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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

鷺 山本則秀(横浜能楽堂特別企画公演)

復曲狂言 横浜能楽堂 2019.07.20
 シテ 山本則秀
  アド 山本則重
  笛  杉市和

本曲は復曲で、配布された解説によれば、上演が途絶えていた時期があって、江戸中期に鷺保教により復興されたものの再び退転し、1987年に野村万之丞(現野村萬)と茂山千五郎(故四世茂山千作)の配役で復曲されたとあります。
しかし1987年の復曲に携わった田口和夫さんの文を読むと、鷺伝右衞門保教が復曲する以前の古い形はどうもだいぶん違ったものだったようで、本曲は古い伝承をもとにしつつも、保教がほぼ創作のような形で作ったのではないかと考えられるそうです。

今回の上演は、その田口さんと西野春雄さんによる復曲をもとにしたもので、保教本とはまた異なった点も多いようです。さらに田口さんの書かれたものを読むと、1987年のものからもさらに修正が加えられている様子でした。

さて舞台の進行ですが、なにぶん田口さんの文は後で読んだもので、当日は特段の資料もなくほとんどメモもせず舞台を観ておりましたので、あくまでも記憶の範囲です。記憶違いも相当にあるかと思いますが、ご容赦ください。

本曲は文蔵や二千石などと同様に、いわゆる抜参り物の形式を取っていまして、まずはアド主人が長上下で常座に立ち、一人召し遣う下人が暇乞いもせずにどこかへ出かけたので叱りに来たと言って、太郎冠者を呼び出します。

このやり取りは数曲ある抜参りものと同一と思います。他の曲では
太郎冠者の家に着いたという設定でワキ座に立った主人は、自分だと分かってしまうので作り声をして呼び出そうと言って、扇で顔を隠すようにして案内を乞います。太郎冠者は常座に出て、夕べ帰ってきたばかりなのに早くも誰かが尋ねてきたようだと返事をします。
ここからのやりとりは、アド「物もう」シテ「どなたでござる」と正中あたりまで出ます。アド「しさりをれ」と扇でシテ太郎冠者を指し、シテは驚いて「はあ」と常座まで下がって平伏します。
アド「俄の慇懃迷惑いたす、ちとお手をあげられい」シテ「これは何とも迷惑に存じまする」アド「おのれは此中、誰に暇を乞うて何方へいた」シテ「さればのことでござる、お暇の義を申上うと存じてはござれども、一人召し使わるる下人のことでござるによって、申上げたりともやはか下されまいと存じて、忍うで○○を致してござる(○○は曲によって竹生嶋詣や富士詣など)」
これにアドは気色ばんで「やら珍しや、一人召し使ふ下人が○○すれば、主に暇を乞はぬが法ですか」と、小刀の柄に手をかけ斬ろうとする形になります。

しかし太郎冠者の旅の話を聞きたい主人は「憎いやつの、きっと折檻を加へようと思うて、これまでは来たれども、○○したいとは××(曲によって)このたびはゆるす。そこを立て」と一転して許すことにします。これにシテは「夫れはジョウでござるか」アド「弓矢八幡助くるぞ」と確認すると
シテ「やら心易や」と両手で舞台を叩いて安心した様になります。
アドは「なんと今の間は窮屈にあったか」とシテに問い、シテは「いつものご気色とは違いまして、すはお手討ちにも合いましょうかと存じて、身の毛をつめて居りました」と返します。

抜参りものの通常のやり取りを、これまでの記録などから書いてみましたが、記憶では当日もほぼほぼこの形だったと思います。
さてこのつづきはまた明日に
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