能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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井筒 友枝真也(洩花之能)

喜多流 十四世喜多六平太記念能楽堂 2016.07.18
 シテ 友枝真也
  ワキ 宝生欣哉
  アイ 山本則秀
   大鼓 國川純、小鼓 成田達志
   笛 一噌隆之

今となっては半年も前のことになってしまいましたが「洩花之能」の第一回公演。友枝真也さんが自身の会として立ち上げ、最初の曲として選んだのがこの井筒。
実は私の勝手な印象で、真也さんって、ちょっとやんちゃなお兄さんみたいに感じていたので、「井筒…ですか」と思ったのですが、これは良い意味で外れました。

さて井筒、このブログでは8年程前に金春流高橋忍さんがなさった際に取り上げています。(鑑賞記初日月リンク)有名な曲でもあり、曲自体の由来など、あらためて記すものではありませんが、何度も書いているように、このブログは私自身の備忘録的な意味合いが大きいので、舞台の様子を順に記しておこうと思います。

まずは一同が座に着くと、後見が井筒の作り物を出してきます。正先に置かれた井筒には、なぜか右手前だけに薄が付けられています。
名宣笛でワキの出。無地熨斗目着流しに柿色のような色目の絓の水衣。角帽子の着流し僧ですが、目を閉じてワキの名乗りを聞いていると、亡くなった閑さんと二重写しの要に感じられます。

アシライで正中に出て下居。下歌を謡い合掌してシテを待つ形。
ヒシギが吹かれて次第。ワキはワキ座へと下がって着座。次第の囃子でシテが登場してきます。紅入唐織着流し、紅白段ですが白地がやや勝って実に上品な風情。右手には桶と紅白の数珠を持っています。
次第の謡で「暁ごとの閼伽の水」と謡い出し、手桶は手向けの花水と知られます。サシ、下歌、上歌と、抑えた感じで謡い進め、正中近く、シテ柱と階を結んだ線の真ん中あたりに桶を置いて立ち上がると後ろを向いて常座に立ちます。

ワキが独り言ちから、如何なる人かと声をかけるのに合わせ、正面に向き直ると、このあたりに住む者と答えます。
さてこのつづきはまた明日に
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井筒のつづき

当日のパンフレットには井筒をめぐって、シテ真也さんと、小鼓の成田達志さん、能楽研究家の高桑いづみさんによる鼎談が載せられていますが、その中でシテ方としては、非常にやることの少ない能、という話が出てきます。

そもそも能そのものが、それほど動きの多いものではありませんが、それにしても確かにシテの動きと言う意味では、本当に少ない部類かも知れません。

このワキとのやり取りもほとんど動きがありません。在原寺に参詣する故をやりとりし、地謡で六足ほどワキ正に出て正先を見込み、ゆっくりと足をツメて二足ほど下がり、左右と下を見廻しながら目付柱に向かって出ると、井筒の手前を回って地謡座前から大小前へと動き、二足出てワキの詞。
なお業平の事を委しく物語るようにとの求めで地クリ…喜多流ですから序ですね。
そしてサシからクセへと続いていきますが、序で下居したのちは居グセと、ほとんど動きがありません。
前シテですので、こうした動きの少なさもそれほど珍しい訳ではありませんが、その割には謡がけっこう重い。

ともかくもクセでは、伊勢物語の「筒井筒 井筒に懸けしまろがたけ」の歌が引かれて、有常の娘の名が出てきます。
クセに続けて、シテは紀の有常の娘と二度も口にし、立ち上がると「井筒の影に隠れけり」と謡う地謡で中入となります。
一噌隆之さんの送り笛に送られて、幕に姿を消しました。

間語りは則秀さん。
段熨斗目に長上下で進み出て、和州櫟本(いちのもと)に住まいする者と名乗り、在原寺に日参しているが、今日は満願なので急ごうと行って目付柱の方に進み、ワキ僧に気付いて声をかけます。
櫟本は現在天理市の一部になっていますが、在原寺があったと言われる地。現在は在原神社が鎮座しています。

一所不住の僧と答えたワキとのやり取りで、紀の有常の娘について話を聞かせて欲しいと求められたアイは知るところを語ります。
さてこのつづきはまた明日に
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井筒さらにつづき

