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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

文荷のつづき

昨日書いたように、主人の「少人狂い」については、特段の批判めいた話も出てこないので、二人仲良く出かけていくのですが、とは言え先に文を預かった太郎冠者の七五三さんが、ほんの少し歩くと、二人で預かったのだからということで「さあ持て」と次郎冠者に文を持たせようとします。

結局、次郎冠者が預かってまたまた歩く訳ですが「彼の方とはずいぶん深い仲とみゆることじゃ」などと話しながら舞台を一回りすると、今度は太郎冠者に「持て」と迫ります。そこで、太郎冠者の提案で竹に文を通して担っていくということになる訳です。

万作さんの時の形だと、この二人で持つ、持たないから、文を担う間も、主人の少人狂いを批判するようなやり取りがあるのですが、そのあたりはさほど触れません。
一方で、文を竹に通して担うということで、見かけた者達は「笑うであろう」と思うものの、要は「とかく両人持ち良いように持てば良い」と、楽しげな雰囲気。
要はとても明るい雰囲気でして、茂山家の皆さんがなさるから余計にそうなのか、見ていて妙に楽しいわけです。

そして、二人で文を担ぎ上げますが「さてもさても重い文ではないか」と文の重さを語り座り込んでしまいます。そしてこれは「恋の重荷」だろうと、二人で笑い合います。

この詞から、太郎冠者が「謡を思いついた」と言い出して、立ち上がった二人は恋重荷の一節を謡い出します。
和泉流の本だと、中入前のシテの謡「しめじが腹立ちや」から地謡の「なにの重荷ぞ」までを謡う形で、万作さんの時もそうだったと思いますが、今回はもっと手前からで
「重くとも心添えて持てや持てや下人。よしとても よしとても 此身は軽し徒らに 恋のやつこに成り果てて 亡き世なりと憂からじ なき世になすもよしなやな。唯頼め しめぢが腹立ちや よしなき恋を菅筵 伏して見れども 寝らればこそ 苦しや独寝の 我が手枕の」で二人「えーいやっとな」と竹を反対の肩へ担い直し「肩かへて 持てども 持たれぬそも恋はなにの重荷ぞ」と謡って、えいえいやっとな、と謡を終える形でした。
いささか長く謡を書きましたたが、この謡の途中で、竹を担い直すのは和泉流も同じで「肩かへて」に合わせた形ですね。

この曲、もう一日つづきを書いてみます
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