているのに、気になると言えば気になるところです。
「弓流」と「素働」の小書も、両方付く時は「大事」とするのが観世流では普通の形と思うのですが、このあたりも梅若六郎家独特なのかも知れません。

能の方は、テレビですし1時間の放映時間に合わせてダイジェストしていますので、実際に能楽堂で観るのとは別物になってしまいます。弓流、素働とくれば間狂言は奈須語か、と思うところですが、時間の関係か間狂言自体が省略されていました。
しかしそれでも、玄祥さんの巧さ、迫力は画面を通して十分に伝わってきたところです。やっぱりこの方は凄いなあ、と思った次第。

素働の小書のため、弓を取りに近づいたシテが波に流される形で、流レ足などの型が入ります。なかなかに面白いものでした。
とにもかくにも、皆様、本年もよろしくお願いいたします。
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新春二日目

本日はやや遅く起きて、のんびりとした正月気分です。
NHKの新春能狂言も二曲目の舟渡聟のみを視聴。本日は茂山千作、七五三さんの「魚説経」と、野村万作、萬斎、石田幸雄さんの「舟渡聟」の二曲。魚説教は一応ビデオに撮っておいたので、後ほど観ることにしました。

舟渡聟の方は、以前、三宅右近さんの舅で観た鑑賞記を書いています。基本的に同じ形ですので、曲の展開は触れませんが、まずもって面白い狂言であることは間違いありません。萬斎さんが桃色のような、いかにも聟入りの晴れの衣装といった感じの素袍を着け、正月らしい目出度い舞台の気分でした。

明日は金剛永謹さんのシテで巻絹。金剛の巻絹は、工藤寛さんシテで先日拝見しましたが、明日の放映は金剛能楽堂での収録でしょうかね。そうなると囃子方も関西の方ということになりそうですが、明日も観てみようと思います。

そうそう24日には喜多流の松風。ほほーっ。
以前から書いている通り、やはりテレビはテレビで能楽堂で観る能狂言とは別物ですが、そうは言っても、水戸で地デジが開始されて間もなく液晶テレビに買い換えたので、以前のテレビに比べれば随分と良い感じにはなっています。
どんな演技をなさるのか、研究的な意味では十分役に立つかなあと思います。

さて正月のお休みもあと一日、明日は来週の準備でもしますかね
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三が日も無事に過ぎて

短いお正月休みも今日まで。明日からはちょっと忙しくなりそうです。
さてNHKの新春能狂言も三日目となり、本日は金剛流の巻絹。京都金剛能楽堂での録画ということで、オール関西という感じの配役。
金剛永謹さんのシテ、福王茂十郎さんのワキ、間狂言は茂山千五郎さんです。囃子方は笛の杉市和さんはじめ、東京ではまずお目にかかれない皆さんで、これもテレビのお陰ですかね。

機会あれば金剛流を観るように努めているので、地謡や後見の先生方は何度か舞台で拝見している方も多いのですが、ツレが捕らわれて正中に安座した形を正面から写した場面は、ツレの宇高竜成さんも素顔で拝見するのは初めてですし、囃子方の皆さんが後ろに並ばれているので、なんだか見慣れない方ばかりの印象です。

金剛の巻絹は、つい先日の天地人之会で工藤寛さんの演能を観たばかりですが、あらためて観てみると、やはり舞の型が他流に比べて全般的に複雑な印象です。目付に出て角取りするようなところでも、ただ出るだけではなく、出て一回りするといったように型が複雑になっています。
その度に装束が広がり、華麗な印象を受けますね。

NHKの能楽鑑賞、24日の松風は友枝昭世さんのシテなんですね。これまた観てみようと思っています。
そうそう天地人之会の鑑賞記がまだ終わっていませんでしたので、明日からはそのつづきを書く予定です。
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萩大名 野村萬斎(天地人之会)

和泉流 国立能楽堂 2009.11.23
 シテ 野村萬斎
  アド 竹山悠樹 野村万之介

萩大名は、たしか古典の教科書などにも取り上げられているポピュラーな狂言の一つ。例によって、いささか間の抜けた大名を笑い飛ばしてしまおうという一曲ですが、この日の三浦さんの解説はいささか違った視点でした。
田舎者の大名が、歌を詠むという都人の教養に臆してしまい、とんちんかんな振る舞いに出てしまうということで、純朴な田舎者に優しい見方です。たしかに、そういう見方も良いかも知れませんね。
ともかくこのブログでは初登場の一曲です。

まずシテ大名の萬斎さん、段熨斗目のうえに、黒と言っていいような褐色の地に折り鶴を描いた素袍上下を着け、洞烏帽子を被って登場してきます。舞台に入ると正先まで出て「はるか遠国の大名」と名乗ります。
良くある設定ですが、訴訟のことがあって長らく在京していたところ、安堵の御教書を頂戴し、さらに新知を拝領した上に暇をもらって本国へ下るという次第です。
こんな目出度いことはないので、召し遣う者にさっそくこのことを告げて喜ばしてやろうと言い、太郎冠者を呼び出します。

