能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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條風会を観に行く

13日の土曜日、喜多流若手・・・というと失礼か、中堅と言った方が良いのか、ともかく喜多流「條風会」の公演を観に、喜多六平太記念能楽堂まで行ってきました。

今年が十周年だそうですが、今回第19回の條風会は狩野了一さんの三井寺と、内田成信さんの実朝の能二番。狂言は山本家の栗焼です。
條風会は故喜多実師の教えを受けていた狩野了一、友枝雄人、内田成信、金子敬一郎の四氏が、塩津哲生さんの後援で立ち上げた会だそうで、お二人ずつ能を演じ、残るお二人が仕舞を舞うと、そういう形で会を催されてきたようです。

いずれも面白く拝見しました。
数年ぶりに観た「三井寺」の親子の再会というテーマは能では珍しいものではありませんが、胸に迫るものがありしみじみととした気分に浸りました。
「実朝」は喜多流の新作能・・・といっても初演から60年以上が経ち、流儀のスタンダードになっている様子ですが、私は初見。新作能らしい工夫が随所に見られて、これまた味わい深い一番でした。ただしテキストが手許にないので、いきなり本番を観る形。事前にテキストを読むなりしておけば、もっと楽しめたのにと思った次第です。
いずれにしても後日鑑賞記をまとめたいと思います。

また四人の後援者でもある塩津哲生さんの谷行の仕舞がありました。塩津さんのお体の様子は、他のブログの記事などでも時々拝見しますし、舞台上でもお見かけして気になってはおりました。しかしこの日、あらためて仕舞を拝見し、そうしたものを超える芸の力をしみじみと感じたところです。
昨年1月に国立の特別公演で望月をなさった後、日経新聞に演劇評論家村上湛さんの評が載りましたが、4年ほど前に演じた望月よりも、現在の体調の上で演じた望月の方が深さ、芸格の点で数等上と評し「能とは、芸とは、実に果ての知れぬ恐ろしいものである」と記されていました。
この日の仕舞も「果ての知れぬ」ものと感じたところです。
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三井寺 狩野了一(條風会)

喜多流 喜多六平太記念能楽堂 2014.09.13
 シテ 狩野了一
  子方 粟谷僚太
  ワキ 宝生欣哉、アイ 山本凜太郎 山本則孝
   大鼓 亀井広忠、小鼓 鵜澤洋太郎
   笛 松田弘之

このブログでは、これまで三井寺の鑑賞記を二度ほど書いています。一度目は6年ほど前、金春流の金春安明さんの演能。二度目は3年ほど前に観世流中所宜夫さんの演能です。
今回は喜多流ですが、この曲は流儀による演出の違いが少なく、これまで鑑賞記に記したものとほとんど違いはありません。しかも、ワキ方がいずれも下掛宝生流なのは東京ですので当然かも知れませんが、どういう偶然か、間狂言が三度とも大藏流山本家です。
そんなわけで、これまでの記録と所作など演出上の違いはほとんどありませんが、念のための記録と言うことで、当日の舞台の様子を書き記しておこうと思います。

さて、舞台に地謡、囃子方が揃うと、小さく「お幕」の声が聞こえて幕が上がり、シテが姿を現して橋掛りを進んできます。
無紅唐織着流し、おそらくは菊花紋だと思うのですが、渋い好みの装束に右手に数珠を持ち、ゆっくりと橋掛りを進みます。後からアイ清水寺門前の者の凜太郎さんが続き、シテは舞台に入って正先近くに出、下居して合掌。アイは狂言座に控えます。

シテは合掌のまま「南無や大慈大悲の観世音さしも草」と謡い出します。囃子が入り「さしもかしこき」と続けて「夜を重ねつる頼りの末」で合掌を解いて謡を続ける形です。
下歌「憐れみ給へ思ひ子の 行く末なにとなりぬらん」最後の句を繰り返してシオリ上歌に。上歌の終わり「再びなどか逢わざらん」を繰り返しますが、一度目のあたりで気付かぬほど少しずつ面を伏せたように感じました。
続く詞「あら不思議や 少し睡眠(すいめん)の内に」で面を少し戻したように感じたのですが、本当のところはどうだったのか。
なんとなく霊夢を被る、つまり少し眠った態で面を伏せ、面を戻して夢から覚めた態としたように感じられたところです。

