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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

皸 大藏彌太郎(九皐会)

大藏流 矢来能楽堂 2011.02.13
 シテ 大藏彌太郎
  アド 大藏基誠

アカガリと読みますが「あかぎれ」のことですね。皹や、胼(こちらは和泉流が用いるようですが)などとも書かれます。

ところで狂言を観ていると、すんなり納得して大笑いできる時と、なんとなく腑に落ちないところが残る時とあります。何度かそういう話を書いていまして、先日の昆布売(鑑賞記初日月リンク)でも、どうして昆布売がわざわざ太郎冠者と呼んでくれなどと言い出すのか、すっきりしないと書きました。

この皸という狂言も、なんとなくしっくりしないところが残ります。
もともと狂言の起こりは、こんなストーリー性のある劇ではなく滑稽な物真似だったそうですから、笑わせるようなポイント、物真似に導くために、やや強引に場面設定をする傾向があるのかも知れません。あるいは当時の人々にとっては、すんなりと理解できる設定だったのが、時代の変遷で落ち着きが悪くなってしまったのかも知れません。
いずれにしても私としては、この曲にはいささか腑に落ちないものが残るのですが、まずは曲の流れに沿って書いてみようと思います。

まずアドの基誠さんが段熨斗目に長上下の姿で登場し、常座でこの辺りに住む者だが、今日は山一つ彼方へ茶の湯に出掛けようと思うと述べ、太郎冠者を呼び出します。
呼ばれてシテ太郎冠者の彌太郎さんが進み出ます。半袴の狂言出立。

さてアドは山一つ向こうに茶の湯に出掛けるので、共をするようにと言い、太郎冠者を連れて出掛けます。道々話をする風情で、二人は舞台を廻りやがて「いつもの溝川に出た」と川にやってきます。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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