能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

石橋 群勢 深津洋子(金春円満井会特別公演)

金春流 国立能楽堂 2017.12.10
 白 深津洋子
  赤 村岡聖美 柏崎真由子 林美佐
  ワキ 森常好
   大鼓 安福光雄、小鼓 大山洋子
   太鼓 吉谷潔、笛 一噌幸弘

昨年12月の金春円満井会特別公演は、先に記載した本田光洋さんの桧垣と、狂言が昆布売、そしてこの石橋という番組でした。

石橋はこれまで5度、このブログで鑑賞記を書いています。
これまでブログに取り上げたのは、宝生流の高橋憲正さん(鑑賞記初日)、金春流の山井綱雄さんでこちらは古式の小書付(鑑賞記初日)、同じく宝生流の田崎隆三さんの連獅子の小書付(鑑賞記初日)、喜多流の粟谷能夫さん(鑑賞記初日)、そして同じく喜多流の粟谷明生さんの連獅子の小書付(鑑賞記初日)の5回です。

明生さんの石橋を観たのが2009年ですから、かれこれ9年ほど石橋を観ていなかったことになります。当時の観能記にも書きましたが、ずっと機会がないかと思うと続けて観ることになったりするもので、先日は花影会で師資十二段式の小書付も拝見しました。

さて金春の群勢ですが、一昨年NHK新春能狂言で金春安明さんのシテで放映されました。この時は丸能(前後ありの形、金春の能楽師さん達は半能に対して丸能と言っているらしいと以前にもブログに書きました)でしたが、今回は半能です。

上記の通り、石橋の鑑賞記は五度ほど書いていますので、この曲のあれこれを含め、目新しい話もありませんが、今回の上演を観て気付いたことなど、少しだけ書いておこうと思います。
その中身は明日に…
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石橋のつづき

群勢の小書では、白一、赤三が基本のようで、安明さんの上演では憲和さん、辻井八郎さん、井上貴覚さんが赤で舞いました。今回は村岡さん 柏崎さん 林さんの三人が赤です。シテ白の深津洋子さんをはじめ女性四人による石橋、女性能楽師の活躍する金春流らしい番組かと思います。

舞台上の一畳台は正先のちょうど真ん中あたりに白花の一畳台、その奥に橋掛り側に半分以上ずらして赤花の一畳台が置かれます。これは金春の標準の形なんでしょうね。
いつぞやも書いたとおり、金春の花は固定していないので、獅子が側を通り装束が触れると回ってしまいます。これも一興。

続いて引廻しを掛けた山が運ばれてきて笛座前に斜めに置かれます。
丸能であれば一畳台は冒頭から出されているものの、山は中入後、間狂言が下がってから持ち出されてきます。装束を変えたシテが入っているので当然ですが、半能なので冒頭から出ている形です。

金春の石橋では、白と赤の差をあまり感じないと以前書きましたが、群勢の小書が付くといささか異なるようで、赤三人が小気味よく舞い、台からも飛び降りたりするのに対し、白は重く、親子ほどの違いを感じる様子でした。

上演時間26分と書きましたが、いつものごとく、これは最初に笛方が幕を出てから太鼓方が幕に入るまでの全ての時間を記載しています。
作り物を出したり片付けたりの時間も含まれますので、半能でかつ作り物が多いと賞味の時間とはずいぶん違ってしまいます。
今回では、名宣笛の吹き出しから終曲までの正味では16、7分といったところでした。
(26分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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竹生島 野村昌司(観世会荒磯能)

観世流 観世能楽堂 2018.02.08
 シテ 野村昌司
  ツレ 坂井音隆
  ワキ 舘田善博
  アイ 善竹大二郎
   大鼓 亀井洋佑、小鼓 鳥山直也
   太鼓 金春國直、笛 小野寺竜一

