能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

蟻通のつづき

一日、間が空きましたが・・・
舞台中央で向き合っての次第の後、ワキの名乗り。紀貫之と名乗り、住吉玉津島に向かうため紀の路の旅に赴く旨を述べて道行。
型通りに、道行の所作をみせ「里近げなる鐘の声」とおさめると、ワキツレ二人はススッとワキ座に進んで着座し、一方のワキは「あら笑止や」と声を上げます。

「乗りたる駒さえ伏して 前後をわきまえず候は如何に」と謡いつつ、ワキ座前で安座し、倒れ伏して動かなくなってしまった馬を気遣う態で見回します。「あら笑止や候」まで語り終えると立ち上がり、ワキ座に型通りに着座してシテの出を待つ形になります。

大小アシライでシテの出。
白大口に茶系の水衣を肩上げにし、左手に傘、右手には灯籠を持って姿を現します。
幕前で灯籠を上げてゆっくり歩み出し、一ノ松まで至ると正面を向き、一度、手に持った灯籠を上げて先を照らす風。手を下げてサシ謡の謡い出しです。

さて朝倉さんの演能の際にちょっと触れましたが、三宅襄さんの聞き書き「能楽藝話」の中に、金剛右京さんがこの蟻通について、松明を振っては傘が焼けてしまうから、燈籠を持って出るべきと語っていたという話が出てきます。
とは言え現在では、およそこの曲のシテは松明を持って出るのが定番になっていると思うのですが、この日は珍しく灯籠を持っての出。本田さんも松明を振った記憶がありますので、ここは流儀の・・・というよりもシテ金記さんの工夫なのかと想像します。

さてシテは謡いつつ「社頭を見れば灯もなく」と灯籠を上げて舞台を見やり、さらに「神は宜祢が習わしとこそ申せ 宮守一人も見えぬ事よ」と再び灯籠を上げて二ノ松方を見回して直し、「よしよし御灯は暗くとも」と舞台に向かい歩み出します。
シテ柱を過ぎ「あら無沙汰の宮守どもや」と謡いつつ、常座からワキ正まで進み出ます。
ここでワキが声をかけますが、シテはこのあたりには宿もないので、先へ進むようにと告げます。
シテ、ワキのやり取りが続きますが、さてこのつづきはまた明日に
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蟻通さらにつづき

ワキは暗くて先も見えないし、乗っていた馬まで伏せてしまっていると窮状を述べますが、これに対してシテは「下馬は渡もなかりけるか」・・・馬を下りなかったのかと問います。
神前ですから下馬すべき所という次第で、蟻通の明神は「物とがめし給う御神」なので、知っていて下馬しなかったのなら命もなかっただろうと言います。

ワキは不思議のことと驚きますが、「さて御社は」と問いかけます。
シテは灯籠を上げ「此の森のうち」と指し示す形。さらに掛け合いで、灯の影から様子を見れば、確かに社壇のある様子。下馬しなかったとは畏れ多いことと謡われ、シテは「見ればかたじけなや」で再び灯籠を上げて照らす型。地謡の「馬上に折り残す」あたりからゆっくりと後ろを向いて、常座あたりで後見に傘と灯籠を渡し、後見が肩上げを下ろして中啓を渡すと「恐れざるこそはかなけれ」の謡いっぱいにワキ正から正中の少し手前まで出て下居します。

シテはワキに「如何なる人にて渡り候ぞ」と問いかけ、ワキが紀貫之と答えます。
貫之と聞いてシテは、歌を詠んで「神をすずしめ御申しあれ」と求めます。ワキは自分の言葉が神慮に叶うのかと思いながらも、と謡い、一呼吸置いて「雨雲の立ち重なれる夜半なれば ありとほしとも思うべきかは」と歌を詠みます。
シテはすかさず歌を繰り返して詠じ、面白し面白しと褒め、自分たちでさえ面白いと思う歌を神が納受しないはずがないと言います。
シテ、ワキの掛け合いから地謡へと謡が続いていきますが、紀貫之にちなんで和歌の六義などが歌い込まれています。