業平の高安通いの顛末などを語り終えたアイが下がり、ワキの待謡。
一声の囃子となり、後シテが登場してきます。緋の縫箔に紫の長絹、初冠を着けて常座に出ます。
後シテの装束も、様々な演出をされる方がいますが、パンフレットの鼎談では初演でもあり、基本の定番は崩さない旨を述べておられます。

一声の謡はいささか強い感じもしたのですが、それだけ有常の娘の高揚感を表しているということかも知れません。なにしろ中入前に、有常の娘と二度も口にしたくらいですから、思いの強い女性なのでしょうね。

形見の直衣、身に触れて恥ずかしや…と左半身に左の袖を出して見込み、正に直して袖を抱え込む型。雪をめぐらす花の袖、と地謡が謡って序ノ舞です。

序ノ舞って、どういうふうに観れば良いのか、実は迷うところです。鼎談ではこのあたりについて、大変興味深い話があるのですが、お話を上手くまとめるのは難しそうなので「やっぱり序ノ舞は難しい」とのみ記しておきます。
とは言え、この日の序ノ舞は、ゆったりした中にも有常の娘の高揚感がうかがえるような舞で、舞の後に上手く気分が繋がっていった感じがします。

シテワカ「ここに来て 昔ぞかえす 在原の」で上扇、大左右から決まりの型で大小前、角と進んで角トリ。「春や昔と詠めしも 何時の頃ぞや」と正中で拍子を二つ踏み「筒井筒」と正に一つ踏んで開キ。
三足ほど目付柱に向かって出ると正先に向いて「まろがたけ」と開キ。シカケ、開キして「さながら見えし昔男の」と右回りにワキ正を回り、サシて目付に。「冠直衣は 女とも見えず 男なりけり」の謡に、扇を上げて抱え扇の型、左に回って大小前から正先へと出て、井筒を覗き込む、本曲の要の部分。ここは変に高揚しすぎず、それでいて思いの深さが感じられるところでした。

ゆっくり下がって正中に下居。扇を左に取り抱え込む形から腰を浮かせて「在原の寺の鐘もほのぼのと」と鐘の音を聞く形。立ち上がってシテ柱に向いて雲扇。「芭蕉葉の夢も 破れて覚めにけり 夢は破れて覚めにけり」と小さく回って正を向き、開キして後ろを向き、留拍子を踏んで終曲となりました。
良い気分の残る一番でした。
(116分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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久しぶりの五雲会

昨日は久しぶりに宝生能楽堂へ五雲会を観に行ってきました。平成25年5月の会以来ですので、三年半以上間が空いたことになります。
今月もいつもの通りの能四番と狂言二番の番組ですが、時間の都合もあって、高橋憲正さんの高砂と金井賢郎さんの花月、それに狂言は能村晶人さんのシテで鬼瓦の、都合三番を観て帰ってきました。

高橋憲正さんの能も久しぶりですが、本当に観に行って良かったとしみじみ思う一番です。中入前、後場の出、神舞などなど、しばし酔いしれた感があります。五雲会での初シテ草薙以来、折に触れ憲正さんの能を拝見する度、能を観る楽しみをあらためて感じています。
その割には、ここしばらくは、まだブログで取り上げていない曲を優先していたこともあり、憲正さんの能を観ておりませんでした。

ところで高砂はそもそも好きな曲ですが、この曲どこが気に入っているのか、実は自分でもよく分かりません。とは言え、そんなくらいなので各流の高砂を観ていますが、それぞれに型に工夫がありそうした相違も興味深いところです。
「二月の雪 衣に落つ」のところで、宝生流は左の袖を広げ降る雪を袖に受ける型をしますが、昨日の型はとても綺麗でした。金春流の袖の雪を払うような型も面白いのですが…

花月の金井賢郎さん、はじめて拝見しました。
宝生流としては、やや異質な感じのお声で、最初はちょっと馴染めないなぁと思いつつ観ていたのですが、所作が大変美しい。
後場の鞨鼓も見事でした。子方の時代から十分な修練を積まれたのだなあと、思わせる一番です。この方は将来も楽しみ、と思った次第です。

