能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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光の素足について

昨年の夏に母が亡くなったため、今年のお正月は喪中ということで心静かに三が日を過ごしました。
さて年末に観に行った中所宜夫さんの現代能「光の素足」について、いささか思った所を書いておこうと思います。

まずは、当日にも少し書きましたが番組全体について。
観世喜之さんの舞囃子「山姥」に始まり、山本則重さんと則秀さんがお二人で宮沢賢治の「ひかりの素足」を語り、そして現代能「光の素足」が演じられるという構成です。
舞囃子、狂言、能という番組構成は、能の会としては珍しいものではありませんし、能一番でも「会」の形にならないので、こんな構成にしたのかなと、あまり深く考えずにいたところです。舞囃子も光の素足に登場する「山人」にちなんで山姥にしたのだろうかといった程度に何となく考えていました。

さて席について開演を待っていると周囲の方達の話し声が様々に聞こえてきます。聞くとはなしに聞いていると、これまで能を観たことがないという方が少なからずいらっしゃるようなのです。隣のご婦人達は光の素足を観るのは二度目か三度目のようだったのですが、通常の能楽自体は御覧になったことが無く、宮沢賢治の作品を愛するということで、いらっしゃっていた様子でした。後ろの席には賢治の作品を朗読するサークルに入っているという方もお出でのようでした。

さて隣席のご婦人方、舞囃子が「山姥」という能の一部分であることもご存知ない様子で(そもそも『舞囃子って何でしょうね』というお声も聞こえまして)、この「山姥」も要するにこの日の番組全体で構成される「光の素足」という表現の一部であると、頭から捉えている様子だった訳です。

正直言って、聞くともなしに聞いていたこの話で、私としてはまさに目から鱗が落ちた状況になりました。本当にお恥ずかしい。
なまじ一般的な能の会を観ているだけに、全体が一つのテーマを構成しているという、考えてみれば当然のことに気付かなかった訳です。
これだけでもこの会を観に行った甲斐があろうというものです。
このつづきまた明日に
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光の素足の話 つづき

さて、まずは最初に舞囃子が舞われたわけです。
番組を構成する一環という視点に気付き、気になって調べてみると、これまでの光の素足の公演もすべて山姥の舞囃子から始まっています。またまたなるほどなあと思った次第です。

舞囃子は地次第の「よし足引きの山姥が 山廻りするぞ苦しき」からクリ、サシ、クセと舞いましたが、クセの終わりで再び「よし足引きの山姥が 山廻りするぞ苦しき」と同じ詩句が出てきます。特にこのクセの部分は山姥一曲の構成の中心ともいえるところで、禅的な思想が色濃く謡われています。「色即是空そのままに 仏法あれば世法あり 煩悩あれば菩提あり 仏あれば衆生あり 衆生あれば山姥もあり」という一節は私も大変気に入っているところです。

以前、山姥の観能記を何番か書いた際にも触れましたが、山姥は怨みや憎しみ故に鬼になったわけではなく、自然の中で自ずと生じてきたまさに山の精霊とでもいうべきものです。これを謡ったこの曲舞の部分を番組の最初に持ってきたことに、特段の意図がない訳がありませんよね。
光の素足も、まず賢治の「雨ニモ負ケズ」を曲舞に作ったところがスタートだったとか。大変重要なキーだった訳です。

舞囃子の後は、山本則重さん、則秀さんお二人による「ひかりの素足」の語り。「三、うすあかりの国」の途中「一郎はもう行くにも戻るにも立ちすくんでしまひました」から、「四、光のすあし」の途中まででしたが、テクストを見台に広げての語りです。といって朗読という訳ではなく、狂言独特の、というよりも山本家独特の狂言語りでこの宮沢賢治の童話が語られました。

山本家の発声というか台詞回しというか、これは大藏流の中でもまた独特ですが、これが妙にこの語りに合っていました。不思議なものですが「です。ます」調の文章が、あの語り口にしっくりするのは正直のところ驚きでした。
それで、随分以前になりますが水戸の芸術館で上演された「ビジテリアン大祭」を思い出しました。
このつづきはまた明日に
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パソコン故障中

冬になるとパソコンが不調になるようで、立ち上がらなくなってしまいました。
別のパソコンから操作していますが、とりあえず、鑑能記の更新等はパソコンの復旧までしばらくお休みします。