呼ばれて出た太郎冠者との問答になりますが、本国に帰るにあたって、京見物をしていこうということになり、清水へ参詣しようという話がまとまります。
実は訴訟の間中、太郎冠者は密かに清水の観世音に日参し主人の無事を祈っていたということで、そのお礼参りという次第ですが、この観世音近くに茶屋があり、萩の花が盛りであるので、主人にもこの萩を見せたいと太郎冠者が言います。
ところが・・・このつづきはまた明日に
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萩大名のつづき

この太郎冠者が知っているという萩の咲く茶屋ですが、ここに立ち寄り腰を掛けた者は萩の花について「御当座」をすることになっている、と太郎冠者が言い、主人に「当座はなりましょうか」と問います。

問われた主人ですが「当座」の意味が分かりません。「当座とは何のことじゃ」と問うと、太郎冠者は「歌をお詠みにならるること」と答えます。
ですが、田舎者の大名のこと、そんな難しいことなら茶屋へは寄らずに清水だけに参ろうと言い出します。

しかし何とか主人にも萩を見せたい太郎冠者は、主人に「七重、八重、九重とこそ思いしに、十重咲きいずる萩の花かな」という歌を教え、これを詠んだことにすればよいと言い出します。
このあたりのやり取りは面白いところで、別に難しいことではないと歌を教えた太郎冠者に、主人は「してそれは誰がいう事じゃ」と問い、太郎冠者「たが申すものでござる。御前の仰せらるることでござる」主人「あの身共独りしてか」太郎冠者「なかなか」主人「その様な長いことが、五年や三年で覚えらる事ではないぞ」と続きます。

いやはやではありますが、太郎冠者はそれではと歌を物によそへて覚えてはどうかと言い、扇の骨が十本あるのので、七重八重で七本、八本と見せましょうと提案します。
これに主人は「出来た」と喜び、さらに九重で九本、十重でぱらりと扇を開いて見せることにします。

もうこれで大丈夫と思った太郎冠者ですが、主人はその先がまだ覚えられぬと言い出します。その先は「萩の花かな」だけですが、どうにも覚えられないという主人のために、太郎冠者は自分の向こうずねを見せ「すねはぎ」から萩の花によそえようと提案します。
さて申し合わせが整った二人は茶屋へ向かうことにし、舞台を廻って一度橋掛りまで出、清水辺の茶屋へとやって来た風情。

シテが二ノ松に待ち、アドが常座に進み出て案内を乞います。
さてこのつづきはまた明日に
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萩大名さらにつづき

小アド茶屋の万之介さんが立ち上がって出てきます。段熨斗目に長上下の定番の形。太郎冠者の求めで庭を見せることになり、「ざらざらざら」と正面に向かい扇を使って引き戸を開ける風。舞台は茶屋の庭になります。

初対面の挨拶など済ませてシテは大小前で床几にかかり、小アドがやや下がって、主人と太郎冠者が庭を見物する場面。
主人はまず庭の白砂に気付きます。あれは何だと問う主人に、太郎冠者は備後砂と答えますが、主人は「なに豊後砂じゃ」と聞き返します。太郎冠者は「備後砂名物」と言って主人をたしなめる様子。名物の備後砂も知らなくては、茶屋の手前恥ずかしいということでしょうが、やり取りはだんだんエスカレートしていきます。

主人はその白い砂が道明寺干飯のようだと言いだし、太郎冠者は「亭主が聞きまする」と主人を止めます。主人は次に庭の石に目をとめ、よい石だと感心しますが、その石のひょいと出たところを打ちかいて火打ち石にしたら良かろうと言って、またまた太郎冠者に止められます。
次に向こうの木は梅かと問い、花は赤いか白いかと聞きますが、太郎冠者が「白梅」と答えると「白なんじゃ」と問い返します。「白梅とは白い梅の事なり」といささかあきれた感じで太郎冠者が言うと、主人は「是は誰も知った事じゃ」と返しますが、さてその梅の枝がつっと立ち伸びたところが面白いと言い、太郎冠者が相鎚を打つと、その枝を引き切って茶臼の挽木にしようと言って、またまた太郎冠者に諫められます。

萬斎さんの演じる大名は、いささかオーバーな驚きよう、笑いようで、田舎者の物を知らない大名が、風流な見方ができずに、それでも楽しげに見物している様子。そのギャップにおかしさがにじみ出るところです。
もう一日明日につづきます
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萩大名もう一日のつづき

さて大名は庭の萩の花にようやく目をとめます。
「あの向こうにくわっと赤いはなんじゃ」と太郎冠者に問い、太郎冠者が「あれがはぎでござる」と教えます。主人は茶屋に、あの萩はどこから来たかと問い、亭主が「宮城野」と答えると「なんじゃ土産にせい」とまたまたとんちんかんな受け答え。
太郎冠者が「宮城野の萩名物」と主人に教えますが、主人はさらに、あの赤い花が白い砂のうえにちったところは赤飯を見るようだと言って、太郎冠者に止められます。繰り返しこうした問答を重ねて、主人の田舎者ぶりを強調するというところでしょうか。

