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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

光の素足の話 つづき

さて、まずは最初に舞囃子が舞われたわけです。
番組を構成する一環という視点に気付き、気になって調べてみると、これまでの光の素足の公演もすべて山姥の舞囃子から始まっています。またまたなるほどなあと思った次第です。

舞囃子は地次第の「よし足引きの山姥が 山廻りするぞ苦しき」からクリ、サシ、クセと舞いましたが、クセの終わりで再び「よし足引きの山姥が 山廻りするぞ苦しき」と同じ詩句が出てきます。特にこのクセの部分は山姥一曲の構成の中心ともいえるところで、禅的な思想が色濃く謡われています。「色即是空そのままに 仏法あれば世法あり 煩悩あれば菩提あり 仏あれば衆生あり 衆生あれば山姥もあり」という一節は私も大変気に入っているところです。

以前、山姥の観能記を何番か書いた際にも触れましたが、山姥は怨みや憎しみ故に鬼になったわけではなく、自然の中で自ずと生じてきたまさに山の精霊とでもいうべきものです。これを謡ったこの曲舞の部分を番組の最初に持ってきたことに、特段の意図がない訳がありませんよね。
光の素足も、まず賢治の「雨ニモ負ケズ」を曲舞に作ったところがスタートだったとか。大変重要なキーだった訳です。

舞囃子の後は、山本則重さん、則秀さんお二人による「ひかりの素足」の語り。「三、うすあかりの国」の途中「一郎はもう行くにも戻るにも立ちすくんでしまひました」から、「四、光のすあし」の途中まででしたが、テクストを見台に広げての語りです。といって朗読という訳ではなく、狂言独特の、というよりも山本家独特の狂言語りでこの宮沢賢治の童話が語られました。

山本家の発声というか台詞回しというか、これは大藏流の中でもまた独特ですが、これが妙にこの語りに合っていました。不思議なものですが「です。ます」調の文章が、あの語り口にしっくりするのは正直のところ驚きでした。
それで、随分以前になりますが水戸の芸術館で上演された「ビジテリアン大祭」を思い出しました。
このつづきはまた明日に
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