FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

松山鏡さらにつづき

ワキは、不思議な事を言うものだと驚きますが、座したまま正面に向き直ると、思い出したことがあると言って、漢の武帝の后、李夫人の絵姿の話と、聖武天皇の后、光明皇后が蘇生した話を語ります。

李夫人は前漢の武帝の夫人で、皇帝の寵愛厚く皇后を追贈された美人。武帝はその死を悲しんで絵姿を描かせ、甘泉殿にかけて偲んだものの所詮絵は絵。悲しみが癒やされないところに、斉の方士、少翁が死者の霊を招くことが出来るという話を聞きつけます。宮中に方士を呼び反魂香を焚かせると、夫人の魂が来たったという伝説です。
白楽天がこの李夫人の伝説を詩に書いていますが、愛する者との別れを廻って、穆王が盛姫の死を悲しんだこと、そして玄宗皇帝が楊貴妃を思ったことが書き添えられています。

余談ついでに、その白楽天が空海や橘逸勢とともに、玄宗皇帝や楊貴妃にまつわる謎を解いていく伝奇小説「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」。かの「陰陽師」を書いた夢枕獏さんの小説ですが、これは実に面白い。冗長という声もありますが、私の好きな本の一つです。

さてまた光明皇后の蘇生譚ですが、本曲では、聖武天皇が皇后との別れを嘆いて梵天に祈誓したので、閻王が憐れんで娑婆に送り返したと謡われます。もちろん、史実としては光明皇后の崩御は聖武上皇崩御の4年ほど後のことですから、蘇生の話などはあり得ないのですが、調べてみると、どうも中世には東大寺の大仏の縁起として、大仏は光明皇后追慕のために建立されたという話が流布していた様子です。謡曲「安宅」でも、弁慶が読み上げる勧進帳に「聖武皇帝と名づけ奉り最愛の夫人に別れ」とあります。

ともかくも、ワキはこうした蘇生譚を語ったうえで、そうした話もあるがそれは上代のこと。末世の今の世に、その様なことがあるとも思われない。しかし亡き母は姫に名残を深く惜しんでいたので、もしかしたらそうしたことがあるのかもしれない、立ち寄って鏡を見てみようと言い、立ち上がって鏡の前に立ちます。
しかし「や」と声を出し、常座に戻りつつ「条なき事を申し候」と言い、立ったまま子方に向かうと、この鏡に母が映ることはないと声をかけます。

さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
スポンサーサイト

 | HOME | 

カレンダー

« | 2019-05 | »
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad