能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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9月の銕仙会

14日金曜日の夜、銕仙会を覗いてきました。
いつもながら満席。銕仙会って人気あるよなあと思うところです。

いつもの如く能二番と、狂言一番。
野村四郎さんの夕顔、山ノ端之出に法味之伝の小書付。法味之伝の小書で序ノ舞がイロヱに変わりますが、こちらの方が素直な形なんでしょうね。舞いを楽しみたいムキにはちょっと残念な形かもしれませんが・・・
このところ四郎さんのシテを拝見する機会があまりなく、久しぶりでしたが、お声、謡に比べると、立ち居振る舞いにいささかお歳を感じたところでした。お若い頃は香り漂うような品の感じられる舞台でしたが・・・
小書もそうした変化に合わせての選択だったのかも知れません。

萬斎さんと裕基さんによる狂言、重喜の楽しい舞台を挟んで、能の二番目は浅見慈一さんのシテに長山桂三さんのツレで龍虎。
もともと龍虎図を生身で見せようといった趣向の曲なのでしょう、あまり深みを出せる曲ではありませんが、慈一さんらしく、どんな曲でもそれなりにきちんと捉え直して演じられている感じを強く受けたところです。

実は仕事の関係で、朝は7時頃から動き回っての末でしたので、家にたどり着いたらさすがに疲れてしまいました。
観能記もいずれそのうちということで
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夕顔 山ノ端之出 法味之伝 野村四郎(銕仙会定期公演)

観世流 宝生能楽堂 2012.09.14
 シテ 野村四郎
  ワキ 宝生閑
  アイ 石田幸雄
   大鼓 亀井忠雄、小鼓 大倉源次郎
   笛 一層仙幸

源氏物語第四帖夕顔を元に作られた能ですが、宝生・金春の二流は現行曲としていません。夕顔を主人公にした曲は、この夕顔ともう一曲「半蔀」がありますが、ベースに置いた物語は同じながら、夕顔の幽霊が供養を求める気分の強いこの「夕顔」と、シテを夕顔の花の精とも位置付け幽玄の気分を楽しむ「半蔀」では、後者の方が広く好まれるように思います。半蔀の作り物が印象的なので、そうした影響もあるかもしれませんが・・・
この曲、作者は世阿弥ではないかと言われますが、確定的なものではなく、多くの「世阿弥作」と同様、そうかもしれないし、そうでないかも知れないといった様子です。

さてこの日は山ノ端之出の小書がついて、舞台には引廻しを掛けた作り物が出され大小前に据えられます。山端之出の小書は金剛、喜多の両流にもありますが、作り物を出すのは観世のみと、ものの本にはあります。しかし喜多の粟谷能夫さんの演能では作り物を出していますし、そこはシテの考えと流儀の了解の問題なのでしょう。さてこの後、名宣笛でワキ僧とワキツレ従僧が登場してきますが、ワキが幕を出る前に、源氏物語の夕顔の話を簡単におさらいしておこうと思います。

桐壺帝の第二皇子と生まれた源氏は、亡き母桐壺更衣への思慕を心に持ちながら成長し、臣籍に降下し葵上を正室に迎えます。その後、六条御息所のもとに通ったりしつつ日々を過ごしていますが、ある日、六条に向かう途中、随身惟光の母であり、かつて源氏の乳母でもあった大弐乳母の病気見舞いのため、五条にある乳母の家に立ち寄ります。

乳母の家の門が閉まっていたため、惟光を呼びに行かせている間、源氏は隣家の様子が気になり垣根に咲く花に目を留めます。その夕顔の花をきっかけに、その家の女と逢瀬を重ねることになります。
この夕顔の女との逢瀬の内に、源氏はある日、夕顔を無理に車に乗せて何某の院へ連れて行きます。静かなところで二人だけの時を過ごしたいと、そんなことがきっかけだったのですが、この荒れ果てた屋敷を夕顔が怖がり、源氏は女に添い寝しているうちにうとうととしてしまいます。
さてこのつづきはまた明日に
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夕顔のつづき

源氏がふと気付くと、枕元に美しい女が座っています。美しい女は恨み言を述べると源氏の横に伏している夕顔を起こそうとします。ここで、源氏は夢から覚めますが、何やら物の怪に襲われたような気分。灯火も消えています。