茶屋が太郎冠者に、ここへ腰を掛けた方にはどなたにも萩の花について御当座をなされて戴いているので、主人にも当座をお願いしてほしいと言い、太郎冠者が主人に伝えますが、主人は「当座」とは何かを忘れています。太郎冠者が「歌々」と教え、いよいよ歌を詠む場面となります。ここからがこの曲のメインの部分で、当初の約束の通り、太郎冠者が扇を七本、八本、と見せたりするのですが、主人は全く覚えていないというドタバタになります。
太郎冠者の広げる扇をみて、いきなり「七本、八本」と言ってしまい、太郎冠者から「七重、八重」と教えられ、次も「九本」などと笑いを誘いつつ、歌を詠む場面が進行します。
十重咲き出るまで、なんとかたどり着きますが、太郎冠者が主人を置いてそっと退場してしまい、最後の句を詠もうとした主人は太郎冠者がいないことに気付きます。
亭主は最後を詠むように求め、字がたらなければ十重咲き出るを繰り返せばよいなどというものの、亭主が許してくれません。
しばらくのやり取りの内に、ようやく思い出したと主人は最後の句を「太郎冠者がむこうずね」と詠んで、亭主に「とっととお帰りあれ」と言われてしまい、面目もないと言って留になります。
さてこの大名を、どう解釈するか。ただの馬鹿な男か、あるいは都の風流に臆した田舎者か、面白いところではあります。
(28分:当日の上演時間を記しておきます)
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融 遊曲 金剛永謹(天地人之会)

金剛流 国立能楽堂 2009.11.23
 シテ 金剛永謹
  ワキ 宝生閑、アイ 高野和憲
   大鼓 安福建雄、小鼓 大倉源次郎
   太鼓 小寺佐七、笛 松田弘之

融は人気曲の一つで上演回数も多く、このブログでも観世流浅見真州さんがなさった十三段之舞の小書付(鑑賞記1)と、金春流山中一馬さんがなさった笏ノ舞の小書付(鑑賞記1)を取り上げています。小書無しの融も観ていますが、古来様々な演出が試みられてきたようで、各流、それぞれに趣向を凝らした小書があります。
今回の遊曲の小書は観世以外の四流にあるようで、いずれも早舞の前が変化する形だそうですが、さらに金剛流では装束も替わります。金剛らしい・・・というほど金剛流を観てはいませんが、優美な印象の一曲でした。

舞台はまず「思い立つ心ぞしるべ雲を分け」と謡いつつ、ワキ僧の宝生閑さんが登場してきます。無地熨斗目着流しに茶の水衣、角帽子の僧侶の形で、囃子があしらう中、下歌を謡いつつ歩み、一ノ松迄で謡い終えて名乗りとなります。
正面を向いて「これは諸国一見の僧・・・」と名乗り、あらためて「夕べを重ね朝毎の」と上歌の最初の一句を謡ってから再び歩み出します。謡いつつ歩みを進めて常座へと出、着きゼリフとなりました。
この形、たしかワキ方の「思立之出」の小書だと思うのですが、大変に風情のある出方です。閑さんが出てきただけで舞台に何か風雅なものが漂う感じがしますが、さらにその感じが強くなりました。

着きゼリフからワキはワキ座へと着座し、一声の囃子となります。
シテの出ですが、このつづきはまた明日に
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融のつづき

一声の囃子で前シテの出、無地熨斗目に水衣肩上げ、腰蓑を着けて右肩には桶を担い、後を左手で押さえる形です。一セイ「月も早 出で汐になりて塩釜の うらさび渡る夕べかな」。永謹さんは声量もあり、堂々とした力強い謡です。

一セイを謡い終えると桶を外し、「暫く休まばやと思い候」と言って膝をつき、桶を常座に置いて立ち上がって正面を向きます。
この間にワキが立ち上がり、シテのサシ、下歌、上歌が省略されて、ワキの詞となりました。

ワキとシテの問答になりますが、ここは常の形と特に違いはなさそうです。
六条河原の院に、陸奥の塩釜を移した遺構を眺めつつ、話を進めます。「や、月こそ出でて候え」とシテはワキ柱の上方を見上げて月を見る形。
ワキもこの言葉に振り返って月を見、「げにげに月の出でて候ぞや」と返します。籬が島は中正面奥の方向にある風情で「あの籬が島の森の梢に」と目付柱の先の方を遠く見やります。

シテワキの掛け合いから地謡「実にや古も 月には千賀の塩釜の」になり、シテは舞台を廻って籬が島へと立ち渡る風情を見せます。

シテの語りとなり、融の大臣が塩焼きをさせた栄華も、何時か年月が流れ、浦は干潟となり淋しい気配となってしまった変わりように思いを寄せ、地謡が受けて謡う中、シテがモロシオリとなって昔を思う涙にくれます。

