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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

桧垣 本田光洋(金春円満井会特別公演)

金春流 国立能楽堂 2017.12.10
 シテ 本田光洋
  ワキ 福王茂十郎
  アイ 善竹十郎
   大鼓 國川純、小鼓 鵜澤洋太郎
   笛 一噌庸二

昨年最後の観能となった金春円満井会特別公演、桧垣と石橋という番組です。同じ月には観世流の鵜澤久さんも檜垣を舞っておられたのですが、本田光洋さんは外せないと思う一方、年末に両方を観に行くまでの余裕もなく、こちらの会を訪れました。

さて舞台には長上下姿の囃子方が登場し地謡も出て座が落ち着くと、後見が鉄紺色…とでも言ったらよいか…の引廻しをかけた檜垣藁屋を持ち出してきて大小前に据えます。
名宣笛が奏されてワキの出。角帽子を被り、小格子厚板に白大口、深緑の水衣を着けて常座に進み名乗り。肥後国、岩戸という山に居住する僧と言い、岩戸の観世音に参籠して美しい景色を見ると…という趣旨のことを言ってサシ謡。
南西は海と雲とが一つになって広がる景色、訪れる人も稀で心を慰める自然が多い美しい景色に、早三年居住してしまったと謡います。

続けて詞。百歳にもなろうという老女が、毎日閼伽の水を汲んで持ってくるので、今日もやってきたならば、名を尋ねようと思う旨を述べ、ワキ座に着座します。

次第の囃子、前シテの出です。
いずれも金地の摺箔に無紅唐織。唐織を壺折にし、右手に杖、左手には水桶を持って橋掛りを進むと、三ノ松あたりで一度佇む形。囃子を聞き、笛の音で再び歩み出して常座に進み、斜め後ろを向いて次第の謡。
地取りでやや前に出てサシ。さらに下歌、上歌と謡って詞になりますが、そのあたりはまた明日に
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桧垣のつづき

シテはサシで、籠鳥は雲を恋い帰雁は友をしのぶ…と謡い出して老境の寂しさを謡い、下歌「流るゝ水のあはれ世のその理を汲みて知る」と謡って上歌。
「白河の水さへ深き其の罪を 浮びやすると捨人に…」と謡い笛のアシライでやや右を向くと「値遇を運ぶ足引の 山下庵に着きにけり」で作り物に向き、繰り返す「山下庵に着きにけり」で四足ほどツメて正面に向き直ります。

白河は現在の表記では白川、熊本市の中心部を流れる川ですが、檜垣の女はこの白川沿いの蓮台寺あたりに住んでいたと言われているようです。熊本には行ったことがないので土地勘がありませんが、地震で大きな被害を受けた熊本城は蓮台寺から3~4㎞ほど上流になる様子です。
一方、山下庵は岩戸観音こと雲厳禅寺にあった庵跡で、蓮台寺あたりからだと十数㎞離れています。雲厳禅寺、霊厳洞と調べていて、ああ宮本武蔵が籠もって五輪書を書き上げたという、その場所かと初めて気づきました。

ともかくも、シテはその白河あたりから山下庵までやって来たと謡って、今日もまた水をあげに来たと言うと正中に出、藁屋の前でワキとの問答になります。
ワキが毎日歩いてくることを労うと、シテは、せめてこうすることで少しの罪も遁れられようか亡き跡を弔ってほしいと謡いつつ、腰を下ろして杖、水桶を置き合掌します。
下居のまま、シテはまた明日も来ると言って立ち去ろうとしますが、ワキが暫くと留め名を尋ねます。

シテは思いもよらぬことを仰るものだと言い、後撰集の「年ふればわが黒髪も白河の 水はぐむまで老にけるかな」という歌は自分の詠んだもの、昔、太宰府で庵に檜垣をしつらえて住んでいた白拍子だが、年を取り白河あたりに住んだものだと語ります。
これを受けてワキとシテの掛け合い。その白河の庵あたりを藤原興範が通った時に、水はあるかと求めたのに対し、水を汲んで差し上げる際に「みづはくむ」と詠んだのだと謡い地謡に。
地謡は「みづはくむ」というのは白河の水というだけの意味ではなく、老いて屈んだ姿を「みつはぐむ」と言うのだ。そのしるしを御覧になったなら、白河の辺りで私の跡を弔ってほしいと、そう言い置いて老女は夕まぐれに姿を消してしまったと謡います。
シテは地謡の一句を聞き、繰り返す「そもみづはくむと申すは」で立ち上がると、右に向きゆっくりと正に直して二足ほど出て下がり、「そのしるしをも見給はゞ」とワキに向いて思いを述べる態。右へ回って藁屋の横で正面に向き直り、二足引いた後、あらためて右から廻って藁屋の内に入って中入となりました。
さてこのつづきはまた明日に
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桧垣さらにつづき