源氏は起き出して宿直の者を呼ぼうとしますが、夕顔は震えて正気を失っている様子です。ともかくも外の様子などを確認しようと源氏が立ち上がり、宿直の者と言葉を交わしたりなどして戻ってくると、既に夕顔はぐったりして息もしていません。
ようやく迎えた朝、やって来た惟光に後の始末を任せますが、こうして夕顔の女は荒れ果てた何某の院の一夜、儚い命を閉じたという話です。

この夕顔の女は、「帚木」の「雨夜の品定め」で頭中将が語った「常夏(ナデシコの古名)の女」なのですが、後々、この夕顔と頭中将の娘である玉鬘が成長して物語に登場してきます。これはいつぞや玉葛の鑑賞記に書いたところです。
また、この夕顔の事件の起きた荒れ果てた「何某の院」は、融大臣の河原の院をモデルにしたものと言われていますが、物語はあくまで「なにがしの院」とし名を記しません。
さらに不思議なことに、源氏の枕元に立った美しい女が誰であるのか、これが物語では明かされないままです。前後の辻褄から言えば六条御息所の生き霊かと思われるのですが、ここでは明らかにしないことに物語の膨らみがあるのかも知れません。

ともかく、この夕顔の女をシテとして一曲に仕上げたのが、この夕顔という曲。
さて仙幸さんの名宣笛で登場したワキ僧の宝生閑さん、ワキツレ従僧の欣哉さんと野口琢弘さんが静かに橋掛りを進みます。ワキ僧のみが舞台に入り、正中をやや常座側に外して作り物の正面を避ける形に立ち、ワキツレ二人は一ノ松あたりに着座して控える形でワキの名乗りです。

九州豊後国から出た僧と名乗りますが、いかにも穏やかにゆったりした名乗りで、この曲の気分をあらわす感じです。名乗りの終わりにワキツレが立ち上がって、ワキのサシ謡の間に舞台に入り、ワキが地謡側、ワキツレがワキ正側に向き合って立つ形で「雲の林の夕日影」から三人で謡います。
道行の終わり「尋ね訪ひてぞ暮らしける」で、ワキ、ワキツレはワキ座に到り「この所に休らい・・・」と着きゼリフ。
つづいて作り物の中から「山乃端の 心も知らで 行く月は 上の空にて 影や絶えなん」とシテが謡い出します。
さてこのつづきはまた明日に
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夕顔さらにつづき

下ノ詠を受けて、ワキが「不思議やなあの屋端より 女の歌を吟ずる声の聞え候 暫くこの所に休らい云々(最後は聞き漏らしました)」と、常の形では着きゼリフに続いて述べるところを謡います。こちらの方が常の形よりも自然な感じですね。

シテは続けて「巫山の雲は忽ちに・・・」と謡い出し、サシ、下歌を省いて上歌「つれなくも 通ふ心の浮雲を」と謡います。ここで引廻しが外され、紅入唐織着流しのシテが作り物の中に下居した形で姿を現します。この一句の終わり、亀井忠雄さんの大鼓が何ともいえず良い間、良い雰囲気で、しみじみとしたところです。

上歌が終わるとワキが問いかけます。シテ、ワキの問答ですが、ここはどこかとの問いにシテが何某の院と答えると、ワキは何某とは誰かと容易に納得しません。一昨日書いた通り、ここは河原の院を想定しつつも物語に何某の院とのみ記されているところ。あえてこれを話題にしたようです。
シテがその謂われを語り、光源氏、夕顔のことを持ち出すと、ワキは自分たちも豊後の者であり、玉葛との所縁もあるところ、重ねてその物語を語るようにとシテを促します。

シテのクリ、腰浮かせつつ謡い出し「理浅きに似たりといへども」で立ち上がって作り物を出、正中に下居してサシ、クセと続いていきます。
上げ端「風に瞬く灯火の」と謡って、地謡でシテが立ち上がり「あたりを見れば」と目付の方にやや向きを換え、さらに常座へと向きを換えて一足、一足ゆっくり進んで作り物の横に出ると正面を向き「うたかた人は息消えて 帰らぬ水の泡とのみ」と、ゆっくり三足つめて二足引き、過ぎし時を思う風情。面を伏せる感じからワキに二、三足寄り、常座で一廻りして、あらためて送り笛で中入となりました。
拝見するにいささか足腰に負担がおありの様子、立ち居も滑らかではありませんが、動き少なく一足毎を大事にされる様子が、夕顔の儚さには相応しいのかも知れません。