ワキは「只今の物語に落涙仕りて候」と言った後、気を変えて名所を尋ねます。これにシテが答えて名所教え。
まずはワキ柱の方に音羽山、やや正面に戻しつつ中山清閑寺、さらに正面近くに深草山。中正面方に小塩の山と見ていきます。
趣き深い場面が続きますが、このつづきはまた明日に
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融さらにつづき

名所教えの最後に、遠く幕の方角に嵐山まで見て、その嵐から「嵐更けゆく秋の夜の」と地謡が謡い、時過ぎて長物語になってしまったとシテは塩汲みの様を見せます。
置いてあった桶に寄って肩に掛け、正先に出て塩を汲む形。目付に月を見上げワキ座前から正中へと回って桶を下ろし、そのまま一ノ松迄ススッと進んで「跡も見えずなりにけり」と一度膝をつき、立ち上がって中入となりました。

アイの高野さんが舞台に進んで居語り。長上下で所の人という設定は常の通りです。

アイが語り終えて狂言座に下がると、ワキの待謡。ワキ座に座したそのままに「磯枕 苔の筵を片敷きて」と謡い出します。大小のアシライから、待謡の終わりに笛のヒシギが入り、太鼓が打ち出して出端の囃子。

しばらく囃子を聞くと、いよいよ後シテの出です。小書のため装束が替わり、黄色地の狩衣なんでしょうけれども、こういう色目の装束は見たことがありません。これに紫の指貫を穿き、生の菊花を差した翁烏帽子を着けています。生の花を使うという装束は、滅多にありませんね。垂は着けていませんでした。

登場すると一ノ松まで進み「忘れて年を経しものを」と謡い出します。地謡がシテの謡を受けて「さすや鬘の枝々に」と謡う中を舞台に入り、正中で「光を花と散らす粧い」と足拍子を踏みつつ謡います。
さらに地謡「ここにも名に立つ白河の波の」で橋掛りへと進み、いよいよ舞へと進んで行く形です。
このつづき、もう一日明日に
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融さらにさらにつづき

地謡が「あら面白や曲水の盃 受けたり 受けたり 遊舞の袖」と続けて謡い、シテは一ノ松で扇を使い盃を汲み上げる型。さらに囃子が流す中を三ノ松まで下がって幕前から舞に入ります。
早舞の前に特別なイロヱが付いた形で、幕前から舞出すと、ゆっくりと橋掛りを進んで常座に出てきます。
あらためて三足出、かけて目付へと進み角トリ。左へ回ってワキ座から大小前へと進み、両袖の褄を取って答拝。ここから早舞の譜になります。

舞台を回って常座から足拍子を踏んで打込、扇広げて段。上扇のあと盤渉調になり舞が続きます。早舞自体は特別な形ではなさそうですが、他流の舞と比べると手数が多いというか、舞が全体に複雑な感じです。それだけ優美で華麗な感じになるように思います。

五段で舞って大小前で小回りし、左袖を巻き上げて舞上げ。地謡の「あら面白の遊楽や」の謡になります。
地謡の間に息を整える感じになった後、シテは「それは西岬に」と正面に向き直り「その影に隠さるる」と足拍子を踏んで開キ、「月のある夜」と抱え扇して、星を見るように上を見回す形。謡いにのって優美な舞が続きます。

地謡「鐘も聞こえて」シテ「月も早」と雲扇。足拍子を踏んで「この光陰に誘われて」と正先に出て両袖を巻き上げ、そのまま「月の都に入り給う粧い」と橋掛りへと進んで幕に入ります。「名残惜しの面影や」とワキがシテを追うように立ち上がって進み、ワキ留の形となりました。

融自体、何度見ても能らしい能で、たいへん好きな曲ですが、この日も趣きある舞台でした。遊曲の小書は宝生流にもあり、橋掛りを使ってイロヱから早舞へと進むなど、同じような構成の様子ですが、上演が極めて少ないので拝見したことはありません。
なお附け祝言は高砂でした。
(88分:当日の上演時間を記しておきます)
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花供養 梅若玄祥

新作能 水戸芸術館 2009.12.22
 シテ 梅若玄祥
  ワキ 宝生欣哉
  語り 真野響子
   大鼓 亀井広忠、小鼓 大倉源次郎
   太鼓 助川治、笛 松田弘之

多田富雄さんという方を一体いつ頃から認識していたのか、どうもはっきりしません。新作能の作者としてだったのか、それとも免疫学者としての著作でか・・・
多田さんの最初の能「無明の井」が初演されたのが1991年。どうも「無明の井」の作者に多田さんの名前を見て「おや、あの学者の!?」と思った記憶もあるのですが、思い違いかも知れません、

