能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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老松 大坪喜美雄(宝生会月並能)

宝生流 宝生能楽堂 2015.12.13
 シテ 大坪喜美雄
  ツレ 高橋憲正
  ワキ 殿田謙吉
  アイ 河野佑紀
   大鼓 安福光雄、小鼓 幸信吾
   太鼓 観世元伯、笛 寺井宏明

平成27年最後の観能は、13日の宝生会月並能でした。
一曲目が老松。宝生の老松は2008年に今井泰行さんが舞った際の観能記(鑑賞記初日月リンク)をブログに載せていますので、重複する部分も多いのですが、ともかくも舞台の様子など記しておこうと思います。

まずは地謡、囃子方一同が着座すると笛の吹き出し、真ノ次第でワキの登場です。
いわゆる大臣ワキで殿田さんが重々しく登場し、ワキツレ赤大臣は大日向さんと御厨さん。舞台に進むと中央で向き合い、次第の謡になります。
脇能ですので次第は三遍返し「関の戸さゝで通わん」と謡い納めてワキツレが下居、ワキの名乗りです。

都の西、梅津の何某と名乗り、北野を信じて常々参詣しているところ、筑紫安楽寺に参るようにとの霊夢を得たので、九州に赴くところと述べて道行。
道行の謡「上野に通う春風の 上野に通う春風の 音も吹井の浦伝い 明石の戸よりかくよりて実に定めなき旅の空 なお遥かなる播磨潟室のとも君きぬぎぬの 朝妻舟やしらぬひの 筑紫の地にも着きにけり 筑紫の地にも着きにけり」

以前、観世銕之丞さんが紅梅殿の小書着きで上演された時(鑑賞記初日月リンク)に、この道行を聞き書きして「吹飯の浦伝い」と書き取りました。この「吹飯(ふけい)」ですが、昭和10年宝生新編の下掛宝生本をみると「吹井」と書かれています。同じ読みの「ふけい」ですが、「吹飯」は大阪府泉南郡岬町深日の海岸とされており、一方で「吹井」は和歌山県日高郡由良町吹井、万葉集にも詠まれた湯羅のあたりです。
その後の行程が、明石から播磨へ向かい、室津を過ぎて筑紫に向かう海道ですので、これは「吹飯」の方が道筋であろうと思います。

ともかくもワキは筑紫安楽寺に着いたので、人が来たなら名木の謂われを尋ねようと着きゼリフ。ワキツレが然るべう候と答えてワキ座に着座し、シテの出を待つ形になります。
さてこのつづきはまた明日に
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老松のつづき

真ノ一声で前シテ、前ツレの出。
ツレ若い男の高橋憲正さんが、白大口に無地熨斗目、緑系の褸水衣、右手に箒を持って先に立ちます。後からシテの出、こちらは白大口に小格子厚板、茶系の絓水衣で杉箒を肩に担っています。

シテ、ツレの一声、ツレ二ノ句、同吟と続きますが、シテ大坪喜美雄さんの宝生らしい渋い謡と、憲正さんの二ノ句の謡の対比が何ともいえず良い雰囲気です。
脇能の前場は、老人のシテをメインに据えて謡を主体とした展開が普通ですが、正直のところ、あまり楽しんだことはありません。後場への期待を膨らませつつ耐える・・・といったことが多いのですが、時々、謡を聞いていて引き込まれてしまうこともあります。この日の前場は、そういう雰囲気を感じました。

シテ、ツレは老松、紅梅殿にちなんで、梅や松を織り込んで春を迎える気分を謡い、下歌、上歌と謡って「惜まるゝ花盛 手折りやすると守る梅の」あたりで立ち位置を入れ替え「梅の花垣を囲はん」と謡い納めつつ、シテ正中、ツレが角に進み、これに合わせてワキが立ち上がります。

ワキが声をかけ、飛梅はどの木かと問います。シテは梅の木の所在はさておいて、飛梅ではなく「紅梅殿」とあがめて呼んでいると答え、まずはこちらの松をどう見るかと問い返します。ワキは階の先を斜めから見込む形になり、注連縄を引いた松を見る心。

シテ、ツレの謡で紅梅殿に注意を向け、地謡。ツレはシテの後ろを回って笛座前に、ワキはワキ座に着座します。
ワキが「まづ社壇の体を拝み奉れば 北に峨々たる青山あり」と謡い「朧月松閣の中に映じ」と続けます。シテは正中に下居し、肩上げを下ろして地謡を聞き「左に火焔の輪塔あり」と謡って再び地謡。

さらに当社の様子が謡われて、クセの謡へと続いて行きます。
さてこのつづきはまた明日に
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老松さらにつづき