ともかくもシテの中入で代わって登場したアイ石田さん、五条あたりに住まいする者と名乗り、東山へ参詣しようと言って目付に出てワキに気付く常の形。ワキの問いかけに、源氏物語にそって夕顔の話を始めます。
夕顔の花のやり取りの馴れ初めをやや詳し目にシャベリますが、何某の院での出来事は詳しく語らず、「ほどなく空しくなりたる」と簡単に述べた後、お決まりのワキとのやり取りの後、狂言座に下がりました。
さてこのつづきはまた明日に
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夕顔さらにさらにつづき

アイが狂言座に下がると後見が登場し、作り物を下げます。
するとワキの待謡。直ぐに謡い出しとなり、一声の囃子に続きます。

後シテは白と思うような、極々薄い鶯色を帯びた色大口に、これまた薄い紫の長絹。なにやら夕顔の儚さを象徴するような装束での登場です。
常座まで出るとサシ。「跡よく弔ひ給へとよ」と謡の終わりにワキに二足ほどツメて、自らを弔ってくれるようにと僧に頼む心を示します。

ワキとシテの掛け合いとなり、僧の眼前には何某の院で夕顔が命を失った時の有様が見えるようです。シテの謡「心乃水は濁江に 引かれてかかる 身となれども」と謡いつつ、左右左と三足出て足拍子一つ、イロヱになります。舞台を一廻りするだけの所作ですが、ここで弔いを受けて成仏へと繋がるところ。

イロヱから「優婆塞が」と正中で上扇「行ふ道をしるべにて」と一セイを謡って地謡。「契り絶えすな」でワキが立ち上がってシテに二、三足寄って着座し合掌。シテは正中でワキに向いて着座します。そして「お僧の今乃弔ひを受けて」と謡って合掌。まさにここで成仏に到る所です。
この日は法味之伝の小書が付いて、一セイの前にイロヱが入り、ワキの合掌、シテの合掌と成仏に向けての展開になりましたが、常の形は地謡の「契り絶えすな」で序ノ舞になる形です。

王朝の女性を主人公にした三番目物ですから序ノ舞を舞うのは普通の展開ですが、よくよく考えるといささかそぐわない感じもあります。序ノ舞はシテが往時を偲んで舞うものですが、夕顔にとってこの曲で話題とされている河原の院は、物の怪に取り殺された恐ろしい過去。それを偲んで舞を舞うというのは落ち着きが悪いとも言えましょう。これが、源氏との思い出を偲ぶ「半蔀」なら、序ノ舞を舞う形がまさにおさまるのですが、この法味之伝の小書を作った人も、そういう思いだったのかも知れないと、ふと思うところです。
さて合掌の後、大ノリの謡が続き、地の「開くる法華の」でシテが立ち上がり、ワキはワキ座に下がります。シテは成仏の喜びの内に静かに舞い進み、「東雲の道より」と橋掛りに入ると一ノ松でサシて三ノ松まで進み「暁闇の空かけて」と左袖を被いてゆっくりと沈み雲に紛れて姿を消した風から「失せにけり」の謡の後に囃子だけが残る中、立ち上がって留となりました。
(83分:当日の上演時間を記しておきます)
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重喜 野村萬斎(銕仙会定期公演)

和泉流 宝生能楽堂 2012.09.14
 シテ 野村萬斎
  アド 野村裕基

チラシに沿って、シテ萬斎さん、アド裕基さんと記載しましたが、萬斎さんが住持、裕基さんが重喜の配役です。この曲は一般的に新発意の重喜がシテで、住持がアドとされます。住持をシテとする例もあるようなので「変だ」という訳ではないのですが、野村家の番組を見ていると、親・師匠をシテとし子・弟子がアドとして記載するのが一般的のように思います。
これはこれで一つの考え方かも知れません。能のシテ、ワキのように明確に役柄に違いがある訳でもないし、シテだアドだと拘ってもたいした問題ではなさそうです。

ともかくも舞台には白小袖に角頭巾のみを着けた住持が出て、常座で名乗ります。重喜は十徳に狂言袴の姿で大小前に控えていますが、住持が重喜を呼び出してワキ座に進み、重喜は常座に出て住持と向かい合います。
さて住持が言うには、このところ僧達がお勤めに行っているが明日が結願で自分が導師を頼まれた。そこで袈裟も衣も新しいものを用意しておくようにと、重喜に命じます。
さらに重喜を供に連れて行くと言いますが、重喜は喜んで、自分が供に行けばお布施がだいぶん頂けようから、こんな喜ばしいことは無いと言います。

