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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

能楽師を先生と呼ぶ違和感・・・さらにさらにつづき

先に書いたように、能楽師は役者と教師の両面を持った存在ということです。このあたりが歌舞伎役者とは決定的に違います。芸の伝承のためにプロを目指す弟子を取るということなら、歌舞伎やその他の芸能にもありますが、あくまでも素人の弟子に教えるわけですから、お茶やお花の先生と似たような立場ということになります。・・・だから「先生」なんですね。

能楽の観客は、そのかなりの部分を「お弟子さん」が占めています。国立能楽堂が企画する公演などはさほどでもありませんが、流儀の定例会や、能楽師の主催の会などは、素人のお弟子さん達がチケットの安定的な受け皿となっています。このため流儀の会だと、自分の先生が出るところだけを見て帰ってしまう方も少なくありません。

お弟子さんは常々、自分の先生から謡や仕舞の稽古を受けて月謝を支払いますが、年に一、二度は発表会があり、謡や仕舞、舞囃子や、ことによると能を演じたりといったことになります。この際、特別に御礼を差し上げるわけで、数十万から数百万といった金額も耳にしますが、金額の多寡はともかくとして、こうしたものが「能楽」を運営していくうえでの重要な基盤になっています。
言ってみれば、私のようなお弟子さんでない一観客が、今のようなチケット代で質の高い演技を観ることができるのも、多数のお弟子さんのお陰ということになりますね。

またそうした発表会では、自分の習っている先生以外にも同流、同系統の能楽師が出演することが良くありますが、こうした能楽師も弟子の目から見ればやはり「先生」でしょう。広がって能楽師全般を「先生」と呼んでしまう感覚もおわかりいただけると思います。

私自身も学生時代ですが、四年間月謝を払って習っていましたし、そういう意味で「お弟子さん」でした。当然ながら師匠は「先生」ですし、先生の主催する会に所属する他の能楽師も「先生」でした。ブログを書いていても、能楽師というとついつい「先生」と記載してしまうわけです。
もう一日、この項つづけます
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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関根祥人さんの訃報

本日は「能楽師を先生と呼ぶ違和感」のつづきを書いた後、ネットを何気なく検索していたところ「関根祥人さんの訃報」を発見。あまりのことにしばらくぼーっとしてしまいました。
何かの間違いでは、と新聞社のページなどあちこち確認しましたが、間違いではないようです。

このブログでは、各流に渡って様々な能楽師の方を取り上げてきましたが、なんとなくおわかりいただけると思いますが、私の最も気になっている能楽師が関根祥人さんでした。
このブログを始める前ですが、閑能会で巴を拝見した帰り、観世能楽堂からの夜道を歩きながら涙が流れて仕方ないという経験をしました。何時拝見しても何かしら心に残るものを感じた方でした。

本当に惜しい・・・

今日はかつて親しくしていた方の葬儀に参列してきましたが、行年64歳で急逝されたということで、まだまだお若いのに惜しいと多くの参列者が口にしていました。
実は、何年かぶりでこの方にお目にかかろうと思い立ち、先々週、アポイントを取ってもらったのですが、それがなんと今日の、しかもちょうど葬儀の開始時刻でして、深く感じるところがあった次第です。

そういう思いで過ごした今日の最後に、50歳というあまりに早い関根さんの逝去を聞き、なんとも不思議な思いを感じています。
心よりご冥福をお祈りします・・・

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