能村晶人さんの鬼瓦。
野村扇丞から本名に戻されて、なんだか一段と芸に重みが出たような感じがします。いや前からそうだった…と言われれば、気のせいなのかも知れませんが、鬼瓦の主人らしい、風格と同時に何ともいえない人の良さみたいなものが出ていたかなあと感じたところです。

とにもかくにも、久しぶりに五雲会を観て、良い休日を過ごしました。

惣八 山本東次郎(洩花之能)

大藏流 十四世喜多六平太記念能楽堂 2016.07.18
 シテ 山本東次郎
  アド 山本凜太郎 山本則俊

昨年7月の「洩花之能」の鑑賞記のつづきです。
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アド有徳人の凜太郎さんが、段熨斗目長上下で常座に出、出家と料理人を抱える旨を高札にしようと言って、シテ柱に高札を懸けた風、笛座前に着座して控えます。

シテ出家の東次郎さんが着流しに墨染めの衣風で、頭巾を着けて登場し常座で名乗ります。
つい先頃まで料理人をしていたが、ふと浮世をあじきなく思い出家したところ、斎をくれる人もなく大変困っている。聞くところによると、山一つ向こうの有徳人が出家と料理人を抱えるという高札を出したらしいので、今から尋ねて雇ってもらおうと言い、舞台を廻って常座に戻り、ここで高札を見た形です。
さらに橋掛りに入って二の松あたりから案内を乞います。

これに答えて有徳人が橋掛りまで迎え、二人して舞台に戻る…すなわち家の中に入ったことになり、ゆっくりするようにと有徳人が言って、出家はワキ座に、有徳人は大小前に控えます。

続いて惣八の登場。こちらは常の出立で、常座でこのあたりに住まいする惣八という料理人と名乗ります。
二、三年前までは出家だったのだが、朝夕のお勤めをはじめ、大変なので堕落して料理人になった。ところが出家の時は、斎をくれる人も多々あって良かったのだが、料理人になって食うに困っている。聞くところによると山一つ向こうに有徳人があって、出家と料理人を抱えるというので行ってみようと思う旨を述べて、舞台を廻ります。この間、出家の時に精進料理を作ったことがあるので料理は出来るとか、有徳人のところには他にも料理人がいるだろうから、魚の料理は教えてもらおうなどと言います。
常座に戻って高札を見た形になり、一ノ松、二ノ松の間あたりで案内を乞い、有徳人が迎えに出ます。

ここまで書けばおおよそ推察のつく通り、にわか出家は経が読めず、もと出家の料理人は魚料理が出来ずで、このドタバタを笑おうという一曲です。
このつづきはまた明日に
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惣八のつづき

有徳人は早速に出家に声をかけ、持仏堂に朝夕香花を手向けるようにと言い、経巻を渡して高らかに読むようにと言って下がります。
続いて惣八の前に鯛と鯉と思しき魚を持ってきて、鯛は汁になるので背切りに、鯉は刺身にするので細切りにするようにと言い、足つきの台に魚を載せて下がります。

それぞれに、出家は経巻を開いて見るものの、四角い文字ばかりで一字も読めるものではないと言いだし、一方の惣八は生臭いと言って、魚を捌くどころではありません。
大騒ぎをしているうちに、出家が惣八に気づいて声をかけます。

それぞれが、ここに来た子細を話し、それぞれに言いつけられた仕事を取り替えるわけですが、出家役の東次郎さんが見事な包丁捌きを見せ、料理人惣八役の則俊さんは「むにゃむにゃ」と流れるように経を読み上げて、笑いを誘います。

この二人のやり取りがまた面白いのですが、ともかくもそれぞれが得意の仕事をこなしていると有徳人が帰ってきます。
まずは出家に寄り、出家が魚を捌いていることを咎めます。出家が逃げて退場してしまうと、今度は惣八のところへ。惣八が法華経を流れるように読んでいるところを有徳人が咎め、惣八を追い込んで留となりました。

二人それぞれに得意の分野があるなら、子細を聞いて仕事を取り替えさせ、ハッピーエンドという展開も出来そうですが、ここは二人を追い込むという、狂言らしい形での終曲です。このあたりは現代の感覚とは異なっているところなのかも知れません。
いずれにしても、東次郎さん則俊さんの至芸を楽しんだ一番でした。
(30分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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40万ヒット

