能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ご無沙汰中・・・

このところ、毎年5月から6月いっぱいは仕事に追われまして、ついつい更新ができずにいます。
別に、24時間忙しいわけではないのですが、なんとなく物を書く気になれない・・・微妙な時期です。

というわけで、もう少しの間、休憩中の見込みです。
先週はボストンからニューヨークを回り、ブロードウェイでウィキッドを観てきました。
能とミュージカルでは全然違う・・・のですが、またまた涙腺が緩んでしまったり・・・

そんな話もいずれまた
スポンサーサイト

西行櫻 杉澤陽子(緑泉会例会)

観世流 喜多六平太記念能楽堂 2014.04.26
 シテ 杉澤陽子
  ワキ 安田登、アイ 竹山悠樹
   大鼓 安福光雄、小鼓 幸信吾
   太鼓 大川典良、笛 寺井宏明

もう二月も前になってしまったのですが、ここ数年、5月・6月はどうにも筆が進まず・・・キーが進まずの方が正しいか・・・ともかく観能記が書けずに時が流れてしまいます。そんな訳で今年も4月の緑泉会の鑑賞記を今頃書いております。

さて西行櫻、もう7年ほど前に金春流、高橋汎さんの蝋燭能での上演(鑑賞記初日月リンク)について鑑賞記を書きました。その後、一昨年の九皐会別会でも中森貫太さんの上演(鑑賞記初日月リンク)を観てはおりますが、このときはメモを取っておらず、印象のみ記録したところです。
今回は全曲観ておりますので、演出などふまえつつ、記憶しているところを記しておこうと思っております。

舞台には、緑の引廻しをかけ桜の枝を挿した山の作り物が運び出されてきて、大小前に据えられます。続いてワキが出てワキ座に進み、床几に腰を下ろします。白大口に小格子厚板、水衣に角帽子の僧侶の姿ですが、これこそ西行上人その人という設定。アイ能力が括り袴に水衣の姿で続いてきます。

ワキは「いかに誰かある」と声をかけ「御前に候」と答えて進み出たアイに、思う子細あって、当年の今月は花見禁制とする旨を触れるようにと命じます。
アイは、花が盛りではあるが(西行が)何と思われたが花見を禁ぜられたので、その分、心得るようにと触れて笛座に着座。次第の囃子となります、

囃子に誘われてワキツレ三人、井藤さん・野見山さん・吉田さんと番組にはあったのですが、どなたか代役で出られたような・・・ともかくも素袍上下の町の男達三人が花見にやって来ます。頃待ち得たる花水木 都の春は長閑けき、と謡って長閑な花見の態。
ワキツレの一人が名乗り。上京辺に住む者だが、春になればここかしこと花を眺め暮らしている。昨日は東山地主の花。今日は西山西行の花が今を盛りに咲くと聞き、同心の人々を誘い西行の庵室へと急ぐところと述べ、道行の謡になります。
さてこのつづきはまた明日に

西行櫻のつづき

道行からワキツレ都の男の着きゼリフ。西行の庵室に着いたので案内を乞おうと述べ、同行の者の「尤もにて候」の返事を聞いて、一同はいったん橋掛りに入ります。一ノ松からあらためて「いかにこの内へ案内申し候」と声をかけ、アイが答えて進み出ます。

都の男は上京辺の者と名乗り、庵室の桜が今を盛りと聞いたので、若い人を誘ってこれまでやって来た。花を見せていただきたいと頼みます。しかし能力は、先に西行から花見を禁じられているため、ご機嫌を見て申し上げるので暫く待つようにと一行に告げ、都の男一同は橋掛りにクツログかたちになります。

一呼吸置いてワキ西行のサシ謡。「それ春の花は上求本来の梢にあらはれ 秋の月は下化冥暗の水に宿る・・・」出家に相応しい、仏の教えを引いた謡です。

ところでこの西行櫻という曲ですが、世阿弥の作とされています。世阿弥は申楽談義の中で、西行や阿古屋の松のような能は、この後、書く人が現れないだろうと評しており自慢の曲だった様子が窺えます。もっともここで世阿弥の言う「西行」は「西行櫻」ではなく「実方」だという説もあるようです。このあたりの真偽は分かりませんので、そんな話もあるというご紹介のみ・・・

ともかくも、北面の武士であった佐藤義清、出家して西行は、後々、芭蕉にまで大きな影響を与えた歌人です。この曲以外でも「江口」では重要なエピソードとして、江口の君に宿を断られた西行の故事が語られますし、実方や松山天狗など、この曲と同様に西行がワキとして登場する曲もあります。

しかしワキとして登場する西行は・・・能の扱いの独特なところと思うのですが・・・素晴らしい歌人として褒め称えられるというよりは、シテの存在を引き立たせる役回りとなっています。特にこの曲では、花見の人々によって静寂が破られる厭わしさから花見を禁じた西行を、諭すような形で老桜の精が現れてきます。

だからといって西行が狂言回しのような役という訳ではなく、西行だからこそ、シテとのやり取りに情趣が増してくると思うのです。
そのあたりを意識しつつ舞台に戻ります。

サシを謡い終えたワキに、機嫌が良さそうだとアイが声をかけ、都から花見の人々がやって来ていると告げます。
さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

西行櫻さらにつづき

さて、アイ能力は、西行が花を愛で感じ入っている様子に、ご機嫌が良さそうだと都人の来訪を告げます。

西行はこれを許し、柴垣の戸を開いて都の人を中に入れるようにと命じます。
アイは橋掛りに向かって声をかけ、一同は立ち上がると「桜花咲きにけらしな足びきの 山のかひより見えしまま」と謡いつつ舞台に入り、常座からワキ正に進んで腰を下ろします。この謡、紀貫之の「桜花 さきにけらしな あしひきの 山のかひより 見ゆる白雲」を引いているのだと思いますが、世阿弥らしく随所に古歌がちりばめられている様子です。

ワキツレの一行と西行の掛け合い、地謡と続き、西行と一同が花を愛でる態になります。しかし出家して嵯峨野に住む西行にとっては、「飛花落葉を観じつつ独り心を澄ます」ところに人々が訪れてくるのは、嬉しくはあるものの「少し心の外」。
この西行の心を受けて地謡が「あたら桜の蔭暮れて 月になる夜の木の本に」と謡い出し、この謡のうちにワキツレの一行は切戸口から姿を消して、西行独りが桜と向き合う形になります。
さらに続く地謡のうちに後見が引廻しを下ろし、浅葱の色大口に茶の単衣狩衣、白垂に風折烏帽子を着け、床几に腰を下ろしたシテが姿を現します。

「花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがには有りける」と西行の山家集にある一首を謡います。
西行は桜の朽木から白髪の老人が現れて、自分の歌を詠うことに驚きますが、シテの老人は「これは夢中の翁なるが いまの詠歌の心をなほも たづねん為に来たりたり」と謡います。

夢中の翁・・・シテが姿を現すところの地謡は「今宵は花の下臥して 夜と共にながめ明かさん」と謡っていて、西行が都人一同を帰した後、独り花のもとに臥してまどろみ、その夢の中に桜の精が老翁の姿で現れたことが窺えます。

さてこの続きはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

 | HOME | 

カレンダー

« | 2014-06 | »
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。