この「蟻通」という曲、平安時代後期の歌人である源俊頼によって書かれた歌論書「俊頼髄脳」に出てくる蟻通明神の話を典拠としているようです。まさにこの話の通りの展開ですが、この「雨雲の」の歌については、以前の鑑賞記にも書いたように、雨雲で見えぬけれども星は在るということと、蟻通をかけている訳です。蟻通の社には雨中のこととて気付かないでしまったという弁解を、星に懸けたところがこの歌の上手さということでしょう。
ふと金子みすゞさんの「星とたんぽぽ」を思い出しました。
さてこのつづき、もう一日明日に
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蟻通さらにさらにつづき

クセは居グセ。短い詞章は和歌の効用を謡い、上げ端のところでワキが「かかる奇特に逢坂の」と謡って立ち上がります。
私、うっかりしてこのクセはワキが上げ端を謡って立ち上がり、その後はワキの仕舞の形になる・・・と思い込んでおりまして、これまでの鑑賞記でもそう記してきたのですが、ふと気になって観世の本にあたってみると上げ端はシテの謡になっています。

考えてみれば、この蟻通を観世流で観たことがありませんでしたので、仕方ないかとも思うのですが、どうやら観世流のみ、ここはシテが謡う形になっている様子です。
実際の上演でどうされているのか、観ていないのでなんとも言えないのですが、基本はシテが舞う形でしょう。
宝生もワキが謡う形だったので、てっきりそういう曲と思っていたのですが、どうも観世流だけ違うという、時々ある形のようです。個人的には、ここはワキが舞う方が面白いと思うのですが・・・

ともかくもワキは駒を引き立てる所作をみせ、立ち上がった馬を見送る形から、馬が生き返った奇特に感じ入った態でシテを見込み、両手を突いてシテを拝する形でクセを終えます。
ワキはシテに祝詞を読むよう求め、これを受けてシテは後見座に向かい、御幣を受け取ってワキ正から大小前へ。二、三足出て着座するとノットの打ち出しです。

シテは幣を右膝に立てて祝詞を読み、途中「御神託に任せて 猶も神忠を致さん」と両手で御幣を捧げ、再び幣を膝に立てて、神慮をすずしむるには和歌が最良と謡います。
シテの謡のうちに太鼓が打ち出され、「神の岩戸のいにしへの袖」で立ち上がると、「思い出でられて」と聞いて立廻です。

立廻りの後も、ゆったりと謡い舞いし、「仮に姿を見ゆるぞとて」と正中で開キ。そのまま橋掛りへと向かいます。常座で御幣を捨て、そのまま橋掛りを進んで幕に。ワキは立ち上がって常座までシテを追う形から、一度正中まで戻り、再び常座に進んでユウケンし、留拍子を踏んで終曲となりました。
(56分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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九皐会を観に行く

昨日は九皐会の8月定例会を観に矢来能楽堂へ行ってきました。
暫く続いた猛暑ですが、ほんの少し気温が下がり、楽になったような感じのする一日。能楽堂は満員の盛況でした。

番組はいつもの通り、能二番に狂言一番、仕舞三番。
能は中所さんの唐船と長山耕三さんの鵜飼。狂言が万作さんの内沙汰で、仕舞は五木田さんが雨之段、坂真太郎さんが蝉丸、そして喜之さんが鉄輪を舞われました。
休憩を挟みつつ約4時間の会でしたが、暑さを忘れる集中した時間を過ごすことができました。