クセでは松と梅をめぐっての故事などが謡われます。
天神、菅原道真が松梅を愛した事にはじまり、唐土では特にこの二つの木が徳をあらわしたこと。唐の帝の時には、文学が盛んになれば梅の花の色が増し、匂いも優れるのに、文学が廃れると匂いもなく、花の色も深くならないことにより、好文木と名付けられた。また秦の始皇帝が狩に出た際に、俄の大雨をしのぐため小さな松の蔭に寄ったところ、松が俄に大木となって帝を雨から守ったため、大夫の爵を与えられた、という謂われが謡われます。

クセの終わりにシテが「かやうに名高き松梅の」と謡、地謡が「花も千代までの」と謡い継ぐと、シテはゆっくりとワキを向き「天満つ空も紅の」で腰を浮かせて立ち上がり、正から目付柱の方へと向きを変え、さらに常座に向かうと小さく一回りして開キ。
ツレも立ち上がり「千代万代の春とかや」の謡に、二人は中入となります。

シテ、ツレが姿を消すと、ワキが「いかに誰かある」と声をかけ、ワキツレ大日向さんが立ち上がって面前に下居。ワキは門前の者を呼んでくるようにと言いつけ、ワキツレが承って常座に行き、アイを呼び出します。

アイは正中に進み出て、型通りにワキとの問答の後、間語りとなります。アイは求めに応じて飛梅、老松や、北野天神との関わりなどを語ります。

まずは飛梅について。北野の天神が、さる子細あって安楽寺に下向されたが、都では様々な御游があったものの、当地は田舎のため、明け暮れ和歌の道により心を慰めておられた。そんなある日「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」と歌を詠まれた。これに感じて都からこの梅が飛び来たり飛梅と名付けられたと聞いている。美しく咲く程に紅梅殿の神とあがめられているところだ。
また松は人の寿命を守るものとして、あがめられている。

さて菅丞相は再び都に戻って何事も意のままに為したいと思い、山に上ると七日七夜祈誓されたが、天から巻物一巻が下った。これには南無天満天神とあったが、思うままにと頼むには足りないと、さらに祈られると、また巻物一巻が下った。
こちらには南無天満大自在天神とあり、これにより都に上り何ものも思し召すままになされた。北野の天神とあがめられる所以であるなどと語ります。
その後は型通りのやり取りで、ワキにさらなる奇特をみるように勧めて下がります。
さてこのつづきはまた明日に
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老松さらにさらにつづき

アイが下がるとワキ一同の待謡。
一行は立ち上がると舞台上に向き合い「嬉しきかなや いざさらば」と謡い出します。
「この松陰に旅居して 風も嘯く寅の時 神の告をも待ちて見ん」と謡い納めて、一同はワキ座に並んで下居。後シテの出を待ちます。

銕之丞さんの、紅梅殿の小書付での上演では、鑑賞記に書いたように後ツレ紅梅殿が登場します。その方が華やかであることは間違いないのですが、小書無しでは老体のシテのみが舞う形。
出端の囃子が奏されて後シテの出となります。

出端も、シテが老体のためか、心持ちゆったりと奏される感じです。
幕が上がると後シテが、薄緑の色大口に、白地に金の袷狩衣、白垂に初冠を着けて舞台へと進みます。そのまま常座まで出て開キ「如何に紅梅殿 今夜の客人をば 何とか慰め給うべき」と謡って地謡に。

シテ、地謡の掛け合いで謡い継ぐなか、シテはサシ込み開キ、左右打込、開いて袖の露を取り「舞楽を備うる宮寺の 声も満ちたる 有難や」の地謡に、後見方を向いて常座に行き、正面に向き直ってサシ込み開キ、答拝して真ノ序ノ舞の舞出しです。
老松の精だから老体ということにはなりますが、神とあがめられる以上は、老体であっても老いの衰えが出てしまうべきではないのでしょう。
大坪さんの舞は、ゆったりと老体の雰囲気を出しつつも、脇能の後場らしい神々しさを感じさせました。

真ノ序ノ舞を舞上げるとワカ「さす松の」と一声謡って上扇。地謡と交互に謡い継ぎ、地謡の「松の千代に八千代に」で出て「さざれ石の巌となりて」と左の袖を返し「苔のむすまで」と目付柱に向いて雲扇。
左へ回って大小前にて左右、打込開キ「行く末護れと我が神託の」で正中に出、両袖巻いて後ろを向き大小前から常座に行き、小廻りして開キ「久しき春こそ めでたけれ」と留拍子を踏んで終曲となりました。
(93分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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竹雪 當山孝道(宝生会月並能)