ともかくこの花供養、多田さんが最晩年の白州正子さんと交流を持たれ、その正子さんの没後十年にあたって作能されたもの。
多田さんはご存じの方も多いと思いますが、2001年に脳梗塞で倒れ、右半身不随、発語も出来なくなっておられます。しかし、倒れた後も執筆活動を続けられて、この花供養もそうした中での作。それだけでも何やら感じるものがあります。

公演当日のブログにも書いたように、私自身としては新作能をどちらかというと避けていまして、よほどのことがない限り観ておりません。古典の再解釈を行って、既存の曲とは違う筋書きにしてみた、といったものであれば分からなくもないのですが、全く現代の物語を題材にしたような場合、能という表現手段を取る必然性が腑に落ちないんですね。

そんなこともあり、この花供養も観ようか止めようか些か迷ったのですが、さて実際に観てみると、「これは能であって良かった」と思った次第。もちろんそれは白州正子さんという、自身能を舞われた方を主人公にしているからなのですが、これなら新作能も悪くないと思いました。
さて舞台の進行は明日につづきます
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花供養のつづき

舞台には白椿の花があしらわれた塚の作り物が出されます。納戸色というくらいの色目の引廻しがかけられていて、塚の上には緑の枝に小ぶりの白椿がいくつか。

まずは次第の囃子が奏されてワキの出になります。
ワキ欣哉さんは茶系の、まるで作務衣の下のような形の袴に地味な着付けで、やはり茶系のヨレの水衣を上に着けているのですが、袖を切ってあるので不思議な感じです。陶芸家とか書家みたいな雰囲気を感じます。

常座で型通り、斜め後ろを向いて次第を謡い、正面に向き直っての名乗り。白州正子の書を数多く読んで傾倒し、その旧跡を辿ろうとする旨を述べてワキ正へ出、鶴川の里、白州夫妻の過ごした武相荘にやって来た態になります。
早咲きの椿に気付き、一輪手折ろうと思う旨を述べますが、幕内からシテの呼び掛けとなります。

その花を折るなと呼び掛けつつ登場する前シテ、緑系のおそらくは何か花の絵が描かれた縫箔のような着付けに鼠色の水衣、白の花帽子を着けた尼僧姿で、左手には椿の花がついた小枝を入れた水桶を持っています。

舞台に入ったシテとワキの問答が続きます。当日、詞章が掲載されているパンフレットを入り口でもらったのですが、聞いているだけでも十分に理解できます。
そんな中に「小林秀雄の言いしごとく 美しき花あり 然れども 花の美しさなどなしと知れ」
うーん、これ「無常ということ」に入っている一節ですよね。学生時代に読んで、レポートも書いたので記憶に残っているのですが・・・原典にあたっていないので違うかもしれませんが、たしかここは「美しい花がある 花の美しさというようなものはない」だったと思うのです。当麻か何かを観ての印象から世阿弥のいう「花」に思いを巡らせる一節だと記憶していますが、なんだか語感が違うんですね。言っていることは基本的に同じなんですが、最後の「知れ」が余計なのかな。
現代文を文語の形で取り込もうとすると、やはり無理がくると思います。そういう意味でも、新作能ってどうなのかなあと思うのですが、まあこの曲では、気になったのはこのあたりくらいということです。
つづきはまた明日に
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花供養さらにつづき

ワキの男の問いかけに、シテは自らを「壽椿尼」というべきか、または知らずともいうべきかとはぐらかし、「今の世の名は知らずとも 名乗るも恥ずかしや」と「白州」を重ねて暗示しながら、続く地謡で塚に中入りします。

中入になるとワキが、このあたりの人に詳しく話を聞こうと言って、間狂言に代わる「語り」の真野響子さんの登場となります。

実はこの「花供養」については、この日も地謡に入っていた銕仙会の柴田稔さんが、ご自身のブログで2008年の初演時の様子などを書いておられます。
この中で、真野さんを責めるという趣旨ではないことを断ったうえで、能楽の役者は「構え」という形を作って舞台に出てくるが、この「構え」なしに歩くことになるので、能の舞台が受け付けてくれず、浮いてしまう感じがすると書いておられます。

この印象はよく分かります。
確かに橋掛りを進む姿が、なんだか様(サマ)にならないんですね。そこはそれ経験ある女優さんですから、女性らしい立ち姿、和服もきちんと着こなしておられるのですが、なんだか収まりが悪い感じです。