パソコン復旧

ようやくパソコンが復旧しまして、ブログ更新を再開することにしました。結局修理に出し、ハードディスクのクラッシュでディスク交換になりましたが、定期的にバックアップをとっていたおかげで、若干手間はかかったものの故障前の状態に戻すことが出来ました。もう一回最初から設定し直すのは大変ですよね。
さてパソコンが故障中の1月9日は、九皐会の一月例会を観にいってきました。久しく足が遠のいていた九皐会ですが、久しぶりに矢来能楽堂にお邪魔してみたものです。特に1月の定例会は初めてでして、矢来での翁も初めて拝見しました。
しばらく間が空いてしまいましたが、昨年末の「光の素足」の話を続けたのち、九皐会の鑑賞記を書いていこうと思っています。
この後、光の素足のつづきを書きます。

光の素足の話 さらにつづき

さて1月5日のつづきです。
「光の素足」から話は少しそれますが、5日に書いたところで、以前に水戸芸術館で「論議ビジテリアン大祭」という作品を観たことを思い出しました。
これは賢治の「ビジテリアン大祭」を作曲家の吉川和夫さんが戯曲化したもので、声明と狂言が登場し、天台宗や真言宗の声明がビジテリアン側を演じ、異教徒である肉食派を狂言の山本家の皆さんが演じたというものです。

水戸芸術館には磯崎新さんの設計になる劇場とコンサートホール、現代美術ギャラリー、それに会議場などがあり、いずれも斬新なデザインで意欲的な作りになっています。私はもっぱら劇場の方を訪れていまして、能や狂言などの催しも劇場に特設舞台を設けて行われますが、この「論議ビジテリアン大祭」はコンサートホールの方で上演されました。
コンサートホールはいわゆる額縁型のステージではなく、舞台背後にも客席が作れる独特の作りです。だいぶん前のことで記憶が曖昧舞になってしまいましたが、この空間を最大限利用し、客席側の通路も使っての上演でした。

このときも山本家独特の発声が、賢治の童話を元にした戯曲に上手くマッチしていた記憶があります。不思議なものですね。

話は山本則重さん、則秀さんお二人による「ひかりの素足」の語りに戻って、紋付き袴姿でお二人が見台に載せた台本を読み上げる形で語りが進行して、白くひかる大きなすあしの人に一郎やある意味で鬼達までもが救われたことが、強く印象づけられました。
そこで二十分の休憩となり、いよいよ現代能「光の素足」となりました。
このつづきはまた明日に
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光の素足の話 さらにさらにつづき

ようやく現代能「光の素足」にたどり着きましたが、既に書いたように中所さんが賢治の詩「雨ニモ負ケズ」を曲舞に作って演じていたのが元々の形で、これを御覧になった方達から是非能の形で観たいという声が多々あって「光の素足」が誕生したのだそうです。

構成は能の基本形に従っていますので、まずは地謡、囃子方が登場して着座します。
登場人物は少年一郎と、山人実は光の素足、それにポウセ童子とチュンセ童子の四人ですが、古典的能の配役に当てはめると光の素足がシテ、一郎がツレ、二人の童子がアイで、ワキが登場しないということにでもなりましょうか。

ともかくまずは一郎の登場になります。
笛の吹き出しで大小の手、ややあって一郎が登場してきますが、この登場楽もこの曲のために作られたのだろうと思います。登場した一郎が舞う剣舞に相応しい独特のものです。地謡が「だだだだ だだすこだだ」と賢治の詩「原体剣舞連」をもとにした詞章を謡い出します。
詞章が手元にありませんし、特段メモも取らずにおりましたので、舞台の展開は正直のところ記憶が不確かです。

地謡で登場した一郎が橋掛りでサシ謡のような感じで謡った後、舞台に進み地謡との掛け合いの謡から剣舞を舞う形になったと思うのですが、前後が若干違うかも知れません。
ともかく能の型を基本としつつも鬼剣舞の型を一部取り入れたという、独特の動きある舞で、賢治の世界に引き込まれていきます。

童話「ひかりの素足」は、弟楢夫とともに雪中で遭難した一郎が村人に助け出され、息絶えてしまった楢夫を見るところで終わってしまいますが、その一郎が里を離れた山中で一人剣舞を舞っているという設定です。
一郎を演じた中所真吾さんは宜夫さんのご長男で、数多く子方を勤められ、その後も稽古をされているということで、しっかりした能の基礎が出来上がっている感じでした。十七歳だそうで、これからも能を続けられるのであれば大変楽しみと思います。
もう一日つづけます
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光の素足の話 もう一日のつづき

さて一郎はつらい気持ちから一人里を離れて山中で舞を舞っています。するとここに不思議な老人がやってきて一郎に声をかけるわけです。水衣肩上げの尉姿の山人が登場してきます。
山人は一郎との問答で、つらい気持ちはよく分かるがそれは自分で解決しなければならないもの。夜までここにいれば手助けをしてやろうと言って姿を消します。一郎も続いて中入して間狂言になる形です。
一郎の苦しみは、楢夫を置いて自分一人は生き返ってきたものの、みんなからは異質の世界から舞い戻ったものとして遠ざけられていて、そのつらさに自ら一人でいることを選んでいるといったことのようです。

中入では間狂言の二人、ポウセ童子とチュンセ童子が登場します。これも賢治の童話「双子の星」を元にしたもので、大鷲と蠍の争いもこの二人が演じる形になっています。ここだけを取り出しても鑑賞に堪えるものに仕上がっています。

二人が退場すると後場になり、まずは一郎が登場します。
そして山人、実は光の素足が登場して一郎を諭して謡い舞いのうちに姿を消していくという展開になっています。
ついでながらこの曲にはワキにあたる役が登場しません。確かにこの登場人物の内にはワキが果たすべき役処の人物がいません。ワキの果たしている役割を考える意味でも、大変面白い経験でした。

さて昨年の「花供養」の時にも書きましたが、私はいわゆる新作能をどちらかという避けてきました。しかし、花供養とはまた違う行き方ですが、この「光の素足」は能という表現形態の可能性を新たに切り開いたような感があります。
囃子、謡、舞それぞれに新しい地平が見えるように思います。古典の能を突き詰めていくことこそ能の本来の姿と信じてきたのですが、能も変化することができる「生きた」芸術なのだと実感したところです。中所さんは既にこの曲を何度も上演されていますが、今後も継続して演じていただきたいと思うと同時に、このブログを読んでいただいている皆様にも機会あればぜひ観ていただきたいものと思っています。

最後に当日の配役を記しておきます。
光の素足 中所宜夫、一郎 中所真吾
 ポウセ童子 山本則重、チュンセ童子 山本則孝
  大鼓 亀井広忠、小鼓 田邊恭資
  笛 松田弘之
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翁 観世喜之(九皐会)

観世流 矢来能楽堂 2011.01.09
 翁 観世喜之
  三番三 善竹富太郎、千歳 長山耕三、面箱 善竹大二郎
   大鼓 大倉慶乃助、小鼓頭取 幸清次郎
   脇鼓 幸正昭 後藤嘉津幸

年の初めに翁を観ると、なにやら本当に改まった気持ちになるものです。一月の三連休は毎年決まって用事が入るのですが、ちょうど翁のある会もこの三連休に開催されることが多くて、今年も宝生会、銕仙会、梅若研能会、梅若会、喜多流職分会自主公演、そしてこの九皐会と、東京では六つの会が開催されています。金春会では、1月の会には翁が入る時もあれば入らない時もあるという形ですし、金剛流では東京での会は3月までありませんので、この三連休を逃すと翁を観るのは案外難しい訳です。

さてこのブログでは既に8回ほど翁の鑑賞記を書いていますし、五流それぞれについてふれているので、今回は所作の手順などには触れませんが、この矢来の能楽堂で翁を観るのは初めてでして、その感想を少しばかり書いておきます。
矢来能楽堂は小振りの能楽堂ですので、あの舞台で翁を観ると迫力があるのではと思っていたのですが、予想通りに小鼓三丁が見所に響き渡りました。橋掛かりも短めのため、翁が舞台に進み囃子方以下が並ぶところは、大鼓までが橋掛かりに出て一杯になり、後見・地謡は鏡の間という形でした。
観世喜之さんの翁はお歳からくる風格もあってお正月らしい趣。富太郎さんの三番三は元気良く、新年のめでたい雰囲気を盛り上げるような感じです。
後座が狭いせいか、地謡は一列五人でした。

なお翁についてはそれぞれの鑑賞記にも思いついたことなど様々に書き散らしましたが、鑑賞記とは別に翁の話翁の話(2)翁の話(3)と、三回にわたって翁をめぐる話を書いています。併せてご参照頂ければ幸いです。
(59分:当日の上演時間を記しておきます)
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田村 鈴木啓吾(九皐会)

観世流 矢来能楽堂 2011.01.09
 シテ 鈴木啓吾
  ワキ 森常好、アイ 野島伸仁
   大鼓 安福建雄、小鼓 観世新九郎
   笛 藤田朝太郎

このブログに田村が登場するのは4度目になります。あまり流儀による違いが大きくない曲なので細かく書き記すかどうか迷うところですが、メモも取ってきましたので一通りの流れを書いておこうと思います。
鈴木啓吾さんは5年ほど前に葛城を拝見して以来ですが、なかなかしっかりした芸風の方で好感持っています。たしか明治大学の能楽サークルのご出身だったと記憶しています。
さて一月の会らしく囃子方、地謡の皆さんが裃で登場し一同落ち着くと次第の囃子が奏されて、ワキ僧、ワキツレ従僧の出となります。角帽子着流しの僧が三人、ワキ森常好さんの水衣が小豆色のような品の良い感じでした。