住持は、出家たる者がお布施の有る無しをとやかく言うものではないと、重喜を諭しますが、一方の重喜は、住持がお布施の多い時は機嫌が良く、ほどほどの時は中くらい、お布施がないと科も無いのに自分を叱るではないかと抗議します。

この曲、重喜を子方が演じるのが通常の形ですが、その子供が歳のいった住持に物言うところが笑いを誘うところです。
分の悪くなった住持、話を変えて、出かけるのに髪が長くても行かれまいから剃らねばなるまいと言い出します。他の者は出かけているし、どうしようかと迷っていると、重喜は自分が剃ろうと言い出します。

御前のような粗忽な者には危ない、と住持は避けたいそぶりですが、結局は重喜が剃ることになり、住持はつむりを揉んでおこうと言い、重喜はその間に剃刀の手合わせ・・・切れ味を試すのでしょうか・・・をすることになります。
さてこのつづきはまた明日に
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重喜のつづき

剃刀の手合わせをしながら重喜は舞台を廻りますが、座っている住持にぶつかってしまいます。住持は怒って重喜を叱り「弟子七尺をさって師の影をふまず」と言うが、そんなことも知らないだろうと、師を敬うように諭します。
重喜は、そのようなことも知らず唯うかうかと暮らしてきてしまったと反省の弁を述べ、住持の許しを得て、いよいよ頭を剃ることにします。

しかし剃刀を手に持った重喜、住持のまわりを回る不思議な動き。住持も何をしているのかと訝っていると「南無三宝」と声を出して重喜が飛び退きます。
さすがに、どうしたのかと住持が問うと、重喜は早速に師の影を踏みそうになったと答えます。これまた笑いを誘うところで、住持はそれはものの例えだから、どうなりともして早く剃れと言います。重喜は畏まってござると、後見から渡された長い棒の先に剃刀をくくりつけ、これで住持の髪を剃ることにします。

重喜が「いでいで髪をそらんとて」と謡い出し、高野さんや深田さんなど四人の地謡が後を引き取って謡うなか、剃刀を先に付けた棒を操って住持の髪を剃り始めます。

しかし調子に乗って剃っている内に「まへを後うしろをまへ 逆剃して 鼻の先をぞそいだりける」と、剃刀を住持の前に振り下ろして、住持の鼻を削いでしまった風。
住持は「あいたあいた」と痛がり、重喜は困って「門前さして逃げければ」とそのまま退場してしまいます。
後から住持が鼻を抑えつつ「めんぞうさしていりにけり」と橋掛りへ進んで留になりました。

ともかくほのぼのとした狂言で、他愛ないと言えば他愛ないのですが、子方を出す魅力がそこにあるようにも思えます。
大藏流ではアド檀那を出し、まずは檀那が寺を訪ねて、志す日に当たっているので住持と新発意に斎を申し入れるところから始まります。まあ、檀那が出ても出なくともたいした違いはありませんが・・・
(16分:当日の上演時間を記しておきます)
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龍虎 浅見慈一(銕仙会定期公演)

観世流 宝生能楽堂 2012.09.14
 シテ 浅見慈一
  ツレ 長山桂三
  ワキ 御厨誠吾
  アイ 竹山悠樹
   大鼓 佃良勝、小鼓 鳥山直也
   笛 助川治

「龍虎」こんな名前の力士もいましたね。
この曲「りょうこ」と読みますが、観世・喜多の二流が現行曲としています。観世小次郎信光の作だそうですが、さてどういう子細で作った曲なのか・・・入唐渡天の志を持った僧が、中国に渡って虎と龍の戦いを見ました、と言ってみればそれだけの曲。特段の物語性もありません。
龍虎は古くから画題として好まれてきたようで、なんと殷時代の青銅器にも龍虎の文様があるそうですから、まさに数千年の歴史ということですね。日本に渡ってきたのは十世紀以降と言われますが、多くの画家が好んで題材にしたようです。
そうした有名な画題を、動く姿で表現してみたいと、まあそんな所かも知れません。

さて龍と虎ですが、四神のうちに数えられており、青龍、朱雀、白虎、玄武はそれぞれ東、南、西、北に配され、なかでも東西に配される龍と虎という組み合わせは好まれたのでしょうね。ついでながら五行説で言えば、木火土金水の五行に方角では東南中西北、色では青紅黄白玄(黒)、季節なら春夏土用秋冬を当てるというように、様々なものを五行に配します。したがって青龍は東、白虎は西にあたります。
色と季節を組み合わせ人生の時を表すものとして、青春、朱夏、白秋、玄冬の言葉も使われますが、北原白秋がこれにちなんで自らの雅号を選んだのは有名な話。