ただ私としては、むしろこの違和感は演出の効果としては正解だったのではないか、と思っています。語りが「口語」で分かりやすいということもあり、そのためには能楽の役者でない演者が必要だったのかも知れません。
けれども、この能の主題は、長年能に親しみ自らも舞った白州正子が、ある時からふっつりと止めてしまい、それが「女性が能を演じることの無理」を悟ったからだという、そのあたりにあるのだろうと思います。
その「女性の演じることの無理さ」が、柴田さんのいう構えを持たない女優の登場で、感覚的にも理解されるように思えます。
語りの中で明らかにされるように、白州さんはこの日のシテ玄祥さんの祖父梅若実、父梅若六郎、そして玄祥さんと深い親交があり、数々の能も演じられたそうですが、ある時、激しい演技で蝉丸を演じて酷評を受け、それ以後、能を舞うことを止めてしまったということです。
逆髪を演じるには、その女性の激情をねじ伏せて、静かなうちに力強い舞台を作れる男の力が必要だと悟った・・・ということのようです。
この場面に本物の「女性らしい」女性が登場することで、視覚的にもこのあたりを感じさせるように思えました。
明日につづきます
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花供養さらにさらにつづき

語りが終わるとワキの待謡になり、続いて作り物の内から後シテが謡い出します。引廻しが下ろされると、浅葱の大口に、それよりも濃い納戸色のような長絹、姥髪を結わずに垂らした後シテが登場します。

初演の時は黄金色の長絹に小町老女の面を着けていたのだそうですが、今回は「姥椿」と銘した面を新作して使うということで、装束も変化しています。この「姥椿」なんだか妙に生々しい・・・写真でしか拝見したことはありませんが、白州さんと面立ちがよく似た感じなんですね。ある意味、能でありながらリアルな感じがしました。

もっとも、それでふと思ったのですが、前場に使われた増にしても、その他の女面にしても、現代の日本人の顔を前提に能を観ているので、現実感に乏しいような印象があります。しかし中世の日本人にとってはどうだったのだろうか。案外、リアルな印象を持てる面立ちだったのではないか、などと思った次第です。
古い時代は上演時間も短く、おそらくはもっと速いテンポで演じられていたのだろうと言われていますし、そもそも当時の日本人と、現代の私達では、観る方の感覚も違ってしまっているのでしょう。能楽の草創期室町の頃、戦国時代、江戸時代、それぞれどんな感覚で能楽が観られていたのか、想像してみるのも面白いと思いました。


作り物から出たシテは、クリ、サシ、クセと形式に則って作られた曲に沿って舞い、実は両性具有、変成男子の思いを持った白州正子の霊として、遠き昔に思いを巡らします。

イロヱから序ノ舞を舞いますが、序ノ舞は二段で舞上げ。確かにここは短めの舞で良かったのだろうと思います。それでも全体で一時間半ほどかかりましたから、これが通常に序ノ舞を舞ったのでは冗長になってしまい、観ている方も大変です。

「白州正子も壽椿尼も 椿の精と現じたる 夢覚めて幻の 花は落ちて跡もなし 幻の花は失せにけり」とシテは姿を消し、ワキ留めで終曲。
趣きある一曲でした。再演されると良いですね。
(87分:当日の上演時間を記しておきます)
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咲嘩 野村萬(国立能楽堂特別公演)

和泉流 国立能楽堂 2009.12.23
 シテ 野村萬
  アド 野村扇丞 野村祐丞

この曲は一昨年、万作さんのシテで拝見しています。また表記は違いますが大藏流山本則直さんのシテで「察化」も拝見し、鑑賞記を書いています。
さらには両流にある「口真似」と共通する部分が多いことから、このあたりの違いなどを含めて思うところを書いてみました(察化と咲嘩・口真似1)。このあたり、併せてお読み頂ければと思います。

ただ、今回観ていて思ったのですが、シテの太郎冠者は激しやすいとんちんかんな人物であるものの、案外お人好し。大盗賊と分かった咲嘩とも、主人に相手をしているようにと言われて親しげに話します。

一昨年、万作さんの咲嘩を観た際は、太郎冠者が見当違いのことをする妙な人物なので、口真似をすることになると感じたのですが、今回は、せっかく親しげに咲嘩と話をしているところを、ああだこうだと主人に言われ、いい加減気分を悪くしていて、主人に言われたことを種に口真似を始めたという感じを受けました。

この曲、太郎冠者が間違って連れてきてしまった盗人を、適当に接待して帰そうという算段のところ、太郎冠者がうまく話が出来ないのに苛立った主人が、自分の言う通りにしろと太郎冠者に命じます。この「言う通り」というのを文字通りに、太郎冠者が主人の口真似をしてドタバタ劇になるという展開ですが、なぜ太郎冠者が口真似をするのか、その必然性が案外重要に思えます。

この日の萬さんは、そんな訳で、いささか主人に腹を立てて反抗したという雰囲気を見せました。面白い一曲です。
(30分:当日の上演時間を記しておきます)
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船弁慶 重前後之替・早装束 観世銕之丞(国立能楽堂特別公演)

観世流 国立能楽堂 2009.12.23
 シテ 観世銕之丞、子方 伊藤嘉寿
  ワキ 高井松男、アイ 野村万蔵
   大鼓 亀井忠雄、小鼓 観世新九郎
   太鼓 助川治、笛 一噌仙幸

