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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

ふたたび能楽師について

能楽師を先生と呼ぶ違和感の話を延々と一週間も書いてしまいましたが、とりあえず自分なりにまとまりをつけたか、と思っています。
が、珍しくコメントを複数いただいたこともあり、また関根祥人さんの訃報からいささか思うところもあったため、もう一日だけ、この話題について書いてみようと思います。

お二方からコメントをいただきましたが、いずれも「先生」というのは自分の師という意味にこだわらなくても良いという考えをベースにされているようです。
この点は、実は私も同感なのです。「中国では・・・」というお話も書いていただきましたが、ハングルでも最もよく使われる尊称は「先生(ソンセン)」と習いました。とりあえず相手の肩書きが分からない時はソンセンと呼んでおくといった話でした。

私自身の気持ちとしても、とりたてて「先生=自分の師」という意識はないので、何年か前、初めてこの話題を耳にした時は「別にこだわる話ではないでしょう」と結論付けました。しかしながら、あらためて考えてみると、多くの観客が演者を「先生」と呼ぶ演劇というのは能楽以外に思いつきません。それはどういうことなのか気になりまして、私なりに考えてみた、という次第です。

碧水さんが書いておられるように、能楽師自身が「先生」と呼ばれることを求めている側面もあるのかもしれません。「師」という職業が最近は大変多くなってきまして、不思議な感じがしています。「士」だと男の意味が強いからなんですかね。言葉狩りのようなことも、妙に増えている感じがするのですが、なんのせいなのか・・・

かつて宝生流の高橋亘さんがコメントで、お祖父様で人間国宝でもあった高橋進さんが「能楽師なんて嫌な呼び名だね。能役者だよ。お客様に気に入られる役者にならなきゃ」と常々おっしゃっていたという話を紹介して下さいました。(高橋亘さんのコメント
なんだか、一つの答えがここにあるような気がします。

さて関根祥人さんですが、かつて祥六さん、祥人さん親子をとりあげた「能楽師」という映画がありました。私は見ておりませんが、なんとしても見たいと思い探したところDVDになっていることが分かりました。商品の到着を待っているところです。祥人さんの逝去は何度思い出しても残念でなりませんが、逝った方は嘆いても戻らず、むしろかつて拝見した演能が強烈に思い出として刻み込まれたように思います。ご冥福をお祈りしつつ、これまでこのブログで取り上げた一覧を記載します。
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 H20.10.12 卒都婆小町月リンク
 H21.07.18 道成寺月リンク
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