竹生島はこれまで3度、このブログで鑑賞記を書いています。
これまでブログに取り上げたのは、宝生流高橋憲正さん(鑑賞記初日)、喜多流粟谷充雄さん(鑑賞記初日)、観世流小島英明さん(鑑賞記初日)の3回です。

今回、小書付ではありませんし特段の演出はありませんでしたので、気付いたことなどのみ記載しておこうと思います。

まず一畳台と宮が出されるのは常の通り。
今回のワキは舘田善博さん、ワキツレは則久英志さんと森常太郎さんで、型通りにワキは紺地の袷狩衣、ワキツレが朱地の袷狩衣の装束です。
ワキ一行が座に着き、ヒシギが吹かれると後見が舟を出してきます。舟と棹を持って出た後見は、舟をワキ正側に据え、棹を持って後見座に下がります。

これを受けてツレ、シテの出。
先に立ったツレは連面、紅入唐織着流しで、後からのシテは小格子厚板着流しに水衣肩上げ。ツレが三つに区切れた舟の真ん中に立ち、シテが後の区画に棹を持って立ちます。
いつぞやの鑑賞記に書いたように、ツレが釣り竿を持つ形と持たない形とありますが、小島さんの時と同様、ツレは釣り竿を持たない形です。

シテの謡、後場の龍神を意識してなのか、いささか強い感じがしましたが、このつづきはまた明日に
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竹生島のつづき

シテ、ツレが舟を漕ぎつつ謡う形で場面が展開し、上歌の終わりにシテが棹で漕ぐ形を見せて「棹し寄せて言問はん」と謡うと、ワキが立って声をかけます。
舟に乗せる、乗せないのやり取りから、地の下歌でシテ、ツレがワキを招き、ワキが舟の前の区画に立って同乗した形。ワキとツレが腰を下ろし、シテの漕ぐ舟で竹生島に向かうこととなります。

上歌「所は海の上」から、舟が湖上に漕ぎ出した態となり、小島さんの鑑賞記と同様の形で、途中何度か棹にてをかけて漕ぐ形を作りながら竹生島へと到ります。

シテの「舟が着いて候 御上り候へ」の声に、ワキが心得たとこたえ、ワキ座のワキツレが立ち上がります。シテが道案内をしようと言って舟を下り、お供しようと答えてワキも舟を下りてワキ座へ、同じく舟を下りたツレは笛座前に立ちます。

シテは常座の少し前あたりに出て宮に向かい、これこそ弁財天だとワキに教え、よくよく祈念するようにと進めて宮の前に下居。シテ、ワキの問答になります。
女人禁制の島に女人を連れてきたのは何故かと問うワキにシテが答えて地謡からクセへ。
クセの冒頭でシテは肩上げを下ろし、上げ端でワキに向かって語る風。地謡が受けて謡う中、ツレが立ち上がってシテの前を通り角へ。ワキに二足ほどツメると下がって扇を広げ「社壇の扉を押し開き」の詞章に合わせて扉を開く形から宮に中入。「翁も水中に」の謡にシテも立ち上がり、常座にてワキに向いてから開キ、正に直して開キから中入となります。
このつづき、もう一日明日に
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竹生島さらにつづき

中入で登場するアイは、これまでの鑑賞記にも書いたとおりで、大蔵流だと竹生島の天女仕える者と名乗り、天女を讃えた後に御蔵の鍵、天女が朝夕看経せらるる時のお数珠、二股の竹の三つの宝を見せ、岩跳びをします。

アイが退場すると地謡が「御殿頻りに鳴動して…」と謡い出し、引廻しが下ろされると、緋の大口に紫の長絹、天冠を着けた後ツレ弁財天が姿を現します。
この島の弁財天と名乗ったツレはノリ地で立ち上がると台を下りサシ込み開キ。袖の露取って常座に進み、開いて答拝。天女ノ舞の舞出しです。