「あら有難や候」と少し伸び上がるように合掌し「やがて下向申さばやと思ひ候」と納めると、アイが立ち上がってきます。
さてこのつづきはまた明日に
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三井寺のつづき

アイとシテのやり取りになりますが、まずは立ち上がったアイが清水寺門前の者と名乗り、清水寺に参詣する上臈に宿を貸したのだが、そろそろ戻ってくるところなので迎えに出ると言って、常座に進みます。一方シテは立ち上がってゆっくりと右に回り、アイと気付き合います。
アイは後見座から鬘桶を持って出て大小前に据え、シテがこれに腰を下ろすと、アイは角に行ってシテに向き合い声をかけます。

何かお告げはあったのかと問うアイに、シテが近江国三井寺に参れとの霊夢があったと答え、これをアイが判じます。
その言葉に、シテは「あらありがたの御事や」と合掌し「教えの告げに任せつつ」と合掌を解くと、アイがシテの後ろに回って鬘桶を押さえ、シテは立ち上がって「三井寺へ参り候はん」とアシライで中入です。シテに続いてアイも幕に入ります。

凜太郎さん、先日は止動方角の馬で拝見しましたが、今回は長上下姿での登場。若者らしい清新さを感じる演技です。顔かたちは違いますが、発声や抑揚は泰太郎さんにそっくり。芸はこうして受け継がれていくんだと思う次第。

さて中入の後は、後見が角に鐘を持ち出してきて、目付柱を背に笛座に正面を向けるような形で据えます。一呼吸あって次第の囃子。
子方を先に立て、ワキ宝生欣哉さんに、ワキツレの大日向寛さん、森常太郎さんが続き、アイ能力の山本則孝さんと、都合5人で橋掛りを進んで舞台へ。

ワキは小格子厚板にシケ水衣、白大口に角帽子の大口僧。ワキツレ従僧も同装ですが、無地熨斗目にヨレの水衣です。舞台中央に向き合って次第。続いてワキは、江州園城寺の住侶と名乗り、行方知れずの子と師弟の契約をし面倒を見ている旨を述べます。さらに、今宵は八月十五日、中秋の名月の夜なので若い人たちを伴って月を眺めようと思うと述べてワキ、ワキツレで上歌。謡い終えると「まづかうかう御座候へ」で、子方から順にワキ座に着座します。ワキはアイ能力を呼び出し、小人を伴っているので何か一曲奏でるようにと言いつけ、アイは小舞「いたいけしたるもの」を舞います。

舞い終えたアイは何か騒ぎの様子に気付き、シテ柱に寄って橋掛りの方を見やり女物狂いがやって来るのに気付きます。面白そうなので中へ入れたいものと、ワキツレに申し出ますが「無用」と言われてしまいます。しかし自分の判断で中に入れようと思い立ったアイは、道を空けて物狂いが中に入れるようにと所作で示して笛座前に着座。一声の囃子で後シテの出となります。
このつづきはまた明日に
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三井寺さらにつづき

後シテは箔を腰巻に浅黄の水衣を着け、右肩に笹を担って狂女の態。箔は紺地に、おそらく柳に燕だと思うのですが、これに喜多流の流紋である喜多霞をあしらった美しい装束です。
橋掛り一ノ松で「雪ならば幾度袖を払はまし」と謡い出します。志賀の山を過ぎ比叡山を拝むと謡い「あら有難の気色やな」と合掌します。

続く詞で、自ら物に狂うことを述べますが、それも道理。「あの鳥類や畜類だに」と幕方を振り返って思いを馳せ、鳥や獣でも親子の別れを知ろうものを、ましてや人の親・・・と述べ、「子の行方をも白糸の」と謡いつつシカケ開キ、地謡「乱れ心や狂ふらん」で舞台に入り正中に進んでカケリとなります。

