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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

東北のつづき

ワキの詞に対して、唐織を着流しにしたシテは橋掛りをゆっくりと歩みつつ、梅というのは好文木、あるいは鶯宿梅などとこそいうべきで、知らぬ人のいう和泉式部などという名は用いるべきではないと咎めます。

さらに、この東北院がかつて上東門院の御所であった頃に、和泉式部が方丈の西のつまを寝所とされ、そこに梅を植えて軒端の梅と名付けて愛でていたと語り、一ノ松に立ちます。

そしてシテ、ワキの掛け合いとなりシテは舞台に入って常座に立ちます。地謡の上歌となり、シテが常座で小さく開キの形を取るとワキはワキ座に下がって着座し、二人はその軒端の梅を愛でつつ時を過ごす形になります。

そしてロンギの謡。シテが花の蔭に休らうとみえると、我こそ梅の主であると明かして木隠れして姿が見えなくなってしまいます。掛け合いの最後「花の蔭に」で一度ワキを向いたシテは、そのまま常座へと回り込んでワキに向き直り、三、四足ほどワキにつめて「我こそ花の主」と告げる心。あらためて舞台を廻って常座に戻り中入となりました。
本三番目物らしい中入で、自らの素性を明かしつつも花に隠れて姿を消してしまうという幽玄の世界です。

さて中入になるとアイが舞台に出て再びワキと向かい合います。
アイはワキの求めに従って、あらためてこの東北院の謂われ、和泉式部について語ります。東北院の名の由来、この寺が都の艮(うしとら)王城の鬼門にあたるので東北院と名付けられたことから語り出します。さらに和泉式部へと話が移り、因幡国の人であるが和歌の道に才があって都に上り上東門院に仕えたこと、後には信心に勤め誓願寺に日夜朝暮御参りしてついに往生を遂げたこと、さらにあの方丈のところに梅を植え置き軒端の梅と呼ばれるようになったことなどを語ります。

軒端の梅は通称であり、梅の名は鶯宿梅と言うのだと言い、その和泉式部が姿を現したのも奇特であろうから、さらに読経をして供養するようにと勧めてアイは退場します。
このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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