ともかく舞台の方は次第の囃子でワキ僧御厨さんと、ワキツレ従僧の大日向寛さん、野口能弘さんが登場してきます。白大口に水衣、角帽子の沙門姿で舞台中央に向かい合って次第を謡い、続いてワキの名乗りです。観世の謡本と見比べるとだいぶん簡単な名乗りです。
続く三人の道行も詞章が違います。同じなのは最後の「はや唐土に着きにけり」の繰り返しだけ。
ワキの着きゼリフも異なりますが、ともかく唐土に着いてみると、沢伝いを山人がやって来るので、この辺りの詳しいことを聞いてみようとワキが言い、ワキツレがもっともにて候と答えてシテの出を待ちます。
このつづきはまた明日に
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龍虎のつづき

ワキ一行のやり取りが終わると一声の囃子、前シテの出になります。
先にツレの男が立ち、あとから老人姿のシテが出てきます。装束付けを見ると、ツレは直面に無地熨斗目、ヨレの水衣となっているのですが、どうも小袖の上に着けているのは水衣ではなく側次のような感じです。後から出たシテの尉も、無地熨斗目にシケの水衣とあるのですが、こちらも小袖の上は側次のような感じで、頭には髻を包む頭巾のようなものも着けています。唐土の人物というのを強調した装束なのでしょうか。
シテは背に負い柴、右手に杖をついていますが、これらは装束付けの通りです。

さて橋掛りでの一セイの後、アシライで舞台に入りツレが正中、シテが常座に立ってシテのサシ。さらに二人での謡が続き「わびしき業を柴採りて かへる山路の苦しさよ かへる山路の苦しさよ」でシテ・ツレ立ち位置を入れ替えて、ツレが目付に進み、シテが正中に立ちます。

ワキの問いかけ、山人に尋ねたいことがあると声をかけます。
シテはワキを見て見慣れぬ姿と言い、入唐の沙門であろうと推量します。ワキは、よく分かりましたねと答え、仏法流布の古跡を尋ねてこれより渡天しようと思う旨を述べます。シテ、ワキの問答が続き、地謡の上歌「星の國にと行く雲の」の一句の打切でツレが笛座前に進んで着座、シテは「こころせよ胸の月」と目付にやや向きを換えてから正面に戻し、さらに「よその光を」とワキと向き合います。
さらに左から回って常座に向かい「見るを尋ぬるはかなさよ」と正向いて左右と出、三足下がって静かに立ちます。

ワキの詞。このやり取りを面白いと評した後、向こうに見える竹林に雲が凄まじく風落ちて、気疎き景色なのはいったいどうしたことか、と問いかけます。
シテはこれに答えて、あの竹林の岩洞は虎の住処で、向かいに見える高山より雲が覆って、龍虎の戦いがあるのだと言います。

ワキは驚き「さては不思議や まのあたり 龍虎の戦ふ有様を 今見ることの不思議さよ」と謡います。
さてこのつづきはまた明日に
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龍虎さらにつづき

ワキの驚きに、シテはさらっと「畜類なれどもかくの如く、その勢ひを顕して」と言い、ワキ、シテの掛け合いから地の上歌「蝸牛の角の上にして・・・」小謡でも謡われる部分です。シテはゆっくりと目付に出て角トリ、左へ小さく回って常座まで戻りワキに向くと、さらに正中に出て下居。

ワキが龍虎の闘いの有様を語るように求めて、地謡のクリになります。シテは正面に体を直し、杖を置いて負い柴を外します。
シテのサシ、金龍が雲を穿ち、猛虎が深山に風を起こすと謡います。

地謡が受けて、龍虎は畜類と言えども位が高く、龍虎の文様は帝の衣にも用いられ、天子の顔を龍顔、その乗り物を龍駕と言うのだと謡います。
続いてクセ、今度は虎について謡います。

「これぞ和国の物語」とシテの上げ端の後、後見が一度下げた負い柴を持ち出してシテの横に置きます。シテは地謡の「身を隠し見給へと」で腰を浮かせ「夕日も傾きぬ」と幕の方を遠く見やります。さらに柴をとって肩に担い、立ち上がって「谷の下道はるばると」と歩み出し、常座で一度廻った後、あらためて来序で中入となりました。