うっかりしていたのですが、いつの間にかヒット数が40万を超えていました。
遡ってみると、1月6日に40万を超えた様子です。

2006年の3月から始めて間もなく11年になろうとしていますが、飽きっぽい私が、よくぞこんなに続けてきたものと、しみじみ思っています。
内容としては素人の鑑賞記ですから、勘違い、間違いなども少なからずあって、気付く度に直しているのですが、そのままになっているものも多々ありそうです。
そのあたりはご容赦いただいて、またご覧になっていただければと思います。

更新もボチボチではありますが、できる限り続けていこうと思っています。
先日、宝生流の高橋憲正さんの高砂に大変感銘を受けたと書きましたが、自分自身、楽しんで観られるのが一番と、あらためて思いました。そうした思いを少しでも、書き記して行ければと思っています。
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烏帽子折 友枝雄人(洩花之能)

喜多流 十四世喜多六平太記念能楽堂 2016.07.18
 シテ 友枝雄人
  ツレ 佐々木多門、子方 友枝大風
  立衆 大島輝久 狩野祐一 谷友矩 佐藤寛泰 塩津圭介
  ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 大日向寛
  アイ 山本凜太郎 若松隆 山本則重 山本則秀 山本則俊
   大鼓 柿原光博、小鼓 森澤勇司
   太鼓 林雄一郎、笛 藤田貴寛

第一回洩花之能公演の最後は烏帽子折。番組ではこの直前に友枝昭世さんの仕舞、邯鄲があり、これまた素晴らしかったのですが、ともかくも烏帽子折の方へ。
この曲、学生時代に素謡で習ったことはあるのですが、演能を観たのは初めてです。なかなか上演されない一曲で、ご覧の通り出演者が多いことはもちろんですが、子方が難しいというのが第一のように思います。

この曲、金売吉次とともに奥州に下る牛若丸が、途中近江国鏡の宿の烏帽子屋で元服し、赤坂の宿で宿を取り囲んだ悪党熊坂長範を倒すという話です。シテは前場では烏帽子屋として、後場では熊坂長範として、子方と絡みますが、ストーリーの中心は子方牛若丸に置かれているという、ある意味、子方のための能といった風情です。しかも子方はこの曲中で元服し、牛若から義経となるわけで、子方自身の元服的な意味合いもありそうです。
子方の大風さんは真也さんのご長男ということで、既に直面でシテも演じておられるそうですから、まさにこの曲が子方の卒業になったという訳です。

さて舞台には、次第の囃子でワキ三条の吉次信高役の殿田さんと、ワキツレ弟吉六役の大日向さんが登場してきます。ワキは白大口に掛素袍、男笠を被り、ワキツレは素袍上下姿。舞台中央で向き合っての謡です。
ワキは三条の吉次信高と名乗り、東へ下るところと言って、ワキツレに荷を集め東へ下ろうと声をかけます。ワキツレが心得たと答え、二人が立ち上がってワキ座方へ向かうと、子方の呼掛。奥州へ下るなら供をしたいと声をかけます。
この声に二人は振り向きますが、さてこのつづきはまた明日に
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烏帽子折のつづき

ワキは子方が師匠のもとを勝手に出てきてしまったのではないかとみて、子方の供をしたいという申し出を断りますが、子方は白大口に紫の長絹で幕を出ると橋掛りを進んで常座に立ち、師匠の勘当を蒙ったのでぜひ連れて行って欲しいと言います。
ワキ吉次は、この上は是非もないと子方に寄って笠を渡し、子方は「牛若この笠おっ取って」と笠を受け取って正面を向き、地謡の下歌で笠を被ります。

ワキ、ワキツレはワキ座へと移り、続く上歌で粟津、勢田と一行が道を進む様が謡われると子方も正中から角へと移り、さらにワキ、ワキツレとともに進む形で「鏡の宿に着きにけり」と鏡板に向かい、子方は後見座にクツロギます。

するとアイ早打の凜太郎さんが、括り袴に肩衣を右だけ外し「忙しや 忙しや」と杖を突いて登場してきます。角まで出ると、牛若が三条吉次に同行して奥へ下ったとの知らせを六波羅が受けて急ぎ討ち取るようにとの命を受けたと言います。さらに回りに語らった様子で、吉次が大勢を連れているのであれば自分も人数を語らって来ようと言い、周囲にか「構えて引くではない」と言い残して退場します。

