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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

養老 水上優(五雲会)

宝生流 宝生能楽堂 2010.06.19
 シテ 水上優、ツレ 辰巳大二郎
  ワキ 則久英志、アイ 小笠原匡
   大鼓 飯島六之佐、小鼓 森澤勇司
   太鼓 麦谷暁夫、笛 小野寺竜一

このブログでは、昨年9月の閑能会別会で観た高梨良一さんの鑑賞記を書いています(鑑賞記初日月リンク)。あのときは水波之伝の小書が付いていまして、いかにも観世流らしい華やかな舞台でした。今回は宝生流の小書無しで、いささか趣が異なるところです。

一同着座すると真ノ次第が奏されてワキの一行が登場してきます。
ワキ則久さんを先頭に、ワキツレ館田さんと御厨さんが登場、白大口に狩衣の大臣姿で、型通りに登場すると、舞台上で向き合って三遍返しの次第。雄略天皇に仕える臣下と名乗った後、道行を謡って美濃の国養老の滝にやって来た形になります。

この養老伝説は、古くは続日本紀巻七に元正天皇の養老改元の詔が見られ、これを起源とするようです。「朕以今年九月。到美濃國不破行宮。留連數日。因覽當耆郡多度山美泉。」とあって、天皇ご自身が美濃の国多度山の泉に行かれたことが述べられています。
ご自身その水によって肌が滑らかになり痛いところが治ったとされ、この泉の水を飲む者は白髪が黒くなり、禿頭に髪が再び生え、また見えぬ眼が見えるようになるなど、病も悉く平癒する泉であるとあります。
この泉にちなんで、元亀三年を養老と改元された由が記されていますが、ここでは孝行息子の話は出てきません。その話は十訓抄に出てくるのですが、なにはともあれ養老元年、元正天皇の御代と、時代がはっきりした話です。

しかし各流ともなぜか「雄略天皇」の御代としており、これは能独特の設定なのでしょうね。聞くところでは、金剛流の現行本には「当今に」とあるようで時代が定かでありません。しかしこれも明治初年の金剛唯一編の謡本には「雄略天皇」ありますので、後に改作されたのだろうと思います。
ともかくもつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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