カケリを舞い上げ、大小前から「都の秋を捨てて行かば」と謡いつつ正中に出ると、地謡に。六拍子を踏み地謡を聞きつつ開キ「月も雪も故郷に」とシカケ開キ。我が子を見出し故郷に帰ろうとの謡に合わせつつ、拍子を踏み舞台を廻り「三井寺に早く着きにけり」と大小前で小さく回って正面を向きます。

ワキが「桂は実る三五の月」と謡い出し「庭の木陰に休らへば」と謡うのをシテが受け、「折しも今宵は三五夜中新月の色」と謡い出します。「秋も最中夜も半ば 所からさへ面白や」と謡って地謡に。謡に合わせてシカケ開キ、舞台を廻って「船もこがれて出づらん」と船漕ぐ心か両手に笹を持ち「舟人もこがれ出づらん」と常座に向かいます。

ここでアイが立ち上がり、鐘を撞くのを忘れそうになったなどと言いつつ正中に出て、鐘を撞く所作をします。「じゃーん もーん もーん」と声を出しつつ鐘を撞いていると、舞台から橋掛りへと入ったシテが二ノ松あたりで振り返り、歩みを早めて舞台に戻ると、アイを笹で打ちます。アイは「蜂がさいた」と言い、シテは「妾も鐘をつかう」と言います。
アイはこの鐘は人の撞かぬ鐘だと言いますが、人の撞かぬ鐘をお前はどうして撞くのかとシテに問われ、この寺の鐘撞く法師だと答えます。ツクツクボウシに懸けているのですが、このやり取りは以前書いたように観世流にはありません。どういう次第で改作されたのかは分かりませんが・・・
さてこのつづきはまた明日に
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三井寺さらにさらにつづき

シテは鐘の音を愛で、この鐘は藤原秀郷が龍宮より持ち帰ったものと来歴を語ります。その龍宮にちなみ、龍女が成仏したという縁に任せて、自分も鐘を撞こうと言い、地謡が次第「影はさながら霜夜にて 月にや鐘はさえぬらん」を謡います。

地取りのうちに、シテは後見を振り返り笹を渡して扇に持ち替えると鐘楼に寄ります。
ここでワキが声をかけて、鐘を撞こうとするシテを止めます。シテは常座に下がってワキを向きつつ「夜庾公(真ん中の文字は機種依存文字のため表示されない場合はご容赦ください。麻垂の中に臾を書いた字でユと読みます)が楼に登りしも 月に詠ぜし鐘の音なり」と言い、ワキとの問答になります。
狂人が鐘を撞くのとは訳が違うというワキに、シテは漢詩にまつわる話を引いて、名高き詩聖でも月に心が乱れるのだから、狂人とても月に鐘を撞こうとすることを許して欲しいと言います。この「団々として海嬌を離れ。冉々として雲衢を出づ。今宵一輪満てり。清光何れのところにか無からんと」という詩をめぐる話の出典は分かりませんが、そうした話があるのでしょう。
なお「夜庾公が楼に登りしも」は謝観の「雪の賦」を引いての言葉と思いますが、この詩については、以前「雪」の鑑賞記を書いた際に触れていますので参照頂ければと思います。(「雪」の鑑賞記へのリンク

続いて鐘ノ段、段物の一つですが仕舞でも取り上げられる趣き深い部分。
まずはシテが「ましてや拙なき狂女なれば」と合掌しつつススッとワキに寄り、地謡に合わせ六拍子踏み返し、「初夜の鐘を撞く時は」で正先に出て「諸行無常と響くなり」と謡いつつ開キ。「後夜の鐘を撞く時は」で右に回り、「是生滅法と響くなり」と謡いつつ舞台をワキ座側から右回りに廻って大小前に進み、さらに地謡との掛け合いの謡で開キ。拍子を踏んで、地謡の「菩提の道の鐘の声」で鐘に寄り、小廻りして鐘につけられた紐・・・紅段と云うのだと思うのですが、これを引いて正中で「百八煩悩の眠りの」と鐘撞く形で足拍子。
「はや尽きたりや後夜の鐘に」と大小前に進み、紅段を放して「真如の月の影を眺め居りて明かさん」と鐘楼のやや上の方に面を上げて、月を見る風情です。

