能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

葛城 大和舞 清水寛二(銕仙会一月定期公演)

観世流 宝生能楽堂 2015.01.12
 シテ 清水寛二
  ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 殿田謙吉 梅村昌功
  アイ 高野和憲
   大鼓 亀井忠雄、小鼓 鵜澤洋太郎
   太鼓 桜井均、笛 一噌仙幸

葛城(かづらき)、本ブログでは四度目の登場ですが、観世流の大和舞は初めてです。
「大和舞」の小書は観世、宝生、金春の三流にありますが、いずれも本来は序ノ舞を舞うところを神楽に替える小書です。また「神楽」の小書が宝生、金剛、喜多にみえますが、こちらも序ノ舞が神楽に替わり、さらに五段神楽にしたり、天地人の拍子を踏んだりなどの変化があるようです。
また観世流の大和舞では作り物が出されたり、装束も替えの装束となりますが、各流様々に小書があるのも、それだけ愛された曲ということかと想像します。

さて舞台には白の引廻しをかけ、蔦をからませた上に雪を載せた作り物の雪山が出されて、大小前に据えられます。これは大和舞の時のみ出されるもので、白の引廻しは滅多に見ませんが、まさに雪の葛城山が象徴されるような作り物です。

次第の囃子でワキ、ワキツレの登場。三人とも白大口に、黒か褐色かの水衣で山伏の姿ですが、三人ともに白大口に黒系の水衣というのも珍しい感じがします。雪山の風情が強調されるような感じがしました。
向かい合っての次第の後、ワキが羽黒山の山伏と名乗り、大峯葛城に参ろうと思う旨を述べて道行の謡。葛城山に着いたことが謡われて着きゼリフ。「あら笑止や」と雪が再び降り来たったことを述べ、木陰に寄ろうと一同ワキ座に向かいますが、ここでシテの呼び掛け。

山伏の一向に、何方へ行くのかと問いつつ前シテが姿を現します。面は若曲見だそうです。着付は白の摺箔と思いますが、薄い茶地の縫箔を腰巻にし、上から緑の水衣を着けています。右手に杖を突き、背には負い柴、雪を置いた女笠を被っての登場です。
ワキ一行は振り返り、ワキツレが下居するなか、ワキは彼方は誰かとシテに問い返します。

シテは幕から出て橋掛りを進みつつ、葛城山に住む女と名乗り、途中三ノ松あたりに立ち止まって、通い慣れた自分でさえ雪に家路もよく分からないほどなのに、旅人にこの雪はいたわしい。自分の庵で一夜を明かすようにと勧めます。
さてこのつづきはまた明日に
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葛城のつづき

ワキが感謝を述べる間にシテはゆっくりと橋掛りを進み、「さて御宿りは何処ぞや」のワキの問いに、二の松辺りで歩みを止めて正面に向き直りつつ、岨伝いのあなた、谷の下庵とこたえます。
シテはワキの「さらば御共申さんと」から再び歩み出し、一ノ松辺りでシテ、ワキ同吟「笠は重し呉山の雪 靴は香ばし楚地の花」と正面に向き直って地謡となります。

「肩上の笠には 無影の月をかたぶけ」の謡に、見所右手奥の方に面を向けて月を見る形。向き直って「帰る姿や山人の」と歩み出して舞台に入り、「雪こそくだれ谷の道を」と常座に至り後ろを向いて下居、後見が負い柴と笠を外し「柴の庵に着きにけり」と向き直ります。ワキも着座。

ワキが感謝の言葉を述べると、シテは立ち上がってワキに向かい「これなる楚樹(しもと)を解き乱し」と小枝を手に正中へと進んで下居。ワキが楚樹とはこの木の名かと問うのに合わせて正面向き、小枝を置きます。
ここから楚樹をめぐる問答になり、地謡が謡い出すと、シテはゆっくりと面を上げて「葛城山に降る雪は」と正面から中正面あたりまで面をつかい、雪の景色を眺める心です。
「古き世の 外にのみ」で小枝取って立ち上がるとワキに寄り、ワキの前に小枝を置いてからやや下がり「松が枝添えて焚こうよ」と扇を開いて火を煽ぐ態で扇をつかいます。

