FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

乙女の苦患・・・求塚さらにつづき

姿を現したシテは、読経の声に「有り難い」とと感謝を示しますが、すぐさま命を落とした二人の男の霊に苛まれ、また二人の男に的とさせた鴛鴦(オシドリ)が鉄鳥となって襲いかかります。この苦しみの様を一人示すわけです。


この能はつらいです。
「こはそもわらは(ワ)がなせる科かや」とシテが謡いますが、この一節に引っかかってしまいます。
そもそも二人の男に言い寄られ、いずれとも決めかねて身を投げたのが地獄に堕ちる罪科なのか。苦しいだけでなく、理不尽なものを感じてしまうことで、さらに苦しみがつのっている感を受けるのですね。


観世流の求塚は昭和の二十年代になってからの復曲だそうですが、この詞章そのものは古くから伝えられたものですから、中世の人たちの死生観が反映されているとは思います。
変成男子の言葉の通り、古くは女性が成仏することは不可能とされた時代もあり、そもそも女性であることそのものが、罪を作るというに近いような捉えられ方をしていた時代もあったろうと思います。
そうした中で、この一節はどのように捉えられてきたのか、現代ではどう捉えていけるのか、その後も様々な考えが過ぎります。


この一節の後も、苦しみの姿を示しますが、やがて地獄の鬼も去って少しの間、苦患の隙間がやってきます。暗き中をシテは火宅に戻るとして、塚に入り扇で表を隠して留めになります。


多くの能では僧侶の読経の力でシテは成仏し救われるのですが、この曲では苦しみに一時の隙が訪れただけで、本質的な救いは見えていません。
実に救われない能ですが、その苦しみを痛い程感じた一曲でした。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/109-55423932

 | HOME | 

カレンダー

« | 2020-06 | »
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。