能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

九皐会を観に行く

本日は五月の九皐会を観に矢来能楽堂に行ってきました。
関東地方では、ここ数日にない良く晴れた日で気温も高め。上着無しで十分な感じです。飯田橋の駅から神楽坂界隈を歩いてみましたが、なんだかとても良い気持ちです。二月ほど前に震災があったなんてウソのよう。
実は昨日、震災以来初めて親戚のお墓に御参りをしようと出掛けてみたのですが、ほとんどの墓石が倒れてしまっているという、余りの状況にしばし声も出ませんでした。昨日と今日で、なんだか夢のようです。

今日の九皐会は観世喜正さんのシテで小塩、遠藤喜久さんのシテで歌占、そして狂言が佐渡狐という番組でした。
で、鑑賞記はまた明日からというつもりですが、実は今回から思うところありまして、基本的にこれまでブログに鑑賞記を書いていなかった曲のみ掲載しようと思っています。

良く出る曲は本当に何度も観ていまして、もちろん毎回何かの発見はあるのですが、毎々ブログに書こうとするといささか書きにくく苦戦しています。このブログのスタイルとして、個人的に感じたところは極力書かないことにしているので、だんだん書くのが難しくなってしまいます。せっかく楽しみで書いているのが負担になっても仕方ないので、割り切ってみることにしました。
流儀によっての違いや、小書などで、特に書いておいた方が良いと思われる時は、更新もありと思っていますが、いずれにしてもこだわるものではありません。

というわけで、今回は小塩のみ更新の予定です。
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小塩 観世喜正(九皐会)

観世流 矢来能楽堂 2011.05.08
 シテ 観世喜正
  ワキ 福王和幸、アイ 野村扇丞
   大鼓 國川純、小鼓 観世新九郎
   太鼓 小寺真佐人、笛 寺井宏明

五番立ての三番目物は女性をしてとする曲が多く鬘物ともいわれますが、主人公は女性に限られたものではなく、この曲や雲林院のように在原業平の霊をシテとしたものや、西行桜など老人をシテとした曲もあります。

というわけで今回は小塩、京都西山の小塩山が曲名の由来です。山の麓には桜の名所としても名高い大原野があり、大原野神社や西行桜の舞台ともなる花の寺勝持寺があります。この地は業平終焉の地ともいわれ、業平は十輪寺で晩年を過ごしたとか。十輪寺の山号が小塩山です。

観世の謡本を見ると作物のところに桜立木角台とあり、括弧書きで(無シニモ)と書かれています。どうやら桜の立木台を出すのは観世流のみらしいのですが、その観世流でも最近は立木台を出さない方がメジャーのようで、この日も台は出されませんでした。
というわけで地謡、囃子方が登場し落ち着くと、次第の囃子となりワキ、ワキツレの一行が登場してきます。ワキ福王和幸さんは東京ではあまりお見かけしませんが、村瀬純さんが亡くなって東京の福王流がさらに淋しくなってしまったこともあり、東京でのご出演も期待したいところです。都下京辺の者と言いますが、名もなき市井の人なのでしょう。若い人たちを連れて大原野の桜を見に来たという次第です。
サシから上歌と、春の花を廻って謡い小塩にやって来たと着きゼリフになります。

ワキの一行はワキ座へと着座し、一呼吸あって一声。ゆったりした囃子でシテの老人が登場してきます。
さてこのつづきはまた明日に
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小塩のつづき

シテの老人は橋掛りを進みます。装束付けには着付、無地熨斗目(小格子厚板ニモ)とあります。どちらにするかでやや格が変わりそうですが、この日は珍しい茶系の無地熨斗目・・・なんでしょうね、色の感じは小格子厚板が少し濃い色になったようにも見えるくらいです。これに芥子色とでも言ったらよいのか、水衣を着けての登場です。肩には桜の小枝を担っています。老人と花の小枝の取り合わせが前場の象徴となるようです。

常座まで進み出たシテは一セイ、サシ、上歌と謡います。老いの身と花に興じる思いを謡います。喜正さんの謡はゆったりと伸びやかな印象です。
このシテにワキが声をかけます。
花を愛でに貴賤様々、多くの人々が賑わっているわけですが、その中に老人が花の枝をかざして「さも花やかに見え給うは」一体どこから来た人なのかとたずねるわけです。

シテはこれに「心なき山賤の身にも応ぜぬ花好き」とお笑いあるか、と返し地謡の下歌でワキに向かって問わせ給うなと返事をした形になります。
ワキは、本当に腹を立てたわけでもなかろうとシテに話を促しますが、老人はなんとなくはぐらかす風で小塩の景色に注意を向けるようにし、シテワキの掛け合いから地謡の上歌へと桜咲く大原野、小塩の風景が謡われ、シテ老人がワキ一行にこの景色を示す展開となります。