地謡「夫れ長楽の鐘の声は 色の外に尽きぬ」で、二足ほど出て大小前に下居。クリ、サシ、クセと、下居したまま謡が続きますが、このつづきはまた明日に
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三井寺またつづき

クセの謡「山寺の」から「今思ひ寝の夢だにも」までを聞き「涙心のさびしさに」でゆっくりとシオって腰を浮かせ「この鐘のつくづくと」で立ち上がって鐘を見上げると、正面に向き直り、扇を広げて上げ端「月落ち鳥鳴いて」と謡って上扇開キ。「霜天に満ちて」と地謡が続けて左右。クセの後段を舞います。
「月すむ三井寺の 鐘ぞさやけき」と鐘楼を見込み、後ろを向いて扇を閉じると「斯様に狂ひ廻れども」と常座に進み、「我が子恋しや候」とシオリます。

ここで子方が声を上げます。
ワキに向かって、物狂いの里を聞いて欲しいと申し出ます。ワキは思いもよらぬ事を言い出されたものだと言いながらも、シテに国里を問います。
シテは駿河国清見が関の者と答えますが、この答えに「何なう清見が関の者と申し候か」と子方が声を上げ、この声を聞いてシテは、今の声は別れた子の千満殿ではないかとワキに迫ります。

ワキは「筋なき事」と取り合いませんが、シテは「まさしき我が子」とツツっと子方に寄ろうとします。ここにワキツレが立って「そこ立ち退き給へ」と止めに入り、シテは正中に下がって安座しモロシオリ。
すると子方が再び声を上げ、ワキは子方に向かい、今こそ名乗るようにと諭します。子方はこれを受けて、自ら駿河国清見が関の者であったが、人商人の手に渡り、今はこの寺にあって母を探す身とシオリます。
シテがシオる手を下ろしつつ、子に相見えた嬉しさを謡い、地謡が入ってロンギ。

シテ,地謡の掛け合いの謡となり、ワキは子方を立たせます。シテ「親子に逢ふは」地謡「何故ぞ」でシテが立ち上がり「この鐘の」と鐘楼を向いて二足ほど詰め、正面に二、三足ほど出て「御咎めありし」とワキに向かって左手を延べます。「常の契には」で左から回って扇を広げ常座から招き扇して「鐘ゆえに逢ふ夜なり」と子方に寄って「鐘の声かな」とシオリます。

キリ「かくて伴ひ立ち帰り」の繰り返しで子方を送り出し、正中で正面を向くと常座へと回り込み、留拍子を踏んで終曲となりました。

この曲、子方はほぼ一時間座ったままで、大変キツい曲。観世流の中森貫太さんが、鐘楼の作り物を作るのが大変なのと、子方が大変なので、遠くなってしまうと書いておられますが、なるほどと思うところです。粟谷僚太クン、ときどき体を前に倒したりしてなんとか頑張り、ロンギでは見事に立ち上がりました。
それにつけてもこの曲、情趣深い一曲で、しみじみとした気持になりました。シテ狩野さんの思いも少しは感じられたかなと思っています。良い一番でした。
(98分:当日の上演時間を記しておきます)
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栗焼 山本泰太郎(條風会)

大藏流 喜多六平太記念能楽堂 2014.09.13
 シテ 山本泰太郎
  アド 山本則孝

先日、納涼茂山狂言祭を観た話を書きましたが、その際も栗焼が出ておりました。これまでも何度か観ている狂言なのですが、たまたま鑑賞記を書くような機会にいたらず、今回がブログ初登場です。

さて舞台は型通り、長上下のアド主が先に立ち後から半袴のシテ太郎冠者が続いて、アドが常座に。
シテが後ろに控えるとアドの名乗りです。アド主は今朝ほどもらった重の内(重箱の中身)を太郎冠者に当てさせようと言って、太郎冠者を呼び出しワキ座に移ります。呼び出されて常座に出た太郎冠者に、主は重の内を当てるようにと言います。

