能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第六天 奥川恒治(能を知る会鎌倉公演)

観世流 鎌倉能舞台 2016.05.03
 シテ 奥川恒治
  前ツレ 佐久間二郎、後ツレ 小島英明
  ワキ 則久英志
  アイ 若松隆
   大鼓 安福光雄、小鼓 田邊恭資
   太鼓 小寺真佐人、笛 熊本俊太郎

これまたずいぶんと前のことになってしまいましたが、今年のゴールデンウィーク、5月3日に鎌倉能舞台を初めて訪れました。
前々から一度行ってみようと思っていたのですが、なかなか機会に恵まれず、ようやく辿り着いたという感じです。しかもこの日、東海道線の品川・川崎間の人身事故のためダイヤが大幅に乱れてまして「辿り着く」のも大変だったのですが、そのあたりは後ほど・・・

さてこの第六天、観世流だけにある五番目の曲で、滅多に上演されません。鎌倉能舞台主宰の中森貫太さんの解説では、後場でシテが使う魔王団扇が他曲ではまず用いられない特殊な道具なので、これを持っていない家では演じることができないとのこと。今回は観世喜之家から借りてこられたそうです。それだけが理由ではないでしょうが、ともかく上演の少ない曲。後シテが「魔王」とされているのはこの一曲だけで、他は天狗とのことでした。

さて舞台はまず次第の囃子でワキ・ワキツレが登場してきます。いずれも白大口に水衣、角帽子を着けた大口僧で、次第の謡の後、ワキは「解脱上人」と名乗り、伊勢神宮参宮を志したと語ります。
解脱上人と言えば、平治の乱で亡くなった信西の孫で、法然の専修念仏を批判したことでも有名ですが、本曲ではワキが解脱上人であることにさほどの意味はありません。

名乗りに続いて道行。この詞章、観世の謡本と違いましてやけに短い。観世の本では「旅衣 けふ九重を立ち出でて けふ九重を立ち出でて 末は音羽の山桜 花の滝川これぞこの 行くも帰るも逢坂の 杉の木の間に波寄する 湖むかふ鏡山 漸う行けば鈴鹿路や 多気の都の程もなく 度会の宮い着きにけり 度会の宮い着きにけり」となっていますが、当日の謡は、都を出た後、逢坂越えて瀬田の長橋を渡り、行けば程なく伊勢国 度会の宮に着きにけり・・・という感じです。もしかして下掛には別の本が伝わっていたのかも知れませんが、観世流以外は現行曲にしていないので、このあたりの事情はわかりません。
ともかくもワキ一行は度会の宮に着き、ワキの着きゼリフ、ワキツレの尤もにて候の声で、一行はワキ座に着座し、シテを待つ形になります。
さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
スポンサーサイト

第六天のつづき

一声でシテ、ツレの出。
シテ、ツレともに里女で紅入唐織着流しでの登場です。シテは増。橋掛りで一声、二の句と謡い、アシライで舞台に入るとツレが正中、シテが常座でシテのサシ。

一声は「神路山 御裳濯川のその昔(かみ)に 契し事の末は違はじ」と新古今、藤原良経の歌「神風や御裳濯川のそのかみに契りしことの末をたがふな」を引いて謡います。さらにサシは、伊勢神宮の様を、正直捨方便の形を現し上求菩提の相を表すと、神仏習合の色濃い謡。
下歌、上歌と続けて、桜の宮の花盛り、長閑に行き交う人々の袖にも花の香が漂い、春、一入の景色と謡って、ツレは地謡前に移ります。

シテはゆっくりとワキを向き、何処からご参詣されたのかと問いかけます。
ワキは都方よりやって来た沙門と答え、神秘を委しく語るようにと求めます。

これに答えてシテが「懇ろに語り参らせうずるにて候」と言い、地謡がクリ「それ御裳濯川と云つぱ 倭姫の命 七百余歳に至るまで 宮居を尋ねおはします」と謡い、シテは大小前にと進み、正中に出て、地謡座前のツレとともに下居。シテサシ、地謡と続き、クセの謡になっていきます。

御裳濯川は、伊勢を流れる五十鈴川の別名で、倭姫命が清流で裳を洗い清めたことから、この名で呼ばれることになったという伝説があります。
クセでは、神宮が垂仁天皇の御宇に創建され、日神月神を崇め、素戔嗚尊は連枝の神であると謡われます。
シテの上げ端の後、神徳の方便は語っても尽きることがないと謡う地謡に、シテは立ち上がって常座へと進み、ワキ正からワキを向いて二足ほど引いてワキに向き合う形。
「夢に来たりて申すとて かき消すやうに失せにけり かき消すやうに失せにけり」の謡に、常座で小さく回って、ツレとともに来序で中入となりました。

さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

第六天さらにつづき

夕べは久しぶりに遅くなりまして、更新を断念しました。
ということで一昨日のつづき
******************************************************
狂言来序で、アイ末社が登場してきます。末社出立、緑の水衣に緑系の末社頭巾。
常座に出て、伊勢大社に仕える末社の神と名乗ります。
都に解脱上人という尊い沙門がおられるが、初めて伊勢に参詣されるに際して、第六天の魔王どもが集い、上人を様々に魔道に引き落とそうとしている。

大神宮がこれをご存知になり、仮に人の姿となって上人に会い、魔王どものたくらみをお話になった。
上人は桜本中納言の御子にて、世に類なき知識であられる。春日大明神も上人をご寵愛なされて片時も離さないほどのお方である。大神宮も上人を一入大切に思われて、この子細をお話になったものである。

どのような魔王であろうとも、障礙をなそうとすれば、たちまち神力の験があるだろう。伊勢内宮、外宮はもとより日本国中の神々が商人に力を貸すであろうから、なかなか魔王どもも上人を魔道に引き落とすのは難しいだろう。
とは言え、魔王は天地に通ずる者であり、力もあるので、当宮の末社まで皆々出でて上人を守るようにと触れ、退場します。

会いが退場するとワキが謡い出し、地謡が受けて「俄に大空冴えかへり 風雨雷電肝を消し 六種の震動おびたたしや」と謡って大癋。
囃子に乗って後シテの登場です。牙癋見というんだそうで、新しくあつらえた面だそうですが、怖いなかになんとなくユーモラスな雰囲気を感じさせる面。赤頭に朱の半切、黒金の袷狩衣を衣紋着けにし、唐冠。手には魔王団扇を持っています。
一ノ松で正面向いて開キ「そもそもこれは 仏法を破却する 第六天の魔王とは我が事なり」と謡います。

地謡が「さて供奉は誰々ぞ」と大ノリで謡いかけ、シテ「六天には 煩悩の悪魔」地「陰魔死魔」シテ「天子業魔」地謡「その他従類悟りの道を 障碍の群鬼はさまざまなり」と続いて、シテは舞台へと入り正中で開キます。
このつづきもう一日、明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

第六天さらにさらにつづき

ワキの謡「その時解脱合掌して」ワキは中啓を置いて数珠を手に取り合掌。
地謡が受けて謡うなか、シテは正先へ出て幕を見込み「素戔嗚現れ出で給へり」の謡に常座に出て雲扇、直して笛座前に左袖を被いて下居します。

早笛が奏されて後ツレ素戔嗚命が登場してきます。
天神の面に黒頭、走天冠。法被肩上げし、右手には剣を持っての登場です。

短い地謡のうちにシテも立ち上がり、舞働となって、第六天魔王と素戔嗚尊の戦いの様が演じられます。
舞上げた後も戦いが続きますが「飛び違ひ須弥に 上がらんとするを」とシテが柱に取りつくところを「引き留め」とツレが止めてキメた後、ツレは「尊は雲居に上らせ給ひ」と幕に入り、シテは常座から「通力つき果てて」と下がり、ワキ座から常座に再び向かうと「虚空に跡なく 失せにけり」と袖を被いて下居、改めて立ち上がり留拍子を踏んで終曲となりました。

作者不詳となっていますが、中森さんの話では、だいぶん新しい時代の作ではないかとのこと。見せ場の面白さはあり、何よりも鎌倉能舞台の、見所と舞台との距離が大変に近いところでしたので、演者の息遣いが聞こえてくる迫力が楽しめました。

初日に書きましたが、鎌倉能舞台に辿り着くのが大変だったという話、東海道線の品川から先は大混雑で、京急で横浜まで行ってしまおうと思ったのですが、京急も遅れが出るほどの混雑でした。そもそもゴールウィーク中のことで、乗り継ぎ乗り継ぎ、ようやく鎌倉に辿り着いたものの、江ノ電に乗ろうとしたら「電車に乗れるまでに40分」とのこと。それじゃ歩いて行った方が早いと、思いのほか気温の高い中を長谷まで歩きました。
帰りも鎌倉駅が大混雑で、やっぱりゴールウィークのような時期は避けた方が良さそうです。鎌倉能舞台自体は、また行ってみたいなと思う、良い雰囲気だったのですが・・・

ところで乗り継ぎの電車の中で、大船から乗ってきた若い四人組の男女。聞くともなしに彼らの話が聞こえてきて「鎌倉って、鎌倉時代と関係あるのかなぁ・・・」
えっええっ!? 何言ってんだこの人達、と思いつつ聞いていると、一人がスマホで早速検索。「鎌倉に幕府が開かれたんだって」「オレ 歴史弱いから・・・」
強いとか弱いとかの問題ではないような気がするのですが・・・ともかく彼らも鎌倉に向かっておりました。ショッピングと散策・・・ですかねぇ
(53分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

 | HOME | 

カレンダー

« | 2016-11 | »
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。