中所宜夫さんが舞った唐船は、これまで縁がなくて今回が初見です。随分以前に、たしか足立禮子さんが唐船をされた時に観に行こうとしていて、いつもの如く都合がつかなくなって以来、なかなか観る機会がありませんでした。なにぶん、子方ないし子方を卒業したばかりくらいの演者を四人も揃えなくてはならないこともあって、あまり上演されない曲。今回は良い機会でした。
劇的な意味でも、たいへんに面白い能ですが、そのあたりの所はいずれ鑑賞記にまとめてみたいと思います。

鵜飼は何度か観ていますし、真如ノ月の小書付ですがブログの鑑賞記も書いています。もっともこの時はホールでの上演で、小書付であるとともに、いささか端折った形だったように思いますが、今回は小書無しのフルバージョンで長山さんも力の入った演技でした。こちらもいずれ鑑賞記にまとめたいと思います。

狂言の内沙汰、これ大藏流の右近左近(おこさこ)と同曲ですね。とは言え、どちらもさほど上演が多くないので、ブログに取り上げたことはありません。これまた鑑賞記にまとめてみようと思います。

ところで唐船の子方二人は江田五月さんのお孫さん達で、昨日も江田先生、最後まで正面席で鑑賞されていました。既にネットの活動日誌にも掲載されておられるので記載しましたが、お孫さんの出演する演目だけでなく最後まで鑑賞されたのは流石と思った次第です。
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素袍落 山本東次郎(轍の会)

大藏流 国立能楽堂 2015.07.12
 シテ 山本東次郎
  アド 山本凜太郎 山本泰太郎

素袍落は8年ほど前に、山本則俊さんのシテで観ています。(鑑賞記初日月リンク
金春流若手の会座・SQUAREの第10回公演で、場所は同じ国立能楽堂でした。記録を見ると、当初の番組ではシテが亡き則直さんで、小アド伯父が則俊さんだったのが、当日は則俊さんのシテ、小アド伯父は東次郎さんに変更になったとあります。
則直さんが亡くなったのはその4年ほど後のことですが、その当時からなにがしか不調であったのか、などとあらためて考えてしまいました。

さてこの素袍落、狂言としては長い方で、今回も40分近くかかりました。
舞台の展開は、以前、則俊さんの上演の際に書いた記録と同じですので、今回は詳細を記載はしませんが、気付いたところ、気になったところなど、いくつか書いておこうと思います。

冒頭、アド主人の凜太郎さんが段熨斗目に長上下で登場し名乗りますが、いつぞやも書いたように、発声や抑揚など、目を閉じて聞いていると泰太郎さんと間違うくらいに似ています。この素袍落の主人は、堅いことを言うケチで口うるさい人物ですが、だからといって品がない訳でも無い。山本家のカチッとした芸風がそうした人物を浮かび上がらせるように感じます。

一方の太郎冠者は、主人を持ち上げたり、様々に気遣いをして物事を上手く運びますが、酒を飲んで酔ってしまうと常々の不満が顔を出してしまうという、これまた使用人としてはありがちな人物。東次郎さんの見事な演技で、愛すべき太郎冠者が表現された印象です。

さて泰太郎さんの演じる伯父ですが、絵に描いたような好人物という設定で、挨拶に訪れた太郎冠者に酒を飲ませ、餞別に素袍までくれるというわけです。好人物ではあるのですが、あんまり人の良さそうに演じてしまうと、それはそれで目立ちすぎてしまうようにも思います。泰太郎さんの伯父は山本家らしくいささか堅い印象ですが、それが具合としては良いのかも知れないなどと思ったところです。
明日につづけて、もう少し素袍落の話を書いておこうと思います。
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素袍落のつづき

太郎冠者は酒を勧められ、これは酒好きの様子であまり遠慮もせず飲み始めます。
例によって、最初は一息で飲んでしまい、味はどうかと尋ねられても、ただひいやりとしただけで味が分からなかったなどと返事する始末。このやり取りの形になる曲は何曲かありますが、何度聞いても面白いやり取りではあります。
また伯父さんは下戸の設定で、これは同類の曲にも共通するところですが、やたらと酔ってしまう太郎冠者との対比では、下戸の設定が活きるような気がします。