ツレは天女ノ舞を舞上げ、ノリ地で雲扇して笛座に下がります。
「下界の龍神現れたり」の謡から早笛。
赤頭に龍戴をいただき法被半切で勇ましく登場、両手で宝珠を捧げ持っています。六つ拍子踏んで舞台へと進み、「光も輝く金銀珠玉をかの客人に捧ぐる気色」とワキに宝珠を渡し、舞働。

さらにノリ地でシテが舞い「天女は宮中に入らせ給へば」の謡に、ツレが先に退場。これを見送ったシテは橋掛りに入ると、幕前にて飛び回り、立ち上がって留となりました。

今回の観能は先日も書きました通り、会社のイベントを能楽鑑賞に振り向けての鑑賞だったため、初めて能を観る方がほとんどでした。私としては、脇能では高砂など、後場で神舞が舞われる世阿弥系の曲の方が好きではあるのですが、皆さんには竹生島が割合好評で、初めて観るには嵐山系のこうした曲の方が良いかな、とも思ったところです。
(75分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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歌占 坂口貴信(観世会荒磯能)

観世流 観世能楽堂 2018.02.08
 シテ 坂口貴信
  ツレ 武田宗典
  子方 谷本悠太朗
   大鼓 柿原弘和、小鼓 鵜澤洋太郎
   笛 寺井宏明

歌占(うたうら)は観世流の高橋弘さんが舞われた際の鑑賞記を書いています(鑑賞記初日)。もうあれから十年以上経ってしまったのかと、いささか感慨深いものがあります。金春の山井綱雄さんの歌占も印象に残っているのですが、こちらはこのブログを書き出す前ですから、さらに前のこと。少なくとも十二年以上たってしまいました。

さてこの歌占という曲ですが、不思議な魅力のある曲で好きな能の一つです。大人気曲と言うほどではありませんで、例の大角さんの観世流演能統計では60年間の上演回数が256回、98位だそうで、観世流では現行曲のほぼ真ん中あたりの様子です。
生き別れた親子の邂逅というのが一つのテーマになっているのですが、それがメインテーマなのかというと、どうも違うような、もうちょっと奥深い一曲です。

作者は観世十郎元雅とされていますが、元雅は世阿弥が「子ながらも類なき達人」と褒めたほどの上手で、能作者としても傑出していました。隅田川や弱法師、盛久なども元雅の作とされています。
その歌占を、個人的に注目している能楽師の一人、坂口貴信さんが舞うというので、たいへん期待して拝見した次第です。

ところで最近、下掛宝生流の安田登さんと、哲学研究者やコラムニストをはじめ様々な顔を持つ内田樹さんの対談による『変調「日本の古典」講義』という、実に面白い本を読みました。能楽を廻っても信じられないくらい面白い話を二人でされています。

今回の「歌占」の鑑賞記は、この曲自体のこと、安田さんと内田さんの本のことなども含め、思いつくままに書き留めておこうと思っています。いつもよりもさらに、長く、かつ日数もかかりそうですが…
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歌占のつづき

さまざまに書きたいことはあるのですが、それはさておいて、ともかくも舞台の様子を記しておこうと思います。

まずは次第の囃子が奏されて、子方とツレが登場してきます。子方は稚児袴の出立で先に立ち、ツレは素袍上下で後から続きます。舞台中央まで進み出て次第。「雪三越路の白山は 夏陰いづくなるらん」と謡います。狭義の三越路は越前、越中、越後の三国ですが、高志の国へ向かう道ととらえれば加賀の白山も越路の山。時は夏に向かう頃、所は加賀白山と示したところでツレの名ノリ。「加賀の国白山の麓に住まいする者」と名乗ります。
以前の鑑賞記にも記した通り、下掛ではワキが演じる白山の男、上掛ではツレが演じます。

この程、どこの者とも知れぬ男巫がやって来て歌占をするが、たいへん良くあたるので、今日は占いを引こうと思う旨を述べ、子方に呼び掛ける態で子方と向き合い、歌占のご所望であれば供をしようと言って、二人ワキ座に着座します。

一声の囃子、シテの登場となります。
直面に白垂、翁烏帽子を着け、浅黄の色大口に厚板、白の褸狩衣(当日のメモに袷狩衣と書いてあるのですが袷のはずはなく、どう考えても記録間違いと思います)の姿で、右手に弓を持ち、一ノ松まで進むと正を向いて一セイ。さらにサシ、下歌、上歌と謡い、上歌の終わり近く「引けば引かるゝ梓弓」でゆっくりと向きを変えて歩み出し「日向のことも問ひ給へ」と常座に出ます。

一セイからサシ、下歌、上歌と続く謡は、歌占にちなんで弓を謡い込んだり、天地開闢から今に到るまで歌が尊ばれることを謡ったり、さらには伊勢の浜荻から難波、日向のことも占いに問えと、次々に言葉が広がっていく様子。
「伊勢の浜荻」は菟玖波集にもみられる「難波の蘆は伊勢の浜荻」のことわざに拠ると思われますが、登場した男巫が、伊勢に関わりあることを示唆する意味もあるのでしょう。

それにつけても、多くの謡曲では、特にシテの出で謡われる一セイ、サシ、下歌、上歌などが、このように次々と言葉がそれからそれへと繋がって、きちんと現代語にし難い…「何を伝えたいのですか?」と聞かれると困ってしまうようなことが多いです。
安田さんと内田さんは、これが能の能らしいところとして能の世界を語っているのですが、そのあたりは舞台の様子を書き終えてからということで、このつづきはまた明日。常座に出たシテにツレが声をかけての問答へとつづきます
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歌占さらにつづき

シテにツレの男が声をかけます。彼方はいったい何處から来た人なのか、見れば若いのにどうして白髪になったのか、などと問いかけます。
ツレは武田宗典さん、4月の花影会では石橋の赤を拝見しています。

シテはツレの問いに答えて、自分は伊勢の国二見浦の神職だが諸国一見の旅に出たところ、あるとき俄に頓死してしまった。三日のうちに生き返ったが、その折白髪になってしまったと語ります。

ツレは納得して歌占を引くことにします。
シテが正中で床几に座し、一番に手に当たった短冊の歌を読み上げるようにと言い、ツレは弓弦に付けられた短冊の右から二つ目を見て「北は黄に 南は青く東白 西紅の染色の山」と短冊の歌を読み上げて、立ち上がって下がり改めて下居。
シテは、この歌は須弥山を詠んだもので、父のことをお尋ねだろうと断じます。
ツレは親が病気となり、生死の境にあると答えます。

そしてシテが、委しく判じて聞かせようと言って占いを語るのですが、以前の鑑賞記にも書いたとおり、これがたいへんに難しい内容です。昔の人でも、これを耳で聞いて分かったのか、どうも疑問に感じるところですが、立て板に水のごとくこの難解な占いの文言をシテが語ることによって、歌占の神秘さ、不思議な世界が沸き立ってくるような気がします。実際この日の坂口さんの謡も、シテがただならぬ力を持った人物と感じさせるものでした。
須弥山をめぐる世界観については、若い頃に講談社現代新書の「須弥山と極楽」という本を読んだのが印象に残っています。既に絶版になっている様子ですが、これもまた書いておきたいことの一つではあります。また占いの冒頭、シテの詞章に「今度の所労」とありますが、喜多流と金剛流はこれを「金土の初爻」とします。この違いについて、粟谷明生さんが興味深い話を書いておられます。こちらにも触れたいのですが、これを書き出すと、しばらく舞台の様子に戻ってこられそうにないので、まずは舞台に戻り、鑑賞記の後に再びこの点に触れようと思います。

さて長い占いの言葉の後、シテはツレの父親の病状について、病は命に関わるものだが蘇生するであろうから頼もしく思うようにと告げます。
ツレはこの占いに喜びますが、さてこのつづきはまた明日に
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