型どおりに次第、ワキの名乗り、道行と続き、ワキが清水寺に着いたので心静かに花を眺めようと言って、ワキツレともどもワキ座に向かい着座します。
続いて一声、前シテが登場してきますが浅葱色か翡翠色といったらよいのか、文様のある大変美しい水衣です。(翡翠色といえば三菱自動車が出した新型RVRがカワセミブルーとしていましたが・・・)
中に着けた箔が萌黄の地に金を使ったこれまた素敵な装束で、右手に持った箒は柄に白・朱・緑の三色の布が巻きつけられています。お正月の会らしい華やかな印象でした。
常座に進んで一セイ、大変伸びやかな力のある謡です。
この続きはまた明日に
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田村のつづき

シテの下歌から上歌が続き、最後にワキが立ち上がってシテに向かう形になります。
ワキが問いかけてシテとの問答になり、清水寺の来歴をシテが語ります。これまでの田村の観能記にも書いたとおり、大和の国の沙門が行叡居士という老翁に出会い、この行叡居士が大伽藍を建立すべしと行って東へ飛び去ったという話ですが、下掛りでは行叡居士が七百歳であったことや、この話を聞いた坂上田村麻呂が伽藍を建立した話なども含まれるところ、上掛りではこうした話は出てきません。

続いて名所教えになりますが、中山清閑寺から鷲の尾の寺、音羽山に出た月の光に地主の桜が映える景色を愛でる展開です。
これまた以前にも書きましたが、この南に中山清閑寺、北に鷲の尾の寺を見るについて、舞台のどの方角を見るのかは流儀によって異なっています。
金春と宝生ではシテ柱の方角を南にとり、ワキ柱を北にとって、まずはシテ柱から幕の方角を遠く見やって清閑寺を見る形になります。また喜多流は笛柱を南に、目付け柱を北に見て、まずは笛柱のほうを向いて清閑寺を見ます。
観世流は喜多流とちょうど反対の方向になり、まず目付け柱の方角を南にして遠く清閑寺を眺める形から、笛柱を向いて北に鷲の尾の寺を見ます。

シテは正中で「や」と声を上げて一度下を見、面を上げてワキ柱の彼方に音羽山に上った月を眺めます。地主の桜に映る景色と正面に向き直り、シテ・ワキが正中に寄って「春宵一刻値千金 花に清香 月に影」と同吟、シテが左の手でワキの胸あたりを押さえる形です。

地謡が謡う中、ワキはワキ座に下がり、シテが正中で開キの型から大小前へと進んでクセになります。前場のクセは舞グセで、仕舞としてもよく舞われるところです。
型通りのクセは「面白の春べや あら面白の春べや」と左右の型からワキを向いて下居して留となり、ロンギに入っていきます。
シテは自らの名をしかとは明かさないままに、立ち上がって開キから目付に出るとさらに正中、大小前と回り「坂の上の田村堂の」と堂を見る形から扇を使って堂の戸を開ける型。常座に進んで正を向き、あらために「内陣に入らせ給いけり」と送り笛に送られての中入りになりました。
この続きはまた明日に
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田村さらにつづき

中入りで登場したアイのシャベリ。行叡居士をめぐる清水寺の来歴をあらためて語ります。アイが語り終えると、ワキは先ほど花守がやってきて今と同じ来歴を語っていったが、不思議な人物であったなどとアイに話します。
よくあるアイ語り後の問答ですが、考えてみればワキは既にシテから寺の来歴を聞いているのに、どうしてアイに来歴を語ってくれと所望するのか、変と言えば変ではあります。

さてアイが退場するとワキ・ワキツレが待謡を謡い、一声の囃子になります。
しばらく囃子を聞くと後シテの出。半切に袷法被を肩脱ぎにし、黒垂、左折の梨打烏帽子に白鉢巻の武将姿で登場してきます。面は平太。
常座まで進むと一セイを謡い、この姿にワキが如何なる人かと問いかけます。

シテは坂の上田村麻呂であることを明かし、正中に出て床机にかかります。
後場のクセは床机にかかった形で始まります。いつぞやも書きましたが、この曲は修羅物とはいうものの、前後にクセがあるなど独特の形で、修羅の苦患を示すというより、観音の霊験譚の色彩が強く感じられます。
逢坂の山を越え、粟津の森を過ぎ、と謡う地謡を聞き「石山寺を伏し拝み」と合掌して拝む形。さらに「勢田の長橋ふみならし」と床机のまま力強く拍子を踏み、立ち上がります。