さてこの上歌の終わり「げにや大原や 小塩の山も今日こそは神代も思い知られけれ」と結ばれていて、これを踏まえてワキは「只今の言葉の末に『大原や小塩の山も今日こそは神代の事も思い出づらめ』」とあるのはいかなる人の歌かと問いかけます。
この歌、伊勢物語、古今和歌集にもある在原業平の歌。シテはワキの問いに答えて業平が大原野の行幸に供奉した際の事を、なにやらしみじみと語る風で、地謡の上歌「昔男あわれ古りぬる身の程嘆きてもかいなかりけり」と我が身のことのように思い出しては泣く気配、モロシオリの形となります。
さてこのつづきはまた明日に
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小塩さらにつづき

ロンギとなり地謡とシテの掛け合い。シテは「老隠るやとかざさん」と謡いつつ立ち上がり、置いておいた桜の小枝を再び肩に担います。
小さく一回りして正中から目付、さらに舞台を廻って大小前へと戻って桜を肩から下ろします。
さらに小枝を使ってサシ込み開キの型、常座へ回って「面影ありと見えつつ失せにけり」で桜の小枝を落として下がり、あらためて中入となりました。夕がすみのかげろうに紛れて、姿を消してしまうという設定。送り笛はなく、静寂の中をシテが橋掛りを歩み幕に姿を消します。

アイは小塩の里に住まいする者ということで、段熨斗目に長上下で登場し常座で名乗り。大原山の花が何時にすぐれて咲き、今が盛りなので「罷り出でて心を慰さばやと存じ」大原野に向かう態で目付に出ます。
ここで型通りにワキの一行に気付き、声をかけます。

ワキの問いに答える形で、アイは正中に座してワキと向き合い、在原業平の謂われ、当社明神の子細などを語り始めます。

まず大原野の明神について、この明神は大和国、春日野明神とご一体であると語ります。その子細は、昔奈良の都をこの山城国に移して長岡京を営んだ中心的存在である藤原氏の氏の神が春日の明神で、南では毎日詣でていた。この地でも参詣できるように、冬嗣公の仰せで春日の本社を大原山に勧請したものである。

さてそののち清和天皇の御時に、二条の后が藤原氏の出身であることから、この地にご参詣になった。二条の后行啓の際に、在原業平が供奉していたが、神前にて「大原や小塩の山も今日こそは 神代の事も思い出づらめ」と詠歌した。この心は、二条の后がいまだ皇后になる前に、業平が忍んだこと、その昔のことを思い出したのであろうということだ、と語ります。
さてこのつづきはまた明日に
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小塩さらにさらにつづき

急に慌ただしくなってしまい、小塩の鑑賞記を一回分残したままブログの更新を中断しておりました。
というわけで、残る部分をアップします。

アイはさらに、在原業平は阿保親王の子であるが、まことは人間ではなく歌舞の菩薩であり、女人成仏させるために人として現れたのだなどと語ります。

アイが退場するとワキは、先ほどの老人は業平の霊が姿を現したもの言い、ワキツレともどもに待謡を謡ってシテを待つ形になります。謡い終えてワキがワキ正に向き直って下居すると、後見が車の作り物を出してきて常座に置きます。舞台が春らしく花やかになる感じ。

一声の囃子で後シテの登場。水浅黄のような色の指貫に紫の狩衣を着け、初冠は巻嬰、老懸をかけた姿で橋掛りを進み、車に乗り込んだ形で車中に置かれた床几に腰を掛けます。一セイの謡い出し、引き立てて伸びやかな謡で、業平の高貴な雰囲気が感じられるようです。

ワキとの問答から地謡となり「暮るるより月の花よ待とうよ」で立ち上がると、車の後ろに出て、地のクリで大小前へと進みます。後見が車を下げ、シテのサシからクセへと謡が続きます。
クセの終わり「忘れめや今も名は昔男ぞと人も言う」で、大小前で袖を返して左右。太鼓が入って袖を返し扇を閉じて常座へ進み序ノ舞となります。

舞上げた後は桜の花を吹き乱す山風に、夢か現かと思ううちに夜も明けて花のみが残ると謡ううちに、袖を返して留拍子を踏み終曲となりました。春の趣き、気品のある能でした。

ところで、この小塩を廻って、Santalさんのブログ「サンダルウッドな胡椒」に友枝昭世さんの演能を観た際の話が出ています。黒垂を使わない曲でのシテの横顔と面の話ですが、黒垂のありなしは私も気になる方で、黒垂のない演者の生の首筋や髪など、違和感を感じることがあります。以前、融をめぐってこの話を書きました。
今回の小塩は、喜正さんご自身が、年齢的にも相応しいところなので、特段の違和感はありませんでしたが、演者の年齢との関係など、能の演技をめぐっては色々と感じるところ、考えるところがありますね。
それにつけてもSantalさんのブログ、独特の視点をお持ちで大変考えさせられることが多いのですが、最近、あまり更新をされていない様子で、お元気かなあと思ったりしています。
(97分:当日の上演時間を記しておきます)
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