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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

一角仙人 奥川恒治(奥川恒治の会)

観世流 国立能楽堂 2020.09.27
 シテ 奥川恒治
  施陀夫人 鈴木啓吾
  龍神 観世喜正 永島充 佐久間二郎
  ワキ 宝生欣哉
  ワキツレ 大日方寛 御厨誠吾
  アイ 山本則重
   大鼓 亀井広忠、小鼓 観世新九郎
   太鼓 小寺真佐人、笛 竹市学

どうも記憶がはっきりしないのですが、地謡、囃子方が着座した後、まず大小前に一畳台が運ばれてきたと思うのです。次に紺の引廻しの岩屋が運ばれてきて一畳台に載せられ、続いて緑の引廻しをかけた萩屋が出されて笛座前に置かれた、と思います。今ひとつ自信がないのは、実はこういう作り物を出す時は幕から遠い方を先に出すという話を聞いたことがあるからなのですが、この日は大小前の一畳台、岩屋の方が先だったように記憶しています。
さて作り物が落ち着くと名宣笛。竹市学さんの笛でワキの出。ワキ官人の宝生欣哉さんが常座に進み出て名ノリ。波羅那国の帝王に仕える臣下と名乗り、この国の傍らに、鹿の胎内に宿って出生したため額に角がある仙人がいて、一角仙人と呼ばれているのだが、さる子細あって龍神と争ったと話し始めます。この辺りでツレ施陀夫人(せんだぶにん)がワキツレ輿舁二人を伴って登場してきます。
以前、豊嶋三千春さんの一角仙人の鑑賞記に書きましたが、ワキがツレを伴って出る場合は名宣笛を吹かないのが普通の形ですので、あえてワキが名宣笛で一人先に出て、別にツレが出る形を取ったのかと思います。豊嶋さんの時は、ツレが先頭で出ながら名宣笛が吹かれたので珍しい形と記録しています。
豊嶋三千春さんの演能記事の月リンク
ワキは続けて、仙人が神通力で龍神をことごとく岩屋に封じこめてしまったので何ヶ月も雨が降らなくなってしまった。帝がこれを歎き、施陀夫人という美人を一角仙人のもとに送り、仙人が夫人に迷って神通力を失うのではないかとの策を講じて、こうしてやって来たのだと語ります。
ところでここで登場してきた施陀夫人の装束ですが、装束付けには摺箔、緋大口に紅入唐織とあって、豊嶋さんの演能の際のツレもこの形でした。しかしこの日は裲襠(りょうとう)でしょうか、「箱﨑」のシテのような感じの装束で登場しました。この会のチラシの写真には大口に舞衣の装束で施陀夫人が写っていますが、実際は随分と違う印象の装束で、ああこれなら異国の話の感じがするなと思った次第です。
さてワキが名ノリを終えると、ワキの一セイ「山遠うしては雲行客の跡を埋み」で輿舁がツレに輿を差し掛け、ワキツレ輿舁を含めて謡が続きます。ワキは一度後見座に下がってツレと輿舁を先に出し、ツレ夫人が正中に、ワキは斜め後ろの常座側に立って道行の謡。「霧間を凌ぎ雲を分け」で向きを変えると、夫人を先頭に橋掛りへと進みます。橋掛りに入って道行の謡いっぱいに向きを変え、夫人が一ノ松、ワキはそのあと、揚げ幕に近い方に立ちます。
さてこのつづきはまた明日に
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一角仙人のつづき

さて道行の最後、ツレ、ワキの一行は舞台に向く形で橋掛りに立ち、後見が立ち上がって萩屋の引廻しに手をかけます。
ワキの着きゼリフを一句聞いて後見が引廻しを下ろし、萩屋の中に座したシテが姿を現します。ワキは「松桂の枝をひき結びたる庵あり」とは言うものの、暫くこのあたりで事の由を窺おうと言って腰を下ろします。
一方、萩屋の中でシテは座したままサシを謡い出します。このゆったりした謡のうちにツレ、ワキは立って舞台に入り、夫人がワキ正、ワキが常座に立って萩屋を向く形になります。