宝生流 宝生能楽堂 2015.12.13
 シテ 當山孝道
  子方 和久凜太郎
  ツレ 佐野登
  ワキ 安田登
  アイ 野村万蔵 野村虎之介
   大鼓 佃良勝、小鼓 鵜澤洋太郎
   笛 藤田次郎

宝生と喜多の二流のみに残る儀理能の一曲です。
・・・といきなり書きましたが、「儀理能」という言葉、このブログでは初めて使ってみました。この分類の意味を、法政大学名誉教授の西野春雄さんが簡潔にまとめています。
「劇的筋立を第一義とする能」で「主として問答の積み重ねによって筋を展開させていく能」であり、「詰め所(=山場。例、親子再会)の不可欠な能」である。「謡を聞かせ舞を見せることに比重を置く歌舞(風流)能に対立する能」であるということです。(日本文學誌要 21 1968年 に所収の『儀理能の古態 : 作品研究「横山」』より引用)

能というと、やはり歌舞能のイメージが強いようで、人気曲も歌舞能がほとんどです。しかし「儀理」という言葉自体は世阿弥も各所で使っていて、儀理能も能の重要な柱の一つと思います。西野さんは代表的な儀理能として、苅萱、藤栄、望月、鉢木などをあげていますが、望月や鉢木は別として、どちらかというと稀曲の類が多いようです。
確かに、歌舞伎をはじめ、様々な演劇が存在する現代にあって、能らしさ、能でなければ観られないもの、を大切にしようとすれば、まずは歌舞能ということになりましょう。けれども、古い時代・・・歌舞伎以前の時代では、けっしてそうではなかった、と想像しつつ、こうした曲を観るのも一興かと思います。
この竹雪は、いわゆる継子いじめが題材ですが、ともかくも舞台の様子を書いていこうと思います。

舞台にはまずアイの女、これはワキ直井何某の後妻ですが、アイの男従者とともに登場し地謡前に着座します。
さてこのつづきはまた明日に
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竹雪のつづき

アイ女の万蔵さん、灰色の縫箔を着流しにし、上に側次のような何やら短いものを着て美男帽子。アイ男の虎之介さん、ああしばらく見ない間にすっかり大人になりましたね、半袴の狂言出立で控えます。肩衣の背には大きな鷲の図柄。

アイはいわゆる出し置きの形なので、続いて名宣笛が吹かれてワキ安田さんの登場です。安田登さんのワキは久しぶり、独特の声、なんだか得体の知れない雰囲気があって好きなワキ方の一人です。
段熨斗目に素袍上下、常座まで出ての名乗りです。越後国の住人、直井の何某と名乗りますが、続けて、妻を離別して新しい妻を迎えたが、前妻との二人の子のうち姉は前妻とともにし、弟の月若を跡継ぎとして手元に置いている、と設定のあらましを述べます。さらに、子細あって出かけるので留守のことを申しつけておこうと言い、別に地謡座の方を向いて声をかけます。

これを受けてアイ女が立ち上がり問答ととなります。
ワキは宿願の子細があって参籠すると告げます。アイが、心安くお出かけあれと答えると、ワキは続けて、月若のことをよくよくいたわるようにと言い、雪が降り積もると四壁の竹を損じてしまうので、降り出したならば召し使う者たちに言いつけて竹の雪を払うようにと命じます。
このワキの言いに、アイは雪のことは承ったが、自分がいつ月若をいたわらなかったのか、と詰めよりますが、ワキは幼い子供のことなのでそう言ったまでだと答え、それでは出かけると言います。
「目出度う御帰りを待ち申し候」と返したアイは、出かけていくワキを見送る形で常座まで歩みを進めた後、正に向き直って独白の形となります。

アイは、月若をいたわるようにと殿がわざわざ言い置いていったのは、常々、月若が自分のことを悪し様に殿に告げ口しているからに違いない、面憎いことだと言い、橋掛りの入り口から幕に向かって「月若いたか」と声をかけます。
これを受けて幕が上がり、紺地の長袴、朱地の縫箔、唐織を壺折にした子方、和久凜太郎クンが登場してきます。
なんだか健気な雰囲気ですが、さてこのつづきはまた明日に
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竹雪さらにつづき

アイはワキ座に立ち、正中に出て下居した子方に向かい、殿が出かけるに際して月若をいたわるようにと言い残して行かれたが、これはお主があることないこと悪し様に告げ口をしたからだ。ああ腹が立つ。面憎い・・・と言い、一度立ち上がってくるりと回ると、地謡前に斜め前を向いて着座します。