酔っ払った太郎冠者は、帰り道、小謡を謡いますが、この日は「ざざんざ」を謡いました。謡いながら歩いていると、迎えに出た主人と出会い問答になります。
ご機嫌の太郎冠者は、返事もいい加減に「あの山見さい この山見さい」と謡いつつ舞台を廻りますが、この途中、頭の上に素袍をいただき、そのまま後ろに落としてしまいます。これを主人が拾って隠してしまうと、落としたことに気付いた太郎冠者が俄に不機嫌になってしまうという展開です。

主人は素知らぬふりで、機嫌良く自ら謡い舞いまでしますが、そのうち主人の様子が変だと気付いた太郎冠者が、何か拾わなかったかと問います。主人が素袍を拾ったと言い、取り合いの末に、太郎冠者が素袍を取り返して逃げ、主人が追い込んでの留め。
このあたりは家によって様々に演出があるようですが、ともかくも見所も大笑いの一番でした。

ところでこの餞別に素袍というのが、どれほどの重さなのか、ちと図りかねるところです。室町時代には「素襖引き」といって、酒宴の際に杯をさした人に素襖を脱いで引き物として与える風習があったようで、これとこの曲との関連を推察する考え方もあるようです。
そういえば、二十四世観世左近の文に江戸時代の謡初之式にふれたものがあります。
江戸城の大広間で観世大夫が四海波の小謡を謡い、続いて観世、宝生・金春・金剛の輪番、喜多の三流の大夫が老松、東北、高砂の舞囃子。さらに三人の大夫が弓矢の立合を舞うというものです。立合の後、将軍家が自ら肩衣を脱いで観世大夫に与え、御三家をはじめ列座の諸大名も肩衣を観世大夫に投げ与へるという次第です。
この時受ける肩衣は、多いときは長持に五つ六つ、少くても三つはあったそうで、翌日各大名から使が来て、纏頭(祝儀)と引き換えて持ち帰り、その金子だけで観世家の大世帯を一ケ年は苦労なしに支えて行けたとか。そんな時代もあったそうです。
(41分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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清経 恋ノ音取 本田光洋(轍の会)

金春流 国立能楽堂 2015.07.12
 シテ 本田光洋
  ツレ 鬼頭尚久
  ワキ 殿田謙吉
   大鼓 亀井忠雄、小鼓 幸正昭
   笛 小野寺竜一

清経は六月の緑泉会で鈴木啓吾さんの演能を観たばかりですが、今回は金春流の、しかも恋ノ音取(こいのねとり)の小書付で、雰囲気も随分と違っていました。
恋ノ音取に相当する小書は各流にあり、観世と金春が恋ノ音取、宝生と喜多は音取、金剛では披講之出端というようです。道成寺の小鼓や朝長の懺法の太鼓などと同様に、笛方の重い習いになっていて、当日も囃子方は長上下での登場でした。

さて長上下の囃子方が座に着き、半袴ながら肩衣を着けた地謡が落ち着くとツレの出になります。出し置きですので、静かに登場してワキ座に着きますが、着流しの唐織は車の文様でした。

ややあって次第の囃子。ワキの出になります。
白大口に掛け素袍、胸に守り袋を下げて笠を被った姿での登場です。次第で登場しての謡ですが、常座ではなく一ノ松での謡い出し。「八重の汐路の浦の浪・・・」と謡い、笠を取って正面に向き直り名乗り。さらにあらためて笠を被って道行の謡です。

道行の後半「しをるる袖の身のはてを忍び・・・」あたりで向きを換えると舞台に向かって歩み出し「忍び忍びに上りけり」と常座に出ます。

都に着いたと着きゼリフの後、案内を乞おうと言って一度後見座に向かい、笠を置いて常座に出、ワキ座方向に向いて案内を乞います。
ツレが「此方へ参れ」と声を上げると、ワキは「や」と声を出し「これは御声にてありげに候」と言って正中まで出て「粟津の三郎が参りて候」と両手突いて返事をし、以下、そのままの姿勢でツレとのやり取りとなります。
このつづきはまた明日に
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清経のつづき

