FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

鞍馬天狗さらにつづき

シテの問に対して牛若は、先ほどの稚児達は平家の一門、清盛の子達であるのに、同じ山にいても自分は異なる身「月にも花にも捨てられて候」と境涯を嘆きます。
これに対してシテは「あら痛はしや候」と同情を示し、「御身と申すは源氏の棟梁 常磐腹には三男 毘沙門の沙の字をかたどり 御名をも沙那王殿とは申すぞや」と語りかけます。
これってちょっと「あれ?」って思いますね。どうしてこの山伏は牛若の名前まで知っているんでしょう。かと言って牛若が驚く様子もなく、地謡も淡々と「あらいたはしの御事や」などと謡います。山伏と見えて実は・・・ということを暗示する能らしい表現なのかなあと思うものの、私としてはちょっと腑に落ちないところです。

ですが、気にしていても仕方ないので先へ進みます。続く地謡で「夕を残す花のあたり」と二人は花を見上げ、「鐘は聞えて夜ぞ遅き」と鐘の音を聞きます。シテはワキ座に向かい牛若を立たせ、一度常座に伴った後、子方にはワキ座に戻らせます。二人花見に出た形。向き合った二人は「愛宕高雄の初桜」で二人して笛座方を見、「比良や横川の遅桜」と目付方を、さらに「吉野初瀬の名所」では正面方を向いて、それぞれの桜を見る形になります。「見残す方もあらばこそ」と向き合ってロンギへ。

ロンギでは、まずは子方牛若が、一体如何なる人かとシテに名を問います。シテはこの山に年経たる大天狗と名のり、平家を滅ぼすために兵法の大事を伝えようと、両手をついて牛若に礼をし、明日また会うことを約して姿を消してしまいます。
来序での中入になりますが、最初は極めてゆっくりと一足ずつを出す形で橋掛りに向かい、橋掛りに入ったあたりからやや歩みを早めて幕へと入ります。シテに続いて子方牛若も中入します。

来序で橋掛りを進むシテと子方が幕に入ってしまうと、囃子が狂言来序に替わり、アイの木の葉天狗が登場してきます。

最初に登場する木の葉天狗、教義さんは、厚板に括り袴、黒のヨリの水衣の出立で、鳶のような面を着けていわゆる末社頭巾を被っています。右手には杖を持った姿。間狂言の小天狗の基本形ですね。橋掛りを進み出て常座で立ったまま前場の出来事を語る立ちシャベリの形です。
さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/1115-2d841a1f

 | HOME | 

カレンダー

« | 2020-05 | »
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。