船弁慶って、もしかして一番面白い能ではないか、と密かに思っています。これまでこのブログでも、観世流の佐久間二郎さんの小書無し、同じく観世恭秀さんの前後之替、金剛流金剛永謹さんと工藤寛さんの、いずれも白波之伝の小書付を観た鑑賞記を載せてきました。(鑑賞記の月リンク:佐久間二郎さん観世恭秀さん金剛永謹さん工藤寛さん
そんな訳で船弁慶の登場は五回目ですが、今回は銕之丞さんのシテですし、小書も重前後之替と、和泉流間狂言の早装束がついていまして、これは観ておきたいよなあ、と思い出かけたものです。
これまでも書いてきたところではありますが、小書の部分を中心に一応全体をさらってみたいと思います。

まず舞台には、白大口に袷法被姿も凛々しい子方義経の伊藤嘉寿さん、ワキ弁慶の高井さん、こちらは白大口に茶の縞目の水衣、篠懸をかけ兜巾を戴いた山伏姿。そしてワキツレの則久英志さんと野口能弘さんが白大口に法被、烏帽子の武将姿で登場します。
兄頼朝と不仲になり、都を落ちて津の国尼崎の大物の浦へと急ぐ、義経一行という設定です。
型通りに舞台中央で向き合っての次第、ワキの詞から、サシ、下歌、上歌と謡って、大物の浦に着いた形になります。
ワキは知人に宿を借りようと言ってアイを呼び出します。
このつづきはまた明日に
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船弁慶のつづき

アイの万蔵さん、格子柄の熨斗目に狂言袴、肩衣を着けた普通の出立です。宿に加えて舟も用意しておいて欲しいと言われ、承知します。

さて弁慶は静御前がここまで供をしてきていることが気に掛かっており、ここから都に帰してはどうかと義経に奏上します。
これを子方が承知し、弁慶は静の所に伝えに行こうと、幕に向かって案内を乞います。

これに答えてシテの出。紅入唐織の着流しで登場してきます。
ワキとシテのやり取りから、都に帰れと言うのは弁慶の差し金ではないかと疑ったシテ静は、直接義経に返事をすると言って、舞台に入ってきます。

シテは正中に進み出て子方に声をかけますが、子方義経が都に上って時節を待つようにと言う言葉に納得し、別れを惜しんで涙します。
銕之丞さんの静はしっとりとした風情で、小書のためか、いささか運びもゆっくりな感じがします。

ワキが舞一差しと勧め、シテは「その時静は立ち上がり」と謡いつつ立ち、ワキが持って出た烏帽子を受け取って笛座前で物着になります。この辺りまでは特に大きな変化はありません。

さて烏帽子を着けたシテは「立ち舞うべくもあらぬ身の」と立って謡いなが大小前に出、地謡が「袖打ち振るも恥ずかしや」と謡います。
この後、通常の形ではイロヱが入りますが、小書のためかイロヱが省略されシテのサシ「伝え聞く陶朱公は勾践をともない」になります。地謡が受けてクセになっていきますが、以前にも書いたように、このクセは大変に趣き深いところ。「功なり名遂げて身退くは天の道と心得て 小舩に棹さして五湖の煙濤をたのしむ」は、いつも心にかけている一節です。
このつづきはまた明日に
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船弁慶さらにつづき

クセの後半上げ端の後は、大左右から子方に向き、一度下居した後、立って常座から目付へと出、扇をかざして舞台を廻り大小前でワキと向き合う形になります。
地謡の「ただ頼め」の謡を聞きつつ、扇を閉じて常座へ行き、盤渉序ノ舞になっていきます。

観世流はここで中ノ舞を舞うのが通常の形ですが、重前後之替の小書では盤渉序ノ舞になります。序もいささか特殊な形になっているように思えました。
位の重い舞ですが、なんとも胸に迫るものがありまして、深いものを感じました。

黄鐘調で始まり、途中、シテが橋掛りへと進んで、一ノ松から遠く子方を見てシオリ、そこから笛が盤渉調になります。
この日、当初の番組では笛方が一噌庸二さんの予定でしたが、ご病気ということで一噌仙幸さんが代演。この仙幸さんの盤渉の笛が、なんとも深い。
ちょうどこの公演の翌日あたりの新聞に仙幸さんの記事が出ていまして、公演の度に一時間半の時間をかけて点滴をし、舞台に臨んでいるのだとか。たしかに豪快な笛の音ではないのですが、心に染み入ってくるような魅力があります。ぜひぜひお元気で舞台を続けて頂きたいものです。

趣き深く序ノ舞を舞上げると、シテのワカ。地謡が受けた後、シテが「かく尊詠の偽りなくは」と謡い地謡が受けると、シテは正中に出て「やがて御世に出で舟の」と下居。「船子ども」と立って、「はや纜をとくとくと」と正中で橋掛りの方を見、抱え扇の形になって船子を急かせる心です。