ツレとワキのやり取りですが、先日の鈴木啓吾さんの清経の鑑賞記に書いたように、下掛宝生のワキと上掛のシテだと、ここのやり取りはなんとなくしっくりしない感じになってしまいます。
今回は下掛のシテなので、ここはワキ方の謡本と基本的に同じ展開でやり取りが進み、地謡の下歌「何事もはかなかりける世の習い」でツレがシオリ、上歌「此の程は 人目をつつむ我が宿の」でワキが面を上げて、常の下居の形になり、正面に向き直ります。
地謡のうちにワキは扇を広げて置き、首に懸けた守り袋を外すと扇に乗せます。

ワキは「御身を投げ給いて後、船中を見れば」と立ち上がり、ツレに寄ると守り袋ををツレに手渡します。
しかしツレは「これは中将殿の黒髪かや・・・」と謡い「うさにぞかえす本の社に」と謡って守り袋を置いてしまい、地謡がそっとこれを下げます。

地謡の「涙とともに思い寝の」あたりでワキが立ち上がると地謡前に座し、笛方が常の位置から前に出て幕の方を向きます。恋ノ音取の小書により、特別な形になる訳です。一度目の「枕や恋を 知らすらん」で笛方が笛を構え、繰り返す「枕や恋を知らすらん」を聞いて、静かに笛を吹き出します。

笛の吹き出し、静かな笛の音に合わせるように、幕が上がりしばし半幕のままにおかれてからゆっくり幕が上がります。
笛の音が途絶えるとシテが歩み出し、再び笛が高音で吹き出しても少しの間は歩み続けて幕前でツレを見込んで歩みを止めます。
笛の音がやむと再びシテは歩み出しますが、二ノ松の少し手前を進むあたりで笛が吹き出し、シテは笛の高音を聞きつつ二ノ松を過ぎて一度歩みを止めます。
さらにゆっくり四足ほど出たところで笛の音がやみ、シテは向きを少しだけ換えて歩み出し一ノ松へと向かいます。
シテが一ノ松の少し手前あたりにさしかかると笛が吹きはじめ、シテは一ノ松に立ちます。笛の音がやみシテが正面を向くと、再び笛の吹き出し。シテは歩み出して笛の音を聞きつつ舞台に入り、常座に出て二足ほど下がり「聖人に夢なし」と謡い出します。
メモのままに音取の様子を書いてみました。きちんと記録できたかどうかいささか心許ないのですが・・・
このつづきはまた明日に
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清経さらにつづき

音取のところの笛とシテの動きですが、昨日記載した通り金春の音取では笛の音が止んだときにシテが動き出します。
当日いただいた解説に笛方の小野寺竜一さんが寄稿されています。他の流儀では笛が吹き始めると動きだし、やむと止まる形で、笛の音に引かれて清経の霊が姿を現すという感じなのに対し、金春流は、笛が止んでいる間に動き出し止むと止まったりと動きに変化がある。笛の音に引かれて出てくるというよりも、自らが笛を吹いているが如く出てくるような心持ちなのではないか・・・と書いておられます。
いずれにしても金春のこの出方は独特の形のようです。

さてシテがサシを謡出し「眼裏に塵あって三界すぼく」のあたりで笛方がもとの笛座に戻ります。シテは「行くも 帰るも閻浮の故郷に」と幕方を見込み「夢てうものは 頼み初めてき」と謡い納めて「如何にいにしえ人」とツレに向いて言葉をかけます。