シテが幕に入ると囃子が狂言来序になり、末社出立のアイが登場してきます。
この辺りの仙人と名乗り立ちシャベリ。龍虎の闘いがあると言い、まずは龍にまつわって天子を龍顔ということなどを語ります。続いて虎にまつわる話を語り、ひとしきりシャベリの後に幕を見て「や、何と申すか 龍虎の闘い早始まると申すか」と言って、正へ直し、闘いのある由を触れて下がります。

このつづきもう一日明日に
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龍虎さらにさらにつづき

アイが幕に入ると後見が一畳台を持ち出して大小前に据えます。さらに塚の作り物に茶の引廻しを掛け、上部にには笹を載せて運び出し、一畳台に載せ右の端に寄せて据えます。虎の住処の態です。

ワキが立ち上がって「さても不思議や山人の」と謡い出し竹林を風が吹き渡る様子を謡い、地謡が受けて、嶺より雲がわき起こり稲妻の光の中に金龍が現れた様を謡います。地謡の初めでワキはワキ座に着座、幕が上がってツレの龍が布を引き被いて橋掛りに姿を現し、ゆっくりと一ノ松あたりに佇みます。
続く地謡「かくて黒雲竹林に覆い」で作り物の引廻しが外されシテが姿を現しますが、こちらも白い布を引き被いています。一方、ツレは舞台に入ります。

「岩洞に籠れる虎の 現れ出づれば」でシテは布を外し「悪風を吹き出し」と作り物から左足を出す形。さらに「敵を追手に勢ひ勇む」と作り物を出て立ちます。目付から常座へと進み「恐ろしかりける気色かな」で小廻りして開キます。
「かかりける処に」と、今度はツレが布を外し、「金龍雲より下り降って」と足拍子二つ踏んで飛び回り。「飛龍の闘ひ暇もなし」とシテ、ツレが双方向かい合って舞働です。

シテ、ツレとも半切、法被姿。シテ虎は白頭に輪冠虎戴、ツレ龍は赤頭に輪冠龍戴ですが、虎の戴がいささかユーモラスな感じです。
この龍虎の闘いを演じて見せようというのが、この一曲の眼目ということで、まさに見せ場の舞働。舞台上で闘いが繰り広げられます。

舞上げるとシテが常座で「元より虎亂の勢ひ猛く」と謡い、地謡が受けて謡う中、ワキ正に出て袖を返し、さらに闘う姿を見せます。
しかし「金龍雲居に遙かに上れば」とツレが常座で飛んでそのまま幕に走り込み、シテは「遙かに見送り無念の勢ひ」と台に一度上って下り、舞台を廻って常座に進み、「そのまま岩洞に入りにけり」と袖被いて沈み込み、立ち上がると留拍子を踏んで終曲となりました。
慈一さんらしい、心配りの感じられる舞台でした。
(71分:当日の上演時間を記しておきます)
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「能の鑑賞記索引」更新

半年ぶりですが、能の鑑賞記索引を更新しました。
以下の22番ですが、この期間はほとんどが観世流と喜多流です。
 鵜祭(本田光洋)、実盛(観世銕之丞)、三山(津村禮次郎)、
 小鍛冶 黒頭別習(観世銕之丞)、難波梅(梅若玄祥)、
 俊寛(中所宜夫)、木曽 願書・恐之舞(観世喜正)、
 船弁慶 重キ前後之替・船中之語・早装束・舟唄(観世喜正)、
 国栖 白頭・天地之声(観世銕之丞)、籠太鼓(笠井陸)、
 国栖(友枝昭世)、西行櫻(中森貫太)、
 山姥 白頭(中所宜夫)、通盛(出雲康夫)、飛鳥川(粟谷充雄)、
 雲雀山(松井彬)、芦刈(観世芳伸)、
 班女 笹之伝(観世銕之丞)、安達原 白頭 急進之出(岡久広)、
 夕顔 山ノ端之出 法味之伝(野村四郎)、龍虎(浅見慈一)

宝生の能をしばらく観ていませんね。宝生能楽堂には行っているのですが・・・
狂言の方は、いずれまた索引を更新しようと思っています。

忙しい、忙しいと言いながら、ずっと調子の悪かったVistaのパソコンに、Windows8のプレリリース版を入れてみようなどと思い立ち、夕べから作業に勤しんでおりました。これだから暇にならない訳です。
・・・Windows8は軽快です。パソコンがタブレットか、らくらくスマートフォンみたいな画面になっちまいましたが、Vistaの重さに苦戦していたパソコンが生き返っています。これは製品版も買ってみようと思わせますネ

能の鑑賞記 索引

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