「判官も旅の宿を出で給えば」と子方が立って二、三足出、シテは烏帽子を外して立ち上がり、シオリつつ常座へと向かいます。
常座でシオった手を下ろすと、あらためて中入。一噌流ですので送り笛が吹かれます。
アイの送り込みになる形もありますが、仙幸さんの染み入るような笛での中入は格別でした。
このつづきはまた明日に
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船弁慶さらにさらにつづき

シテが中入りすると間狂言が立て常座に出て立ちシャベリ、さらにワキの前に進んでワキとの問答の形になります。
このやり取りでいよいよ出立ということになり、ワキの「さあらばやがて出そうずるにて候」アイ「心得申して候」で、アイが一度狂言座に戻ります。

これを受けてワキが正中まで進むと、ワキツレ則久さんが「いかに申し候」とワキを止めます。義経が、今日は波風が荒いので逗留すると言いだしたことを報告するわけです。
ワキは、義経が静御前に未練あって逗留などと言いだしたのだろうと推量し、重ねてワキツレに急ぎ舟を出すように命じます。

ワキツレはこれに納得し、ワキが「立ち騒ぎつつ船子ども」とアイに向かい舟を出すように命ずる形。地謡が「あいやあいやと夕潮に」と謡い出しますが、アイの万蔵さんが舟を出す様子で幕に走り入ると、ほんの十秒ほどとも思える時間で装束を替え、舟を持って走り出てきました。
この舟の用意をするところは、常の形でも素早い動きですが、この日は和泉流の小書「早装束」。格子柄の熨斗目、薄緑の狂言袴に肩衣を着けていた装束が、柿色の括り袴に水衣を着け頭巾まで被っています。熨斗目も別の物。いったいあれだけの時間でどうやって装束を替えるのか見当も付きません。
話には聞いていましたが実際に見るのは初めてでして、正直のところ驚いた次第です。

さて地謡座前に舟が持ち出されると、一同が舟に乗り込む形になり、船頭となったアイの見せ場が続きます。舟を漕ぐ所作を続けながらワキに語りかけるのですが、やがて風が変わって海が荒れてきます。この様子を船漕ぐ所作で見せる訳ですが、演じ手の力量が問われる所です。

ところで、舟を漕ぎ始めるとアイはワキに語りかけますが、この語りでは海路の景色などを様々に述べる形と、自分に西海の支配を任せてくれるようにと依頼する形があります。今回は後者でしたが、これまで観た時にはどうだったのか、なんとなく大藏流は前者で和泉流が後者のような記憶があるのですが、うろ覚えです。次回、船弁慶を観る時は注意しておこう思います。
もう一日続きます。
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船弁慶もう一日のつづき

海が荒れ始めると、ワキツレが「このお舟にはあやかし」が憑いていると言いだし、ワキとアイに咎められます。そうこうしているうちにも、またも激しい波風となった態で、ワキが「あら不思議や海上を見れば 西国にて亡びし平家の公達」が浮かんできたと異変を告げ、子方義経がワキを呼んで今更驚くなと窘めます。

地謡が受けてゆっくりと「主上を始め奉り 一門の月卿雲霞の如く」と謡い始めると、揚げ幕が少しずつ巻き上げられて、幕内で床几にかかった様子の後シテ知盛が姿を見せます。白を基調とした装束で、いわゆる白式の形だと思いますが面は怪士。帰りに能楽堂のロビーを通ると、本日の使用面として後場は「似(あやかし)」と記されていました。「似」の字を以て「あやかし」と読ませ、銘としたのでしょうけれども、いわゆる怪士の面だとは思うのですが、なんだか舞台上で見た印象はもう少し高貴な感じというか、色白で上品なものを併せ持った印象でした。

シテは幕内で「抑もこれは 桓武天皇九代の後胤 平の知盛幽霊なり」と謡い出します。「あら珍しや義経 思いも寄らぬ浦波の」の詞を、地謡がゆっくりと引き取って「声をしるべに出で舟の」と謡う間に幕が下ろされ、テンポが速くなって早笛の囃子。幕が勢いよく上げられて後シテが一気に舞台まで進んできます。
一度半幕で姿を見せ、幕を下ろした後にあらためて早笛で走り出る形は、各流の白式系の小書で見られますが、観ていて気分が高揚する感じです。

「潮を蹴立て」と波を蹴立てる足使いを見せて舞働き。
小書のため、流レ足などの型があり、橋掛りを進んで一ノ松で長刀を返してまた舞台に進み入るなど、変化があります。

舞働きの後も子方義経と斬り合いになり、「不動明王の索にかけて」と正中で一度膝をついて立ち上がり、橋掛りへと進みます。幕前まで進んでまた取り直し、「御船を漕ぎのけ汀によすれば」とワキ座まで寄りますが、「追っ払い祈り退け」と再び橋掛りに逃れ、「また引く汐に」と幕に走り込みます。ワキ留めの形で終曲。
本当に、何度観ても楽しめる能ではあります。
(95分:当日の上演時間を記しておきます)
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