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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

弓八幡さらにさらにつづき

間語りですがおおよそ以下のようなことを語ります。
人皇十五代神功皇后が異国を退治しようとされ、九州松羅の沖にて楠を一本切り、舟を四十八艘作らせられた。それよりその木を切り出した山を舟木山と言うようになった。
この舟一艘には神が一社ずつ乗るかと思ったところ、一艘に大神、小神三百七十五社乗って舟を浮かべた。そして舟を止め、黄金の鈴を掛けて七日七夜祈り、日を選んで異国の地に渡り三韓を征服された。
その征服の後、十二月十四日に応神のご誕生があった。

当社は、欽明天皇の御代に、八幡神が王城近くに旗の落ちた所を鎮座の場所にすると決めて旗を投げたところ、この本宮の地に旗が落ちたことによって創建された。それは卯の年、如月の卯の日、卯の刻であった。
ここに一人の巫女が舞い、初卯の御神事のはじめとなった。
と、まあこんなところです。石清水八幡が欽明天皇の御代の創建と、ここでも言っていますが、宇佐八幡との混同ではないでしょうか。

それはさておき、アイが下がり囃子が入ってワキ、ワキツレが立ち上がり、待謡となります。前回、東北の際に書きましたが、知ラセ笛があった方がなんだか良いように思えますね。

待謡で「音楽の聞こえて異香薫ずなり」と謡われ、いよいよあらたかなる神の出現。ワキ、ワキツレはワキ座に下がって着座し、出端の囃子となります。
幕が上がり、高砂同断の装束付のシテが登場し囃子に乗って常座まで進みます。

常座に立ったシテは「ありがたや もとよりも人の国より我が国、他の人よりも我が人と」と謡い出し、ワキを向いて「高良の神とは我が事なり」と名乗ります。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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