中入となり、アイの善竹十郎さんが進み出ます。
常座でこのあたりに住まいする者と名乗り、肥後の国には霊験あらたな社寺が多い中、岩戸の観世音は天下に隠れなく自分も心から仰ぎ慕っているが、ここに尊い御僧が参籠されており常々参詣してきた。このところ所用で訪れることができなかったので今日は急いで参ろう、と言って正中に出てワキと対面します。

ワキは白河あたりに住んでいた白拍子の話をするようにと求め、アイがあらためて白拍子のことを語ります。型通りに桧垣の女が白河あたりに住み、藤原興範に水を汲んだ話をして、さてどうしてその様なことを尋ねるのかという、これまた型通りの問答から、桧垣の女の霊を弔うことになり、アイが下がります。
十郎さんのアイは、狂言の際の飄逸な雰囲気とは変わって能のアイらしい深い情趣がありますが、今回は特にゆったりと間も取り、曲の位を感じさせるものでした。
ともかくもアイが下がるあたりまでで既に一時間ほど。ゆったりと時間が流れる感じでした。

アイが下がるとワキがワキ正に向き直り、古の桧垣の女が仮に現れて言葉をかけたのか、これも末世の奇特と思いながら尋ね行けば、と言いつつ立ち上がり、二、三足進んで正に直し「不思議や早く日も暮れて」と謡い出します。
「不思議や早く日も暮れて 不思議や早く日も暮れて 川霧深く立ち籠る陰に庵の燈火の 仄かに見ゆる不思議さよ ほのかに見ゆる不思議さよ」と謡ってワキ座に着座します。
下掛の本では謡い出しが「出づればやがて日も暮れて」となっており、さらにこの謡の後に「南無幽霊出離生死頓證菩提」と祈りの句があるのですが、上掛ではありません。
ワキの謡が終わると後シテの出となりますが、このつづきはまた明日に
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桧垣さらにさらにつづき

囃子を聞いて、作り物中からシテの謡い出し。
シテの謡から、地謡との掛け合いになっていきます。
このシテと地謡の謡の配分が予想していたのと違うので「おやっ」と思いました。舞台の進行からは少し離れてしまうのですが、ここでこの曲の詞章について少しばかり書いておこうと思います。

金春の桧垣は復曲で三十五年振りの上演だそうです。先々代、七十九世宗家の金春信高師が復曲されて、桜間道雄さんが三度、信高さんが一度演じられたそうです。この詞章について、当日のパンフレットに、前宗家安明さんが『「桧垣」詞章の少調整について』という一文を寄せておられます。
信高さんが復曲した時は、宗家伝来の十番綴二十冊揃筆写本に拠ったそうです。謡本には江戸時代末期の金春八左衛門安茂と覚しき書込があるそうで、典拠とするに足るものとの判断だったそうですが、その後、ワキの文章が下掛の特徴と異なるとの指摘があったので、ワキ方関係の部分のみを下掛系統に修正して、普及本や百番集に収録、発売されたそうです。
しかし、その後この筆写本をよく見てみると明らかに上掛のもので、江戸時代末期以前に金春八左衛門家に入ったものと思われることから、今回の上演にあたって天和元年の下掛木版本・六徳本に拠って調整されたという次第です。

さて私の方はそんな事情は全く知らず、はからずも金春の本を持っていないので、今回は下掛だからという理由でいささか古い金剛流の本を元に詞章をテキスト化して持ち込んでいました。このため、ここまではシテ・地謡の詞章は手許のテキストとほとんど相違なく、ワキは福王流なのでテキストとけっこう違うということで、特段の違和感もなく観ていたのですが、この後シテの謡い出しから「誰かはこれを期せざらん」までが、詞章はほぼ同じながら、配分が違うのでちょっと驚いたというわけです。
ちなみに私の用意したテキストでは、後シテ「あら有難の弔やな…世路にほこるといへども」地「夕には白骨となって郊原に朽ちぬ」シテ「有為の有様 無常のまこと」ワキ「誰か生死の」シテ「理を論ぜざる いつを限る習ぞや」地「老少といっぱ分別なし…誰かはこれを期せざらん」となっています。

いずれにせよ、能の鑑賞という意味ではさほどの問題ではないのですが、いささか寄り道をしてみました。
舞台の様子は明日につづきます
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桧垣またつづき

さて地謡の後、ワキは、声のみが聞こえるが姿を現してほしいと言い、シテがそれでは姿を現して御僧の御法を受けようと答えます。ワキが早く姿を現すようにと促す声に、後見が引廻しに手をかけて下ろし、檜垣藁屋のうちにシテが姿を現します。藁屋の左右には檜垣が組まれていて、なるほど檜垣藁屋というのはこのことかと納得しました。