クセは舞グセ。「葛城や」で大小前に立ったシテは「木の間に光る稲妻は」とやや上を見上げる形から、直して足拍子一つ。サシ込み、開キ、左右から「我が身の嘆きをも」と扇広げ「真柴を焚こうよ」と打ち込んで上げ端「捨て人の 苔の衣の色深く」で上扇開キ、大左右へと続きます。
最後は、ワキ山伏の一行に「身を休め給えや」と常座から左手を延べて勧める形から、「御身を休め給えや」と直して正中へ出、下居してワキに向きます。

ワキが「篠懸を乾かしていただいたのか」と喜び、後夜の勤めを始めようと言います。これを受けて問答になり、座したまま、シテが救済を求めて後夜の勤めのついでに加持して欲しいと頼みます。
ワキはその故を問いますが、さてこのつづきはまた明日に
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葛城さらにつづき

シテ、ワキの問答で、岩橋を架けなかった咎で明王の策に縛られて苦しみが絶えないという、葛城の神の苦難が明らかにされます。
シテ自ら葛城の神であることを明かした形になりますが、この苦しみを加持してほしいと求めて神隠れに姿を隠してしまったと謡う地謡に合わせ、作り物に中入します。

代わってアイ山下に住む者が登場し、型通りにワキの山伏一行を認め、ワキの求めに従って岩橋の子細を語ります。間語りの要旨は、高林白牛口二さんがなさったときの鑑賞記(鑑賞記初日月リンク)に、やや詳しく書いておきましたのでこちらをご参照頂ければと思います。

さて間語りを終えてアイが狂言座に下がると、ワキ・ワキツレが立ち上がって舞台中央で向き合い待謡。「夜の行い声澄みて」まで一同で謡い、ワキツレが着座する一方、ワキは向き合った形からやや中正面側に向きを変え、合掌してワキ一人で「一心敬礼」と祈りを捧げる形です。

葛城では通常は作り物が出ないので、待謡の後は出端が奏されて、異界から後シテ葛城明神が訪れる形になります。しかし今回は作り物が出されてシテがその中に入っていますので、待謡からアシライの後、作り物の内からシテが謡い出す形でした。
「法性真如の宝の山に」で引廻しに手がかけられて「法味に引かれて」と引廻しが下ろされ、後シテが姿を現します。
深緑の色大口に、少しだけ赤みの入った薄い黄色の長絹、天冠には緑と赤の蔦の葉を絡ませた姿です。下ろした引廻しを直ぐに引かず「よくよく勤めおわしませ」まで地謡が謡ってから、すっと片付けたのが良い感じでした。

ワキは「不思議やな峨々たる山の常陰より 女体の神とおぼしくて・・・」と謡い出し、蔦葛に纏わりつかれた女神が姿を現したことを謡います。
この続きもう少し長くなりそうなので、今日はここまでとさせていただき、もう一日、明日につづけます
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葛城もう一日のつづき

ワキの謡に、シテは「これ見給えや明王の 策はかかる身を縛めて」と我が身を示し、シテ、ワキの掛け合いから地謡。「葛城山の岩橋の」でシテはやや面を上げ、目付柱の先をみやる形から、直して「見苦しき顔ばせの」とワキを向き、「よしや吉野の山葛」で立ち上がると「かけて通えや岩橋の」で作り物を出ます。

「神楽歌始めて」と五足ほど出て「大和舞いざや奏でん」で左の袖を返し足拍子一つ。
「降る雪の 楚樹木綿花の 白和幣」と謡って常座に寄り、扇を幣を付けた榊に持ち替えて舞に入りました。
で、ここでいささか驚いた訳です。
大和舞の小書は、常の序ノ舞に替えて神楽を舞うのが、各流とも基本的な形です。当然ながらここで神楽と思っていたのですが、仙幸さんの笛はどう聞いても序ノ舞の譜。
しかしシテは榊の幣を持って正先に出ると下居して幣を振る形。これでは序ノ舞の型ではありません。ここから舞い始めて舞台を廻りゆったりとした舞の型を見せますが、段で正先に下居し、幣を振って答拝した後、立ち上がると右に回り、常座から何足か出て下がるとまもなく舞上げとなりました。
メモが粗っぽいので、もう少し様々な所作があったようには思うのですが、ともかくも短い特殊な序ノ舞が舞われた感じです。