シテが謡い終えると、ワキが声をかけます。案内を乞うワキに、シテは如何なる者かと誰何し、ワキは踏み迷った旅人なので一夜の宿を貸してほしいと頼みます。おおかたのやり取り同様、シテは人間の交わりをするところではなく、急ぎ帰るようにと断ります。しかし、姿を見せてほしいとのワキの求めに、案外簡単に「この上は恥ずかしながら我が姿。旅人にまみえ申さんと」と謡って地謡に。この地謡の「柴の枢を推し開き」の謡を聞いて、シテ自ら戸を開けて萩屋を出ます。紺の無地熨斗目着流しに小豆色の水衣。木葉蓑を着け、水衣にもところどころに木の葉の如きものが付いています。
それにつけても、案外簡単に姿を現すあたりが、この仙人の性格を表しているのかも知れません。ともかくも、シテはワキ座に正面やや斜めを向いて座し、ワキ、夫人も腰を下ろします。

ワキが一角仙人でいらっしゃるかと問うと、シテは「さん候これこそ一角と申す仙人にて候」と答えます。やっぱり人間好きなのではないか、と思わせるやり取りです。さらに夫人を見つつ「さも美しき宮女の貌」などと言い出す次第です。
ワキが旅の慰みに酒を持っているので一ついかがかと言います。シテは仙境にあっての暮らしで不老不死となっている身に「酒を用うる事あるまじ」と断りますが、ワキがさらに勧め「夫人は酌に立ち給ひ」の謡に夫人が立ち上がり、扇を広げて一足出、シテに向かって腰を下ろします。
シテは「げに志を知らざらんは 鬼畜にはなほ劣るべしと」と言って地謡に。夫人はシテに寄って酒を注ぐ形です。仙境の不老不死はどこへ行ったんだという展開の早さで、「折る袖匂ふ菊の露 うち払ふにも千代は経ぬべき契は今日ぞ始めなる」の謡に、夫人は左の袖を返してシテ仙人に手を添えます。

夫人が「面白や盃の」と謡って地謡に。夫人は立って大小前からサシ込み開キ。左の袖を返して小さく回り、サシ込み開キして答拝の形に。楽になります。
この楽が本曲の一つの見せ所ですが、このつづきはまた明日に
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一角仙人さらにつづき

一角仙人の楽は、ツレが舞い始め、その様子を見て興が乗ったシテが自らも立ち上がって舞うという独特の形です。簡単にしかメモできませんでしたが、およその流れを記しておきます。
まずはツレが舞い始めて、カカリから初段になって上扇を過ぎた辺りから、シテは座したままで扇を持つ手を上げ、ヲロシで手を下げます。初段の地でツレが足拍子を踏むのに合わせてシテが立ち上がり、ゆっくりと動き出します。
二段になると、シテは扇を逆手にしてツレと相舞の形になります。ヲロシでシテはタラタラと下がりツレ夫人の後ろにつく形になります。ツレの足拍子に少し遅れて拍子を踏む形ですが、地ではツレに合わせて舞い続けます。
三段になりシテ、ツレ向き合って舞います。扇を左に取り、シテは舞台を廻ってヲロシでツレ夫人に寄ろうと常座に近寄ります。そこで夫人の回るのを見て、再び向き合っての舞。この地あたりから足拍子がちょうど一拍遅れた形で踏まれるようになります。ツレの拍子を一つ聞いてから、あとは一緒に拍子を踏み、最後は遅れて踏み出したシテが一つ踏む形です。
その後は雲扇して扇を逆手にし、舞ううちにツレはワキ座に座し、シテのみの舞となります。大小前で左右打込して開キ、舞上げる形でした。

この楽の形は、観世流でも時代によって色々と変わってきたようで、シテとツレが交互に舞い相舞にはしない形もあったとか。ともあれ、今回の形は現行の観世流の一角仙人としては、オーソドックスな楽の形だったようです。
以前に記載した、金剛流豊嶋三千春さんの時の楽も、おおむね似たような形でしたが、もう少しシテが酔っ払って舞っているという雰囲気が強かったような気がしました。

さて楽を舞上げると、シテは大ノリの地謡に合わせ、大左右から打込開キ。シテは腰を下ろし夫人は立ち上がってシテに寄り酒を注ぎます。この間に輿舁が輿を持ち出しています。夫人が立ち上がるとシテも立ち、二人は常座に出ますが「仙人は次第に足弱車の 廻るも漂ふ舞の袂を片敷き臥せば」でシテは両手を上げて流レ足で萩屋へと向かい、萩屋の前で寝る形になります。
夫人はワキともども一ノ松に逃れ、輿舁が輿を差し掛けて「帝都に帰らせ給ひけり」の謡に足を速めて幕に入ります。
さてこのつづきはまた明日に
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一角仙人さらにさらにつづき