子方は「げにや世の中に月若ほど 果報なき者はよもあらじ」と謡い出し、我が身を悲しんで、長松にいる実の母と姉に暇乞いをして何処かに行ってしまおうとシオリます。

大小アシライで幕が上がると、シテが無紅唐織着流しで登場し、幕前に出てサシの謡。
松吹く風も淋しく、人も尋ねてこない長松の隠れ家の明け暮れを謡います。この間に子方は立ち上がり橋掛りへ入ると、一ノ松に立ってシテに向き合います。長松の母の住居を訪ねた形。

子方が、月若が来たと声をかけ、シテと問答になります。
一人で来たという月若に、シテは日も暮れたのになぜ一人でやって来たのかと問いかけますが、子方は、今やって来たのは継母の・・・と言いながら幕前のシテに走り寄ります。
シテは子方の言葉を遮り、左の手を子方に添えつつ、我が子のやつれた姿に片シオリして、月若の今の境遇を悲しみ涙します。

地謡が受け、シテは幕前で床几にかかり、子方は二の松に下居します。
「親子ならではかくあらじ」と地謡が納めるとアイが立ち上がり、正面を向くと、月若の姿が見えないと独り言ちします。続けて、実母のいる長松に告げ口をしに行ったものであろうと言い「いかに誰かある」と従者を呼び出します。

アイ男の虎之介さんが進み出ると、アイ女は月若はどこへ行ったかと問いかけます。男が知らないと答えると、長松の母の所へ自分のことを告げ口しに行ったものであろう面憎いことだと言い、男に長松へ行き月若を連れ戻してくるようにと命じます。
これを受けて男が立ち上がりますが、さてこのつづきはまた明日に
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竹雪さらにさらにつづき

立ち上がったアイ男は一ノ松に下居し声をかけます。アイ男は、殿が帰ってきて月若に戻るようにとの命なので急ぎ戻られるようにと告げ、シテはこれを受けて、偶々やって来たところなのに悲しいことではあるが父御のお召しであれば急ぎ帰り、またいずれここに来るようにと月若を諭します。
このやりとりの間にアイ女は地謡前に着座していますが、アイ男はシテの詞を受けて子方の後ろに回って立たせ、後ろから添う形で子方を太鼓座にクツロがせます。

シテは幕に入り、代わって後見が作り物を持ち出してきて正先に据えます。四角に竹を組み、葉の付いた竹を中に立たせて綿を置き、雪のかかった竹に見立てたもの。
作り物が出ると、子方は正中に出て下居。アイ男が一度下がって、あらためて常座から、月若殿をお供してきたと声をかけます。
これを受けてアイ女がワキ座に立ち、アイ男は狂言座へと下がります。

アイ女は子方に向かい、また長松に告げ口しに行ったなと詰り、雪が降ったならば竹の雪を月若に払わせるようにと殿が言っていかれた。ことのほかの雪なので急いで竹の雪を払うようにと命じます。
物を脱いで小袖一つで払うようにと言い「払わしませ」と繰り返すと、常座方まで進んでから子方の回りを廻り、子方の唐織を乱暴に取り去って、笹を置いて退場します。

子方は「さりとては払わでかくてあるならば」と謡い地謡に。「母上も姉御前も 思いは長松の風」の謡に片シオリ、左手に笹を取って作り物に寄り「雪寒うして払いかね」と開キ。「帰らんとすれば門をさす」で常座に向かい「あけよと叩けども」と笹で打つ形。
常座で「月若たすけよ」と合掌して目付に出、舞台を廻ると大小前から正先へ。笹を捨てると「思うかいなき月若は 終に空しくなりにけり」の謡に、作り物の前に横になります。素早く後見が横たわった子方に白練をかけ、雪に埋もれて亡くなって様とします。

この曲の見せ所の一つですが、さてこのつづきはまた明日に
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竹雪またつづき

アイ男が狂言座から立ち上がり一ノ松に出ると、月若が亡くなったと聞いた風で、いたわしいことと歎き、急ぎ長松の母御に伝えようと言って、一度舞台に向かい後見座から橋掛り入り口へと立ち戻って幕に声をかけます。
いかに申し候と声をかけ、月若が竹の雪に埋もれて亡くなった旨を告げて退場します。

大小アシライにてシテとツレ姉が登場してきます。
先に出たツレは銀の摺箔に紅入唐織を腰巻にして白の水衣、笠に雪を置き、右手には朳(えぶり:柄振とも)を持っています。後から出たシテは、薄い金の摺箔に無紅唐織を腰巻にし白の水衣、こちらも雪を置いた笠に朳を持っての登場。
橋掛りで子を思う親の心を謡ってシオリ。