早打が退場すると子方が立ち上がり、早打の声をよくよく聞けば自分のことを言っていた。これは急いで髪を切り、烏帽子を着けて東男に身をやつして奥へ下ろうと言って橋掛りに入ります。
烏帽子屋にやって来た態で一ノ松から幕に向かって案内を乞うと、シテ烏帽子屋の雄人さんが素袍上下で登場してきます。夜中のことでもあり明日ではどうか、と言うシテに、急の旅なので今夜烏帽子を折って欲しいと子方が重ねて頼みます。
シテは子方を烏帽子屋の内に誘い、子方が先に立って舞台に入って地謡座あたりに。シテは正中で子方と向き合い、さて烏帽子は何番に折りましょうかと尋ねます。

このやり取りは有名なところで、烏帽子屋の問いに答えて牛若は「三番の左折」に折って欲しいと答えます。左折は源氏の形で、世を席巻する平家は右折。この平家一統の世に左折など思いもよらぬ、とシテが返しますが、子方は思う子細があってどうしても左折に折って欲しいと言います。
これを受けて、シテは左折に折ることにし、さらに左折の烏帽子について目出度い話があるので語って聞かせようと言って話し始めます。
このつづきはまた明日に
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烏帽子折さらにつづき

シテ烏帽子屋が語ります。
自分の先祖は都、三条烏丸で烏帽子屋を営んでいた。八幡太郎義家が安倍貞任、宗任を滅ぼした後、上洛して烏帽子屋を訪れ、左折の烏帽子を折らせて出仕したところ、義家には恩賞として奥陸奥国が下された。この烏帽子はそういう嘉例あるもの、と語り、地謡が続けます。

そうした嘉例ある烏帽子であるが、それも昔のこと。保元の乱以降は平家一統の世となってしまったのは悲しいことである。とは言え世変わり、時移れば、この烏帽子の桜の花が咲くときもこようから時を待たれよ…と地謡が謡います。

シテが「かように祝いつつ」と一声謡って地謡が続け、シテは立ち上がると常座で後見から烏帽子を受け取ります。「烏帽子懸緒取り出し 気高く結いすまし召されて御覧候え」の謡に子方の前に下居、烏帽子を子方に着けさせます。
「立ち退きて見れば」の謡に、正中に下がり「天晴れ御器量や」とユウケン。二、三足ほど進み、正中に下居します。

さてシテが、子方に烏帽子姿が似合うと褒めると、子方は小刀を取って、この刀参らすと差し出します。辞退するシテに子方が重ねて受け取るよう言い、シテは子方に寄り小刀を受け取ります。
妻も喜ぶだろうと言って、シテは立ち上がり橋掛りに進むと一ノ松あたりから幕に声をかけます。

これを受けて幕が上がり、ツレ烏帽子屋の妻が登場してきます。シテが刀を賜ったとツレに小刀を差し出すと、幕前でツレがしおります。シテが訳を尋ねるとツレのクドキ。
ツレは「今は何をか包むべき」と謡い出し、自分は源氏方の鎌田兵衛正清の妹で、義朝の子、常盤御前の三男、牛若が生まれたときに、殿から守り刀として使わされたこの小刀を届ける使いをしたのだと明かします。

シテは、長年連れ添いながら妻が鎌田正清の妹であるとは今まで知らなかったと驚きますが、さて先ほどの方が牛若であるならば、追いかけてこの腰の物をお返ししようと妻に声をかけて牛若を追いかける形になります。
さてこのつづきはまた明日に
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烏帽子折さらにさらにつづき

シテ、ツレは橋掛りから舞台へと入り、シテは大小前あたりで「や」と声を出し、まだここにいらっしゃったと、ツレを伴って正中に腰を下ろし、子方と向き合います。

子方との問答で、シテは牛若君ではないかと問い、子方がツレを鎌田の妹と気付いて、向き合ってシオリ。
続くロンギで、鏡の宿を立ち出づる、と子方が立ち、シテ、ツレも立って別れを惜しむ態。シテが「東路のはなむけ」と子方に寄って小刀を渡し、シテ・ツレが退場します。
ワキ・ワキツレが立ち上がり、子方は正先、角、常座と進んで「美濃国赤坂の宿に着きにけり」の地謡に後見座にクツロギます。