ここからシテ、ツレの言い合いになる訳ですが、たしかに互いにやや詰問する感じはありますが、全体の印象としては言い合いというよりも、もう少し穏やかで、かつ複雑な思いのやり取りを感じたところです。
ツレ「われは捨てにし命の恨」シテ「互いにかこちかこたるる」ツレ「形見ぞつらき」二人「黒髪の」と謡って地謡に。
シテは開いて拍子二つ踏み、シカケ開キから六拍子。「恨むれば独り寝の」とツレに向いて正中に出、扇を右手にシオリ。舞台を廻って大小前。「忘れるる事もありなんと」とシカケ開キ、「思うもぬらす袂かな」とツレに三足ほどツメます。

「西海四海の合戦の物語申し候はん」と言って床几に腰を下ろし、「さても一門は九州山鹿の城へも・・・」と合戦の様子を語り出し、さらに地謡と掛け合いで、柳ヶ浦に仮の皇居を営み、宇佐八幡に参詣して、神馬七疋外金銀など種々の捧げ物を奉ったことを謡います。
これを受けてワキが「世の中のうさには神も なき物なり 何祈るらむ心づくしに」と謡います。先日、鈴木啓吾さんの鑑賞記にも書いたように、観世ではシテが姿を現す前にワキは切戸口から退場してしまい、この「世の中の」の歌はシテが謡います。宝生も同じく「世の中の」はシテの謡になっていますが、下掛各流ではワキが舞台に残り、この歌を謡い上げる形になっているようです。
さてこのつづきはまた明日に
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清経さらにさらにつづき

ワキの謡をシテが受け、地謡が続けて「弱りはてぬる 秋の暮かな」と謡うと、シテは手を打合せ「さては」と一声。地謡が「仏神三宝も」と続け、シテは立ち上がって六足ほど出てまた「足弱車のすごすごと」と下がって下居、「還幸なし奉る」と両手を突き「あはれなりし有様」の謡に片シオリです。

クセ「かかりける所に」で立ち上がり、正先に打ち込んで足拍子。クセの舞になっていきます。「追い手顔なる跡の波」で幕方を向いてサシ、橋掛りへと進みます。
「白鷺の群れ居る松見れば」と一ノ松で雲扇。
「さるにても八幡の ご託宣あらたに」で向きを換えて舞台に戻り大小前へと進みます。「誠正直の 頭にやどり給う」の謡に扇を上げて打ち込んで開キ、打ち込んで上げ端で上扇。「なお置き顔に浮き草の」の地謡に大左右して正先へと、クセの舞が続きます。

「腰より横笛抜き出し」の謡に、扇を笛のように構え「音もすみやかに吹き鳴らし」と笛吹く心。その後、扇を広げて舞台を廻り、大小前から正先へ、さらに舞台を廻って「よそ眼にはひたふる狂乱と」と大小前で小廻りして開キ。「西に傾く月を見れば」で地謡の方を見込んで正に直し「我も連れんと」と合掌。
「南無阿弥陀仏」の謡を聞いて七つ拍子。大小前からワキ正へ出て「舟よりかっぱと」とノリ込んで大小前へ。ガッシして安座。「うき身の果てぞ悲しき」とシオリます。

ツレが謡い、シテはこれを受けて「いうならく 奈落も同じ うたかたの あわれは誰も かわらざりけり」と謡って右手を上げ、「さて修羅道に遠近の」と腰を浮かせます。
地謡が「さて修羅道に遠近の」と繰り返すとシテは立ち上がり、大小前で小廻り。
「月は清剣」と雲扇。「驕慢の剣をそろえ」で太刀を抜き、舞台を廻ると笛座から大小前へ。
「乱るる敵」と一つ打って太刀を捨て大小前へ。
「御法の舟に」とツレに寄り、「げにも心は清経が」で常座に小廻り。正面向いて合掌して「有難けれ」と斜め向いて留拍子を踏み終曲となりました。
附け祝言は高砂。充実した時間を感じた一番でした。
(80分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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