ワキは、今も執心の水を汲む輪廻の姿が見えて、いたわしいと言い、シテは罪の深さ故に苦しみ「熱鉄の桶を荷い」と謡いつつ、桶を持ってやや右に向き「猛火の釣瓶を提げて」と下を覗く型。「その水湯となって我が身を焼くこと隙もなけれども」と謡いつつワキを見ますが「この程は御僧の知遇に引かれて 釣瓶はあれども猛火はなし」と言い、ワキも因果の水を汲み、執心を振り捨てて浮かぶようにと諭します。
シテ、ワキ掛け合いに謡い、地次第「釣瓶の水に影落ちて 袂を月や上るらん」でシテは立ち上がり作り物を出ます。

薄い納戸色のような色大口に、紫か茶か判然としないような複雑な色の長絹。地取りで右に回って斜め後ろを見き、後見に水桶を渡して中啓に持ち替えると、クリで左を向いて藁屋の前に戻ります。

シテサシ「氷は水より出でて水よりも寒く」、地謡「青きこと藍より出でて藍より深し…」と謡い、シテ「いや増さりする思の色」地「紅の涙に身を焦がす」で左、右と足を引き、左手で片シオリ。

クセ「釣瓶の懸縄繰り返し憂き古も…」で六足ほど出ると左の手を前に出してワキを見、右手と代えて右に向き、正に直すと二足ほど下がり「紅顔の粧舞女のほまれもいとせめて」と目付柱に向かって二、三足、正に直すと左に回り「翡翠のかづら花萎れ」と大小前に戻って正を向くと「桂の眉も霜降りて」と六足ほど前に出ます。
「みずにうつる面影老衰 影沈んで」と左、右と袖を重ねて身を抱く型。「翠に見えし黒髪は土水の藻屑塵芥 変わりける身の有様ぞ悲しき」に扇上げて髪を指し、直して片シオリ。右から廻って大小前に行き「思ひ出づればなつかしき」と扇を広げると「その白河の波かけし」と打込ます。
クセ上げ端のところですが、このつづきはもう一日明日に
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桧垣またまたつづき

「藤原の興範の」と謡って上羽。クセの後半も左右から「昔の花の袖今さら色も麻衣」とサシて角へ。角トリして扇カザシ、左に回って「けふの細布胸合はず」と大小前小回り。左右して「何とか白拍子その面影のあるべき」と打込ます。

ここで扇を閉じて右に回り作り物の横にて床几に腰を下ろし物着。白拍子物でもあり物着があっても良いのだというのは信高さんの考えで、上演された時はここで長絹と烏帽子を着けたのだそうですが、今回は光洋さんの考えで長絹は作り物の中で済ませ、ここでは烏帽子だけになさったそうです。

物着の後は「よしよしそれとても 昔手馴れし舞なれば 舞はでは今は叶ふまじと」と再び地謡を聞き、シテの謡「興範しきりに宣へば」。地謡が「あさましながら麻の袖 露うち払ひ舞ひ出す」と謡うに合わせて袖の露を取って立ち上がり、二足ほど出て「桧垣の女の」と謡い、地謡が「身の果を」と謡う中、左右ヒラキ打込、答拝の形から手を下げて袖の露落とし、左右ヒラキ序ノ舞です。

序ノ舞では二段のヲロシで正中に腰を下ろす所作があります。実はその後、二段の地で舞台正先に進んだ際に、足先が舞台から出てしまったため一瞬「あっ」と思ったのですが、全く何事もなかったように足を引き戻して舞が続きました。見所にも息を呑んだ方が少なからずいた様子だったのですが、その後も静かに舞が続き、あれはああいう型だったのかと思うほど自然な流れでした。

舞上げて「水運ぶ 釣瓶の縄の釣瓶の縄の繰り返し」と上羽。大左右からヒラキ、「白河の波白河の」と出てヒラキ。「水のあはれを知る故に これまで現れ出でたるなり」と謡ってヒラキの形をしつつ腰を下ろし、扇で水を掬う形から「水は運びて参らする」と立ってワキに寄り、下居して扇を閉じると烏帽子を取り「罪を浮かべてたび給へ」と立ってそのまま囃子で歩み、正中辺りで留となりました。
もともとの型としては、扇で水を持って行く型をして手を合わせて残り留のところ、今回は烏帽子を脱ぎ、ここから白拍子でないという演出にされたそうです。

本田光洋さんの父上である本田秀男さんは蓮台寺近くの生まれだそうで、そういう縁もあり、また金春信高さんの演能の際は、アイを十郎さんのお父さんである善竹圭五郎さんが勤め、光洋さんは地謡で出ていたなど、様々な縁が舞台に一段深い味わいをもたらしていたような気がします。
(136分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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