クセの後半は舞う形で「万木青山動揺せり」からカケリへ。このカケリもスッキリしたもので、修羅道の苦しみを表すような暗さがありません。
最後は仕舞でもよく取り上げられる部分、逆臣千方に使えた鬼たちに千手観音の放った矢が当たり、観音の仏力で敵が滅びたと謡って留になりました。
正月の会らしい、勢いのある舞台でした。
(73分:当日の上演時間を記しておきます)
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大般若を観に行く

今日は国立能楽堂へ「のうのう能 特別公演」で「大般若」を観に出かけてきました。
関東も冷え込んだ一日で、東京でも午後には流れてきた雪雲で小雪も舞った様子。途中の上野駅では、上信越方面で降雪のためほとんどの列車が運休となっていることが繰り返しアナウンスされていました。

さて本日の能、会場はまさに満席。一部自由席だったのですが、おそらく予定よりも指定席の申し込みが多かったのか、自由席と指定席が複雑に入り組んでいます。若干の混乱がありましたが、それだけ事前の人気が高かったと言うことでしょうね。

番組は狂言の「川上」と仕舞が二番、そして「大般若」という構成。最初に中村健史さんの解説が30分ほどありましたが、なかなかに面白い解説でした。大般若という曲のなりたちなど、大変分かりやすいお話です。
能の会に解説が必要かどうか微妙なところですが、復曲能のような珍しい曲の場合、一般的な知識だけでは分からないことが沢山ありますし、なぜ上演が久しく絶えていたのかとか、復曲のきっかけはなんだったんだろうとか、興味のある点が多々あります。少なくとも今日の会に限って言えば、解説があってとても良かったと思っています。

狂言の「川上」はなんとも解釈の難しい曲で、いずれ鑑賞記にでも書こうと思いますが、何をうったえ、何を見せようとしているのか、なんとも割り切れない思いの残る曲です。萬斎さん、石田さんの熱演でしたが、素直に楽しめないものが残ります。

「大般若」はまさにスペクタクル。室町末期の作だそうですが、登場人物も多く派手な作りです。こちらもいずれ鑑賞記に書いてみようと思います。
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昆布売 善竹十郎(九皐会)

大藏流 矢来能楽堂 2011.01.09
 シテ 善竹十郎
  アド 善竹大二郎

昆布売はこれまでに二度鑑賞記を書きました。野村万作さん(鑑賞記初日月リンク)と山本則俊さん(鑑賞記初日月リンク)のシテでした。
今回の十郎さんは山本家とは同じ大藏流でも随分と芸風が違いますので、基本的な内容や台詞自体にさほど大きな違いはないものの、観た印象は三者三様という感じです。

さて、まずは型通りにシテ十郎さんが素袍上下に洞烏帽子の大名姿で登場し「いずれもご存知の者でござる」と名乗り、下人をすべて使いに出してしまったため太刀持ちがおらず、自ら太刀を持っているので、誰か似つかわしい者が通ったならば太刀を持たせようと言って下がります。

ここに現れてくるのが昆布売の大二郎さん。たたんだ烏帽子を竹に挟んで担い、売り物の昆布の態としています。「若狭の小浜の召しの昆布」と言って売り歩く様子ですが、かつて鑑賞記に書いたように、北海道産の昆布が若狭の小浜に陸揚げされ、足利将軍家に献上されたことから「召し」の昆布といわれるようになったとか。
余談ですがこの小浜、福井県小浜市は、2008年の米大統領選挙の際に、同音のオバマ候補を勝手に応援して有名になりましたが、前の鑑賞記は2006年に書きましたので、まだその頃はオバマ氏も少なくとも日本ではほとんど無名でした。後から振り返ってみると面白いものです。

登場した昆布売りに、シテは頼みたいことがあると言い、依頼の中身を話さないままに頭を下げて礼を言います。さてその頼みたいことというのは、太刀を持ってくれということなのですが、昆布売りは太刀など持ったことが無いので出来ないと断ります。
シテは太刀の柄に手をかけて昆布売りを脅し、太刀を持たせることにしますが、昆布を担ったままの手に太刀を併せ持ったり、脇に挟み込んだりなど、昆布売りが変な持ち方をするので、シテは昆布を全部買い取ることにします。
このあたりのやり取りは、なかなか細かい演技です。
さてこの続きはまた明日に
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