FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

文荷のつづき

一日、飛んでしまいました。

さて続きです。
二人は最初、仲良く歩いていますが、後ろを担う太郎冠者が文を下げた紐を前にずらし次郎冠者の背中の方に寄せてしまいます。
これに次郎冠者は、文が重くなったと文句を言い、真ん中に戻すことになり、また二人で担って歩きます。
シテはこの様子を謡に作って謡おうと思うと言い出し「しめじがはらだちや」と謡い出します。謡曲恋重荷の一部分ですが、茂山家の丸石やすしさんがシテをされた時は、もう少し前の「重くとも心添えて持てや持てや下人」から謡い出しました。どこを謡うかは流儀や家によって様々な様子です。岩波書店刊の古本能狂言集に収録されている虎明本でみると、文荷のこの部分は「よしなきこひをするがなる」と始まり、詞章も少し違っています。
この謡をシテとアドが謡いながら、文を下げた竹を担っている訳ですが、私が観た限りでは「わが手枕の方かへて」のところで声をかけて竹を反対側の肩に担い直します。「方かへて」を「肩替えて」に洒落て担い直すわけですが、この辺りも本曲の好きなところ。
ところで今回はじめて気付いたのは、この謡の終わりが謡曲では「そも恋は何の重荷ぞ」とあるところ「そも文は何の重荷ぞ」と謡っていたこと。おやっと思って和泉流狂言大成を見てみると、こちらも「文」になっています。和泉流はここでも、恋の重荷を文の重荷に言い換えている様子です。現行の大藏流がどうだったのか、この部分を意識したことが無かったので、いずれまた本曲を観る時にでも注意してみようと思います。
さてしばらくは竹を担って歩いていた二人ですが、手紙の中が気になります。シテが開けてみようと言い出し、「同心でない」と断った次郎冠者も、太郎冠者が開いてしまった手紙を取り合いして読み出します。
このやり取りの中で、手紙を読んだ太郎冠者は「恋し 恋し」と小石が沢山書かれているので重いと言い、続く次郎冠者は「おなつかしさは富士の山にて候」と、富士山まで書き込んであるので重いというやり取りなっています。このやり取りも、流儀や家によって異なる様子で、古本にもある「海山」と書いてあるので重いというのが古い形であろうと思います。
二人で取り合いの末に手紙を破ってしまい、小歌節で謡ながら扇で煽いでいると主人が様子を見に来ます。これに「お返事でござる」と破れた手紙を差し出し、主人が二人を追い込む訳ですが、何度観ても面白い一番でした。
舞台の様子と言いながら、詞章の話ばかり事細かに書いてしまいました。当日はコロナ対応で見所もいささか寂しい状況でしたが、狂言は皆さん楽しそうに観ていた様子。萬斎さんの舞台も久しぶりでしたが、あらためて、上手いなあとしみじみ思った次第です。
(24分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
スポンサーサイト



 | HOME | 

カレンダー

« | 2020-08 | »
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。