能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

花月を廻ってのつづき

自然居士・花月・東岸居士、西岸居士のうち、自然居士以外はどんな人物だったのか不明ですし、自然居士にしても生没年不詳。
講談社版日本人名大辞典の自然居士に関する記載には『鎌倉時代の遊芸僧。絵巻「天狗(てんぐの)草紙」などにみえる禅宗系の説経者。簓(ささら)をすりながらまうので「ささら太郎」ともよばれた。「謡曲拾葉抄」は,和泉(いずみ)(大阪府)日根郡自然田村の人で,円爾(えんに)の孫弟子とつたえる。観阿弥作の能「自然居士」で知られる。』とありますから、考える手がかりはありますが、花月や東岸居士の話は出てきません。

とは言え、花月の和泉流の間狂言では花月を「自然居士のお弟子にて」と紹介し、また東岸居士の詞章にはシテの言葉に「先師自然居士」とありますので、いずれも自然居士の流れをくむ人物と設定されている様子。そこで自然居士についての簡単な記載から、精一杯想像力を膨らませて、彼らの人物像を考えてみようと思います。

鎌倉時代の遊芸僧とありますが、生没年不詳なのになぜ鎌倉時代と分かるのかというと、実は手がかりがあります。絵巻「天狗草紙」は南都北嶺の諸大寺での僧徒の横暴と驕慢ぶり、あわせて浄土宗や時宗など、当寺の新興宗教の異様な振る舞いなどを七類の天狗に例えて風刺した全7巻の絵巻ですが、この興福寺巻に「永仁四年十月六日」の日付があります。有難いことに国立博物館所蔵の国宝・重要文化財がネットで見られるようになっていて、ここで重文に指定されている「天狗草子絵巻模本 興福寺巻」を見ることができ、日付が記載されているのも確認できます。この永仁四年は1296年、鎌倉時代の末期です。

ネットで見られる東大寺巻や延暦寺巻、興福寺巻などは、横暴と驕慢ぶりを描いたという割に、あまりそうした絵柄は見受けられません。一方、伝三井寺巻とされる浄土山臥遁世巻と諸天狗成仏巻には、様々な雑芸の徒が描かれていて、第四段には一遍の踊りと「自然居士」と書かれた男の踊る姿が描かれています(こちらはネットでは見られないので図書館などで確認ください)。年齢のほどは分かりませんが、髭を生やした様子が見て取れ、喝食姿の自然居士とはずいぶんと印象が違います。
さてこのつづきはまた明日に
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