後刻調べてみると、観世の大和舞では神楽を舞うのが普通としながらも、イロエにしたり今回のような短い特殊な序ノ舞にする演出もあるようで、私が知らなかったと、それだけのことのようです。ですが、この舞はなかなかに良かった。
いつぞや喜多の粟谷能夫さんが三輪に岩戸之舞の小書を付けて演じられたときに、この小書をめぐって明生さんと対談された中で「観世流には『葛城』に「大和舞」という素晴らしい小書があり憧れてしまう」旨を述べておられます。この憧れてしまう舞は、神楽ではなく今回の特殊な序ノ舞なのではないか・・・などと想像を膨らませたところです。

続く地謡が「高天の原の岩戸の舞」と謡いますが、大和舞の始めとなった舞は、かくあるかというような、榊を振り答拝をしながら舞に繋げていく独特の展開でした。この地謡の最初でシテは榊の幣を落とし、扇に持ち替えると角に出て「天の香久山も」とやや上を見回し、サシて右から廻って「いずれも白妙の」と常座へ。
ワキに向くと正中に進みますが、「面なや面はゆや」と左の手を上げつつ退き、常座から橋掛りへと向かいます。「あさまにもなりぬべし」で一ノ松、左の袖を返してワキの方を向き、直すと「明けぬ先にと葛城の」とゆっくり橋掛りを進みます。
ワキが進み出ますが、シテはそのまま橋掛りを歩み、一度目の「岩戸にぞ入り給う」で幕に入り、舞台に残ったワキが合掌して留となりました。
古き時代の神、その舞はかくあったのかと思わせるような、一曲でした。
(84分:当日の上演時間を記しておきます)
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成上り 野村萬斎(銕仙会一月定期公演)

日々慌ただしいままに二月も最終日になってしまいました。
今月は観能の機会もありませんでしたが、さてそう言えば先月の銕仙会、父尉延命冠者と葛城の観能記を書いてそのままになっておりました。
というわけで、萬斎さんの「成上り」について、少しばかり書いておこうと思います。
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和泉流 宝生能楽堂 2015.01.12
 シテ 野村萬斎
  アド 岡聡史、小アド 月崎晴夫

成上りは何度かブログでも取り上げましたし、萬斎さんのシテでも鑑賞記を書いていますので、詳しく筋や所作など書くつもりはありませんが、思ったことなど少しだけ。

いつぞやは、シテと小アドは萬斎さんと月崎さんで、今回と同じ配役でしたが、アドは深田博治さん。アドが代わっただけでけっこう印象が変わります。同じ詞章を同じ家の方達が演じていても違うものだなと、あらためて思いました。

萬斎さんのシテは相変わらず楽しい。寝ている間に太刀が青竹に変わってしまったと気付いた時の驚きようなど、分かって観ていてもまた笑ってしまいます。いささかオーバーアクションでもあり、様々にご意見のあるところかも知れませんが、少なくとも萬斎さんのおかげで能楽堂に足を運ぶ方が増えたことは間違いないと思います。

成上りや真奪、太刀奪などの鑑賞記で、これまでも書いてきましたが、和泉流の「成上り」では、太刀が青竹に成り上がる訳はあるまいとアド主人がシテ太郎冠者を叱った後、奪われた太刀を取り返そうとし、戻ってきた小アドすっぱを捕らえての騒ぎになります。
この後段は、真奪や太刀奪と同断ですが、何曲にも使い回されるくらいなので大変面白い部分です。
太郎冠者が泥縄の言葉通り縄を綯い始めたり、綯い上げた縄を持った太郎冠者が縄を置いて、すっぱに足を入れよと命じたりなど、実に楽しい展開になっています。

今回も、萬斎さんらしいキレのある演技に大いに笑わせていただきました。しかし面白いだけに、前半の「成上り」がいささか霞んでしまう。大藏流は太刀が青竹になったというシテの話を、主が叱って留になります。成上りだけを強調するなら、こちらの演出の方が良いように思います・・・が、後段まで演じても20分ほどの曲なので、前段だけだと物足りないかも知れませんね。
(18分:当日の上演時間を記しておきます)
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