次第「ふるに思いの積もる雪 ふるに思いの積もる雪 消えし我が子を尋ねん」をシテ、ツレが謡うと、地謡も再度この次第を謡い、さらに地取りを謡ううちにシテ、ツレは舞台に向かって歩み出し、ツレが正中、シテが常座に立って一声「子を思う 身を白雪の振る舞いは」を謡います。地謡が「ふるにかえらぬ 心かな」と続けてシテの謡。さらにツレ、シテ・ツレ同吟と謡が続きます。

シテは同吟の「片糸の 一筋にただ思い切り」あたりでツレと向かい合ってのシオリ。
さらにシテの謡「上なき思いは富士の嶺の」が入り、同吟から地謡。地謡「身は小車の我が姿」の謡にシテは片シオリ。続く謡の「笠の雪の重さよ」の句に、笠の先に左手を添え、「まず笠の雪を払わん」と地謡が納めるのに合わせて、シテ・ツレは向き合います。

シテのサシ「暁梁王の園に入らざれども 雪群山に満ち」ツレ「夜庾公が樓に登らねども 月千里に明らかなり」と謝観作といわれる「白賦」の一節、和漢朗詠集の冬に収録されている一節を謡います。さらに同吟からツレの謡となり「彼の唐土の孟宗は 親のため雪中に入り笋(たかんな:タケノコの古名)を設く」と孟宗の故事を引きます。
孟宗は三国時代呉の人。孝子として知られ、冬のさなかに病気の母親に食べさせようと、母の好物のタケノコを雪中に探したといい、孟宗竹の語源になったとも言われます。
昨年12月10日の日経新聞文化面に、鈴木春信の「見立孟宗」が取り上げられていて、雪中に、蓑笠姿の若い娘が鍬を振るいタケノコを掘り当てた絵の解説がされていました。孟宗の故事を若い娘に置き換えた見立ての絵ですが、偶々ではあるものの、妙に感心しました。
話がいささか逸れてしまいましたが、さてこのつづきはまた明日に
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竹雪またまたのつづき

一日、空いてしまいましたが、竹雪の最後の部分です。

孟宗の故事から地謡となり「子の別れ路を悲しみて 竹の雪をかきのくる・・・」の謡に、シテは常座で朳(えぶり、木偏に八:柄振とも)を使って雪を除ける所作を見せますが「我が子の死骸あらば」と下がってツレともどもに下居、シテはシオリます。

ロンギ。二人は朳を取って立ち上がると、シテは常座から一度ワキ正方向を向き、正面に直すと「母は泣く泣く雪をかけば」と朳を使い、ツレが「姉は父御を恨みて・・・」と謡いつつ地謡座の方へ、シテも動いて子方が横たわるあたりに二人が向く形になります。
地謡「すわや死骸の見えたるは」の謡に、シテは子方に寄り「如何に月若母上よ」と朳を使い、ツレも「姉こそ我と」と謡うと、地謡が「呼べども叫べども」と続けるに合わせて朳を捨てて笠を外し、シテは横たわる子方に両手を添え、ツレは地謡座側から見守る形で「別れを何に例えなん」の謡に、二人シオリます。

ここでワキが登場し一ノ松で、願いが叶ったので帰ってきたと述べます。
続けて正中の方を見て、屋敷のうちに人の泣き声がするのを怪しみ「立ち越え見ばやと存じ候」と言うと橋掛りを進みます。
シテ、ツレの姿を認めると、いかにしたかとツレに問います。ツレは、父の留守の間に月若が衣一枚で雪掻きをし、亡くなったことを告げ、命じた継母よりも父の方が恨めしいとシオリます。

ワキは自分が命じたものではないと言い訳しつつも、元を正せば自分の科であり面目ないと言い、シテとのやり取りから地謡に続き、二人シオリます。
すると地謡が調子を変え、竹林の七賢が子を生き返らすとの告があったと謡い、子方が起き上がり後見が小袖を外します。
キリとなり「かくて親子にあい竹の」の謡にシテ、ワキは向き合い、一同が立ち上がると、ワキが子方を送り、ツレがこれに続く形で幕に向かいます。シテは扇を広げて舞台を廻り、常座近くで「仏種の縁となりにけり」を聞きつつユウケン。「親子の道ぞ有難き」の謡に留拍子を踏んで終曲となりました。
儀理能と初日に書きましたが、こんな能の形もまた往時の観客には受けたのだろうと想像します。亡くなった子供を白練りをかけることによって表現するところなどを含め、ドラマとしては興味深い一曲と思います。
(78分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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