ワキ・ワキツレはワキ座に立ち、ワキが「赤坂の宿に着いた」との着きゼリフ。ワキは「吉六」とワキツレの名を呼び、宿を取るようにと命じます。
ワキツレ吉六が常座あたりから声をかけ、馴染みの宿主に宿を取らせて欲しいと言い、アイが承って、ワキツレはワキ座に下がって着座します。

するとアイが、何か知らせを受けた風で常座に走り出、正中に座して「ところの悪党どもが襲ってくる算段をしている」旨を申し述べます。
牛若が何の騒ぎかと問い、ワキは悪党が襲ってくるらしいと言上します。牛若が、表になってくる兵を五十騎ほども斬り伏せるならば敵も退くだろうと勇ましい事を言い、地謡で一同立ち上がると、ワキ、ワキツレが切戸から退場。牛若は謡に合わせ舞い、「討ち入るを遅しと待ち居たり」の謡に常座で幕に向かって決めます。

牛若がワキ座にて身繕いするうちに、早鼓でアイの盗賊三人が杖を突きつつ登場します。舞台で三人向き合い、リーダー格の則重さんが甲屋を襲う子細を語ります。
頼うだお方は、かねて金売吉次が毎年奥州に下るのを知っていて、この度は吉次の動向をずっと調べていた。吉次一行が赤坂の宿、甲屋に入るのを確かめたので、これから襲うことにしたのだと説明し、三人は一度橋掛りに出ます。

橋掛りで甲屋に着いた態となり、中に入って様子を見ようと言って、欄干に上り、シテ柱から舞台に飛んで甲屋に忍び込んだ形となります。
さてこのつづきはまた明日に
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烏帽子折またつづき

三人は舞台で様子を探って橋掛りに戻ると、松明を出して一人ずつ入ることにします。

まず則重さんが松明を持って舞台に入りますが、抜き身を持って待ち構えていた牛若に松明をうち落とされてしまい、橋掛りに逃げ帰ります。二人目則秀さんが松明を持って中に入りますが、これまた松明を捨てて逃げ帰ることになり、牛若は投げ捨てられた松明に、一つ足拍子を踏んで松明を踏み消した形です。

さて三人目に則俊さんが向かうことになりますが、お頭に様子を知らせに行くとか、腹が痛いとか行って逃げようとします。しかし二人に押し止められて結局中に入ることになりますが、牛若に斬られて手負いとなります。則秀さんが手負いの者を助けると言って、付き添って退場し、残った則重さんが常座で触れて退場します。

さて囃子が奏され後シテの登場となります。
大盗賊風の後シテ、熊坂長範が先頭に立ち、立衆が続いて橋掛りに並んで謡います。長範が声をかけ、後ツレが答えて一同は下居します。

長範と武者とのやり取りで、寄せ手が十二三ばかりの幼き者の小太刀に斬られて、命を落とす者、逃げてしまった者など、散々になっている様子が語られます。
一の松明は斬り落とされ、二の松明は踏み消され、三の松明は投げ返されてしまったのでは「今宵の夜討ちはさてよな」とシテは右の膝をたたき、一同を振り向きます。

ツレが答えて退こうと言い、長範も一度は退こうと言いますが、熊坂の長範ほどの者が夜討ちをし損じて良いものかと思い直し、一同に攻め入れと声を上げます。
一同は立ち上がり立ち位置を入れ替えて、シテは幕前で床几に。
牛若が正中に出て、正先から開キ「八万も御知見あれ」の地謡に両手突いてから立ち上がり、ワキ座で立衆を迎えて斬り組み、カケリとなります。
立衆が順に斬られてカケリが終わると「熊坂の長範六十三」の地謡に、長範が立ち上がって橋掛りを進み、二の松で太刀を抜くと舞台に入って常座で太刀を両手で捧げます。

牛若と長範の斬り組みが地謡に合わせて続けられますが、最後は斬り捨てられた長範が退場し、牛若が留拍子を踏んで終曲となりました。

子方が見事に成人を果たした態で留拍子を踏むという、まさに子方の卒業を祝うような一曲。大風クンが見事に演じ、見所の大きな拍手で祝福された一番でした。
(101分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

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