夫人、ワキ、ワキツレが幕に入ると、地謡が「かゝりければ岩屋の内しきりに鳴動して天地も響くばかりなり」と謡い、正面に置かれた岩屋に注目が集まります。
シテは「あら不思議や思はずも人の情の盃に酔ひ臥したりしその隙に」と謡いつつ立ち上がり、岩屋を見てから「何の故にてあるやらん」と正面に向き直ります。

岩屋の内から後ツレ龍神の謡。シテが岩屋を向いて様子を覗うところに「いかにやいかに一角仙人 人間に交はり心を迷はし 無明の酒に酔ひ臥して 通力を失ふ天罰の 報の程を思ひ知れ」と力強く謡い地謡に。
大ノリの謡で「山風荒く吹き落ちて」と謡い始めるに合わせてシテは一度正面に向き直った後、岩屋を向いて四足ほど出て岩屋に向き合います。
地謡が謡を早め「盤石四方に破れ砕けて 諸龍の姿は現れたり」と謡うと、岩屋が割れて後ツレ龍神の喜正さんが、白頭の龍王の姿を現します。同時に幕が上がり、赤頭の龍神二人が橋掛りに進み出て、働になります。

シテも橋掛りに進んで龍神と打ち合いますが、ワキ座に戻って働を終え「その時仙人驚き騒ぎ」と大ノリの謡。地謡が受けて謡う中、白頭の龍王が台を下りてシテを追う形になり、シテは橋掛りへ。
「仙人神通の力も盡きて 次第に弱り 倒れ臥せば」の謡に、シテは幕に入ります。白頭の龍王が決め、赤頭の龍神二人は台上に上り「立つ白波に飛び移って また龍宮にぞ帰りける」と終曲になりました。
この龍神ですが、本来はツレ二人が岩屋に入っていて、岩屋が割れて姿を現すのが常の形ですが、ツレ二人が岩屋に入るのはきついと想像されるところで、そのせいか子方二人にすることも多い様子です。金剛流豊嶋三千春さんの時も、子方を出しました。
それに比較して、今回の岩屋からは白頭の龍神が出、赤頭二人がさらに橋掛りへ出るという形は見かけたことがありません。もともと道成寺を予定していた十五回記念の奥川さんの会ですが、コロナ禍の中で演目を変更し、客席も半数ほどにしての開催でした。
そんな中での一角仙人ですが、その分、工夫を凝らしたのだろうと思います。一角仙人も悪人とも言い難い、なんとも人間くさい仙人ですが、そうした雰囲気を感じさせる楽しい舞台でした。
(57分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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大晦日にひと言

2006年にこのブログを始めてから、15回目の年の暮れとなりました。
その大晦日を、今年はコロナ禍の激動の中で過ごしています。
この先、まだまだ感染拡大の危険性もあるのでしょうし、ワクチンが出回ってきたとして、どれほどの効果があるものなのか見当がつきません。
能楽の鑑賞も、3月22日に三人の会を観てから9月の奥川さんの会まで、半年間能楽堂には行けませんでした。その後は、なんとか月一度ほどは能楽堂に足を運んでいますが、足許の感染拡大状況では果たして1月から観能ができるのかどうか、心配なところです。
能楽師の皆さんは本当に様々なご苦労があることと思いますが、なんとか伝統の火を消さないように、一観客としても少しでも応援できればと思っています。

今年はまた、そうした中ですが資格試験を二つ受験し、いずれも合格することができました。
一つ目の試験が1月15日で、二つ目の試験の結果発表が12月15日だったため、本当に一年間試験に追われていたような気がします。
こうしたこともあって、月一度ほどの能楽見物も鑑賞記が滞りがちで、奥川さんの会の鑑賞記を書いたところで年末になってしまいました。
その後の鑑賞記は、現在、当日のメモの整理をしていますので、年が明けたら順次アップしていこうと思っています。

先の見えない不安の中で新年を迎えますが、悩んだり恐れたりしていても何も良い結果は生まれませんから、まずは穏やかに、顔を上げ、明日は明るいと言葉にしていこうと思います。
皆さま、どうぞ健やかに、よいお年をお迎えください。

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