太郎冠者は、菓子の類でござろうと饅頭、羊羹など推量し、また果物の類なら梨、柿、葡萄などと推量しますが当たらず、主は見事な栗であろうと太郎冠者に重の内・・・といっても扇を広げただけですが、見せる形になります。
主は続けて、それにつけても栗をくれるならば五十個か七十個などが普通だろうに、四十というのが解せないと言います。これに太郎冠者は、始終末代までも・・・この後が聞き取れませんでしたが、添い遂げるとかそんな意味に取ったのですが、ともかくなにがしか「四十」を言祝いで主が太郎冠者を褒めます。

主はせっかくの栗なので、客に振る舞いたいと言い出しますが、とはいえ客は七、八十人なれども栗はただ四十、さてどうしたものかと問いかけます。太郎冠者はそれならば栗をすり鉢に入れ砕いて進ぜたら良いだろうと言います。しかしそれでは見事な栗が台無しになってしまうとの主の言に、太郎冠者は、やはり焼き栗にして正座の客に進ぜ、末々の客には余の御菓子でも良いのではないかと言って、主の同意を得ます。

そこで主は栗を焼くように太郎冠者に命じて栗を渡します・・・ガラガラガラ言いつつと、自分の扇から太郎冠者の扇へ栗を移す所作をするだけですが・・・ともかくも、栗を渡された太郎冠者は早速栗を焼くことにし、台所へと向かいます。
さてこのつづきはまた明日に
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栗焼のつづき

栗をどこで焼こうかと太郎冠者が迷うのですが、ここもなんと言っていたのか今ひとつ良く聞き取れませんでした。たしか和泉流では「お次」と「お台所」で迷うのだと思うのですが、当日は「おす」あるいは「おすえ」と聞こえまして、州なのか末なのか本当は何だったのでしょう。
ともかくそこへ持っていくと、子供達が栗をくれと言いだして大変なことになろうから、お台所で焼こうと、台所にやって来ます。

台所に来てみると「上々の火」が起きていると常座辺りで見て、大小前に座してガラガラと栗をおろし「煽いでみよう」と火を煽ぎます。と、灰が舞い上がった様子で、納めるのに一苦労してようやく栗を焼き始めます。
一つくべてみようと焼くと栗が飛んでしまいます。数の定まったものを飛ばしてしまって、どうしたものかと思案しますが、そう言えば栗を焼くときは芽を欠いて焼けというのを忘れていたと思いだし、芽を欠いて焼こうと言いつつ、栗の芽を欠く所作をします。要は先端を切るわけですが、次々と先を切り落とした栗を火にくべます。

焼ける栗を見ながら、「そなたは身繕いをしをるか」芽を欠いたのでもはや飛べまいなどと話しかけたり、「平家節で『しゅー』」また「小歌節で『しゅー』」などと、栗が焼ける様子を言ったりなど楽しく焼いていますが、火力があるので栗が焦げそうになり慌てて全ての栗を掻き出します。

皮を剥こうと、まずは一個剥いてみますが「これは小さなきつね色じゃ」、続いて「虫食いがある」などと言いますが、一つずつ剥いていたのでは埒が明かないので、残りの栗を両手で揉んで皮を外します。

さて焼き上げた栗を持って、早速主人のもとに戻ろうとして、大小前から常座・ワキ正と進み目付に出ますが、つっと立ち止まってしまいます。生まれてこの方、こんな見事な栗は食べたことがないなどと言い、食べたくて仕方ない様子です。とは言え、数の定まったものだし、既に一個飛ばしてしまったしなどと迷う様子。しかしそのうち、この栗を客人の持って出るのは自分だろうが、その時に、どんな風味なのかと問われて答えられなければ主人の外聞にもなろうなどと理屈を考え、とうとう食べることにしてしまいます。
さてこのつづきはまた明日に
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